底辺令嬢と拗らせ王子~私死んでませんけど…まあいいか

羽兎里

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商談成立

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店員さんが改めて私の髪をチェックしている。
心なしか、先ほどから顔が青ざめて見えるのは光のせい?

「なかなかいいお色ですね。これは人気の色ですから、割増料金が付けられます。しかし残念ですが栄養状態が悪く、お手入れもあまりしていなかった様子。いえいえそれでもかなりの長さを売っていただけるとのことですから、それだけでもプレミアムでございます。で、首筋のあたりまでをお望みと言う事でよろしかったでしょうか?」

おばさんマジック炸裂です。

「では、これぐらいでいかがでしょう」

示されたのは、普通のオカッパ頭ほどの長さ。

「髪の毛って、長いほど高く売れるんですか?」
「ええ、そうですね。当店では貴族様とのつながりがありまして、主にパーティーの時に髪を結うために使ったり、薄毛を気になさっている男性のウイッグを作ります。女性用の物も作りますが、その素材はほとんどは裏のルートからしか入りません」

裏のルート、多分それは………。

「しかしお客様の様に、ご自分から売ってもらえる、とても長い髪が入った場合、特別正規品として、極上品扱いとなります。かなり高価で販売できますから、こちらとしても有り難い限りです。お客様の髪は少々痛みは有りますが、これほどの長さなら女性用のウイッグも十分作れますし、こちらとしましても願ってもない品物です」

かなり高価?確か引き取りは5000ゼラだったよね?
ならばもう一声!10000ゼラぐらいにならないかな。

「もっと長く買い取ってください!そうですね……あの人ぐらいに!」

私は壁に飾ってあった絵見本の一枚を指さす。

「えっ、い、いえいえいえ。あれは男性であり、兵がよくする5分刈りですよ!!」

確かに絵の下には”men's 下級兵向き”と書いてありますけど、髪の長さなんて個人の自由ですよね。

「だめです!我が店のプライドに掛けて、女性をあのような姿に出来ません!」
「いくら短く切ろうと、髪はいずれ生えてきます!私が短くしろと言うのだからいいじゃないですか!」

髪が生えるまで、ほっかむりでも帽子でも被っていればいいじゃないか。
店のプライドなんてどうでもいい、私の食糧がかかっている。
すると店員さんは、少し躊躇しながらも、再び口を開いた。

「ふっ、いいですね恐れを知らぬ若さとは。お嬢さん、人間の髪はね、年齢とともに傷み衰え、それからだんだん細っていき、ある日突然その姿を消すのですよ。この私の忠告、心に刻んでおく事ですね………」

妙に説得力がある。

「いいでしょう。私もあなたの髪が欲しい。しかしあなたにお金目当てで他店に行かれても困ります。ですので代金はあの髪型にした時の金額をお払いします。しかし、あなたからいただく髪の長さはこちらに任せてもらいます」

うん、あの男性の絵と同じ金額がもらえるのね。

「分かりました。ではその長さで。で、その上で残った髪を上乗せして買い取ってもらえませんか!」
「お断りします!!!」


結局それ以上突っ込むと、買い取ってもらえなくなりそうで、その条件で手を打つ事にした。
しぶしぶ鏡の前に座った私は、店長にされるがまま弄ばれた。(変な意味じゃないよ)

「きゃ~いいわ、あなた思ったよりいい素材持ってるじゃない、そうねここはあと2ミリ切って、こちら側から自然に流れるようにして…」

眼鏡を取られた私には、一体どうなっているのか分かりません。

「良かった、髪の根元の方はあまり傷んでいないわね。いいわね!これからは今までみたいに髪を放置するのは許さないから!」
「いや、そう言われましても、髪の手入れなど、どうすればいいのかさっぱり…」
「大丈夫、私がしっかりレクチャーしてあげるわ!」

このおっさん何を興奮しているんだ?
それから2時間いじくり回して、店員さんはようやく満足したのかハサミを置いた。
それからまた髪の手入れの仕方を延々と聞かされ、ようやく眼鏡を返してもらった。
眼鏡を掛けて、鏡で自分の姿を確認したけれど、そこには髪が極端に短くなっただけの、いつもと何ら変わらない自分の姿があるだけだ。

「あっら~、おかしいわねぇ??」

おかしい=ブサイク。
分かってます、そんな事。

「もしかして…そうよ眼鏡よ。あなた眼鏡を変えなさい!」
「いやです。これは兄さんにプレゼントしてもらった大事なものだし、今は眼鏡に使うお金がもったいないです」

それから不満顔のおじさんからヘアケア製品をプレゼントされ、一通の封筒を渡された。

「いいわね、私の言いつけはちゃんと守るのよ。ロゼさんにもよろしく言っておいてね!」

はい、最初は店員のおじさんから邪険にされましたが、ロゼさんの紹介だと言ったらとても良くしてもらいましたと伝えておきますね。


その場を離れ、封筒の中身を確認すると、なんと中には1万ゼラ札が10枚入っていました。
10万ゼラですか?いいんですか?
もしかして店員さん本当にいい人!?


るんるんるん
日はかなり傾いているから、今夜もまたサバストに泊まるしかないな。
ロゼおばさんにお礼を言ってから、明日この町を出よう。



「おや、ずいぶん思い切ったね」

おばさんがしげしげと私の頭を眺めている。

「はい!おかげで頭は軽やか懐はホカホカです。全てロゼさんのおかげでです。ありがとうございました!」

そう言い、ブンと勢い良く頭を下げた。
封筒の中身を見せると、ロゼおばさんは妥当な金額だねと、いたって冷静だった。

「私、明日の朝に町を出ます」
「そうかい、行く当ては有るのかい?」
「取りあえずバスクにいる兄さんを頼ろうと思っていますけど」
「バスクかい……」

ロゼおばさん渋い顔してるけど、どうしたの?

「バスクまではかなり距離があるね。おまけに治安の良くない町も通らなけりゃならないし、そこまでの道は決して楽な道じゃないよ」

そうなんですか?

「ちょっと聞くけど、この先もずっとその恰好で旅をするのかい?」
「あっ、いえ、そうですね…、でも私こんな感じの服しかもっていないから」

まあ髪は男並み、服はスカート。
ちぐはぐなのは自覚している。
実際ここに来るまでに、かなり陰口をたたかれた気がした。
でもこれは、私の仕出かした事だから仕方がない。

「よし、こうしよう。これも何かの縁だ。あんたの服を買い取ってやるよ。あのドレスは無理だけどね。で、代金として今のあんたに似合う服で支払う。まぁいわゆる物々交換だね」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、あたしがあんたに似合う服を、責任を持って見立ててやるよ」


と言う訳で、ロゼおばさんの厚意に甘え、私はほとんどの服を交換した。
それは本当に私によく似合っていた。

「これなら誰が見てもただの少年だわ」

さらさらつやつやを取り戻し、首筋ほどで切り揃えた髪。
ただでさえ身長が高いのに、更に踵の高いブーツを履き、生成りのシャツに紺色の上着。
それからグレーのズボンをはいて、庇のある帽子と大きめのリュックも貰った。
しっかりとした作りで長く使えそうだ。
当然リュックの中には着替えが数枚入っている。

それらの服がつるペタの体にフィットして、どこからどう見ても男です。
これなら誰も私だと気が付かないよ。
と言うか女とも思われないよね。
少し悲しいけど、でもこれで私は自由だ!キャホーッ!!



「さて、出発前に少し食料を仕入れて行こうかな」

贅沢は敵、だけど腹が減っては戦が出来ない。
街を歩き、財布と相談しながら買い物をする。
日持ちしそうなパンや、干し肉、それと小腹がすいた時用に干した果実を仕入れ、生まれ変わった自分へのご褒美にと、キャンディーを一瓶買い求めた。
それと水を持ち歩くため、なめし皮の水筒も買ってしまった。
それらをリュックに詰め込み、ホクホクしながら街の出口に向かう。

「よう坊主、一人か?どこまで行くんだ?」
「はい、兄が出稼ぎに行っているバスクまで行くんです」
「バスクかあ、一人で大丈夫か?ずいぶん遠いぞ?何だったら商隊と話を付けてやろうか」
「何とかなりますよ」
「そっか、さすが男の子だ頑張れよ」

いえ、女の子ですけど、でも頑張ります。
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