風魔術は最強でした! ~転生したらもふもふ猫だったので、風魔法で無双しつつ魔女のペットとして暮らしていきます~

子子

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1章

6.初めての魔術と兄 「アーサー兄上。第一王子で、王太子」

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「《風よヴェントゥス 突風となれファクトゥス・テンペスタス》」

 アセリアが耳なじみのない言葉を唱えたと同時に、突風が吹き荒れた。


 ぽひゅん。


『……ん?』

 ふさぁ、と突風の名残がテトの毛並みをさらう。

 けれど、目に見えた効果といえば、ただそれだけだった。

 
『えーっと……失敗した? とか』

 おずおずとアセリアを見上げると、全てを悟りきったかのような、虚無の笑顔が返ってくる。

「私が全力でやったことろで、あの木の葉っぱが落ちて、枝先を宙に舞いあげるくらいかな」

『う、ううん……、そ、そうか。いや、でも、風の先に誰かがいたら、立ってることもできずに吹き飛ばされるんじゃないか!?』

「そうだね。風魔法にできることなんて、それくらいだよ」

 アセリアはほんのすこし、遠くを見るような顔をした。

「"風魔法は、少し人を吹き飛ばすくらいしか能がない。
 運良く頭でも打たなければすぐに戦線に復帰してくるし、鎧を着込んだ騎士、大型の魔物が相手では、そもそもほんの数秒程度の足止めにしかならない。
人々に欠かせない水を生み出すわけでもなく、工作兵として使えるわけでもなく、炎のように的を焼き払うことなど遠い夢。
 故に風魔法使いは――お前は役立たずなのだ!!” ……ってことらしいよ」

 何者かにそういわれたのだろう、アセリアは似合わない口調で、言葉を紡ぐ。

(胸くそ悪い。そういうことかよ)

 王女という身でありながら、役立たずとされる風の属性を持って生まれたアセリア。

 その悲哀は、察するに余りあり、胸が痛まずにはいられない。

「それに、私は他の人より魔力量が少ないみたいで、王族失格みたいなんだよね。だから……」

『アセリア。わかった、もういい』

「むぐ」

 なおも紡がれようとする呪詛のような言葉を、毛並みを口もとに擦り付けることで止める。

「……テト」

 アセリアははっとしたようにテトを抱きしめると、そのお腹に顔面を埋めた。

 くすぐったい。

 本当ならば逃げだしてしまいたいところだけれど、今はこの猫好きの少女の心を癒やすことに全力を注ぐことにする。

 ほーれもふもふ。
 もふもふもふ。
 さあ、思う存分もふるがいい!

『ちょっ、あっ、待ってアセリア、そこはだめえええ』
「あは、ごめんごめん。だって気持ち良いんだもん」

(ふう、機嫌は直ったようだな)

 テトはほっと胸をなで下ろした。

(やはり、子共は笑ってるのがいい)

 子供の、生気を失った能面のような表情など、とても見ていられるものではない。


「アセリア!」


 振り向くと、そこには深い碧の瞳をした美少年が立っていた。

(うわ、これまた美形だな……!)

 整った顔立ちに、凛々しさと優しさが同居している。髪は、アセリアと同じきらめきをもつ金だ。長いそれを後ろで一つに結んでいる。

「兄上……」

 アセリアは小さな声で呟く。

『兄?』
「アーサー兄上。第一王子で、王太子」

(なるほど、つまりこの国の次の王か)

 小さな囁きに頷きを返すうち、アーサーは勢いよくこちらへと近付いてきた。

「お前の姿が見えないと聞いて、心配したんだぞ。どこに行っていたんだ?」

 アーサーはアセリアの頬に手を添えると、真剣な眼差しで彼女を見つめる。

 その瞳には、アセリアへの深い愛情が滲んでいた。

(ほう、兄貴は妹に優しいのかな?)

 だが、アセリアは静かに身を引いて、アーサーの手から逃れてしまう。

「……大げさですよ。別にどこへも行ってません」

 アセリアの態度は、どこか冷たいものがあった。

 テトには不思議に感じられる。

 なぜなら、アセリアから伝わってくる感情は、自分を心配してくれる兄への喜びと幸せで満ちていたから。

(アセリア……。兄のことが好きなくせに、どうして少し距離を置こうとしているんだ?)

「そうか。……とにかく、無事でよかったよ!」

 アーサーもまた、アセリアの反応には寂しそうな様子を見せる。

 しかし慣れてもいるのか、彼はすぐに表情を和らげると、アセリアの頭を優しく撫でた。

「無事でよかった。それで、その猫は?」

 アーサーの視線が、アセリアに抱かれたテトへと向けられる。

『! ええと、初めまして。王太子殿下。テトと申します。アセリア姫に命を救っていただいた縁で、この度ペットになりました。よろしくお願い致します。悪い猫ではありません!』

 テトはアーサーに向かって、丁寧に挨拶をする。
 しかし――

「よくしゃべる猫だね?」

 アーサーはテトの言葉が聞こえていないのか、不審そうな顔でアセリアを見る。

(あ、もしかしてアセリア以外には、俺の言葉が聞こえない感じ?)

 テトは誤魔化すように、にゃーん、と鳴いてみせる。
 アーサーはそんなテトを、少し警戒の孕んだ眼差しで、じっと見つめていた。

「拾ったのかい?」
「うん、そう。風の庭で」
「風の庭で?」

 アーサーの眉が、わずかにひそめられる。

 風の庭――先ほど、テトとアセリアが通ってきた、荒れ果てた庭園のことでも思い出しているのか、その顔が益々険しくない。

「まさか、城の外へ出てたんじゃないよね?」

「まさか。どうやって出るんですか? 私の風では、自分の身体を持ち上げることすらもできないのに」

 アセリアは、つっとアーサーに背を向けた。

 細く華奢な肩が、わずかに震えている。

 それを見たアーサーは、はっと息を飲むと、自分の言葉を後悔したように目を伏せた。

「……すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。その猫がいったいどこから城に紛れ込んだのか気になってね」

「……テト、飼ってはいけませんか?」

 アセリアはアーサーを上目使いで見やる。その瞳は、やはりどうみても潤んでいるように見える。

 当然ながら、アーサーは目に見えて気まずい顔をした。

「そんなことはないよ。ただの猫だろう。もちろん、アセリアの好きにするといい」
「ありがとうございます、兄上」

 アセリアは、ふわりと笑顔を浮かべる。
 その笑みを見たアーサーはほっと胸を撫で下ろし、そして踵を返した。

「とにかく、無事で良かったよ。それじゃあ、僕はそろそろ戻ろう。実は、家庭教師の目を誤魔化してきてるんだ」

 悪戯っぽい笑みと、ぱちりとウインクを1つ残し、アーサーは元来た道をかけていく。

「……ふう」

『実の兄貴に嘘泣きはどうかと思うぞ』

「だって、兄上の許可があれば強いし。だからいい機会かなって」

『まあ、確かに王太子の許可っていうのは強そうだけど』

(なーんていうか、この兄妹、ちぐはぐしてるなあ)

 アセリアは、小さくなっていく兄の背中を、今もなおじっと見つめている。

 その眼差しは、愛をねだる寂しげな子供そのものだ。

 そのくせ、心の奥底には兄への恐怖と、不信がある。

(うーん、さすが王族。兄妹みんな仲良しこよしってことにはいかないのかね)

 互いを大切に想い合っているのは明らかなのに、どこか歯車が噛み合っていないふたりに、テトやきもきとした。
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