白の衣の神の子孫

キュー

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第二章 見知らぬ土地へ

神殿への道 10

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「よかった……」
大きな瞳からポロリと涙がこぼれる姿を目にした彼は、胸が締め付けられるようだった。
「あ…りがとう……」
彼女に感謝の気持ちを伝えたいと、彼は思った。名前はもとより、何も思い出せない自分が、唯一覚えているのは、目の前で安堵の涙を流す彼女の事だけ。そんな何処の誰ともわからぬ者を彼女は助けてくれたのだ。
「死んでしまうかと………」
ふるふると小刻みに震える睫毛に涙が揺れるのを見た時、彼の胸の音は今度は早く、大きくなった。
「……何か……思い出した?……」
「何も……でも……『マ・ラ・ジャ』は……俺に……何か……意味ある……と思う……」
ゆっくり、休み休み伝える彼の言葉を聞き取ろうとジュジュは、少し…また少し…と、近づいた。
  彼の顔と、触れんばかりの距離に薄く開いた彼女のぷっくりとした唇があり、彼の視界に入る。艶々と色付いた唇が僅かに動き、不意に柔らかい唇の感触を思い出してしまった。益々胸の鼓動が大きくなり、彼は言葉を区切りながら、何とか声を絞り出す。緊急時の行為とはいえ、まだ若い女性と唇を重ねてしまった事を、いずれ詫びねばならないだろうと思う。
「…俺のこと…は……マ…ラ…ジャ…と……呼んでくれ………君の……名を……教えて…ほしい……」
目を真ん丸にしたジュジュは口を『あっ』の形に開け、驚いた表情になり、すぐに恥ずかしそうな顔になり、両手で顔を覆った。
「あなた、名乗ってなかったの?」
レイラがジュジュに静かに言った。頷くジュジュは両手で顔を覆ったままだ。その覆った手の下の顔は真っ赤である。
「うん。………あたし……ジュジュ。……ジュジュって言うのよ。マラジャ。」
「うん……よろしく……ジュジュ。」
ニッコリ笑おうとしたマラジャだが、顔も擦り傷だらけで、結果的にこわばった笑い顔になった。

 
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