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17、この世界は狂っている
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――私は、世界で一番の屑だ。
エリックは書斎の机で頬杖をつきながら思った。
本来なら、ジュリアンを抱く必要などないのだ。けれどこうすれば彼に嫌われるだろうからと誰にともなく言い訳をしながら、犯している。
ジュリアンが誰かと肉体関係を持ったと聞く度に、心が燃えるような嫉妬を覚えた。相手の男達を、片っ端から殴りつけたいという衝動を、必死で抑えて過ごしてきたのだ。
ジュリアンを私のものにしたい。二度と誰にも触らせない。
本当は、ジュリアンを守るためというのは建前で、独り占めにしたいという理由から彼を監禁することを思い立ったのかもしれない。
嫌だ、と声をあげていたジュリアンの顔を思い出す。
幼い頃から信頼していた年上の男に陵辱されて、ジュリアンはどれほど失望しただろうか。
こうするしかない、こうするしかない、と繰り返し心の中で呟きながらジュリアンの体を味わっている。自分は、欲にまみれた狂人なのだ。
クライヴはあちこち手をつくしてくれており、普通の人間には見えないものを視る力を持つ者がいるとの噂を聞きつけた。今度、その能力者とやらに話を聞きに行く予定だ。ひとまずその者からは、魔除けの石を渡されており、この館の敷地内に置いてある。
外はしとしとと雨が降っている。
黙想にふけり、椅子に座ったまま長い間じっとしていたエリックだったが、何かの音を聞きつけて顔をあげた。
馬車の音が近づいてくる。立ち上がって外を確認すると、馬車は館の敷地の中に入ってきていた。エリックは目を細め、壁に立てかけてある剣に目をやった。
訪問者と執事がやりとりをしているようで、階下から声が響いてくる。とりあえず、奇襲の類ではなさそうだ。
執事は戸惑った顔つきで、訪問者の名を報告しに来た。意外な人物の名にエリックも内心驚いていたが、通すように命じる。
応接間に行くと、二人の男が立ってエリックを待っていた。
「ウォーレンに……殿下。何故こんなところにやって来たのですか?」
エイディーミン王国第二王子ロイド。外套を来た王子は、青白い顔をしてエリックを見つめていた。
「ジュリアンはここにいるのだろう?」
「あなた方二人で来られたのですか。見張りの目をかいくぐって来たと?」
ロイドの身に何かが起きては大変だ。目立たないようにしているが、以前よりは遠巻きの護衛の数を増やしている。ロイドが学園から出たという報告は受けていなかったし、おそらくこっそり抜け出したのだろう。
聞けば、身代わりを置いてきたらしい。おとなしい青年だと油断していたが、案外ロイドは大胆な行動にも出るようだ。
「お前がジュリアンの身をあずかっていると聞いたんだ。ジュリアンは無事なんだろうな?」
「とりあえず、お座りください」
ジュリアンの友人であるロイド王子とウォーレンは、険しい顔をしながらも席についた。
学園とジュリアンの家の方には、ジュリアンは出先で病気のため倒れ、エリックが面倒を見ているということにしている。現在は休学扱いだ。だが、ロイドとウォーレンは信じていないのだろう。ジュリアンと全く連絡が取れないため、何かあったと思っているようだ。
「ジュリアンは怪しい動きをしています。私が監視をすることに決めました」
エリックはロイド達にこう説明をする。
「彼が何か企んでいるとでも? エリック、正気か。ジュリアンだぞ?」
「ジュリアンは殺しをやっています」
こう告げると、ロイドとウォーレンは顔色を変えた。ロイドが息をのむ。
「まさか、そんな……」
ジュリアンが殺したのは、ロイドを暗殺するはずだった男だ。エリックが朧気ながら今までの記憶を思い出し、その暗殺者を追いかけたのだがジュリアンに先を越されていた。その事実が露見しないよう、エリックも徹底的に工作している。この件でジュリアンが疑われる恐れはないだろう。
ロイドは動揺して信じられない様子だったが、エリックが嘘をついたり適当な調査をするような男ではないことも知っている。
「ジュリアンが、そんなことをするわけが……。エリック、私とジュリアンは、幼い頃からの友人なんだ。彼のことは私が一番よく知っている。もう一度調べ直してくれ。何かの間違いでは……」
「殿下、ここ一年近く、ジュリアンの様子はおかしいと感じませんでしたか?」
ロイドとウォーレンは目を見交わした。それについては、互いに思うところがあるらしい。
「確かに、昔の彼は軽薄そうに見えても根は真面目でした。しかしここ最近、かなり生活は乱れていたように思います。何か心境の変化でもあったのではないですか? 何かの計画のプレッシャーに耐えきれず、不埒な行いで発散していたとも考えられます」
エリックの意見を聞いたウォーレンが、懐から何かを取り出した。幾枚かの書類と、薬、そして瓶に入ったビーズだった。
「エリック様。ジュリアンは、我々の知らないところで慈善活動を行っていたようです。病が流行った時には薬草を破格の値段で買い取らせ、このビーズに関しては、領地の貧しい者達の雇用のために手を尽くしていたようでした」
エリックはその辺りについてもとっくに調べていたが、一応書類に目を通した。興味がないような顔をして、書類を机に放り投げる。
「金のためだ。一見善行に見えるが、上手く儲けている。貴族の子息で金に不自由していないジュリアンが、金を欲する理由とは何だ?」
ロイド達は顔を曇らせた。彼らは友人としてジュリアンを信じたいのだろうが、彼の不可解な行動には疑問を抱いているのだろう。
「ジュリアンは誰かにそそのかされて、あなたの命を狙っているのかもしれません」
「やめてくれ、エリック。そんなことは絶対にありえない」
「お察しします、殿下。親しい者の裏切りは、何よりつらいですからな」
うなだれるロイドに、エリックは容赦なく続けた。
「私はジュリアンを締め上げました。事情があるなら言ってみるといい、と。あの男は何も言わずにへらへらしていましたよ。何も後ろめたいことがないのなら、気心知れた我々に説明できるはずではないですか?」
重苦しい沈黙が続いた。
ロイド王子も、決死の思いで学園の寮を抜け出してきたのだろう。無断で出てきたことが知られれば大問題になる。それに、王族は命を狙われることもあった。目立たないよう二人で行動したのだろうが、どこかで危険な目に遭ってもおかしくなかった。
「自白させてみせます。そのためには、どんな拷問も厭いません」
「ああ、やめてくれ、エリック……! 拷問だなんて……」
ロイドはうめきながら耳を塞いだ。
王族を傷つけたものは死罪になる。もちろん、未遂でも同じことだ。計画しただけでも罪の重さは変わらない。ジュリアンが黒だとしたら、その先に待っているのは拷問よりも惨たらしい刑なのだ。
「ジュリアンと話をさせてくれ」
「なりません。何かを吹き込まれて、殿下が惑わさるかもしれませんから。はっきりしたことがわかるまでは、接触しないでいただきます。これもあなたの身の安全のためです」
自分がこれほど白々しく嘘がつけるとはエリックも思っていなかった。
ロイドはジュリアンの身の潔白を証明するようなものを持っておらず、エリックの意志を覆せないと打ちひしがれているようだった。
エリックは、ロイド王子に忠誠を誓っている。出来る限り、ロイドの身は守るつもりでいた。
だが、優先するのはあくまでジュリアンの方であり、はっきり言ってロイドを信用してはいない。というのも、いつもジュリアンの死のきっかけがロイドだったからだ。今のロイドに異変はないが、ジュリアンに依存してしまったり、カレンとの関係を疑って嫉妬したりと、その回によってロイドの反応は様々に変化している。
ロイド、カレン、ウォーレンの、ジュリアンのそばにいる三人は毎回反応が不安定なのだ。
運命というものがジュリアンの不幸を望んでいて、ジュリアンをそこへ運んでいくために三人が駒のように動く仕組みになっているとしたら、とても事情は話せない。身近な三人には、「ジュリアンは今不幸である」と思い込ませておかなければならない気がした。孤立無援。その印象を与えなければ。
頼むから暴力はやめてくれと懇願するロイドに曖昧な返事をすると、エリックはロイド達に学園へ戻るよう促した。公爵家から腕の立つ者を呼び、彼らの護衛として従わせて送り出す。
ロイドはいつもの心優しい青年らしく、友の身を案じて暗い表情をしながら帰っていった。
雨の中、馬車が遠ざかるのを見送り、エリックは書斎へと戻る。
――殿下を守ると誓ったはずが、もうジュリアンのことしか考えられなくなっている……。
ロイドも守ろうと思っているが、それはジュリアンを死なせないためだ。忠誠心も私欲に砕かれてしまった。
それだけ自分は、ジュリアンを愛してしまっているのだ。
何度も助けを求め、すがってきた過去のジュリアンの姿を思い出す。あれは何度目だっただろうか。錯乱寸前で泣きじゃくり、エリックにしがみついてきた。
――たすけて、たすけて。また俺は殺されるかもしれない。怖い! エリック様。俺、怖いんです……。
思い返せばいつだって、ジュリアンは必死だったのだ。運命を受け入れて、ただ友のことのみ抗おうと戦って。
――エリック様は、いつまでも健康で長生きしてくださいね。正しい終わりにたどり着いたら、殿下を守ってくださいね。あなたになら、任せられる。
達観して笑っていたのは、いつのことだっただろうか。あの時は彼の言っている言葉の意味がよくわからなかった。
いつも何か言い出そうとして唇を噛み、躊躇していたジュリアン。九回目の時に、話したいことがあると自分は彼に言い、その後引き離されて、ついに話すことはかなわなかった。
私が同じ時間の輪にとらわれたなら、果たしてロイドを救おうと思えただろうか。
断頭台で、彼が流した絶望の涙が忘れられない。
――エリック様。
ジュリアンの、自分の未来を諦めた笑顔を見ると、胸が締めつけられるのだ。
私は気づいている。お前の絶望と苦しみを知っている。
(もう二度と、)
握りしめた拳が白くなり、皮膚に爪が食い込んで血が流れた。
(お前に死の恐怖の涙を流させたりはしない)
この世界は狂っている。それを私が、正してみせる。
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とっても面白くて最新まで一気に読んでしまいました! これからどのようにエリックとジュリアンが結ばれるのか、どうしてタイムリープをしているのか続きが気になりますт ̫ т🤍
一気読みありがとうございます!(*´˘`*)
現在更新止まってしまってますが、いずれ再開する予定です。お待たせしてすみません…!続き気にしていただけて嬉しいです!安心のハッピーエンドになります👌