かつての主人が売られていたので買いました

muku

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17、暇ですよね?


 * * *

 いつもは好きなだけエデルのことを寝かせているユリウスだったが、今朝は「食事の時間ですよ」と言って揺り起こしてきた。
 粥を少しと、果物を食べる。食事をしなかったところで餓死もしない体だから、近頃は食べる必要もないのではないかと思っていた。しかし、ユリウスに「これ、美味しいですよ。旬ですから」と渡された柑橘系の果物は、確かに味が良かった。

「エデルは魔人の文字が読めますか?」

 食事の席で、唐突にそんなことを尋ねられる。

「いや、ほとんどわからないな……。全くというほどでもないが」
「読める単語もあるのでしょう?」
「まあな」

 目にする機会がないでもなかったから、周りの会話と照らし合わせて、これはこういう意味なのだろうと知った言葉もある。だが奴隷という身分なので、当然学ぶ機会はなかった。

「では今日から勉強しましょう。ザシャをつけますから、教わってください。ウォルフは馬鹿だからものを教えるのには向いてないですけど、ザシャなら上手くやれるでしょう」
「し、しかし……」

 エデルは慌てた。勉強、というものが自分には不釣り合いな行為に思えたし、ザシャの時間を割くというのが申し訳なかった。それに、何故そんなことをしなければならないのかという疑問が浮かぶ。

「意味があるだろうか? 私が……奴隷が、学ぶなんて……」

 私のするべきことは、ユリウスに抱かれることだけであるはずだ。
 ユリウスはにっこりする。

「暇ですよね? エデル」
「えっ」

 ずばり指摘されて、返す言葉もない。
 考えてみれば、一日中惰眠を貪って何もしていなかった。

「文字を読めるようになれば、便利なこともありますよ。あなたが昔、教えてくれた。学んだことは、必ず自身の糧となる、と。是非、昔みたいに、本を読み聞かせてくださいよ」

 ふわりと、過去の記憶が頭に浮かぶ。彼に読み書きを教え、本を読んでやった。物覚えのいいユリウスは人間の言葉をすぐに覚えた。だから自分で読めるはずなのに、はにかみながら寝床へ本を持って来て、読んでほしいとお願いしてきたのだ。

「魔族の世界にも、読み聞かせるような物語があるのかな?」
「ありますよ。血生臭くて下品な、最低のお話がね」

 それを聞いてエデルは吹き出した。想像がつかないが、あまり気持ちの良い内容ではなさそうだ。そんな物語を、身分の高い黒角の君に自分が読み聞かせるところを考えただけで滑稽で笑えてくる。

「それが嫌なら、官能的な話もありますから」
「そんなものを私に口に出して読ませる気か?」
「その後が盛り上がるかもしれないでしょう」
「悪い子になったな、ユリウス」

 おどけて言うと、ユリウスは妙に嬉しそうに微笑んだ。
 食事を終えてユリウスが出て行き、エデルも久々に自室へ戻った。今日はあの薬を飲んでいないから、いささか気分が優れない。
 ライムが代わりに、あれよりも効き目が薄いが精神を安定させる作用がある粉薬を渡してくれた。

(あの液体は、飲まない方がいいだろう。今日はやることがあるから……)

 ザシャが来て、文字の読み方を教えてくれる予定なのだ。鎮静剤を飲んだら勉強どころではなくなってしまう。
 予定というものがあると、気が引き締まるものらしい。決して精神状態は良くなかったが、エデルはため息をついてから頬を叩き、気合いを入れた。


 夜になると不安感が強くなり、また涙が流れる。ユリウスの寝室にやって来ていたエデルは、あれが欲しいとねだり始めた。

「飲ませてほしいんだ……。あれがなくちゃ……眠れない」
「もうないんですよ」

 一緒に寝台に横たわるユリウスが、優しく言い聞かせてくる。

「嘘だ。もっとあったはずだ。お願いだから、ユリウス……」

 ユリウスはかぶりを振る。

「じゃあ、抱いてくれ」
「今夜はこれだけです」

 裸で交わるのではなくて、本当にただ抱きしめるだけだった。酷く物足りないが、ユリウスの温もりは心地良い。
 与えられたのは、性欲を抑えるための抑制剤だった。

「涙が止まらないんだよ……」
「いくらでも泣いてください。ずっと俺はここにいますから」

 しがみついて静かに泣き続けるエデルの背中を、ユリウスはずっとさすってくれた。

(このままじゃ、いけない)

 はっきりと、己の声を心がとらえる。
 そうだ、ずっとわかっていた。泥から抜け出すには体が重い。横たわっている方が気が楽で、快楽に溺れている方が心地良い。
 けれど、これは私の望みではない。
 まだすっかり、立ち上がる力が失われたわけではないはずだ。

 まだ立てるのなら――立ち上がらなければ。その先に一歩踏み出す余力がなかったとしても。行く先がなくても。
 まずはただ――ユリウスに支えてもらいながらでも、立たなければ。
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