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1、竜帝陛下の恐怖のお迎え
しおりを挟むミカは暗い牢の中、涙で頬を濡らしていた。これまで、もうずいぶんと泣いてきた気がするが、まだ涙は出る。体が干上がってしまいそうだった。
どうして泣いているのだかわからない。何がそんなに悲しいのだろう。泣いたって、何も変わるわけではないのに。
兄王子達の言う通り、自分は酷く臆病者なのだ。できることと言ったら、泣くくらいなのだから情けない。
(これからどうなるのだろう。私はどうしたらいいのだろう)
膝を抱えて鼻をすすっていたミカだったが、足音が近づいてくるのを聞きつけて、尖った猫の耳をぴくりと動かした。怯えて身を縮こまらせていると、たいまつの明かりが近づいてくる。
やって来たのは当然、自分をとらえている種族の――鼠の耳を生やした獣人の兵士だと思っていた。が、現れたのは予想もつかない人物だった。
「ミカ。外に出ろ」
「兄上……?」
どうして鼠族のところへ、第二王子の兄がやって来ているのか。彼らは鼠になど近づきたくないとしつこく言っていて、鼠の国へミカを放り込んでからは手紙の一つも寄越さなかったはずだ。
(兄上も捕まってしまったのだろうか?)
兄の隣にはたいまつを持つ鼠の兵士がいるにはいるが、兄が拘束されている様子はない。兵士は鍵を取り出して牢を開け、ミカは呆然とその様子を見守っていた。
「兄上、これは一体、どういう……」
よろよろとミカが兄の方へ歩み寄ると、兄は顔をしかめて睨みつけた。
「そのおぞましい眼で私を見るな」
はっとして、ミカはうつむいた。ミカも兄も白猫で、髪も尻尾の毛も白い。白猫の瞳は皆美しいスカイブルーと決まっている。しかし、ミカだけはオッドアイで、片目は黄金色だった。まるで蛇のようだと気味悪がられて、ミカは皆から忌避されていた。
(ああ、もしかして私は、今から処刑されるんだろうか……。役立たずで、いつまでも敵国に囚われているなど国の恥だから……)
ミカの両目に、じわりとまた涙が浮かんだ。死ぬのは怖い。どれだけ疎まれても無能でも、死にたくないと思ってしまう。
「何をもたついている、さっさと出てこい!」
兄は触るのも汚らわしいといった様子で、両腕を組んで待っていた。ミカは覚束ない足取りで牢から出て、兄と目を合わせないよう下を向いたままでいた。
「ついてくるんだ」
兄が先導し、ミカが続いて、さらに兵士が後を追う。きっとこれから処刑台まで引きずられていくに違いないと青ざめていたミカだったが、何か様子がおかしいことに気づく。
地下牢から地上に出て、明るいところで見てみると、青ざめているのは自分だけではなかったのだ。何故か兄も鼠の兵士も顔面蒼白で、何かに怯えているかのような顔つきだった。鼠の兵士など、いつもミカを馬鹿にして外から棒でつついてくるような連中ばかりなのに、今日は一言も罵声を浴びせてこない。
牢から出てどこかへ連れて行かれているのは間違いないのだが、自分が拘束されていないのもおかしかった。
「兄上、どこへ行くのか教えてくださいませんか」
おどおどと声をかけた瞬間、鬼の形相をした兄王子が振り返り、ミカの胸倉をつかんで引き寄せた。
「黙っていろ、この出来損ないめ! 我ら王家はお前には心底愛想が尽きた。何もせぬならさっさと鼠どもにいたぶられて死んでいればよかったものを。おかげでより面倒なことになったではないか! いいか、くれぐれも粗相のないようにしろ。お前が失敗すれば、我ら白い猫族は滅亡だ!」
何の話だかさっぱりのみこめない。長い前髪がさらりと揺れて、ミカの黄金の瞳があらわになった。
兄は舌打ちをすると、ミカの胸を手で突く。よろけながら、慌ててミカは片目を隠した。
「何故ミカのような者を……」
と吐き捨てるように言うと兄は歩き出し、ミカはそれに続いた。
ミカが囚われていたのは王城の地下牢だが、外に出るでもなく、城の中心の方へと向かっていく。
かなりの距離を歩いてたどり着いたのは、見覚えのない部屋であった。しかしミカも王族の端くれなので、ここが賓客を迎えるための部屋であることは想像がついた。
鼠の兵士は真っ青な顔で扉の前に立つと、「ミカ王子をお連れしました」と中へ声をかけた。
美しい装飾が施された扉が開く。そこには一人の背の高い男が立っていた。腰まで届く黒い髪。後ろ姿でもただならない威圧感を放っている。
その人が振り向いた。色白の、美しく気品ある男だ。切れ長の目は冷たく、慈悲の欠片もないように見える。
ミカはその場に凍りついた。誰だって、この人の前ではそうなるだろう。
兄が紹介するのを、ミカは上の空で聞いていた。
「ミカ。この方は先日第九十七代竜帝に即位された、セライナ陛下だ」
竜帝とか聞こえた気がする。だが、何故竜が地上に? 天界を支配する彼らは翼を持つ種族で、地上になど滅多に降りてこないはずだ。それなのに、しかも、竜帝が。
どうして自分は今、竜帝などと向かい合っているのだろうか。
緊張と混乱で、ミカは放心状態だった。
竜帝セライナは、ミカを認めると目を細めた。この人の瞳に、自分の姿が映っている……。そう思うだけで、膝が震えそうだった。自分がどれほど卑小な存在か自覚する。
「迎えに来たぞ、ミカ」
そう言って、セライナは――にいっと笑った。
正直、その笑顔は今までミカが見てきたものの中で、三本の指に入るほど恐ろしいものだった。研ぎ澄まされた冷たい刃が放つ光を思わせる表情。睨まれる方がまだましだ。
美しい死の宣告のような笑みを向けられたミカは――。
耐えきれずに、その場で失神したのだった。
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