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2. 結婚しました
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『エズラ』
王都で大人気の、有名作家の一人。
年齢・性別などは一切公表されておらず、謎に包まれた人物である。
◇
「いやいや、そんなことがあるわけないわ。あなたがあのエズラだなんて、信じられない!」
首をブンブンと横に振り、思わず声も裏返る。
大人気の推し作家が霊となって自分の前に現れるなんて、絶対に有り得ない。
エズラは年齢も性別も不明の人物なのだから、いくらでも詐称できる!と私は声高に主張した。
「じゃあ、俺が作者本人だと証明するために、その本の内容を詳しく話すか?」
「これは去年出版されたものだから、あなたが内容を知っていても不思議ではないわ。そんなことでは証明にならない」
「まさか、信じてもらえないとは思わなかったな。これでは、話が進まない……」
彼の困惑した様子がひしひしと伝わってくるが、今の私はそれどころではない。
次々と飛び出す衝撃的な話に、頭の中はパンク寸前。
一分でも一秒でも早く、自身を落ち着かせたい。
しかし、大きく深呼吸をしたところではたと気付く。
自分がここにいる理由を、ふいに思い出したのだ。
「えっと……申し訳ないけど、あなたのお願いを受けることはできないわ。私は、その……事情があって、ここである人が来るのを待たなければならないの」
「ああ、そのことなら問題ない。その『ある人』というのは、俺のことだからな」
「えっ!? 債権者は、あなたなの?」
「そうだ。俺はミーサさんの店の常連客で、半年前に店の改装資金を融資した」
叔母が店の改装をしたのは半年前だから、彼の言葉に間違いはない。
でも、休日にはカフェの手伝いをしていた私が、彼にまったく見覚えがないのはなぜなのか。
「常連客といっても、俺は週に一度くらいしか来られなかったからな。それに、いつも帽子を目深に被って人目につかないようにしていた」
なるほど。
彼が本物のエズラであるならば、その行動も理解できる。
私の手伝いは週に一,二回程度だったから、すべての常連客の顔を覚えているとは正直言い難い。
ひとまず納得したところで、今度は別の疑問が湧いてきた。
「えっと……あなたへ質問をしても、いい?」
「なんだ?」
「なぜ、『私と結婚をする必要があるのか?』ということなんだけど……」
私は、『借金の形』としてここにいる。
債権者から命令されれば、執筆の手伝いでも何でもやらなければならない立場だ。
だから、わざわざ結婚する必要はないはずなのに。
それに、そもそも『霊』と結婚なんてできるのだろうか?
私からの至極当たり前の問いかけに、彼は「君が疑問に思うのは当然だ」と笑った。
「『結婚』をするのは、仕事の手続き上、必要だからだ」
彼は、版元の店主と『原稿を取り扱うのは、本人もしくは家族のみ』と契約を交わしているのだとか。
これは情報漏洩や紛失を防ぐための措置であり、万が一のときの責任の所在を明らかにするためとのこと。
版元側で原稿を扱えるのは、店主もしくは彼の息子のみ。
(自称)エズラ側は、これまでは本人だけだった。
「今の俺はこんな姿だから、絶対に代理人は必要だろう?」
「そうなのよね……それが、一番ショックが大きいわ」
まざまざと現実を突きつけられた私は、大きなため息を吐く。
そんな私の周囲をふわふわと時計回りに浮遊していた彼は、今度は背中を向けながら逆回転に進むという器用なことを始めた。
そういえば、この人は何歳なのだろう。
行動が妙に子供っぽい時があるけど、十七歳の私より年上なのだろうか。
「俺が霊になっていることが、そんなにショックだったのか?」
「当たり前でしょう! あなたの話を信じれば、その……エズラは亡くなっているってことだから、もう新作が読めないじゃない」
「……ショックを受けているところ非常に言いにくいが、俺はまだ死んではいないらしい」
「『らしい』って、どういうこと?」
「俺も自分は死んだと思っていたが、さっき久しぶりに家の様子を見に行ったら、なぜか寝室のベッドに寝かされている青白い顔をした俺がいた。周りには治癒士たちがいて、家族が俺を助けようと必死になっていたな」
「家族なんだから、当然よ。それなのに、あなたは何と言うか……」
どうやら彼は、死霊ではなく生き霊らしい。
霊となっても執筆活動には意欲的だった彼が、自身のことをどこか他人事のように淡々と話す。
それが、とても気になった。
こんなときは相手の顔色を窺うのだけれど、霊体がぼんやりとしているため表情を読み取ることはできない。
どうしたものかと考えこんでいた私は、急に大事なことを思い出した。
「そうよ! そんな大変なことになっているときに、あなたは一体何をしているの!! 助かる可能性だって残されているのだから、まずは『生きたい』と強く願わないと、助かる命も助からないのよ!! これは、私の祖母の受け売りだけどね」
生死の境をさまよっている状態のときは、本人の強い意志があるか・無いかで命運が決まると祖母は言っていた。
だから、他人事のように淡々とした言動は止めよう!と諭す私に、彼は力なく笑う。
「エズラ本の読者にこんなことを言うのはつらいが、たとえ俺が助かったとしても、本は二度と出版できない」
「なぜ?」
「これまでとは違い、周囲の環境も状況も一変するからだ。本職に時間を取られて、趣味に充てられる時間は皆無になる。好きな執筆活動もできず、ただ生ける屍となるくらいなら、このまま死んだほうがましだ」
「…………」
彼は、いろいろと訳アリのようだ。
もちろん、私は私的なことまで尋ねるつもりはない。借金の形という立場だし……
ただ、きっぱりと言い切った彼に、かける言葉が見つからなかった。
◇
彼たっての希望で、その日の内に役場へ婚姻届を提出し、私たちは正式に夫婦となる。
確認したが、彼の死亡届は提出されておらず、『エズラ』という名も本名だった。
ただし、作家のエズラかどうかは、現時点では不明のままだ。
学校を卒業したばかりの私は十七歳。エズラは十六歳……年下だった。
書類への署名は、エズラが私の右手に右手を重ねる形で自署するという高度なことをやってのけ、問題なく受理される。
じゃあ、これからはこの方法で執筆もするの?と尋ねたら、それは無理そうだと苦笑していた。
見れば、エズラの右手だけが消失している。
なんでも、さっきの署名だけで霊体にかなりの負担がかかったらしく、全身で私に乗り移れば確実に消滅しそうとのこと。
時間が経てば右手は復活するそうだけど、消滅されるのは非常に困る。
私はこれから、少しずつ借金を返済していかなければならないのだから。
王都で大人気の、有名作家の一人。
年齢・性別などは一切公表されておらず、謎に包まれた人物である。
◇
「いやいや、そんなことがあるわけないわ。あなたがあのエズラだなんて、信じられない!」
首をブンブンと横に振り、思わず声も裏返る。
大人気の推し作家が霊となって自分の前に現れるなんて、絶対に有り得ない。
エズラは年齢も性別も不明の人物なのだから、いくらでも詐称できる!と私は声高に主張した。
「じゃあ、俺が作者本人だと証明するために、その本の内容を詳しく話すか?」
「これは去年出版されたものだから、あなたが内容を知っていても不思議ではないわ。そんなことでは証明にならない」
「まさか、信じてもらえないとは思わなかったな。これでは、話が進まない……」
彼の困惑した様子がひしひしと伝わってくるが、今の私はそれどころではない。
次々と飛び出す衝撃的な話に、頭の中はパンク寸前。
一分でも一秒でも早く、自身を落ち着かせたい。
しかし、大きく深呼吸をしたところではたと気付く。
自分がここにいる理由を、ふいに思い出したのだ。
「えっと……申し訳ないけど、あなたのお願いを受けることはできないわ。私は、その……事情があって、ここである人が来るのを待たなければならないの」
「ああ、そのことなら問題ない。その『ある人』というのは、俺のことだからな」
「えっ!? 債権者は、あなたなの?」
「そうだ。俺はミーサさんの店の常連客で、半年前に店の改装資金を融資した」
叔母が店の改装をしたのは半年前だから、彼の言葉に間違いはない。
でも、休日にはカフェの手伝いをしていた私が、彼にまったく見覚えがないのはなぜなのか。
「常連客といっても、俺は週に一度くらいしか来られなかったからな。それに、いつも帽子を目深に被って人目につかないようにしていた」
なるほど。
彼が本物のエズラであるならば、その行動も理解できる。
私の手伝いは週に一,二回程度だったから、すべての常連客の顔を覚えているとは正直言い難い。
ひとまず納得したところで、今度は別の疑問が湧いてきた。
「えっと……あなたへ質問をしても、いい?」
「なんだ?」
「なぜ、『私と結婚をする必要があるのか?』ということなんだけど……」
私は、『借金の形』としてここにいる。
債権者から命令されれば、執筆の手伝いでも何でもやらなければならない立場だ。
だから、わざわざ結婚する必要はないはずなのに。
それに、そもそも『霊』と結婚なんてできるのだろうか?
私からの至極当たり前の問いかけに、彼は「君が疑問に思うのは当然だ」と笑った。
「『結婚』をするのは、仕事の手続き上、必要だからだ」
彼は、版元の店主と『原稿を取り扱うのは、本人もしくは家族のみ』と契約を交わしているのだとか。
これは情報漏洩や紛失を防ぐための措置であり、万が一のときの責任の所在を明らかにするためとのこと。
版元側で原稿を扱えるのは、店主もしくは彼の息子のみ。
(自称)エズラ側は、これまでは本人だけだった。
「今の俺はこんな姿だから、絶対に代理人は必要だろう?」
「そうなのよね……それが、一番ショックが大きいわ」
まざまざと現実を突きつけられた私は、大きなため息を吐く。
そんな私の周囲をふわふわと時計回りに浮遊していた彼は、今度は背中を向けながら逆回転に進むという器用なことを始めた。
そういえば、この人は何歳なのだろう。
行動が妙に子供っぽい時があるけど、十七歳の私より年上なのだろうか。
「俺が霊になっていることが、そんなにショックだったのか?」
「当たり前でしょう! あなたの話を信じれば、その……エズラは亡くなっているってことだから、もう新作が読めないじゃない」
「……ショックを受けているところ非常に言いにくいが、俺はまだ死んではいないらしい」
「『らしい』って、どういうこと?」
「俺も自分は死んだと思っていたが、さっき久しぶりに家の様子を見に行ったら、なぜか寝室のベッドに寝かされている青白い顔をした俺がいた。周りには治癒士たちがいて、家族が俺を助けようと必死になっていたな」
「家族なんだから、当然よ。それなのに、あなたは何と言うか……」
どうやら彼は、死霊ではなく生き霊らしい。
霊となっても執筆活動には意欲的だった彼が、自身のことをどこか他人事のように淡々と話す。
それが、とても気になった。
こんなときは相手の顔色を窺うのだけれど、霊体がぼんやりとしているため表情を読み取ることはできない。
どうしたものかと考えこんでいた私は、急に大事なことを思い出した。
「そうよ! そんな大変なことになっているときに、あなたは一体何をしているの!! 助かる可能性だって残されているのだから、まずは『生きたい』と強く願わないと、助かる命も助からないのよ!! これは、私の祖母の受け売りだけどね」
生死の境をさまよっている状態のときは、本人の強い意志があるか・無いかで命運が決まると祖母は言っていた。
だから、他人事のように淡々とした言動は止めよう!と諭す私に、彼は力なく笑う。
「エズラ本の読者にこんなことを言うのはつらいが、たとえ俺が助かったとしても、本は二度と出版できない」
「なぜ?」
「これまでとは違い、周囲の環境も状況も一変するからだ。本職に時間を取られて、趣味に充てられる時間は皆無になる。好きな執筆活動もできず、ただ生ける屍となるくらいなら、このまま死んだほうがましだ」
「…………」
彼は、いろいろと訳アリのようだ。
もちろん、私は私的なことまで尋ねるつもりはない。借金の形という立場だし……
ただ、きっぱりと言い切った彼に、かける言葉が見つからなかった。
◇
彼たっての希望で、その日の内に役場へ婚姻届を提出し、私たちは正式に夫婦となる。
確認したが、彼の死亡届は提出されておらず、『エズラ』という名も本名だった。
ただし、作家のエズラかどうかは、現時点では不明のままだ。
学校を卒業したばかりの私は十七歳。エズラは十六歳……年下だった。
書類への署名は、エズラが私の右手に右手を重ねる形で自署するという高度なことをやってのけ、問題なく受理される。
じゃあ、これからはこの方法で執筆もするの?と尋ねたら、それは無理そうだと苦笑していた。
見れば、エズラの右手だけが消失している。
なんでも、さっきの署名だけで霊体にかなりの負担がかかったらしく、全身で私に乗り移れば確実に消滅しそうとのこと。
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