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第二十一話 暗黒世界
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まだ幼かった頃、レンにとって母は完璧な存在だった。
こうでなければならない、が強かった支配的な父から厳しい口調で指摘を受けても嫌な顔一つ見せず、いつも穏やかな笑みを浮かべて対処していた。
正直にいえば、父の理想像を押しつけられるのは、時折窮屈だと感じていた。だがそれは、たった一人の息子である自分に対する期待のあらわれなのだろう。
ならば、父の為にも頑張らなくては。
大丈夫。大好きな母の笑顔が傍にあれば、たくさんの辛いことも乗り越えられる。
そう思っていた。
あの日、はしゃぎながらまるで女の子のように笑う母を見るまでは。
※※※※※
サトは無言のまま、レンの三歩後ろを歩き続けていた。
「なんでかな? なぁんか、気まずい雰囲気なんだよな……私、あいつを怒らせるようなこと、なんか言ったっけ? いや、言ってないよなぁ……っとに、なんなんだよ」
手漕ぎボートを降りてから、レンはずっと無言を貫いていた。その表情はまさに、無、である。
サトは自分の言動を振り返ってみるも心当たりがなく、ぶつぶつなにかを呟いては小さくため息を吐いた。
落ち着かない気持ちのまま歩き回る広い公園内には、様々な色の花があちらこちらで咲いている。可愛らしいそれらを眺めていると、サトの気持ちは少しずつ落ち着いてきた。
「……よく考えたら、こないだ動物園に行った時だって、大して喋ってなかったよな!」
ふと、サトの前を行くレンが足を止めた。
「ん? なんだ?」
サトも同じように足を止めて、ぴくりとも動かなくなったレンの背中を見つめた。
「……楽しくないよな、惚れた相手でもない男と一緒にいても」
「……なんだよ、急に。そんなの、今さらだろ?」
「……すまない」
「は? なんで謝るんだよ……あのさ、謝るくらいならさ、なんかこう……盛り上げようぜ! ……って、そりゃ無理にとは言わないけどさ」
サトは無理矢理、己の高揚感をあげようとしてやめた。
「……だって、私達がこうしてるのは、偽装結婚の契約を結んだからだろ? ……あんたのお父さんを騙す為に……違うのかよ?」
「……違わない」
「あのさ、あんたが急になにを気にし始めたのかは知らないけど、これは私が引き受けた契約でもあるんだ。お互い利益を得る為に……それなのに、今さら謝るなんてどうかしてるぜ!」
サトはすたすたと伏し目がちのレンを追い越し、正面に立った。
「お前は、誰に、なんで謝ってるんだ?」
サトのまっすぐな視線がレンの揺らぐ視線を捕える。
「こないだっから気になってたんだ……お前、いったい何を抱えてるんだ?」
「……別に……何も……」
「嘘をつくな。なにもない奴が、そんなに寂しそうな面するかよ! ……確かに私に話したところで、それは解決しないかもしれない。だけど、黙って一人で抱えるよりずっとマシだろ? それとも信用ならないか、私は」
「……あぁ、信じられない……人は、嘘をつく生き物だから」
レンの低く小さな声が、サトの重暗い胸にじわりと広がっていく。
「まあ、確かにそうだ。それは否定しないさ。だけど、だからといって、あんたが苦しまなきゃいけない理由がどこにあるんだ?」
レンはハッとしてサトを見つめた。
「俺は……苦しそうに見えるのか?」
「うん。私にはそう見えるよ。っとに、社にいる時とは大違いだ。だけどさ、それがあんたの本当のところなんだろ?」
「……それは……わからない……」
レンのぼんやりとした口調に、サトは痺れを切らしたように踵を返した。
「お前、ちょっと来い。私はそんな面した奴の後ろを歩くなんざ、まっぴらゴメンだ。気持ちを切り替えるか、洗いざらい吐いてスッキリするか、どちらか選べ! 制限時間は、私がそこで飲み物を買ってくるまでだ。答えが出せなきゃ、私は一人で帰るからな!」
サトは自動販売機でホットの缶コーヒーのボタンを押しながら、ちらりとレンを盗み見た。
「とりあえずベンチには座ったみたいだな……やれやれ、ほんとに世話がやけんなぁ……ほら……これ飲んで少し頭冷やせ」
サトはほのかに暖かい缶コーヒーをレンに手渡した。
「で? 誰がお前に嘘をついたんだ?」
サトはほろ苦い香り漂う缶コーヒーに口をつけながら、目の前で咲き誇っているたくさんの黄色い花に向かって問いかける。
「……母親だ……」
か細いレンの声が、静かな空気を震わせた。
(やっぱりそうか……だから動物園で私の話を聞いた後あんな面したんだな)
「俺や父さんが知らないところで……あんなに楽しそうに……」
レンはプルタブに指もかけず、滑らかな感触の缶をぎゅうっと握りしめる。
「俺は……見たことがなかった……まるで無邪気な子供みたいに笑う母親の顔を……それを、あの男と一緒にいる時にだけ見せていた……きっと母親は、そいつと密会していたんだ……男は父さんの友達で、何度か家に遊びに来ていた……同じ会社の……」
サトは黙り込んだまま、ただじっとレンの話に耳を傾けていた。
「それをたまたま見かけたのが、八歳位のことだった。俺はまだ子供だったけど、相当ショックを受けた……俺は、すぐに聞いたよ……父さんのこと、嫌いになったのかって」
「……うん……」
「最初は相手にされなかった。なに言ってるのって、笑って誤魔化して……でも、俺はひかなかった。そのうちだんだんと表情が強張っていって……おそらく、俺が何かを知っていると悟ったんだろうな」
はあ、とレンは深いため息を吐いた。
「母親はただ、謝罪の言葉だけを繰り返した。俺の問には答えずに……父さんよりも俺よりも……母親はその男を選んだんだ……それなのに、母親は母であり続けた……父とも別れずに良い妻を演じている……今でもだ」
「……それ、演じてるのか? あんたのお母さんは、その浮気相手と別れたかもしれないじゃないか」
「……もしそうだったとしても、俺は今さらあの人を信用できない」
レンは冷たく静かな声音で言い切った。
「……そうか……それは寂しいだろうな、お前もお母さんも」
サトはしばらく黙りこんだ後、穏やかに晴れ渡る青い空を見上げる。
「母さんも?」
レンは怪訝そうな表情でサトを見る。
「だって、お母さんは家を出ていかずに隊長の傍にいたんだろ? しかも、信用されてないのがわかっててさ……それって、けっこう辛いと思うよ……あ、別に隊長を責めてるわけじゃないからな。信用できなくなるのは当たり前だと思う。でも……」
サトは深く息を吸い、吐いた。
「お母さんの人生は、お母さんが決めることだ。私達子供は、傷つくことはあってもそれに振り回されることはないじゃないか」
「……お前は……大人だな……」
レンはサトを見つめる目を細め、ぼそりと呟く。
「違うよ。この台詞、私が昔じいちゃんに言われたんだ。母さんが家からいなくなった時、家出しようとしたんだ」
サトの切れ長の目が、どこか遠くを見つめていた。
「私がいなくなれば、母さんは家に戻ってくるんじゃないかって……そう思ったんだよね。だから、家出しようとしたんだ。それを引き止められた時に、じいちゃんに言われたのさ。『母さんには母さんの人生があるように、お前にはお前の人生がある。どんなに辛くても、他人の人生にお前の人生を振り回されちゃいかん』ってね……まあ、そうは言ってもまだ五つのガキだったからさ、私も」
ふぅ、とサトはため息を吐いた。
「それからも、色々反抗してきたよ……ばあちゃんを何回も泣かしたし、父さんからはビンタもくらったな……でもじいちゃんは、いつも落ち着いてた……いや、さすがに練習サボった時は、めちゃくちゃ怒られたけどさ」
「……そうか……羨ましいよ……俺にも、そういうことを言ってくれる家族がいてくれたら良かったのに」
「……家族なら、これからつくればいいだろ? こうだったら、ってのを実現するんだよ。もう、大人になったんだからさ」
サトはなんでもないことのようにさらりと言いのけ、にこりと笑った。
「あのな……こんなに性根の暗い俺が、家族なんて作れると思うか?」
「簡単だよ。暗いのが嫌だったら、やめりゃあいいじゃん?」
「やめればいいって……簡単に言ってくれるじゃないか。俺は、お前と違ってナイーブなんだぞ。絶対無理だ」
レンは微かに渋面を作る。
「おや、そうですか! 残念ながら、私にはナイーブなんて単語は無縁でね……まったく理解できないよ! でもさ、私に話して少しはスッキリしただろ? 解決には程遠いだろうけどさ」
「……まぁ、そうかもな……せっかくの缶コーヒー、冷めてしまったな」
レンはすっかり冷たくなった手の中の缶を、自分の額に押し当てた。
「……頭冷やそう……俺……」
「そうそう、冷やせ冷やせ……そんでもって前を見ろよ、未来はきっと明るいぞぉ」
サトはケラケラと笑って黄色い花に目をやった。なぜか始めに見たときよりも、その色が鮮やかに映る。
「……お前はほんと……無責任が過ぎる……」
レンはようやく缶コーヒーを口にし、重苦しいため息を吐いた。
「はあ? なんだよそれ……せっかく人がいいこと言ったのによ!」
「だって、俺の未来が明るい保証なんて、どこにもないじゃないか」
「なに言ってんだ。保証付きの人生なんか、何一つ面白くないじゃんか! 自分でああしたいこうしたいってやっていくから面白いんだ、人生ってのは!」
「……それも、先生の受け売りか?」
「……いや、これは私の持論だ。で、これからどうするよ? まだ今日の擬装デート続けるのか?」
サトの問に、レンは少しの間沈黙した。
「……お前、俺と一緒にいて楽しいか?」
「あのな、楽しいわけないだろ? 今までの話の内容、忘れたのかよ」
「……そうだよな……俺はお前に話を聞いてもらえて、良かったと思ってる……母親のことは、そう簡単に変えられないが」
「……そこにいる限り、あんたは暗黒世界で生き続けることになるな……ま、いいんじゃない? どう生きようが、それはそいつの自由だからな!」
サトはうーんと体を伸ばした。
「あー、誰かの役に立ったら腹が減った……やっぱ、公園の軽食じゃ物足りないや! なあ、焼肉食いに行こうぜ! 隊長の奢りで!」
「……オススメの店は?」
いたずらっ子のように笑うサトに、レンの表情が微かに柔らかくなる。
「任せとけ……安くて旨い焼肉ランチを提供する店はチェック済みだ」
「よし、じゃあ行こう」
「一番高いやつ頼んでやるからな、覚悟しとけよ! ん?」
張り切ってベンチから立ち上がったサトの正面に、レンがさっと立ち塞がった。
どうした、とサトが問う前にレンはサトをぎゅうっと抱きしめる。
「ありがとう」
「れ、礼なら普通に言えよ!」
すぐさまサトはレンの体を乱暴に突き放した。
「……これで課題は達成した」
サトから思いっきり突き飛ばされても、レンは口元に微笑を浮かべている。
「はあ? ふざけんなよ、なにが課題だ!」
赤い顔をして叫ぶサトをちらりとも見ずに、レンは公園の出口に向かって歩きだした。
「お、おい! 待てよ! 私の焼肉!」
その後ろ姿を、サトは慌てて追い始めたのだった。
こうでなければならない、が強かった支配的な父から厳しい口調で指摘を受けても嫌な顔一つ見せず、いつも穏やかな笑みを浮かべて対処していた。
正直にいえば、父の理想像を押しつけられるのは、時折窮屈だと感じていた。だがそれは、たった一人の息子である自分に対する期待のあらわれなのだろう。
ならば、父の為にも頑張らなくては。
大丈夫。大好きな母の笑顔が傍にあれば、たくさんの辛いことも乗り越えられる。
そう思っていた。
あの日、はしゃぎながらまるで女の子のように笑う母を見るまでは。
※※※※※
サトは無言のまま、レンの三歩後ろを歩き続けていた。
「なんでかな? なぁんか、気まずい雰囲気なんだよな……私、あいつを怒らせるようなこと、なんか言ったっけ? いや、言ってないよなぁ……っとに、なんなんだよ」
手漕ぎボートを降りてから、レンはずっと無言を貫いていた。その表情はまさに、無、である。
サトは自分の言動を振り返ってみるも心当たりがなく、ぶつぶつなにかを呟いては小さくため息を吐いた。
落ち着かない気持ちのまま歩き回る広い公園内には、様々な色の花があちらこちらで咲いている。可愛らしいそれらを眺めていると、サトの気持ちは少しずつ落ち着いてきた。
「……よく考えたら、こないだ動物園に行った時だって、大して喋ってなかったよな!」
ふと、サトの前を行くレンが足を止めた。
「ん? なんだ?」
サトも同じように足を止めて、ぴくりとも動かなくなったレンの背中を見つめた。
「……楽しくないよな、惚れた相手でもない男と一緒にいても」
「……なんだよ、急に。そんなの、今さらだろ?」
「……すまない」
「は? なんで謝るんだよ……あのさ、謝るくらいならさ、なんかこう……盛り上げようぜ! ……って、そりゃ無理にとは言わないけどさ」
サトは無理矢理、己の高揚感をあげようとしてやめた。
「……だって、私達がこうしてるのは、偽装結婚の契約を結んだからだろ? ……あんたのお父さんを騙す為に……違うのかよ?」
「……違わない」
「あのさ、あんたが急になにを気にし始めたのかは知らないけど、これは私が引き受けた契約でもあるんだ。お互い利益を得る為に……それなのに、今さら謝るなんてどうかしてるぜ!」
サトはすたすたと伏し目がちのレンを追い越し、正面に立った。
「お前は、誰に、なんで謝ってるんだ?」
サトのまっすぐな視線がレンの揺らぐ視線を捕える。
「こないだっから気になってたんだ……お前、いったい何を抱えてるんだ?」
「……別に……何も……」
「嘘をつくな。なにもない奴が、そんなに寂しそうな面するかよ! ……確かに私に話したところで、それは解決しないかもしれない。だけど、黙って一人で抱えるよりずっとマシだろ? それとも信用ならないか、私は」
「……あぁ、信じられない……人は、嘘をつく生き物だから」
レンの低く小さな声が、サトの重暗い胸にじわりと広がっていく。
「まあ、確かにそうだ。それは否定しないさ。だけど、だからといって、あんたが苦しまなきゃいけない理由がどこにあるんだ?」
レンはハッとしてサトを見つめた。
「俺は……苦しそうに見えるのか?」
「うん。私にはそう見えるよ。っとに、社にいる時とは大違いだ。だけどさ、それがあんたの本当のところなんだろ?」
「……それは……わからない……」
レンのぼんやりとした口調に、サトは痺れを切らしたように踵を返した。
「お前、ちょっと来い。私はそんな面した奴の後ろを歩くなんざ、まっぴらゴメンだ。気持ちを切り替えるか、洗いざらい吐いてスッキリするか、どちらか選べ! 制限時間は、私がそこで飲み物を買ってくるまでだ。答えが出せなきゃ、私は一人で帰るからな!」
サトは自動販売機でホットの缶コーヒーのボタンを押しながら、ちらりとレンを盗み見た。
「とりあえずベンチには座ったみたいだな……やれやれ、ほんとに世話がやけんなぁ……ほら……これ飲んで少し頭冷やせ」
サトはほのかに暖かい缶コーヒーをレンに手渡した。
「で? 誰がお前に嘘をついたんだ?」
サトはほろ苦い香り漂う缶コーヒーに口をつけながら、目の前で咲き誇っているたくさんの黄色い花に向かって問いかける。
「……母親だ……」
か細いレンの声が、静かな空気を震わせた。
(やっぱりそうか……だから動物園で私の話を聞いた後あんな面したんだな)
「俺や父さんが知らないところで……あんなに楽しそうに……」
レンはプルタブに指もかけず、滑らかな感触の缶をぎゅうっと握りしめる。
「俺は……見たことがなかった……まるで無邪気な子供みたいに笑う母親の顔を……それを、あの男と一緒にいる時にだけ見せていた……きっと母親は、そいつと密会していたんだ……男は父さんの友達で、何度か家に遊びに来ていた……同じ会社の……」
サトは黙り込んだまま、ただじっとレンの話に耳を傾けていた。
「それをたまたま見かけたのが、八歳位のことだった。俺はまだ子供だったけど、相当ショックを受けた……俺は、すぐに聞いたよ……父さんのこと、嫌いになったのかって」
「……うん……」
「最初は相手にされなかった。なに言ってるのって、笑って誤魔化して……でも、俺はひかなかった。そのうちだんだんと表情が強張っていって……おそらく、俺が何かを知っていると悟ったんだろうな」
はあ、とレンは深いため息を吐いた。
「母親はただ、謝罪の言葉だけを繰り返した。俺の問には答えずに……父さんよりも俺よりも……母親はその男を選んだんだ……それなのに、母親は母であり続けた……父とも別れずに良い妻を演じている……今でもだ」
「……それ、演じてるのか? あんたのお母さんは、その浮気相手と別れたかもしれないじゃないか」
「……もしそうだったとしても、俺は今さらあの人を信用できない」
レンは冷たく静かな声音で言い切った。
「……そうか……それは寂しいだろうな、お前もお母さんも」
サトはしばらく黙りこんだ後、穏やかに晴れ渡る青い空を見上げる。
「母さんも?」
レンは怪訝そうな表情でサトを見る。
「だって、お母さんは家を出ていかずに隊長の傍にいたんだろ? しかも、信用されてないのがわかっててさ……それって、けっこう辛いと思うよ……あ、別に隊長を責めてるわけじゃないからな。信用できなくなるのは当たり前だと思う。でも……」
サトは深く息を吸い、吐いた。
「お母さんの人生は、お母さんが決めることだ。私達子供は、傷つくことはあってもそれに振り回されることはないじゃないか」
「……お前は……大人だな……」
レンはサトを見つめる目を細め、ぼそりと呟く。
「違うよ。この台詞、私が昔じいちゃんに言われたんだ。母さんが家からいなくなった時、家出しようとしたんだ」
サトの切れ長の目が、どこか遠くを見つめていた。
「私がいなくなれば、母さんは家に戻ってくるんじゃないかって……そう思ったんだよね。だから、家出しようとしたんだ。それを引き止められた時に、じいちゃんに言われたのさ。『母さんには母さんの人生があるように、お前にはお前の人生がある。どんなに辛くても、他人の人生にお前の人生を振り回されちゃいかん』ってね……まあ、そうは言ってもまだ五つのガキだったからさ、私も」
ふぅ、とサトはため息を吐いた。
「それからも、色々反抗してきたよ……ばあちゃんを何回も泣かしたし、父さんからはビンタもくらったな……でもじいちゃんは、いつも落ち着いてた……いや、さすがに練習サボった時は、めちゃくちゃ怒られたけどさ」
「……そうか……羨ましいよ……俺にも、そういうことを言ってくれる家族がいてくれたら良かったのに」
「……家族なら、これからつくればいいだろ? こうだったら、ってのを実現するんだよ。もう、大人になったんだからさ」
サトはなんでもないことのようにさらりと言いのけ、にこりと笑った。
「あのな……こんなに性根の暗い俺が、家族なんて作れると思うか?」
「簡単だよ。暗いのが嫌だったら、やめりゃあいいじゃん?」
「やめればいいって……簡単に言ってくれるじゃないか。俺は、お前と違ってナイーブなんだぞ。絶対無理だ」
レンは微かに渋面を作る。
「おや、そうですか! 残念ながら、私にはナイーブなんて単語は無縁でね……まったく理解できないよ! でもさ、私に話して少しはスッキリしただろ? 解決には程遠いだろうけどさ」
「……まぁ、そうかもな……せっかくの缶コーヒー、冷めてしまったな」
レンはすっかり冷たくなった手の中の缶を、自分の額に押し当てた。
「……頭冷やそう……俺……」
「そうそう、冷やせ冷やせ……そんでもって前を見ろよ、未来はきっと明るいぞぉ」
サトはケラケラと笑って黄色い花に目をやった。なぜか始めに見たときよりも、その色が鮮やかに映る。
「……お前はほんと……無責任が過ぎる……」
レンはようやく缶コーヒーを口にし、重苦しいため息を吐いた。
「はあ? なんだよそれ……せっかく人がいいこと言ったのによ!」
「だって、俺の未来が明るい保証なんて、どこにもないじゃないか」
「なに言ってんだ。保証付きの人生なんか、何一つ面白くないじゃんか! 自分でああしたいこうしたいってやっていくから面白いんだ、人生ってのは!」
「……それも、先生の受け売りか?」
「……いや、これは私の持論だ。で、これからどうするよ? まだ今日の擬装デート続けるのか?」
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「……お前、俺と一緒にいて楽しいか?」
「あのな、楽しいわけないだろ? 今までの話の内容、忘れたのかよ」
「……そうだよな……俺はお前に話を聞いてもらえて、良かったと思ってる……母親のことは、そう簡単に変えられないが」
「……そこにいる限り、あんたは暗黒世界で生き続けることになるな……ま、いいんじゃない? どう生きようが、それはそいつの自由だからな!」
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「……オススメの店は?」
いたずらっ子のように笑うサトに、レンの表情が微かに柔らかくなる。
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「よし、じゃあ行こう」
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張り切ってベンチから立ち上がったサトの正面に、レンがさっと立ち塞がった。
どうした、とサトが問う前にレンはサトをぎゅうっと抱きしめる。
「ありがとう」
「れ、礼なら普通に言えよ!」
すぐさまサトはレンの体を乱暴に突き放した。
「……これで課題は達成した」
サトから思いっきり突き飛ばされても、レンは口元に微笑を浮かべている。
「はあ? ふざけんなよ、なにが課題だ!」
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