16 / 17
16、好きにならないで
しおりを挟む* * *
森のそばにある館は、驚くほど静かだった。
何もせずにこうして寝台に身を起こしているなんて、しばらくなかったことだ。
暇を持て余した俺は、鎖を引きずりながら部屋を歩き回ったり、外を眺めたりしている。お前に外出着など必要ない、とエリックに服を取り上げられ、俺は一日中寝間着姿だ。
何か用があれば、寝台のそばに置いてあるベルを鳴らせば執事が来てくれるそうだが、今のところはほとんど使っていない。
(エリック様はどこにいるんだろう? 物音もほとんどしないけど、この館にいるのか、それとも外出しているのか……)
馬車や馬が出て行った気配はないから、いるような気はするが。
そして俺はこの先、どうなるのだろう。ここから出さないとは言い渡されているが、どこかへ連れて行くとは言われていない。でも、一生閉じこめておくつもりはないだろうし、いつかは出されるんだよな?
俺の殺しの証拠が揃ったら、か。
(まずいな……。そもそも、どこまで知られてるんだ?)
落ち着かなくて足を揺する。俺はどうなったって構わないが、問題はロイドだ。本当に無事なんだろうな?
また俺にこんなイレギュラーな出来事が起きて、ロイドもおかしな事件に巻き込まれたりはしてないよな?
いてもたってもいられなくなり、やっぱり学園に戻りたくなったが、足枷は外せそうになかった。
しかし、エリックには悪いが俺もいつまでもここで惰眠をむさぼっているわけにはいかないだろう。本音を言えば理想的なシチュエーションだが――監禁されるのを喜んでるんだから、まるっきり変態だ――楽しんでいる場合ではない。
いろいろ考えた末、夕食で使った食器が使えないか試し始めた。フォークで足枷か鎖をどうにか出来ないだろうか。なくしたふりをして、とりあえずどこかに隠しておこうか。
万が一ロイドの身が危なくなったら、最終手段は足を切って抜け出すしかないな。首だって斬られたことがあるから、それよりはましだろう。どうあっても俺はロイドのところへ駆けつけなければならない。
今から鎖にダメージを与えておいた方がいいな、といじっていたところ、ドアが開いてぎくりとした。
仏頂面のエリックが部屋に足を踏み入れる。
「何をしている?」
「べ、別に……」
余計なお世話ですけど、この鎖長すぎて意味なくないですか? とツッコみを入れたくなったが我慢した。
「あの、ロイド殿下の方に何かあったりはしませんでしたか?」
急いで俺がそう問うと、エリックは顔色を変えずに答えた。
「朝と晩の様子を連絡するように言いつけてある。何かあった時のために、公爵家の私兵も学園のそばで常に待機している。殿下の存在を良く思わない輩は国の中枢にいるからな。城から来た者はあてにならん」
同意見である。今まで、エリックの家のウィンルード公爵家が怪しい動きを見せたことはないから、安全だろう。
「それで、殿下のご様子は? お体の具合は良さそうですか?」
「お前は殿下の話ばかりだな」
当たり前だ。俺はロイドを救うことに命をかけてるからな。
エリックにさらわれたのは、正直感謝している。俺の精神はギリギリだったし、休息が必要だったのだ。でも、おかげで回復したし、解放してほしい。だが、暗殺者を殺めた件についてはぼろを出しても大変なので、俺から何か言い出すのは控えるしかなかった。
エリックは俺にいくつか質問をしてきた。この部屋で不便に感じることはないか、だとか、居心地はどうだ、だとか、食事はどうだ、だとか。
俺は答えつつも首を傾げた。なんだか、気遣われているみたいだけど、気のせいだろうか。
「あの……エリック様。一つ確認したいのですが、よろしいですか?」
「何だ」
「俺を好意でここに置いてくれてるんじゃないですよね……?」
今までの態度からして違うとは思うのだが、どうも冷たい言動とは裏腹に、俺に優しくしようとしているような感じがある。
エリックが眉間の皺を深くした。
「好意だと?」
不機嫌そうな顔をして、エリックが詰め寄ってくる。
「色情狂のお前に、どうして私が好意など抱かなくてはならないのだ。自分が好かれるとでも? 思い上がるなよ」
えらい剣幕で言われて俺は呆然としていたが、はっきりとした嫌悪をぶつけられ、かえって心底ほっとした。
「そうですよね……!」
もし。万が一。エリックが俺を好きになったとしたら。俺の力になろうとしたら。
それこそ、一秒でも早く、足を落としてでも逃げ出さなければならない。俺の味方になったら、エリックにも被害が及ぶに決まっている。ロイドはもちろんだが、エリックだって傷ついてはならないのだ。ロイドが助かっても、エリックに何かあったら意味がない。
それこそ俺は、生きていられない。
だから、嫌われていてよかった。下品に振る舞った甲斐がある。
「変なこと言いますけど、俺のこと、好きにならないでくださいね」
エリックの目元が、何か言いたげに震えた。
「愚弄する気か? 大した自信だな」
「だって俺、可愛いから。エリック様が俺に惚れたら大変だ。興味ない男に言い寄られたら、めんどくさいし」
もっと嫌われよう。徹底的に蔑まれよう。だから呆れられるようなことを言わなくてはならない。
俺は挑発するように舌を出して、笑い声をあげた。下品で淫乱なジュリアン。彼が好きになるところなんて、ない。自分とエリックにわからせなければならないのだ。
「いつからそんな、品のない男になった?」
「うーん、いつからかな。男の味を覚えたら、こうなっちゃいました」
「そんな奴を、殿下のそばに戻すことはできないな」
「え?」
俺は顔をしかめた。何でそうなるんだよと思いつつ、いやまあ、それももっともか、と納得もした。学園内での俺の評判は最悪だった。ロイドには悪いと思ったのだが、このスタイルが一番やりやすかったのだ。
仲間にもどん引きしてもらえれば、ロイドは俺に惚れないし、カレンも俺に惚れない。情報は集めやすいし、一石二鳥どころか三鳥四鳥くらいである。
一方、ロイドに「あいつとつるまない方がいい」と進言する者も増えてきたし、俺も距離感が難しくなってきていた。近づかないようにしていたが、離れすぎてもまずいのだ。
エリックは上着を脱ぎながらこう尋ねてきた。
「殿下とは寝たのか?」
「は……はぁっ?!」
とんだ爆弾発言である。俺は憤慨した。
「いくら俺がふしだらだからって、殿下とそんな仲になるわけないじゃないですか! あの方は俺にとって、守るべき友人なんです! 殿下の名誉を傷つけるようなことはしません!」
前にロイドに言い寄られた回があったが、あれは辟易した。ロイドは俺にとってかけがえのない大切な存在だが、恋人になりたいとは少しも思ったことがないのだ。
ロイドにはカレンがいる。似合いの二人で幸せになってもらうというのが、俺の望みだ。
――俺が好きなのは、エリック様、あなただけです。
なんて言ったら、今までの言動からして、気が狂ったと思われるだろうな。
「殿下に横恋慕はしていないということだな」
「俺と殿下は、友人です」
「そうか」
エリックはベッドにのって、俺の手をつかんできた。ここでやっと、彼が上着を脱いだ理由に気がつく。
「お前が隠し事を全て話さない限り、この生活は続くぞ」
低い声で、脅すようにエリックは言う。あの発言は本気だったということか。昔からエリックは、こうと決めたら曲げない男ではあった。
「俺を罰するつもりなのはわかりましたけど、あなたが汚れ役を引き受けなくてもいいんじゃないですか……?」
エリックが眉を動かす。
「別の人を連れてきて、俺を犯せばいいのに……」
エリックは俺を疑ってるし、淫売の汚い俺を辱める行為を、他人に任せられないと責任感から自分が引き受けているのだろう。それって結構、苦痛じゃないのか? 俺はこの人に苦しんでもらいたくなかった。
「そんなに私に抱かれるのが嫌か」
気分を害したみたいに、エリックが顔つきを険しくした。
「そうではなく……」
エリックが怒り出しそうな気配にうろたえて、俺はしどろもどろになってしまった。嫌じゃないと言うべきか、嫌と言うべきか迷う。エリックとこんな会話をするのは初めてで、頭が上手く回らなかった。
俺はエリックに抱かれたくて仕方がないが、エリックのためには嫌がってるふりをした方がいいのか?
「嫌な割には勃つのだな」
エリックが俺の下半身の反応しているところに手をのばして触れてきた。「あっ」と声をもらして、俺はびくんと肩を震わせる。エリックが相手だと、いつも以上に感度が良くなってしまうのだ。
寝間着は薄い生地でできているから、反応していることが相手にも一目瞭然で恥ずかしい。
「どんな男が好みなのかは知らないが、お前の相手は私以外にさせる気はない」
「触らないで……っ」
やっぱりダメだ。エリックが俺を抱くなんて。彼の人生の汚点になる。
(めちゃくちゃにしてほしい。俺を愛してほしい。俺を助けて。あなただけのものにして)
自分の欲望にめまいがしてくる。浅ましい俺の欲が、エリックを汚してしまいそうで怖い。
「俺から、離れて」
「ふざけるな」
暴れる俺を押さえつけ、エリックは激しいキスをする。服をめくられて肌を撫でられ、いやらしい声が出てしまう。
「やだ! やだ、いやだぁ……っ」
嬉しくて体が震えそうで、そんな自分が嫌でたまらない。エリックが俺をどれほど軽蔑していたところで、こうして繋がれるのが本当に嬉しいのだ。なんて最低な奴なんだろう、と思う。
「正直に言え。でないとやめないぞ」
正直にって何? 何だっけ? 俺があなたを好きってこと?
思考が溶けかけ、悶えながら俺は喘ぐ。陰茎をしごかれ、秘部をさぐられ、雄々しい彼のそれに貫かれる。
(またエリック様に抱かれてる。こんなの、信じられない。白状しない限り、この人はずっと俺を抱いてくれるのか?)
「エリックさま、エリッ、ク……! うんっ、んぁあっ!!」
「逃がさないぞ、ジュリアン。逃がすわけがない。もう、お前を……」
指を絡めて俺達は互いの手を握りしめる。
俺は、世界で一番愚か者だから、こんな夜が、いつまでも続きますようにと祈ってしまう。
ごめんなさいと心の中で呟きながら、俺は喜びの声をあげ続けるのだった。
44
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
異世界転生した双子は今世でも双子で勇者側と悪魔側にわかれました
陽花紫
BL
異世界転生をした双子の兄弟は、今世でも双子であった。
しかし運命は二人を引き離し、一人は教会、もう一人は森へと捨てられた。
それぞれの場所で育った男たちは、やがて知ることとなる。
ここはBLゲームの中の世界であるのだということを。再会した双子は、どのようなエンディングを迎えるのであろうか。
小説家になろうにも掲載中です。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる