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11、興味ないから
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運命の日まで、三ヶ月しかない。
俺は顔を歪めながら、学園の建物の廊下を歩いていた。
後は何に気をつければいい? どんな危険が考えられる? 悪役令嬢はどこに行ったんだ? ロイドを暗殺しようとしている奴は他にいないだろうか?
ロイドが風邪で倒れたという事実に動揺し、俺の心は乱れていた。
このままでは心労で俺も倒れそうだが、休んでいる余裕は全くなかった。今までのバッドエンドの大半は回避できるように思われるが、どこに落とし穴があるかわからない。
気を抜くな、気を抜くなと自分に言い聞かせる。
「どこへ行く? ジュリアン」
はっとして顔を上げると、いつかのように公爵令息のエリックが立ちはだかっていた。
もうすぐ寮の自室にたどり着くからと、油断していた。今の俺にはとにかく会いたくない相手である。
エリックは、来週卒業して学園を去るのだ。爵位を継いで公爵となり、領地で数ヶ月準備をしてから王城に出仕する予定だと聞いている。もうここに顔を出すことはなく、俺達ともほとんど交流はなくなる。
――この人には、もう、会えない。
無言で横をすり抜けようとした俺だったが、エリックに手をつかまれてひねりあげられた。
時間が戻ってからひたすらエリックを避け続けていたから、こうして肌が触れ合うのは、今回初めてかもしれない。存外強い力でつかまれていて、ふりほどけそうにない。
「離してもらえません? 急いでいるんです」
「どこへ行く」
実はこの後予定などなく、ただ部屋に帰るだけだったのだが正直に言いたくなくなった。とある貴族令息の名前をあげて、こう続ける。
「今夜は彼とお楽しみなもので」
エリックは目を細めた。
気に入らないんだろうな。エリックは真面目で紳士で、ふしだらなことは大嫌いだ。
「殿下から注意を受けただろうに、何故やめようとしない?」
「別に犯罪じゃないでしょ? 他人の性生活に文句をつけないでくださいよ」
エリックはまだ俺を離そうとしなかった。
こうして近くにいると、苦しくなる。大好きで、あこがれのこの人に、全てを打ち明けてすがりたくなってしまう。
ああ、だから消えてくれ。エリック様。頼むから俺に話しかけないでくれ。
俺とエリックは睨み合う。
俺は――あなたに――嫌われたくて仕方がない。きっぱり嫌われたら、何もかも諦められるから。
「それとも、あなたが俺のことを抱いてくれますか?」
俺はにやついて、戯れるようにエリックにもたれかかった。
するとエリックはすぐさま俺の手を離し、やんわりと俺を手で押しのけた。
そうだ。こんなところを次期公爵様が誰かに見られたら、たまったものではないだろう。
願った通りの反応だけど、俺は、結構傷ついてもいた。
生意気に見えるように、エリックに向かって鼻で笑う。
「――冗談ですよ。俺、あなたになんて興味ないから」
背伸びをして、エリックの耳に囁く。
「エリック様って、セックス下手そうだもん。真面目な上位貴族様のエッチは、大体ダルいんですよね。前戯ばっかり長くて気持ち良くないし。あなたのセックスも想像つきます。つまらなさそう」
ふふっと笑うと、エリックの耳に息を吹きかけた。
そのまま軽やかに横をすりぬけ、走って自分の部屋へと向かう。俺は一度も振り向かなかった。
自室に飛び込むとドアを閉め、ベッドへ歩み寄る。
(最悪、最悪、最悪、最悪……)
歯を食いしばりながら、俺は何度も枕を殴った。羞恥と自分への怒りで、顔が火照っている。
殴って殴って、殴り疲れて俺はベッドに体を投げ出した。
(でもこれで、ちゃんと俺を嫌ってくれたかな……)
面倒見の良いエリックだって、今度こそ愛想も尽き果てただろう。あれだけの侮辱を受けたのだ。俺はあの場で、彼に殴られても仕方なかった。
実を言うと今までも、エリックは俺に力を貸そうとしてくれることが幾度かあった。二回目や三回目の時は錯乱状態に近かったし、取り乱す俺に親身になって相談にのってくれようとしたのだ。
俺はエリックが好きだったから、彼を頼ろうとしたのも一度や二度ではなかった。孤独で恐ろしくて、気も狂いそうだったから、この恐ろしい現象を彼に打ち明けて、力になってもらおうかと悩んだのだ。
けれど、それは今まで一度も試していない。
エリックに打ち明けようと決意をした途端、彼は俺の前から姿を消すのだ。忙しいと言われて、連絡が取れなくなってしまう。その度に絶望したが、後から考えればそれで良かったのだとも思った。
ただでさえ、ロイドが毎回あんなことになって苦しんでいるのに、エリックまで巻き込まれたら、俺は本当に発狂してしまうだろう。
俺とはなるべく距離を置いてもらいたい。疫病神みたいな俺と関わったら、エリックもどうなるかわからない。俺が不自然に離れようとすると、エリックは気にしてしまうだろう。
だから嫌われるのが手っ取り早いのだ。今までは未練があって実行できなかったが、ついに言えた。
(あれは、何回目の時だったかな……)
きっとまた運命は避けられない、俺は殺されるんだ、と一人泣きじゃくっていた俺を、エリックは抱きしめてくれた。
――落ち着け、ジュリアン。私がいる。お前は一人じゃない。何があったか話してみろ。
俺はあの時のことを思い出して、己の身を抱きしめた。
大きな体に包まれて、少しだけ安心できたのを覚えている。子供の頃からいつだって、エリックは俺達を守ってくれた。頼りになる先輩だった。
(エリック様。俺、あなたのことが好きだ。愛してる……)
幼い時。ロイドと二人、散歩に出かけて森で迷ったことがあった。泣いているロイドを励まして、俺はどうにか道をさがして歩いていた。日が暮れかけた時にエリックに見つかって、ほっとはしたが大目玉を食らうと覚悟した。
ロイドの身に何かあったら、それは全て俺の責任だからだ。ロイドの命は俺の命の何倍も重い。迷わせただけでも重罪だ。
駆けつけた大人の護衛にロイドは連れて行かれ、俺はエリックと二人きりなった。
「ごめんなさい、エリック様。殿下にお怪我はありませんから」
護衛の男達から離れて木の実をとりに行こうと誘ったのは自分だ。俺が悪い。早口でそう言う俺を、エリックは急に抱きしめた。
「お前も怖かっただろうに」
まるで俺も、ロイドと同じように大切だと言わんばかりに優しく触れられ、涙が出そうになったのを覚えている。
エリックは人格者で、誰に対しても平等だった。自分にも他人にも厳しいけれど、それでいて優しい。彼をずっと尊敬していたし、あこがれていた。あんな人に自分もなれるとは思っていない。ただ、ああいう人が存在してくれることが、嬉しくてたまらなかった。
どのみち、エリックはもうすぐ学園を去る。二度と顔を合わせることもないだろう。彼もロイドの身を案じているから、学園の外からロイドの助けになってくれるはずだ。
(俺も未練を断ち切らなくちゃな……)
あんな暴言を吐いたのだから、もう関係の修復なんて不可能だ。潔癖なエリックのことだから、完全に俺を見限っただろう。
(なんか……すごく、痛い……)
ベッドに横になって身を縮める。
ロイドを助けられるなら、どんな痛みも気にならないって思ったはずなのに。怪我をしているわけではないが、どこかにじくじくとした痛みを感じる。
突き放されたい。その一方で、乱暴に引き寄せられたいとも願ってしまう。
(エリック様が俺を、どこかに連れ去ってくれたらいいのに)
俺のことを最低の人間だとなじり、お仕置きをしようとしてくれないだろうか。縛り上げてどこかに閉じこめて、「この淫乱め」と言いながら、俺を組み敷くのだ。
(いや、ないない。絶対ない……)
道徳と倫理を重んじるあの公爵令息が、そんな暴挙に出るなんて、絶対にあり得ない。
けれど妄想は止まらなくなってしまう。
優しく抱かれたら、俺の今の立場だと気まずいし受け入れられない。だから俺とエリックが繋がるとしたら、嫌がらせみたいに犯されるというパターンしかない。
エリックに恋人や婚約者がいるという話は今のところ耳にしたことはない。どうだろう、エリックはどんな顔の相手が好みなのだろうか。やっぱり同性に手を出すのは抵抗があるのかな?
遊びでいいから、俺を抱いてほしかった……。
倫理観なんてとうに遠くへぶん投げた俺は、傷ついた心を慰めるように、エリックに犯される妄想をする。
暗い部屋の寝台で俺は縛られ、上にのしかかったエリックが俺の服を破る。強引に自分のものを俺の中へと突き立てて、怒りをこめた律動で俺を苛むのだ。
――淫売め。これがほしかったんだろう?
(絶対そんなこと、言わないな!)
だが、想像しているだけで、背中がぞくぞくするほど興奮した。もしかしたら俺は、救いようがないくらいマゾなのかもしれない……。
我慢できなくなってきて、手が下半身へとのびていった。
(ごめんなさい、エリック様。あなたでこんな妄想をして。俺、最低な人間だ……)
つかまれた時の力の強さを思い出す。あのままどこかへひきずられていって、手籠めにされたかった。
まだ誰かにさらわれたいと願ってしまう。俺は心が弱いらしい。
自分はこの世界でひとりぼっちなのだとわかっているはずなのに。たくさんの罪を背負いこんで、俺はどうにか一人を助けて、死んでいくだけだ。
それさえ叶えば、何もいらない。俺の運命は受け入れる。
まだ戦わなければならないんだ。落ち込んでいる暇なんて、ない。
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