断罪予定の悪役令息、次期公爵に囚われる

muku

文字の大きさ
11 / 17

11、興味ないから

しおりを挟む

 * * *

 運命の日まで、三ヶ月しかない。
 俺は顔を歪めながら、学園の建物の廊下を歩いていた。
 後は何に気をつければいい? どんな危険が考えられる? 悪役令嬢はどこに行ったんだ? ロイドを暗殺しようとしている奴は他にいないだろうか?

 ロイドが風邪で倒れたという事実に動揺し、俺の心は乱れていた。
 このままでは心労で俺も倒れそうだが、休んでいる余裕は全くなかった。今までのバッドエンドの大半は回避できるように思われるが、どこに落とし穴があるかわからない。
 気を抜くな、気を抜くなと自分に言い聞かせる。

「どこへ行く? ジュリアン」

 はっとして顔を上げると、いつかのように公爵令息のエリックが立ちはだかっていた。
 もうすぐ寮の自室にたどり着くからと、油断していた。今の俺にはとにかく会いたくない相手である。
 エリックは、来週卒業して学園を去るのだ。爵位を継いで公爵となり、領地で数ヶ月準備をしてから王城に出仕する予定だと聞いている。もうここに顔を出すことはなく、俺達ともほとんど交流はなくなる。

 ――この人には、もう、会えない。

 無言で横をすり抜けようとした俺だったが、エリックに手をつかまれてひねりあげられた。
 時間が戻ってからひたすらエリックを避け続けていたから、こうして肌が触れ合うのは、今回初めてかもしれない。存外強い力でつかまれていて、ふりほどけそうにない。

「離してもらえません? 急いでいるんです」
「どこへ行く」

 実はこの後予定などなく、ただ部屋に帰るだけだったのだが正直に言いたくなくなった。とある貴族令息の名前をあげて、こう続ける。

「今夜は彼とお楽しみなもので」

 エリックは目を細めた。
 気に入らないんだろうな。エリックは真面目で紳士で、ふしだらなことは大嫌いだ。

「殿下から注意を受けただろうに、何故やめようとしない?」
「別に犯罪じゃないでしょ? 他人の性生活に文句をつけないでくださいよ」

 エリックはまだ俺を離そうとしなかった。
 こうして近くにいると、苦しくなる。大好きで、あこがれのこの人に、全てを打ち明けてすがりたくなってしまう。
 ああ、だから消えてくれ。エリック様。頼むから俺に話しかけないでくれ。
 俺とエリックは睨み合う。

 俺は――あなたに――嫌われたくて仕方がない。きっぱり嫌われたら、何もかも諦められるから。

「それとも、あなたが俺のことを抱いてくれますか?」

 俺はにやついて、戯れるようにエリックにもたれかかった。
 するとエリックはすぐさま俺の手を離し、やんわりと俺を手で押しのけた。
 そうだ。こんなところを次期公爵様が誰かに見られたら、たまったものではないだろう。
 願った通りの反応だけど、俺は、結構傷ついてもいた。

 生意気に見えるように、エリックに向かって鼻で笑う。

「――冗談ですよ。俺、あなたになんて興味ないから」

 背伸びをして、エリックの耳に囁く。

「エリック様って、セックス下手そうだもん。真面目な上位貴族様のエッチは、大体ダルいんですよね。前戯ばっかり長くて気持ち良くないし。あなたのセックスも想像つきます。つまらなさそう」

 ふふっと笑うと、エリックの耳に息を吹きかけた。
 そのまま軽やかに横をすりぬけ、走って自分の部屋へと向かう。俺は一度も振り向かなかった。
 自室に飛び込むとドアを閉め、ベッドへ歩み寄る。

(最悪、最悪、最悪、最悪……)

 歯を食いしばりながら、俺は何度も枕を殴った。羞恥と自分への怒りで、顔が火照っている。
 殴って殴って、殴り疲れて俺はベッドに体を投げ出した。

(でもこれで、ちゃんと俺を嫌ってくれたかな……)

 面倒見の良いエリックだって、今度こそ愛想も尽き果てただろう。あれだけの侮辱を受けたのだ。俺はあの場で、彼に殴られても仕方なかった。
 実を言うと今までも、エリックは俺に力を貸そうとしてくれることが幾度かあった。二回目や三回目の時は錯乱状態に近かったし、取り乱す俺に親身になって相談にのってくれようとしたのだ。

 俺はエリックが好きだったから、彼を頼ろうとしたのも一度や二度ではなかった。孤独で恐ろしくて、気も狂いそうだったから、この恐ろしい現象を彼に打ち明けて、力になってもらおうかと悩んだのだ。
 けれど、それは今まで一度も試していない。

 エリックに打ち明けようと決意をした途端、彼は俺の前から姿を消すのだ。忙しいと言われて、連絡が取れなくなってしまう。その度に絶望したが、後から考えればそれで良かったのだとも思った。
 ただでさえ、ロイドが毎回あんなことになって苦しんでいるのに、エリックまで巻き込まれたら、俺は本当に発狂してしまうだろう。

 俺とはなるべく距離を置いてもらいたい。疫病神みたいな俺と関わったら、エリックもどうなるかわからない。俺が不自然に離れようとすると、エリックは気にしてしまうだろう。
 だから嫌われるのが手っ取り早いのだ。今までは未練があって実行できなかったが、ついに言えた。

(あれは、何回目の時だったかな……)

 きっとまた運命は避けられない、俺は殺されるんだ、と一人泣きじゃくっていた俺を、エリックは抱きしめてくれた。

 ――落ち着け、ジュリアン。私がいる。お前は一人じゃない。何があったか話してみろ。

 俺はあの時のことを思い出して、己の身を抱きしめた。

 大きな体に包まれて、少しだけ安心できたのを覚えている。子供の頃からいつだって、エリックは俺達を守ってくれた。頼りになる先輩だった。

(エリック様。俺、あなたのことが好きだ。愛してる……)

 幼い時。ロイドと二人、散歩に出かけて森で迷ったことがあった。泣いているロイドを励まして、俺はどうにか道をさがして歩いていた。日が暮れかけた時にエリックに見つかって、ほっとはしたが大目玉を食らうと覚悟した。
 ロイドの身に何かあったら、それは全て俺の責任だからだ。ロイドの命は俺の命の何倍も重い。迷わせただけでも重罪だ。

 駆けつけた大人の護衛にロイドは連れて行かれ、俺はエリックと二人きりなった。

「ごめんなさい、エリック様。殿下にお怪我はありませんから」

 護衛の男達から離れて木の実をとりに行こうと誘ったのは自分だ。俺が悪い。早口でそう言う俺を、エリックは急に抱きしめた。

「お前も怖かっただろうに」

 まるで俺も、ロイドと同じように大切だと言わんばかりに優しく触れられ、涙が出そうになったのを覚えている。

 エリックは人格者で、誰に対しても平等だった。自分にも他人にも厳しいけれど、それでいて優しい。彼をずっと尊敬していたし、あこがれていた。あんな人に自分もなれるとは思っていない。ただ、ああいう人が存在してくれることが、嬉しくてたまらなかった。
 どのみち、エリックはもうすぐ学園を去る。二度と顔を合わせることもないだろう。彼もロイドの身を案じているから、学園の外からロイドの助けになってくれるはずだ。

(俺も未練を断ち切らなくちゃな……)

 あんな暴言を吐いたのだから、もう関係の修復なんて不可能だ。潔癖なエリックのことだから、完全に俺を見限っただろう。

(なんか……すごく、痛い……)

 ベッドに横になって身を縮める。
 ロイドを助けられるなら、どんな痛みも気にならないって思ったはずなのに。怪我をしているわけではないが、どこかにじくじくとした痛みを感じる。
 突き放されたい。その一方で、乱暴に引き寄せられたいとも願ってしまう。

(エリック様が俺を、どこかに連れ去ってくれたらいいのに)

 俺のことを最低の人間だとなじり、お仕置きをしようとしてくれないだろうか。縛り上げてどこかに閉じこめて、「この淫乱め」と言いながら、俺を組み敷くのだ。

(いや、ないない。絶対ない……)

 道徳と倫理を重んじるあの公爵令息が、そんな暴挙に出るなんて、絶対にあり得ない。
 けれど妄想は止まらなくなってしまう。
 優しく抱かれたら、俺の今の立場だと気まずいし受け入れられない。だから俺とエリックが繋がるとしたら、嫌がらせみたいに犯されるというパターンしかない。

 エリックに恋人や婚約者がいるという話は今のところ耳にしたことはない。どうだろう、エリックはどんな顔の相手が好みなのだろうか。やっぱり同性に手を出すのは抵抗があるのかな?
 遊びでいいから、俺を抱いてほしかった……。
 倫理観なんてとうに遠くへぶん投げた俺は、傷ついた心を慰めるように、エリックに犯される妄想をする。

 暗い部屋の寝台で俺は縛られ、上にのしかかったエリックが俺の服を破る。強引に自分のものを俺の中へと突き立てて、怒りをこめた律動で俺を苛むのだ。

 ――淫売め。これがほしかったんだろう?

(絶対そんなこと、言わないな!)

 だが、想像しているだけで、背中がぞくぞくするほど興奮した。もしかしたら俺は、救いようがないくらいマゾなのかもしれない……。
 我慢できなくなってきて、手が下半身へとのびていった。

(ごめんなさい、エリック様。あなたでこんな妄想をして。俺、最低な人間だ……)

 つかまれた時の力の強さを思い出す。あのままどこかへひきずられていって、手籠めにされたかった。
 まだ誰かにさらわれたいと願ってしまう。俺は心が弱いらしい。
 自分はこの世界でひとりぼっちなのだとわかっているはずなのに。たくさんの罪を背負いこんで、俺はどうにか一人を助けて、死んでいくだけだ。

 それさえ叶えば、何もいらない。俺の運命は受け入れる。
 まだ戦わなければならないんだ。落ち込んでいる暇なんて、ない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました

陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。 しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。 それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。 ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。 小説家になろうにも掲載中です。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

処理中です...