かつての主人が売られていたので買いました

muku

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35、滑稽な男


 * * *

 目が覚める前に、体の不快感に気がついた。燃えるように熱い。全体というより、あちこちにおかしな熱を感じるのだ。
 意識はなかなかすっきりと浮上しなかった。泥沼からもがき出るように、エデルは怠さを覚えながら目を開ける。
 ぼやけた視界に映ったのはどこかの天井だ。夜ではないようだが、窓かけが引いてあるのか室内は薄暗い。

(ここは……)

 眠っていたのだろうか。
 やたらと喉が渇いている気がするし、体が妙なほど疼く。
 起き上がろうとすると、腕の動きが止まった。思うように動かない。二度ほど引っ張って、拘束されているらしいことに考えが至った。
 寝ぼけ眼だったエデルも、ようやく覚醒する。

 首を動かして確認してみると、自分は見知らぬ寝台の上に寝かされているらしかった。寝かされているというか、拘束されているというか。足はまだ動くが、じゃらじゃら鳴っているところからして足枷が鎖で繋がっているようだ。

「お目覚めかね」

 嬉しそうな、いやらしい声が降ってくる。
 近づいてきてエデルの顔をのぞきこんだのは、思った通りツァイテールだった。

「久し振りだな、エデル・フォルハイン卿。相変わらずの美男子だ。そうして動けなくされていると、何ともそそるな」

 下卑たニヤニヤ笑いを浮かべるツァイテールの顔を、エデルはじっと見つめた。
 この男と別れてから、十五年ほど経つ。その間にツァイテールは面変わりしていた。相応に年老いたというのもあるが、かろうじて残っていた貴族らしい品はどこにもなくなり、濁った目つきも目の下のたるみも、ぶよぶよとたるんだ顎も、すさんだその雰囲気はそこらの魔人のごろつきと変わらなかった。

「可能であれば私が買い取って、一度くらいはお前のことを可愛がってやりたかった。しかし生憎私も、暇がなかったのだよ。あの薄汚い魔族どもが地上にのさばる前に、金と力に物を言わせてお前を誘拐し、散々犯して喘がしてやればよかったなぁ」

 いつかのようにエデルの顎をつかんでにやついたツァイテールは、その手でゆっくりとエデルの胸を撫でる。
 エデルは体を震わせて、歯を食いしばった。

「感じるかね? 相当強い媚薬を飲ませてやったからな。苦しくてたまらないのではないか?」

 性奴隷はただでさえそういった薬に反応しやすい。ただ皮膚に触れられただけで、全身が粟立って鋭い快感が駆け抜けた。
 だが、エデルはこの手の薬に慣れてもいる。

「尻に突っ込んでやろうか?」
「そうしたければ、やってみるといい。私の穴に挿入しようとしたが最後、あなたのイチモツは壊死して失われることになるがな」

 エデルの淫紋には、誰が所有者であるかしっかりと刻まれている。ユリウスの設定は、自分以外の何人たりともエデルの体を暴くことを許していない。つまり、この紋がある以上、ユリウス以外の誰もエデルと性交することができないのだ。
 ツァイテールは人間だが、魔人相手に奴隷商人をしている。淫紋についても知識があるだろう。苦々しげな顔をして、エデルを睨みつけていた。

 舌打ちをしてツァイテールがエデルの体に爪を立てる。それだけで強烈な快感が体を走った。

「っん……!」
「自分の意思で射精一つできない性奴隷が。調子に乗るなよ」

 犯される心配はなくても、こうしてなぶられるのからは逃れられそうにないのが厄介ではあった。快感を逃すために身をよじるが、その動きはまるで誘っているかのように相手には見えてしまうだろう。

(私は……構わないが、こういうことになってしまって、ユリウスに申し訳ないな……)

 私はユリウスのものなのに。
 あの子を少しも悲しませたくはない。
 だから、なるべく早く「終わらせる」必要があった。

「……私をどうする気だ?」
「黒角への嫌がらせとして、一生見つからないよう地下で監禁でもしようか」

 笑いながらうろつくツァイテールを、エデルは目で追う。

「あなたには、罪悪感というものはないのか? 罪のない人々をつらい目に遭わせて、少しも心が痛まないのか?」

 エデルがそう言うと、ツァイテールは小馬鹿にしたように「はっ」と笑って目をひんむいた。

「こちらも生きるのに必死なのでな! 誰だって、より良い暮らしを目指して努力するだろう? 私は自分が美味い肉を食べるためなら、人間を何十人売ったって平気なのだよ! どうせ私より劣った愚民共なのだから、私のために犠牲になるのを光栄に思ってほしいくらいだな!」

 ツァイテールはくだらない演説をぶち始めた。
 自分はどうにか地位ある魔人に媚びを売って、上手い具合にこの地獄を渡り歩いてきた。これからはもっと上り詰めるつもりでいる。
 老いたくない、と彼は言う。秘術でもって若返り、魔人のような長寿の肉体を手に入れるのだと。

 では、私のような性奴隷になればいい、とエデルは心の中で呟いた。そうすればあなたの望みは大方叶うだろう。
 そもそもツァイテールがそんな願望を抱いたのは、エデルが若い姿を保っていると聞いたからに違いない。

「いずれ私が王になるのだ! 生き残った人間の中で、私が最も王に近い。他の人間共は平伏すべきだ! 私は公爵だぞ!」

 そんな台詞を聞いた瞬間、エデルは笑いが止まらなくなった。

「何が可笑しい!」
「滑稽だ。あまりにも」

 彼はまだ、自分が身分ある者だと信じている。
 確かに、ツァイテールはかつて貴族であったという自信からくるオーラのようなものが影響力となり、他の人間達を圧倒していた。
 生き残りに貴族はほとんどいなかったため、なんとなくみんなこの偉そうなツァイテールという男に従わされてしまったのだ。だから奴隷商売も成立していた。

 だがそれも、いつまでも続くはずがない。ゲルトのような若者がいずれ立ち上がって反抗するかもしれない。
 ツァイテールはどうやって新たな国を作り上げるつもりなのだろう? 媚びるか威張るかしかできない男が何を成せるのだ。誰がついてくる? 泥をこねて作った城の玉座にでも座るつもりだろうか?

 彼は己の頭上に馬鹿げた冠を幻視している。それが滑稽で、哀れで仕方なかった。
 笑い続けるエデルの顔を、ツァイテールが怒りに任せて平手打ちする。
 それでもエデルの笑みは消えなかった。

「かつての公爵閣下。私がここにいる意味を、あなたは少しでも考えなかったのか」
「……どういう意味だ?」
「まんまと私を捕まえたと、本当にそう思っているのか。私はわざとあそこで捕まったのだ。あなたと話をするために、その方が手っ取り早いだろうと判断した」

 気配を感じた時に、かわすことも出来たのだ。だがエデルは瞬時に考えた。相手はゼルガーダンではなさそうで、だとしたらツァイテールだろう。さがしまわる手間が省けたな、くらいにしか思わなかった。

「強がりを言うな」

 ツァイテールはエデルに指を突きつける。

「あなたはもうおしまいなんだ、ツァイテール」

 ひくり、とツァイテールは頬をひきつらせたが、憤怒の形相で言い返す。

「黒角が主人だから気が大きくなっているようだが、奴には後ろ盾がなく、戦力も人手も不足している! 私にはゼルガーダン卿がついているのだぞ! あの男が、私を見捨てるわけがない!」
「いいや、あなたは今日限り、ゼルガーダン卿に見捨てられる」

 静かで不吉な宣告に、ツァイテールの表情が固まった。確信に満ちた口調に怯えたのだろう。
 そんなツァイテールに、エデルは穏やかな表情で続けた。

「今頃、黒角の君がゼルガーダン卿と面会しているだろう。あなた達が共有している秘密は、とうに我々に露見しているのだよ」
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