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33、旗印
* * *
五戦目の相手は若い青年で、そこそこの手練れではあった。かなり本格的に鍛えているらしく、動きが敏捷だった。目つきの厳しさも素人といった感じではない。
これに勝てば、いわゆる決勝である。
実力からいって自分の敵ではなかったが、穏便に終わらせたいと思うエデルにとっては、多少苦戦する相手ではあった。殺気で怯むような男ではなさそうだ。
エデルが一歩引いたところで、相手が足を振り上げた。ふくらはぎの辺りから、鋭く光るものがのびる。反射的に首をのけぞらせたので触れずに済んだが、どうやらそれは隠し武器のようだった。
剣と剣で闘うという決まりがあるから当然違反ではあるし、観客も皆気づいているだろうが、誰も止めはしない。
魔人達にルールというものはあってないようなものだ。盛り上がりの方が重視され、より面白くなるのなら違反は大目に見られる。
鼻がそがれなくてよかった、と思いながらエデルは反撃に出た。相手もかなりの本気なようだから、エデルも手は抜けない。
結局試合は今までのものより少々長引き、切り傷をつけるのは避けたが相手にかなりの打撲を負わせ、エデルは勝利をおさめた。
それでほっとしたエデルだったが、直後に控え室でまた彼と顔を合わせることになるとは思わなかった。あの隠し武器を使った青年が一人、エデルを訪ねてきたのだ。
「辺境伯閣下」
そう声をかけられた瞬間、誰のことを言っているのかわからずにエデルは怪訝な顔で控え室の入り口に立っている青年を眺めた。
「……私のことを言っているのか?」
「そうです。あなたはベルクフェン王国の、エデル・フォルハイン辺境伯閣下でしょう」
懐かしい響きだった。まるで子供の頃に読んだ物語の本に出てきた名前かのようだ。
滅びた国。失った地位。痛みすら感じないほどにそれらは遠い。
「お話があるのです、閣下」
「その、『閣下』というのはやめてくれないか?」
「あなたは辺境伯という身分であらせられましたので……」
「やめてくれ」
口から出た言葉には、感情がこもっていなかった。
「十年以上前に国は滅びた。爵位というのは国から授かるものだ。私はもう辺境伯ではないし、敬われる存在ではない。今は奴隷で、ただのエデルだ」
この発言の何が気に障ったのか、青年は顔をしかめていた。
エデルにとって、貴族であった時代は完全に過去であり、切り離されたものだった。間違いなく貴族であったと言われればそうなのだが、もう意味がない。以前のような気持ちは取り戻せないし、「フォルハイン辺境伯」として振る舞うのは無理だった。
青年はゲルトと名乗った。他の控え室に出入りは出来ないはずだったが、係の魔人に金を握らせて通してもらったらしい。
自分がつけた打撲のあとが痛々しくて罪悪感がうずいたが、ゲルトはこのくらい何でもない、卑怯なことをしてすまなかったと謝った。どうやらエデルの力量をはかりたかったらしい。
「聞いていた通りです。エデル様、あなたはとてもお強いようだ」
ゲルトは短く自分の身の上話を語った。魔人の領地に侵入して捕らえられ、奴隷にされたことになっているが、実は偵察のために潜んでいるのだと彼は言う。
「我々人間は、いつまでも引っ込んでいるつもりはありません。いずれは魔族に逆襲するつもりでいます。そのための準備を進めているのです」
窓がなく薄暗がりの控え室の中、ゲルトの瞳だけが強い意志を宿して光っている。
今日は天気が良くて、埃っぽいから喉が渇くな、とエデルは思った。魔人が手配したにしては親切にも水差しが用意してあるから、そこからコップについで水を飲む。ゲルトにもすすめたが彼は断った。
「魔族に思い知らせてやるんです。いずれ奴らに攻撃を仕掛けます」
「気持ちはわかる。しかし、現実的ではないな」
エデルは気乗りがしないながらも詳しい説明を求めた。
生き残りの人間達は村を作って生活しているらしく、厳しいながらもどうにか暮らせていけているそうだ。魔族に襲撃された時に備えて、以前よりは住む地域を分散しているという。賢い選択だとは思った。
といっても、魔人達は今人間にさほど興味はないだろう。彼らにとって人間は蟻のようなものだ。自分達の生活圏から離れたところに巣を作る蟻に関心は持たない。
ゲルトによると、いつか魔人の住むどこかの地域に奇襲をしかけるつもりらしい。だが現在の、村や集落に住む人数、戦力となる者の数を聞いたエデルは、とても無理だと感じた。
「まだそういう時期ではないと思う。計画性もないし、見通しが甘すぎる。返り討ちになって全滅して終わりだ。君達は現在、幸運にも魔人達に無視されている状況で、切羽詰まっているわけではない。早まらない方がいい」
本音を言えば、「諦めるべきだ」と言ってやりたい。魔人と人間には力の差がありすぎる。だが彼らにも矜持があるし、奪われたものを取り戻したいという気持ちが捨てられないというのも理解できた。
「私は君達の助命のために体を張ったのだから、少しは口出しをする権利があるだろうな? 無駄死にはしてほしくない。命は大切にしてくれ」
「反抗するなと?」
「そうは言っていない。やるつもりがあるのなら、慎重に、時期を見てやるんだな。何十年かかるかはわからないが」
「……他人事のような口振りですね」
「他人事だ。私は奴隷で、魔人達の国で暮らしている。力にはなれない」
ゲルトは険しい顔をしたままで身を乗り出した。
「エデル様、我々には旗印が必要なんです。あなたに是非強力してほしい。立ち上がって、一緒に戦ってください」
「旗印……?」
「そうです。かつて多くの魔族を退けた辺境伯であるあなたがいたなら、きっと士気は上がるでしょうから」
すうっと、血の気が引く感じがした。
彼らは、また私に前線に立てと言うのか?
そして? 戦に負けたら、またあの時のようなことが繰り返される?
――もう、嫌だ。
――あんな地獄は、味わいたくない。
情けなくも震えそうになった時、ふと頭上に翼が広げられたような錯覚を覚えた。
――そうだ、大丈夫だ。そんなことにはならない。ユリウスが、いるのだから。
「悪いが、無理だ。私は強力に縛られる性奴隷の紋がつけられていて、それは消すことができない」
「俺も手をつくして、奴隷の紋を消せる方法を見つけたんですよ。エデル様のものはまだ無理ですが、いつかやり方が見つかるかもしれません。あなたをあの黒角の魔人から解放してみせますよ」
この青年に、何と説明したらいいのだろう。
エデルはとにかく、危険だからそんなことはしようとしてくれなくていい、私のことは忘れてくれ、と伝えた。
説得できなかったことにゲルトは意気消沈していたが、部屋から出て行く前に名残惜しそうに振り返った。
「俺達と一緒に、来てはくれないんですか?」
エデルは力なく微笑んで、かぶりを振った。
「申し訳ない。だが、私は同胞のために尽くしたつもりだ。もう、許してくれないか」
どう話を聞いているのか知らないが、私はただのか弱い一人の男だ。どうにかやっと立ち上がったばかりで、ユリウスの手を握らないと、どこへも行けそうにない。
ゲルトは返事をせずに、一礼をして去って行った。
血気盛んな青年が去ってくれて安堵し、エデルは詰めていた息を吐いた。自分にもああいう時期があったが、今はあの若さと真面目さが眩しすぎる。
彼らと共に道は歩めないが、自分も人間を完全に見捨てたわけではない。自分なりの方法で彼らに手を貸したいとは思っている。
「さて、仕上げだな」
エデルは呟くと、椅子から腰を上げた。
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