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8、ロイド
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第二王子の部屋は他の生徒のものに比べて少々広い。
本人は周りと同じような生活を希望しているので豪華すぎる仕様には出来ず、かといって王族と他貴族に差がなさすぎるのも問題で、学園側の苦心が伝わってくるようなつくりだった。
防犯上の理由で、王子の部屋は他とは少し離れたところにある。
「殿下。失礼します」
俺が部屋に入ると、ロイドは渋い顔をして椅子に腰かけていた。俺の頬が赤いのに目をとめると、悲しそうに眉をひそめ、前の席に座るよううながす。
「いい加減にしないか、ジュリアン。このままだとろくなことにならないぞ」
カレンから渡されたハンカチは、まだ湿っていたけどポケットの中に突っ込んだ。この状況でロイドに妬かれるとは思わないが、三角関係になったこともあったのでまだ怖いのだ。彼らの仲を壊すようなことがあってはいけない。
「悩みがあるなら私が聞くと、何度も言っているではないか。お前はおとなしい男だった。それが、この学園に来てどうして突然……」
「親元を離れて、はめを外したくなったのかもしれませんね。自由を満喫したくて……。どうもモテるんですよ、俺。悪い気がしなくて、つい遊んでしまうんです」
俺は笑いながらそう言う。ロイドは真面目な顔をして、眉根を寄せてこちらをじっと見ていた。
お前の悪い噂がたくさん流れている、そのうち外でも広まるかもしれない、とロイドは俺に危機感を持たせようと言い募った。
「おとなしくしてくれ。遊ぶなとは言わない。最近は度が過ぎているではないか」
「そうですね。俺と友人ってことになってるんですから、殿下にもご迷惑がかかる。俺をもう部屋に呼ばない方がいいですよ。そこら辺で会っても、挨拶くらいで済ませた方がいいかもしれない」
「ジュリアン」
「俺もなるべくあなたのことを避けますから、殿下もそうしてくださると……」
「ジュリアン、私の話を聞け!!」
ロイドが声を荒らげて、両手で机を叩いた。平素滅多に見ないロイドの激情に、俺は少しだけ目を見張る。ロイド王子は本当に優しくて穏やかで、誰かに怒りを向けたりはしないのだ。
「誰がお前と縁を切りたいと言った? このままではお前は破滅してしまうぞ。少しでいいから自重してくれ。ジュリアンが誰かに悪し様に言われているのを聞くと、私もつらいんだ。私が注意すれば、かえってお前に憎悪が向けられる。お前がどんな人間か、私はよく知っているんだ。頼む、ジュリアン。お願いだから……」
語尾は小さくなって消えていった。
うつむくロイドを見ていると、さすがに俺も心が痛む。酷い噂が散々耳に入っているだろうに、それでもロイドは軽蔑しない。俺が痛い目を見ないよう、悪さをやめてくれと頼み込んでくる。
ロイドはいつもこうだ。どのルートのロイドも、俺を心配して、俺のことを考えてくれていた。俺から離れていかない。
――だから、いつも巻き添えになってしまうんだろう。
「ご両親のことは考えないのか、ジュリアン。お前はやがて伯爵家を継ぐ身だろう。退学などになれば……」
ロイドはそう言うが、退学よりももっと悲惨な運命が待ち受けているとは知らないだろう。俺がロイドを殺したという罪で処刑が決定した時の両親の気持ちは想像もできない。
当人達は覚えていないだろうが、俺はもうそうして九回、親に地獄を味わわせている。だからもう、そっちの方は諦めていた。何かを得ようとするなら、何かを諦めるしかない。全部救う道はない。
ロイドがぽつりと言った。
「ご両親にはお前しかいない。お前は伯爵家の当主となるんだ。私と違って、お前は必要とされている」
この台詞には、俺もため息をもらさずにはいられなかった。
「あなただって必要とされていますよ。この国にはなくてはならない方だ」
ロイドはうつむいたまま、無言で首を横に振っていた。
「……じゃあ、こう言えばいいですか? 俺達にとっては、必要な方だ。第二王子だからじゃない。ロイドだから。俺達の大切なロイドだから。悲しいこと、言わないでくださいよ」
ロイドは第二王子なので、王位を継ぐ立場ではない。出しゃばることを許されず、万が一にも兄がいなくなった場合は王になれと強要される。優れていなければならないが、兄より優れていれば非難されるのだ。
難しい立ち位置に苦しみ、悩んできたのを俺は知っている。ロイドは決して、王族という特別な立場に酔いしれられる男ではなかった。
第一王子の取り巻きからは目の敵にされ、ロイドはいつだか悲しそうに「私などいなければよかったかもしれない」と呟いていた。
「そう言うのだから、私をずっと大切にしてくれるな? ジュリアン。私のそばにいてくれるのだろうな」
ロイドの言葉に返事はせず、俺は笑っただけだった。はっきりとした言葉が返って来なかったからか、ロイドは眉を曇らせてまた視線を落とした。
……とりあえず、俺に惚れている様子はなくて何よりだ。
以前うんと突き放した時は俺を押し倒して、「私のそばから離れるな」と言われたものだから肝を冷やした。今回はそういう、痴情のもつれに発展しなさそうでよかった。
「お前はいい奴だ。私は知っている」
祈りをこめるようにロイドが言うので、俺は苦笑するしかなかった。
「人間、変わるものですよ、殿下」
俺はいい奴なんかじゃない。
最初に俺がジュリアンとなって死んだ時、ロイドは先に死んでいた。けれどその時の俺は、自分が断頭台に立たされた恐怖で、ロイドのことなんてさほど気にならなかったのだ。
あの時の薄情な自分を思い出すと反吐が出そうだった。俺は絶対、あの時の俺を許せない。
その詫びのためにも、ロイドを生かさなければならないのだ。
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