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15、十年目
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「同じ時を、繰り返している?」
エリックが頷くと、友人であるラインスト伯爵子息クライヴは首を傾げて考え込んでいた。
そう簡単に信じられないのも無理はなかった。エリックとて、我が身に起きている現象でなければ信じられず、一笑に付しただろう。
「ほぼ一年の期間だ。私も記憶がはっきりとはしないのだが、おそらくこれが十回目だろう」
そして時間は、ジュリアンの死をきっかけに巻き戻る。まるで何事も起きなかったかのように、一年前から始まるのであった。
「その現象に気づいているのは、エリック様と……」
「ジュリアンだけだろう。多分、私と違ってジュリアンの方は毎回はっきりとした記憶を保ったまま戻っている」
エリックが覚えている古い記憶は、断頭台の上でこちらを向いて涙を流すジュリアンの姿だ。あれが最初だったと思う。
また時間が戻って同じ一年が始まった時、エリックはそれを覚えていなかった。だが、途中でなんとなく思い出すのだ。ジュリアンの身に、何か起きたのではなかったか? と。
繰り返すごとに違和感は強くなり、ジュリアンの死の光景がよみがえる。
「ジュリアンは、この館に閉じこめてあるのですね?」
「ああ」
エリックがクライヴを呼び出したのは、このへんぴな場所にある館だった。昔、親族が隠遁生活を送るのに使っており、現在では滅多に誰も訪ねて来ない。
クライヴはエリックの級友であった。付き合いが長く、自分の周りでは最も信用できる男と言ってもいい。一人で対処してもよかったのだが、荷が重すぎたし、どうしても人手は必要だ。悩みに悩んで、クライヴに事情を打ち明けたのだった。
半信半疑といった様子のクライヴだったが、エリックがつまらない冗談を言うような男でないというのは彼も心得ている。
「実を言うと、こうしてジュリアンに接触しようとしたのはこの十回目が初めてではないんだ。八回目、九回目も、救おうとした。しかし……」
「失敗したのですか」
エリックは苦々しい思いで頷いた。
「ジュリアンは前に死んだ気がする、と私は気がつく。同じ時を繰り返しているような錯覚を覚える。そうして、ジュリアンに声をかけるのだ。あちらも私にすがるような目を向けてきて、しかし、そうなった後、必ず私は引き離された」
ジュリアンと重要な話し合いをしようとした直後に、何かの力が働いて近づけなくなる。重要な仕事で呼び出されて足止めを食ったり、よくわからない冤罪で投獄されたりする。
エリックは学園を出ていた時期なので、ジュリアンにはトラブルがあったことは伝わっていなかったようだ。急いで駆けつけると、時すでに遅し。目の前でジュリアンは殺されてしまった。
「ジュリアンが、私という存在に希望を見出した直後に、そういうことが起こる。だから私は今回、ジュリアンに対しての接し方を慎重に検討しなければならなかった」
ジュリアンが少しでも救われそうな気配があると、それを潰そうとする展開になる。だからエリックは、ジュリアンに冷たい態度をとり続けた。
「誰か、あるいは何かが、ジュリアンを見張っているようだ。その相手に勘づかれると、私達は引き離される」
とはいえ、運命の時は迫っている。一刻も早くジュリアンを保護しなければならない。だから、はたから見て、ジュリアンが不幸になる形でそばに置く方法を考えたのだ。それが今回の、監禁という手段だった。
「ジュリアン本人にも気づかれていないようだし、この作戦が上手くいくと信じたい」
エリックは祈るように、膝に置いた手の指を組み合わせた。
クライヴは考え込んでいる。彼に話したのは、クライヴがジュリアンとさほど関わりを持っていなかったからだ。今までの繰り返した一年を振り返ってみても、クライヴは自分やジュリアンを取り巻く出来事にあまり関係してこなかった。
ロイドやカレン、ウォーレンなど、ジュリアンの身近な存在に話すのは危険である予感がするのだ。
「時が戻っているとすると、それは人智を超えた力ということになりますね。魔法か何かなのでしょうか……」
クライヴが呟く。
この友は、エリックを狂人だと疑うことなく信じてくれているようだからありがたい。
この世に魔法というものがあるのかどうか、エリックも知らないが、そんな力でもない限り、この超常現象は起こせないだろう。原因も理由も、巻き戻りのきっかけが何故ジュリアンなのかもわからない。
クライヴは出来る限りこの件について、内密に調査してくれると約束してくれた。エリックも調べたいのだが、なるべくジュリアンから離れたくなかった。まだ時間は残されているが、途中で何が起こるかわからないのだ。
「ジュリアンには、あなたが気づいていることを打ち明けないままでいるのですか?」
「そのつもりだ」
二人が世界の秘密を共有した途端、また引き離されるという恐れがある。気づいていることを、極力他の人間には気づかれない方がいい。ジュリアンにもだ。
ジュリアンがエリックに心を許すことが、何かの引き金になっていないとも限らない。
ジュリアンに助けが現れた時、彼が不幸でなくなった時、運命の歯車は急速に動き出し、彼を破滅へと導く。そんな気がしてならないのだ。
だからジュリアンがエリックに期待を持ってはならないし、エリックはジュリアンを助けているのではなく、あくまで虐げている風を装わなければならなかった。
「私は、ジュリアンを――抱いた」
静かな部屋に、エリックの告白が溶けていく。
「彼を愛しているのですか。それならやはり、どうにか打ち明けた方が……」
クライヴの言葉に、エリックはかぶりを振った。
最悪の未来が訪れるのが怖いというのもある。しかしそれ以上に、彼に愛を囁く資格が自分にあるとは思えなかった。
自分は、ジュリアンを何度も死なせた。
正直、今までの九回の出来事は断片的にしか覚えていない。だが、ジュリアンの死はどれも鮮明に思い出せる。
すがるような目をして涙をこぼしたあの時から、エリックは目を覚まし始めたのだ。ロイドをたぶらかして死に追いやった極悪人だと軽蔑の眼差しを送ったあの後。そして、何度も何度もジュリアンは死んだ。
九回目。今度こそ救えると思ったのに、間に合わなかった。駆けつけて、手をのばして、けれどジュリアンの首が落ちるその瞬間に、自分は何もできなかった。
ジュリアンが死に、エリックは絶叫し、そして世界は巻き戻る。
「愛した者を何度も死なせて、今更私が、何を言える? 私はいっそ、ジュリアンに憎まれたい」
贖罪にもならないが、せめてジュリアンは、全ての憎悪をこの自分に向けてほしかった。
クライヴもそれ以上は助言をしてこなかった。それでも、この哀れで無力な男の力になることは約束してくれる。
「今度こそジュリアンを救う。何かの力が働いているとしたら、それは繰り返すごとに薄れていっていると思うのだ。その証拠に、十回目の世界の私は、今までにないくらい、はっきりと繰り返した過去のことを覚えている」
これはチャンスだ。十一度目を始めさせるつもりはない。
クライヴは何度も頷いた。敵が誰なのかもわからず、対処も難しい。しかし共に戦ってくれると言う。
「それにしても、あなたがあのノートエル家のジュリアンに惚れているとは知りませんでした。確かに旧知の間柄でしょうが、彼が入学した頃、あなたはそういった目でジュリアンを見ていたようではなかったはずですが」
「確かにな。一年前まで、ジュリアンは私にとって、ただの後輩に過ぎなかった」
愛らしい年下の男。ロイド王子の友人。大切ではあるが、恋情を抱いたりはしなかった。
クライヴが不思議そうにしているから、エリックは苦笑しながら説明した。
「一年の間に、好きになったわけじゃない。言っただろう? 繰り返しているのだと。一年を繰り返して、これが十度目だ。つまり、十年目なのだ。誰かを好きになるのに、十年は決して短い時間ではないと思わないか?」
積み重ねた十年の間に、愛が募った。閉じこめられた狂った時間の中で、彼に惹かれた。
孤独と苦痛の中、体を張って友人を救おうとする気高さ。
ロイド王子が倒れたと聞いた時、彼の無事を知って、涙を流して安堵していたジュリアン。
あんなに苦しい思いをしたはずなのに。お前は殿下に刃を向けられたこともあった。殿下のために悔しい思いをした。そんな地獄を繰り返しても、全力で彼を守ろうとしている。
味方がいなくても諦めず、名誉も捨てて。ただ一人のために。
エリックは、自分も守ると誓ったはずのロイド王子に軽い嫉妬を覚えたほどだった。
ジュリアン。お前が殿下を守るなら、お前は私が守ろう。
「今度こそ死なせない。乗り切ってみせる」
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