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22、負け犬の遠吠え
◇
「ヒロアキ殿、どうか落ち着かれてください……!」
「どけ!!」
弘明は止めようとするハンスを突き飛ばし、エドモンドの部屋のドアを蹴破った。
燭台の蝋燭に火が灯され、薄暗い室内の中でエドモンドは椅子に腰かけていた。特に何の作業をするでもなく、自分の指にはめた指輪を眺めている。
「今夜が正式な初夜かね? 随分とのんびりした親子だな、お前達は。いや、もう夫婦と呼ぶべきか」
「全部知っていたんだな?」
「ああ」
こちらに目をやらず、悪びれもしない。弘明はエドモンドに殴りかかった。
「ぶっ殺してやる!!」
しかし拳はエドモンドに届かなかった。彼は魔術で見えない壁を作り出して防御したらしく、弘明の手はエドモンドの手前で透明なものにめりこんだ感触と共に止まってしまった。
「この鬼畜野郎が! どうして黙っていた!」
「お前が今から育てるこの化け物は、将来お前と閨を共にする夫になると伝えていたら、受け入れたのか? ヘルマンを連れて帰ったのか?」
怒りで息を乱している弘明は、黙り込んだ。
間違いなく、受け入れていない。連れて帰るとは言い出さなかったかもしれない。
しかし、知っていたなら言うのが常識ではないか? この男は、こんな状況になり、一線を越えるまで口をつぐんでいたのだ。選択肢を俺から奪った。
「お前はヘルマンを憎からず思っているではないか。何が問題だ? あんな美しい男に気に入られるなんて、望んでも叶うものではないぞ」
「ヘルマンは……」
化け物だ、と言いかけて飲み込んだ。正直、その事実は弘明にとって重要ではない。
「ヘルマンは俺の息子だぞ!」
弘明が怒鳴ると、エドモンドはさも可笑しそうに吹き出した。
「何がおかしい!」
「ついにアレを息子と認めたのかと感心しているのだよ。最初はあれほど文句を言って抵抗していたというのに」
それもそうだが、もうヘルマンは自分の息子同然なのだ。そうだ、息子だ。だからこんなことは間違っているのだ。回らない頭で弘明は必死で考える。
「息子とセックスするなんて狂気の沙汰だ。人の道に外れてる」
「馬鹿なことを。近親相姦だとでも言いたいのか? 血が繋がっていないのだから問題はない」
「養育した子供と! 性的関係を結ぶのは非常識なんだよ!!」
エドモンドは笑い出した。さも馬鹿にしたような笑い方で、弘明の神経を逆撫でする。
「お前は、前にいた世界で犯罪組織に身を置いてたと言わなかったか? それが今更常識の話をするなど片腹痛いな。ヒロアキ、お前は結局そういう奴だ。悪者になりきれない。良心を捨てきれない」
「黙れ」
薄ら笑いを浮かべたまま、エドモンドが弘明の顔を指さした。
「捨てた親を憎みきれず、贔屓されていた妹に同情し、拾ってくれた犯罪組織の首領に感謝をする。化け物の子供だって哀れんで育てるのだ。お前は愛を捨てきれない。どこかで愛を欲している。善というものの重要さを理解し、そこから逃れ切れないのだ」
「黙れっつってんだろ!!」
弘明は机に置かれていた、グラスや書物などを両手で吹っ飛ばした。憤激のあまり手が震える。再度エドモンドに飛びかかり、その胸ぐらをつかんでやった。
また魔術で防がれるかと思いきや、今度は触れられた。開け放たれたドアの向こうで成り行きを見守っていたハンスが動く気配がする。エドモンドが視線だけでそれを制した。
「てめぇに何がわかるんだ」
顔を近づけ、弘明は歯をむき出して威嚇する。
「お前のことなど、私がわかるわけがない。それとも、何か? 私に理解してほしいのか?」
いざとなったら魔術を使えるからなのか、殴られる寸前でもこの美丈夫は余裕の顔だ。こっちが怒鳴り声をあげているのが馬鹿馬鹿しくなりそうなくらい、感情の温度差がある。
「あの化け物はお前を欲しているぞ。受け入れてやれ。父と息子では『まとも』すぎて息苦しくても、性愛が絡めばお前好みの倒錯的な関係になる」
「殺すぞ」
「殺してみろ」
ほんの一瞬。エドモンドのその言葉が、挑発ではなく本気に思えた。今首を絞めたら、少しも抵抗しないのではないだろうか。
この男の瞳を、これほど間近でのぞきこんだことはない。淡い青は、危うい薄氷の色に似ていた。
こんなに怒り狂っているというのに、場違いな同情を覚えた。戸惑いが怒りに水を差す。
「体の相性はどうだ? あの触手はなかなか刺激的だっただろう」
「これ以上くだらねぇこと言うなら、お前の口を縫うからな」
長いことヤクザをやっていれば、実際口を縫われた奴くらい見たことがある。そう言えば、エドモンドは「この国にももっと惨たらしい拷問はたくさんあるし、私も見たぞ」と笑った。
弘明は、エドモンドの襟から手を離した。
ヤクザの自分が、イカれた貴族に正論をぶつけるのは滑稽だ。自分はこの男に騙されて、こいつは俺が怒るのを喜んでいる。
ここで暴れて何が変わるんだ?
なんだか、どっと疲れてしまった。拘束されて腰をつかまれて、あれだけガンガン掘られたら、疲れるに決まっている。
「他に何か言いたいことは?」
「くたばれ」
のろのろと足を動かし、その場から去ろうとする。しかし途中で振り向いて言った。
「夜道に気をつけろよ、てめぇ」
完全にチンピラの負け犬の遠吠えである。頭が回らないせいで、まともな罵倒の台詞が浮かばない。
「私は刀を持った優秀な用心棒がいるから、夜道を歩いても安心だ」
「馬鹿、それは俺だよ」
何とも言えない表情で立ち尽くしているハンスの横を通り、弘明は振り向かずに部屋を出て行った。
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