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12、何を企んでいる
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エリックは学園からいなくなり、ロイドの体調はすっかり回復していた。
ひとまず安心していいとも思うのだが、俺の心はちっともやすまらず、目に見えてやつれてきていた。ウォーレンにも「痩せたな」と言われてしまった。
どうも心労がかさんでいるようだ。それも無理はないように思える。
だって俺は、ジュリアンとなってからすでに九回殺害されている。あの時の痛みも恐怖も忘れられないし、加えてロイドの死で悲嘆に暮れた記憶もあった。
慣れていると思いこむようにしているが、夜中にうなされて飛び起きることも珍しくなかった。精神を落ち着かせる薬を医者に頼んで処方してもらっているが、効き目は芳しくない。
毎回、起きる出来事は同じではないのだ。想像もつかなかった事態が突発的に起こり、そこから日常は崩れてバッドエンドへとなだれこむ。いつそういった惨事が起きるか、気が気ではなかった。
机のひきだしにしまってある本には、今までの事件のきっかけが書かれている。ほぼ全てに線を引いた。
これまで起きていた悲劇は回避できているはずだ。このまま何事もなく、俺もロイドも生きていけるのか? いや、そんなに都合良くはいかない。今までだってそうして油断して、とんでもないことになったのだから……。
だとすると、何だ? 何が起きる? 何が俺達に迫ろうとしている?
寝ても起きても苛立って、およそ安らぎというものは全く感じない日々である。
弱ってなんていられない、と無理して食事をするともどしてしまうし、好きでもない男に抱かれて疲れるし、体が限界に近い。
(だからといってのんきに休んでもいられないからな)
ということで、また俺は外出を届け出て、学園の外に出ることにした。俺は素行が悪く思われているが、別に暴力沙汰を起こしているわけでも規則に違反しているわけでもなく、成績も良いので外出許可は出るのである。
ロイドやカレン、ウォーレンには心配されているが、適当にあしらって外出した。
一番気になるのは、第一王子周辺からの刺客である。雇う人数を増やして王城の中を調べさせているが、今のところ動きはなさそうだ。先日俺が殺した暗殺者は、向こうでは行方不明ということになっているだろう。暗殺計画の発覚を恐れて、動かないでいるのかもしれない。
ウォーレンには口酸っぱく、ロイドを守るように言っている。あんまり真剣に俺が言うものだからウォーレンは怪訝そうにしていたが、約束はしてくれた。
手下を動かしてはいるが、俺もあの暗殺者の周辺をさぐりたい。それと――レティシャさがしだな。こっちはまるきり手がかりがなかった。
全く別のキャラクターになっているのかもしれないと、あちこち調べてみてはいるものの、該当するような人物はいない。俺はどうしてもレティシャを見つけて話がしたかった。
彼女がいないのには、理由があるはずなのだ。
身分を隠して、あちこちの町で聞き込みをする。ゲームはやっていたものの、悪役令嬢レティシャについての情報は少なかったように思える。だから手がかりが少なかった。
今日は夜中に、例の手下と合流する予定だった。証拠を残したくないので、物として残る手段で連絡をするのは極力避けていた。
疲労困憊で、俺は待ち合わせの場所にたどり着いた。
(ダメだ。そろそろまともに寝ないと、本当に倒れそうだ。といっても、すぐに目が覚めるしな……。どうしたらいいんだ)
月のある夜だったが、厚い雲が月光を遮っていて、辺りは真っ暗だ。
林のそばに人影がある。俺は馬を下りると周囲を警戒しつつ、怪しい者がいないのを確認して、男に近づいた。
その時、雲の切れ間から光が地上へと射し、男の姿が照らされる。
俺は、いつものあの男より随分とその人影の背が高いことに気づき、振り向いた顔を見て、絶句した。
「こんなところで、何をしている? ジュリアン」
ウィンルード公爵子息、エリック。
予想もしなかった人物だった。
今まで幾度も予測不能の事態に対応してきた俺だったが、この時は頭が真っ白になって呆然とするしかなかった。
何故エリックが、こんなところに?
「ここで、誰と待ち合わせをしていたのだ?」
冷たい目で見つめられ、俺は一歩後ずさった。
外出届けには、実家のある伯爵領に戻るためという旨を記している。しかしここは伯爵領とは逆の方角で、俺が立ち寄る理由はなかった。なんなら、ウィンルード公爵の領地の一つに近い場所だ。公爵の住む館はここから遠いので、ウィンルード公爵領が近いといっても俺はさほど警戒していなかった。
挨拶もできず、言い訳もできず、俺は少しずつ後ずさることしかできない。エリックがゆっくりと近づいてきた。
よくわからないが、ヤバい状況な気がする。弁解が思いつかないのだから、ひとまず逃げるしかないだろう。
俺は駆け出そうとした。が、エリックに手首をとらえられる。いつかと同じようにひねり上げられ、エリックは俺の両手をつかむと顔を寄せてきた。
「お前の手先の男は逃げたぞ。ジュリアン、お前は人を殺したな?」
息をのみ、総毛立った俺はエリックの手から逃れようともがいた。けれどエリックはどれだけ俺が暴れても動じずに手を離さない。
「何を企んでいる」
言えない。何も言えるはずがない。
武芸に秀でたエリックに力ではかなわないと知りながら、俺はもがき続けていた。
「お前はこのまま拘束させてもらう。危険な男を殿下のそばに返すわけにはいかないからな」
エリックはどこかから出した縄で、さっさと俺を縛り上げてしまった。俺は混乱していたし、そもそも弱っていたから逃げ出せなかった。
エリックの合図で木々の向こうから馬車がやってくる。有無を言わさず、俺はその馬車に乗せられてしまった。
後ろ手に縛られたまま、エリックの隣に座らされる。行き先も告げぬまま、馬車は御者の手によって走らされた。
「……見逃して、ください……」
かすれた声で俺は言った。エリックは一瞥をくれるだけで、返事をしない。
本当に、まずいことになった。エリックはどういう手段でか知らないが、俺が暗殺者を殺したことを突き止めたのだろう。あいつはロイドを殺すはずの男だが、まだロイドに何もしていない。
先の展開を知っているからこそ確信をもってあいつをしとめたのだが、エリックにそう言っても信じてもらえないだろう。証拠がないのだ。
このまま俺は、人殺しの罪で裁きにかけられるのか?
今回は、エリックの手によって俺は処刑台へと送られるのだろうか。だとしたら最悪だ。どうしても逃げなければ。
俺は窓の外に目をやって、眉をひそめた。
馬車は一体、どこへ向かっているのだろう。俺はてっきりこれから公的な機関に連れて行かれて、身柄を引き渡されるのだとばかり思っていたのだが。
どう見ても、町からは離れていっている。こちらは公爵領の方角だ。
不安を抱えながら、俺は馬車の中で黙りこくっていた。エリックも一言も喋らないで、重苦しい時間は長く続いたのだった。
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