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7、男なんだけど
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「この売女!」
金切り声を浴びせられ、俺は左の頬に平手打ちを食らう。
中庭の椅子でくつろいでいたところ、女子生徒が近づいてきて、いきなり俺を殴ったのである。
俺はひりひりする頬に指先だけでちょっと触れ、女子生徒の方へ微笑みかけた。
「売女? 俺、男なんだけど」
「よくも……よくもブラッド様をたぶらかしたわね! 私、あの方と婚約しているのよ!」
俺がため息をついている間に、このご令嬢は怒りのままにあれこれとぶちまけてきた。
俺にブラッドが骨抜きにされてしまったために、自分に見向きもしなくなったと嘆いている。聞くところによるとこの両家は当然のように政略結婚のための約束をしたはずだが、女の方は本当に惚れているらしいから気の毒だ。
割り切った方がいいんじゃないか? ブラッドはそういう男だよ。
昔娼婦をはらませて、手切れ金を渡して遠くに追いやったって話、こいつ知ってんのかな? 俺は本人から自慢話で聞いてるから本当だと思うけど……。
「ブラッド様は高潔な方よ。それがあなたがたぶらかしたせいで堕落してしまったの! どう責任をとってくださるの?!」
高潔なブラッド様は、他にも可愛い下級生の男を抱いてるよ。お盛んだから俺一人じゃ我慢できないんだよ。と教えてやったら卒倒するかもしれないな。
可哀想に、と思いながら俺は立ち上がる。
「証拠はおありかな? というか、少し落ち着かれた方がいいのでは? あなたは公衆の面前で、婚約者の名誉に傷をつけようとなさっている。感情のままに暴走すると損をするばかりだよ」
騒ぎを聞きつけた生徒達が、中庭にいる俺達を遠巻きに眺めてひそひそ話をしている。それに気づいた女子生徒は、唇を噛みしめた。婚約者の醜聞は自分の醜聞でもあると思い至ったのかもしれない。
俺は横を通りすがりに、ご令嬢の耳元で囁いた。
「あいつ、長いばっかりで大してセックス上手くないよ。お父様に頼んで乗り換えた方がいいんじゃないかなぁ。妻になったら付き合うの大変だよ? 性欲は獣並みだからね、あなたの婚約者」
女子生徒の手が素早く動き、二撃目が放たれたが俺はすぐさま避けた。最初のやつは、わざと食らってやったのだ。
彼女はまた俺に罵声を浴びせてきたが、俺はせせら笑ってその場を離れた。
ちなみにブラッドは二ヶ月後、婚約者ではない別の女をめぐって三角関係で揉め、決闘を申し込まれて大怪我をして学園を去ることになる。しかも家格が上の令嬢を妊娠させて地獄の展開になるのだ。今の彼女には早めに幻滅しておくことをおすすめする。どうせこの先破談になるのだ。最低男だと早めに知れて、心の準備ができたのだから良かっただろう。
俺がふしだらな生活をしているというのは別に自分から喧伝しているわけではないが、噂というのはすぐに広まるものである。
蔑みの視線を向けてくる生徒も大勢いたが、屁でもなかった。死の間際にぶつけられる暴言に比べれば可愛いものだ。
ジュリアン・ノートエル伯爵子息はロイド第二王子の幼なじみだと皆が知っている。だから面と向かって俺につっかかってくる気骨のある奴はほとんどいなかった。そういうわけで、俺の学園ライフはのびのびとしている。こうしてたまに、因縁をつけられたりはしてしまうが。
「ジュリアン様、ジュリアン様……」
廊下を歩いていると、誰かが呼びかけながら追いついてきた。
「……カレン様」
カレンが差し出してきたのは、濡らしたハンカチだった。受け取るのをためらって手を出さないでいると、カレンが俺の頬にハンカチをあててくる。ひんやりとした冷たさが心地良かった。
「俺のそばにいると、あなたも不良だと後ろ指さされますよ」
「ジュリアン様。男爵家の娘である私に、それほど丁寧な接し方をされなくてもよろしいのですよ」
これはカレンが前からしつこく俺に言っていたことである。ジュリアンの伯爵家の方が家格が上だし、もっとフランクに接してくれてもいいのに、と思っているのだろう。
「未来の友人の妻となるかもしれない方ですからね。礼節は重んじなければ」
冗談混じりに言えば、カレンは頬を赤らめていた。
ロイド王子とカレンは、順調に仲を深めていっているように見える。カレンの攻略対象は、ロイド、ジュリアン、ウォーレン、エリックの四人だ。
俺はカレンとどうにもなるはずがないし、ウォーレンも一歩退いてロイドとカレンの仲を見守っているから問題はない。エリックとカレンはそもそも絡みが少ないし、カレンがエリックに惹かれている様子はなかった。
俺とロイドとカレンの仲がこじれなければ、これがきっかけでロイドが破滅する未来は訪れない。
どうかこのまま無事に結ばれてくれ、と祈らずにはいられなかった。カレンは特別華があるヒロインではないが、控え目で優しくて、ロイドには似合いの女性だと思う。
本来は敵役が出てきて対峙することになり、カレンの芯の強さがわかるシーンなどがあったはずなのだが、その敵役――悪役令嬢レティシャが不在なので、ヒロインの印象も薄いのだ。
「殿下があなたとお話したいと仰ってますわ。部屋でお待ちしています」
「わかった。すぐ行きます」
「ジュリアン様」
歩き出そうとした俺の前にカレンが回り込んだ。
「殿下はあなたのことをとても心配なさっているんです」
「そうですか。では俺も、生活を改めなくてはな」
心にもないことを言うと、礼の代わりに微笑んで、俺はロイドの部屋へと向かった。
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