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34、望み
* * *
エデルは無事に闘技大会で優勝した。
無傷であったし、自分以外の試合でも死人は出ていないというから何よりである。
エデルは勝利した後、目線を上げてユリウスの方へと頷いてみせた。ユリウスは目顔で応じて、ゆっくりと席を立ち、観客席から姿を消す。
その後エデルはゼルガーダンのところへと通された。
どこかで顔を見せるのではないかと思われたツァイテールは、とうとう最後まで見かけなかった。奴隷商人でゼルガーダンに保護されているのだから、観客席に座らせてもらえそうなものなのだが。あの男ならこういう見せ物を好むだろう。ましてや、エデルが出るというのだから。
とにかく、エデルはゼルガーダンと対面することとなった。
闘技場の奥にある静かな部屋で、ゼルガーダンが椅子に座って待っている。確か個人名はムント。ムント・ゼルガーダンだ。
頭に生えているのは、ユリウスほど黒々としているわけではないが濃い色をした立派な角だ。冷ややかな目つきをしており、顎は細く尖っている。整った顔ではあるが、やや神経質さを感じた。
「黒角卿が所有している奴隷だな。名は?」
見た目から想像する通りの低い冷ややかな声音で、その魔人は尋ねてきた。
「エデルと申します」
「お前の闘いは見事であった。望みを言うがいい」
ユリウスを目の敵にしているということもあり、口では褒めているがエデルがここにいるのを歓迎していない様子ではあった。
「ただし、何でもというわけにはいかないが」
「と、仰いますと?」
「常識の範囲内での望みしか叶えてやらぬという意味だ。私の全財産が欲しいだの、天の星を一つくれだの、千人の魔人の首を並べたいだの、己の立場をわきまえぬ戯れ言を口にすれば、ただちにこの場で死んでもらう」
過去にそのような発言をした人間がいたのだろうか。
要するにこの大会はちょっとした遊びのようなもので、褒美もそれに見合うものしか与えてやれないということなのだ。
このいかにも恐ろしい顔をした魔人にそうやって喧嘩を売るような発言をした人間がいたとしたら、命知らずだろう。
「閣下。私の望みは、アロイス・ツァイテールが、売るのを目的として育てている人間の奴隷を解放していただきたいということです」
ゼルガーダンは顎を手で撫でている。無表情で感情は読みにくいが、愉快な気持ちで話を聞いてはいなさそうである。
「それはツァイテールのしていることであって、私は関係がないのだが」
「閣下はツァイテールに影響力がおありです。あなたの命令なら、あの男も聞き分けるしかないでしょう。ですからお願い申し上げるのです。そして、閣下がツァイテールから引き取られた奴隷がおりましたら、彼らも解放してやっていただきたい」
「エデルよ、望みは一つだけだ。それでは二つにならないか?」
エデルはわずかに穏やかな笑みを浮かべて、黙ったままゼルガーダンを見つめる。ゼルガーダンが眉間にしわを寄せた。エデルの表情と沈黙の意味を考えているのだろう。
「私は同胞を助けるためにかつて力を尽くしました。それで災いは退けられたと思い、それを糧に生きてきたのです。魔人の方々は、概ね約束を守ってくださいますから」
これが魔人の不思議な文化の一つなのだが、彼らは身分が高ければ高いほど、「約束を守る」。義理堅いのではなく、約束を守れる者は余裕があると評価されるかららしい。
エデルは自分の身と引き替えに、魔人の将軍と、人間にはもう手を出さないとの約束を交わした。だからあれ以上やたらと狩られなかったのだ。
「私が人間をさらって来たのではない。ツァイテールが勝手にやったことだ」
いよいよゼルガーダンは不快さを顔にあらわし始める。
「しかし、あなたも関わっておられますね? ツァイテールが人間の奴隷を育てているのは、閣下の領地の中です」
怯むことなく淡々と、エデルはゼルガーダンに言った。
不興を買えば殺される可能性があるのは承知の上だ。だが、余程腹に据えかねる言動をエデルがしない限り、ゼルガーダンはこちらに手を出さないだろう。そう考える根拠がエデルにはあった。
大きく息を吸い込んだゼルガーダンは目を細めてエデルをにらみつけた。
「お優しい辺境伯閣下は、またしても体を張って屑のような同胞を救おうというのか。全く、涙ぐましい」
「大して体は張っておりません」
嫌みにたいしてエデルは笑顔を返した。
――お優しい辺境伯閣下。
初め、エデルのことは知らなかったような口ぶりだったが、やはり知っていたのだ。当然のことなので驚きもないが。慎重派であるなら情報収集に手を抜くはずがない。
言うことは言った。後は、彼の返事を待つだけである。
長い沈黙が流れ、ゼルガーダンは発言を撤回するよう無言でエデルを威圧しているかのようだった。だがエデルは撤回する気はないし、他の望みもない。
別の領地に売られていった奴隷まで助けるよう願うのは難しいだろう。それは別のルートでの救出を考えるしかない。ひとまずは、手の届きそうな範囲だ。
「考えておく。だが、望みが必ず叶えられるとは思うなよ。全ては私の気分次第だ」
そもそも、ゼルガーダンの気紛れによって行われている催し物なのである。何をどうする権利も彼にある。
「きっと、閣下は私の望みを叶えてくださるでしょう」
エデルは恭しく礼をすると、意味ありげに見えるであろう笑顔をゼルガーダンに向け、彼の護衛に腕をつかまれて部屋を退出した。
* * *
通路を歩いていると、上から見覚えのある人物が降ってきて着地した。
「何もされませんでしたか?」
ウォルフである。エデルは彼を安心させるように笑って肩をすくめた。
「機嫌は悪そうだったが、別にどやされたりはしなかったし、ぶたれもしなかったよ」
「良かったっすよ。あなたがあの男にぶたれたら、もう戦争になるでしょ」
ならないよ、それくらいで。とはエデルももう言わなかった。一触即発になった場合、ゼルガーダンよりもユリウスをなだめる方が骨が折れそうだ。
「ツァイテールはどうだった?」
エデルはウォルフに頼んで、ツァイテールの居所をさぐってもらっていたのだ。
「それが、どこにもいないんですよね。与えられている邸宅にも姿をあらわさないし、どこかへ出かけたことは確かなんですけど、こそこそ隠れるのが得意な奴みたいで」
エデルとしては、どうあっても今日のうちにツァイテールに会っておきたかった。言いたいことがあるし、とにかくいろいろな事情で時間がないのだ。
堂々とゼルガーダンの領地に侵入できたので多少動きはとれたが、あまり不審がられて揉めたくもない。エデル達はさっさと引き上げるべきだろう。
「ウォルフ、すまないがもう少しさがしてもらえるだろうか」
「わかりました。もしかしたら、この建物のどこかに潜んでいるかもしれないですしね。あーでも、エデル様を一人で残しておくわけには……」
「そんなに心配することはないよ」
「そうっすかぁ?」
エデルはウォルフほど身軽に動けないのである。一緒に行動しては足手まといになるだろう。「早くあなたを安全なところにお連れしたいんですけど」と渋るウォルフをエデルはどうにか説得し、ウォルフは再びツァイテールの捜索に戻った。ユリウスとザシャは別の件で動いている。
一人になったエデルは、自分の腰を見下ろした。試合以外で武器を手にする許可が与えられるはずもなく、当然丸腰だった。
ウォルフを待つにしても、あまり建物の入り組んだ場所で一人でいるのは危険かもしれない。敵地のようなところなので、どこにいても大して安全は確保できない気もするが、移動しようかと歩き出す。
そこで、後ろに気配を感じて振り向こうとした。
が、瞬時に強い力で羽交い締めにされる。
エデルは一瞬迷って、手を差し伸べたがそれが何かに触れることはなかった。
顔に布が押し当てられた。息を吸い込むと、何やら甘ったるい香りが鼻腔に広がる。
一息で、急速に意識が遠のくのを感じた。体から力が抜けて、立っていられなくなる。そのまま崩れ落ちそうになるのを、羽交い締めにしていた誰かが受け止めた。
もう一人、誰かが近くにいる。その不快な笑い声は、一時期何度も悪夢の中で聞いた男のものらしかった。
ふつりと、エデルの意識がそこで途切れた。
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