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9、罪の意識
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血の臭いが漂っている。
他にも拷問によって出ることになったあらゆる悪臭がたちこめていて、息をするのもつらかった。
粗末な小屋の中に、男が一人横たわっている。
「ジュリアン様。やはり吐きませんな」
隣に立つのは、俺が金で雇ったこの道のプロだ。こういう相手に支払う金は高くつく。俺はどうしても忠誠心の強い手下がほしかったので、こいつの家族を金と薬で救ってやった。俺に感謝しているらしいから、裏切る心配はあまりしなくてもいいだろう。
「もうもたないか?」
「そうでしょうね」
俺は息も絶え絶えの男に近づくと、髪をつかんで頭を持ち上げた。
「素直に吐く気はないんだな? 最後に一つ聞いておきたいんだが、レティシャ・リリィフェンという女は知らないか?」
「…………」
男はぜいぜいと呼吸をするだけで答えなかった。とぼけているのか本当に知らないのか。いまだに消えた悪役令嬢レティシャの行方はわからない。
ロイドに降りかかりそうな災難を排除しつつ、俺はレティシャについての調べも進めていた。俺の不幸は本来、レティシャが味わうものだったはずだ。
この呪われたタイムリープのような現象に、レティシャという存在は無関係ではないはずなのだが……。いないものはいないので仕方ない。だが、諦めきれないでいた。
俺はため息をつくと、手下からよく研いだ刃物を受け取る。
「なあ。まだやってもいない罪で俺がお前を裁くのは、惨いことだとお前は思うか?」
男は無言だった。第一王子の取り巻きも、なかなか立派な手先を見つけたものである。役に立ちそうなことは何一つ喋らない。
「でも、俺もお前には恨みがあるんでね。悪く思うなよ。ロイドを害する奴は、どんな奴でも、どんな事情があっても、絶対許さない」
一週間後、こいつは学園に忍び込み、ロイドを毒殺する。そして犯人は俺だということになり、俺は処刑されるのだ。
以前も一度こいつを捕まえて絞り上げたが、つめが甘くて逃がしてしまった。その時は暴漢となってロイドを襲っている。俺は自分を呪って気が狂いかけた。
二度、こいつはロイドを殺したのだ。今のこいつは一度も殺していないと主張するだろうが、俺にとっては二度なのだ。そして、俺の二度の死の原因になった男でもある。
首謀者は第一王子の周辺の者だと目星はついている。どうにも証拠がつかめないので、仕方がない。ロイドの周辺の警備をより厳重にするよう裏から手を回して働きかけるくらいしか今は手がなかった。
そして、この男は生かしておくわけにはいかない。
「私がやりましょうか?」
「気遣ってくれてありがとう。だが、俺がやる」
そうして、俺は無感動に男の首を斬り落とした。自分の首に落ちてきた刃の感触を思い出しながら。
凄惨なシーンを目の当たりにしすぎて、心が麻痺してしまっているのだろうか。死体を見ても、何とも思わない。
(こいつは、二度もロイドを殺したんだ)
自分にそう言い聞かせ、俺は剣の刃についていた血と脂を拭って、男に手渡した。
「後始末を頼む」
「御意」
歩きながら俺は考える。
――ああ。どんな顔で、ロイド達と話をしたらいいんだろう。
俺はどんどん堕ちていく。男娼みたいに男に体を売って、あちこちに敵を作り続けて、手を血に染めて。
結局運命には逆らえないで、また俺は最後、罪人として処分されるのだろう。その運命は受け入れてもいい。
ロイドが死ななければ、俺が断罪されても時は戻らないのではないだろうか。その可能性に賭けたかった。俺はどうなったっていい。
どんなに汚れても、どうか、一つだけ。
友達だけは、助けたいんだ。
◇
三日間の外出届けを出して寮を出た俺は、とある町の宿の一室でうなされていた。人を殺めたという罪悪感は想像以上に俺を苦しめる。一日中馬で移動をして疲労困憊だったというのに、ちっとも深い眠りにつけない。
結局ろくに眠れずに、昼頃起き上がって顔を洗った。
手下の男には、引き続きロイド王子暗殺計画に関わった連中の証拠となりそうなものをさがせと命じているが、そう簡単にはいかないだろう。
(戻ったら、ロイドやカレン、ウォーレンとはなるべく距離を置いた方がいいかもしれないな……)
そろそろ精神が限界にきている。悪役ビッチとして振る舞うことに、物凄くストレスを感じ始めていたのだ。けれど今更この路線を変更するわけにはいかない。
気を抜けば、ロイドがどういう目に遭うかわからないのだ。俺は悪ぶって注目を浴び続け、おかしな動きをする奴を見逃さないように動かなければならない……。
そろそろ支度をして戻らなければならないのだが、どうにも億劫で寝台に腰かけたまま長い間頭を抱えていた。
すると部屋の扉がノックされ、宿の主人が顔をのぞかせる。
「失礼いたします。ノートエル様。ご学友のウォーレン・コードリット様という方から緊急のご連絡が入っております。こちらが手紙になります」
電話はないから、ここで急ぎの連絡といったら飛脚みたいな者に文を託すしかない。
ウォーレンからの緊急の連絡。
その言葉を聞いた瞬間、ぞっとした。
ウォーレンには学園を離れることも、明日戻ることも事前に伝えている。用事があるなら明日言えばいいだけなのに、そうも言ってられないほど逼迫した何かがあったのだ。
俺は顔面蒼白で、主人から手紙を受け取った。確かにウォーレンのものだった。宿の名前まで教えていなかったはずだが、さがさせたのだろう。
震える手で、封を切った。
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