断罪予定の悪役令息、次期公爵に囚われる

muku

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16、好きにならないで

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 * * *

 森のそばにある館は、驚くほど静かだった。
 何もせずにこうして寝台に身を起こしているなんて、しばらくなかったことだ。
 暇を持て余した俺は、鎖を引きずりながら部屋を歩き回ったり、外を眺めたりしている。お前に外出着など必要ない、とエリックに服を取り上げられ、俺は一日中寝間着姿だ。

 何か用があれば、寝台のそばに置いてあるベルを鳴らせば執事が来てくれるそうだが、今のところはほとんど使っていない。

(エリック様はどこにいるんだろう? 物音もほとんどしないけど、この館にいるのか、それとも外出しているのか……)

 馬車や馬が出て行った気配はないから、いるような気はするが。
 そして俺はこの先、どうなるのだろう。ここから出さないとは言い渡されているが、どこかへ連れて行くとは言われていない。でも、一生閉じこめておくつもりはないだろうし、いつかは出されるんだよな?
 俺の殺しの証拠が揃ったら、か。

(まずいな……。そもそも、どこまで知られてるんだ?)

 落ち着かなくて足を揺する。俺はどうなったって構わないが、問題はロイドだ。本当に無事なんだろうな?
 また俺にこんなイレギュラーな出来事が起きて、ロイドもおかしな事件に巻き込まれたりはしてないよな?
 いてもたってもいられなくなり、やっぱり学園に戻りたくなったが、足枷は外せそうになかった。

 しかし、エリックには悪いが俺もいつまでもここで惰眠をむさぼっているわけにはいかないだろう。本音を言えば理想的なシチュエーションだが――監禁されるのを喜んでるんだから、まるっきり変態だ――楽しんでいる場合ではない。
 いろいろ考えた末、夕食で使った食器が使えないか試し始めた。フォークで足枷か鎖をどうにか出来ないだろうか。なくしたふりをして、とりあえずどこかに隠しておこうか。

 万が一ロイドの身が危なくなったら、最終手段は足を切って抜け出すしかないな。首だって斬られたことがあるから、それよりはましだろう。どうあっても俺はロイドのところへ駆けつけなければならない。
 今から鎖にダメージを与えておいた方がいいな、といじっていたところ、ドアが開いてぎくりとした。
 仏頂面のエリックが部屋に足を踏み入れる。

「何をしている?」
「べ、別に……」

 余計なお世話ですけど、この鎖長すぎて意味なくないですか? とツッコみを入れたくなったが我慢した。

「あの、ロイド殿下の方に何かあったりはしませんでしたか?」

 急いで俺がそう問うと、エリックは顔色を変えずに答えた。

「朝と晩の様子を連絡するように言いつけてある。何かあった時のために、公爵家の私兵も学園のそばで常に待機している。殿下の存在を良く思わない輩は国の中枢にいるからな。城から来た者はあてにならん」

 同意見である。今まで、エリックの家のウィンルード公爵家が怪しい動きを見せたことはないから、安全だろう。

「それで、殿下のご様子は? お体の具合は良さそうですか?」
「お前は殿下の話ばかりだな」

 当たり前だ。俺はロイドを救うことに命をかけてるからな。
 エリックにさらわれたのは、正直感謝している。俺の精神はギリギリだったし、休息が必要だったのだ。でも、おかげで回復したし、解放してほしい。だが、暗殺者を殺めた件についてはぼろを出しても大変なので、俺から何か言い出すのは控えるしかなかった。

 エリックは俺にいくつか質問をしてきた。この部屋で不便に感じることはないか、だとか、居心地はどうだ、だとか、食事はどうだ、だとか。
 俺は答えつつも首を傾げた。なんだか、気遣われているみたいだけど、気のせいだろうか。

「あの……エリック様。一つ確認したいのですが、よろしいですか?」
「何だ」
「俺を好意でここに置いてくれてるんじゃないですよね……?」

 今までの態度からして違うとは思うのだが、どうも冷たい言動とは裏腹に、俺に優しくしようとしているような感じがある。
 エリックが眉間の皺を深くした。

「好意だと?」

 不機嫌そうな顔をして、エリックが詰め寄ってくる。

「色情狂のお前に、どうして私が好意など抱かなくてはならないのだ。自分が好かれるとでも? 思い上がるなよ」

 えらい剣幕で言われて俺は呆然としていたが、はっきりとした嫌悪をぶつけられ、かえって心底ほっとした。

「そうですよね……!」

 もし。万が一。エリックが俺を好きになったとしたら。俺の力になろうとしたら。
 それこそ、一秒でも早く、足を落としてでも逃げ出さなければならない。俺の味方になったら、エリックにも被害が及ぶに決まっている。ロイドはもちろんだが、エリックだって傷ついてはならないのだ。ロイドが助かっても、エリックに何かあったら意味がない。

 それこそ俺は、生きていられない。
 だから、嫌われていてよかった。下品に振る舞った甲斐がある。

「変なこと言いますけど、俺のこと、好きにならないでくださいね」

 エリックの目元が、何か言いたげに震えた。

「愚弄する気か? 大した自信だな」
「だって俺、可愛いから。エリック様が俺に惚れたら大変だ。興味ない男に言い寄られたら、めんどくさいし」

 もっと嫌われよう。徹底的に蔑まれよう。だから呆れられるようなことを言わなくてはならない。
 俺は挑発するように舌を出して、笑い声をあげた。下品で淫乱なジュリアン。彼が好きになるところなんて、ない。自分とエリックにわからせなければならないのだ。

「いつからそんな、品のない男になった?」
「うーん、いつからかな。男の味を覚えたら、こうなっちゃいました」
「そんな奴を、殿下のそばに戻すことはできないな」
「え?」

 俺は顔をしかめた。何でそうなるんだよと思いつつ、いやまあ、それももっともか、と納得もした。学園内での俺の評判は最悪だった。ロイドには悪いと思ったのだが、このスタイルが一番やりやすかったのだ。
 仲間にもどん引きしてもらえれば、ロイドは俺に惚れないし、カレンも俺に惚れない。情報は集めやすいし、一石二鳥どころか三鳥四鳥くらいである。

 一方、ロイドに「あいつとつるまない方がいい」と進言する者も増えてきたし、俺も距離感が難しくなってきていた。近づかないようにしていたが、離れすぎてもまずいのだ。
 エリックは上着を脱ぎながらこう尋ねてきた。

「殿下とは寝たのか?」
「は……はぁっ?!」

 とんだ爆弾発言である。俺は憤慨した。

「いくら俺がふしだらだからって、殿下とそんな仲になるわけないじゃないですか! あの方は俺にとって、守るべき友人なんです! 殿下の名誉を傷つけるようなことはしません!」

 前にロイドに言い寄られた回があったが、あれは辟易した。ロイドは俺にとってかけがえのない大切な存在だが、恋人になりたいとは少しも思ったことがないのだ。
 ロイドにはカレンがいる。似合いの二人で幸せになってもらうというのが、俺の望みだ。

 ――俺が好きなのは、エリック様、あなただけです。

 なんて言ったら、今までの言動からして、気が狂ったと思われるだろうな。

「殿下に横恋慕はしていないということだな」
「俺と殿下は、友人です」
「そうか」

 エリックはベッドにのって、俺の手をつかんできた。ここでやっと、彼が上着を脱いだ理由に気がつく。

「お前が隠し事を全て話さない限り、この生活は続くぞ」

 低い声で、脅すようにエリックは言う。あの発言は本気だったということか。昔からエリックは、こうと決めたら曲げない男ではあった。

「俺を罰するつもりなのはわかりましたけど、あなたが汚れ役を引き受けなくてもいいんじゃないですか……?」

 エリックが眉を動かす。

「別の人を連れてきて、俺を犯せばいいのに……」

 エリックは俺を疑ってるし、淫売の汚い俺を辱める行為を、他人に任せられないと責任感から自分が引き受けているのだろう。それって結構、苦痛じゃないのか? 俺はこの人に苦しんでもらいたくなかった。

「そんなに私に抱かれるのが嫌か」

 気分を害したみたいに、エリックが顔つきを険しくした。

「そうではなく……」

 エリックが怒り出しそうな気配にうろたえて、俺はしどろもどろになってしまった。嫌じゃないと言うべきか、嫌と言うべきか迷う。エリックとこんな会話をするのは初めてで、頭が上手く回らなかった。
 俺はエリックに抱かれたくて仕方がないが、エリックのためには嫌がってるふりをした方がいいのか?

「嫌な割には勃つのだな」

 エリックが俺の下半身の反応しているところに手をのばして触れてきた。「あっ」と声をもらして、俺はびくんと肩を震わせる。エリックが相手だと、いつも以上に感度が良くなってしまうのだ。
 寝間着は薄い生地でできているから、反応していることが相手にも一目瞭然で恥ずかしい。

「どんな男が好みなのかは知らないが、お前の相手は私以外にさせる気はない」
「触らないで……っ」

 やっぱりダメだ。エリックが俺を抱くなんて。彼の人生の汚点になる。

(めちゃくちゃにしてほしい。俺を愛してほしい。俺を助けて。あなただけのものにして)

 自分の欲望にめまいがしてくる。浅ましい俺の欲が、エリックを汚してしまいそうで怖い。

「俺から、離れて」
「ふざけるな」

 暴れる俺を押さえつけ、エリックは激しいキスをする。服をめくられて肌を撫でられ、いやらしい声が出てしまう。

「やだ! やだ、いやだぁ……っ」

 嬉しくて体が震えそうで、そんな自分が嫌でたまらない。エリックが俺をどれほど軽蔑していたところで、こうして繋がれるのが本当に嬉しいのだ。なんて最低な奴なんだろう、と思う。

「正直に言え。でないとやめないぞ」

 正直にって何? 何だっけ? 俺があなたを好きってこと?
 思考が溶けかけ、悶えながら俺は喘ぐ。陰茎をしごかれ、秘部をさぐられ、雄々しい彼のそれに貫かれる。

(またエリック様に抱かれてる。こんなの、信じられない。白状しない限り、この人はずっと俺を抱いてくれるのか?)

「エリックさま、エリッ、ク……! うんっ、んぁあっ!!」
「逃がさないぞ、ジュリアン。逃がすわけがない。もう、お前を……」

 指を絡めて俺達は互いの手を握りしめる。
 俺は、世界で一番愚か者だから、こんな夜が、いつまでも続きますようにと祈ってしまう。
 ごめんなさいと心の中で呟きながら、俺は喜びの声をあげ続けるのだった。
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