美しき檻 捕らわれた花嫁

羽兎里

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「どうかされましたか?」

次の日になっても僕の心は行き場がなく、行ったり来たりの心情を抱え、ずっと塞ぎ込んでいた。

「いえ…、ちょっと考え込んでいてぼうっとしてました。申し訳ありません」

そう、あの一冊目のファイルに目を通してから、僕はずっとこんな調子だ。

あの四人のアルファのうち、誰か一人を選ぶのは僕の義務だ。
だけど誰を選ぼうとも行き付く先は同じ。
ならば一番相性がいいとされる、最初の人と番った方が良いだろうと思っていた。
だがその思いに反し、僕は最初の人の写真を見ただけで嫌悪感がつのり、頭が拒否をする。
相性がいいと言われた人ともこういう状態ならば、きっと残りの人にも同じ反応をするんじゃないかな…。
こんな気持ちになると、いっそ既婚者との結婚も考えてしまうが、それは絶対に避けなければならない事だ。

「明日を控え、気持ちが高ぶっているのでしょう。もし何でしたら今日もお休みにしましょうか?」

僕にとって見合いなど無意味だけど、こんな様子なら来て下さった先生にも迷惑を掛けてしまう。
そう思い、僕はその言葉に甘える事にした。

「その方がよろしいでしょう。代わりにと言っては何ですが、午後に3時間ほどお時間を頂きとうございます。いえ、大した用事では有りません。明日に備えて少々準備したい事が有りまして」

準備したい事?どうせ僕には興味がない。
勝手にすればいいさ……。


顔合わせの段取りの説明。
衣装選び。
試しにと化粧までされた。
それを落とすついでだと全身のマッサージを受け、爪を整えられる。

「明日のコンディションを整えるため、今夜はお早くお休み下さい」

ニコニコしながら、一連の事を見守っていた女性が僕にそう声を掛けた。
普段しなれない事をされ、くたくただった僕は、きっとその言いつけを守れるだろう。


そうは思ったが、やはり明日の事を考えると、一向に眠りは訪れなかった。
やはり明日会う人を思うと、どうしても受け入れる事が出来ない。
にこやかに微笑むあの写真の向こうから、オメガと言う存在を見下し、蔑んでいるように感じる。
自分の子供さえできれば、僕と言う存在などどうでもいい。
きっとそう思っているのだろう。
でもそれは僕が思っているだけであって、本当はそんな人じゃ無いかもしれないだろう?
会って話してみなければ、本当の事など分からないじゃないか。
でも話したところで、その口から出る言葉が本心かどうかも分からない。
結局は僕を人間ではなく、道具だと思っているのかもしれない。
そんな考えは僕の思い込みかもしれないし、本当の山之内さんは、そんな人じゃ無い可能性もある。
付き合って行くうちに、僕の事を本当に愛してくれるかもしれないじゃないか。
”かもしれない”
その言葉は可能性であって、僕の都合のいい願望じゃないか。

そんな事をいつまでも考え、自問自答を繰り返す。

結局眠れなかった僕は、のろのろとベッドから這い出て、他のファイルも目を通す事にした。

『No、2』
大胡田皐月、性別女性、年齢33歳、本籍地………。

「ふ~ん、女性もいるんだ……当たり前か」

写真を見る限りは、山之内さんのような嫌悪感は感じなかった。
嫌味の無い優しそうな顔。
アルファは美形が多いと聞いていたが、大胡田さんは綺麗と言うより可愛いと言う方が似合っているな。
でも何故かピンと来ない。
多分友人として付き合うならば何の抵抗も無いけれど、この人とは絶対に夫婦と言う関係は有り得ないと思う。

三冊目のファイルは男性だった。
何となくこの人には親近感がわいた。
鳳海翔、性別男性、年齢50歳………。
何故かその写真を見ていると、微笑みが漏れる。
多分父さんと近い年齢のせいかもしれないな。
きっとこの人は、僕…いやオメガを軽蔑などしない。
道具ではなく、一人の人間として扱ってくれる気がする。

『No、4』
東雲葵、性別男性、年齢39歳………。
明るい人だなと言うのが第一印象だった。
我儘とは思わないけれど、きっと自分の意志で全てを決め、思う通りに生きていく人じゃないかなと思う。
だけど、きっとこの人にはオメガを必要としない。
必要としないと言うか、自分が好きだと思った人なら、オメガだろうがべーターだろうが、普通の人だろうが関係は無いのだろう。


全てのファイルに目を通し、最後のページを閉じる。
目を瞑りソファの背もたれに体を預けた時、自分が思いのほか緊張し、体に力を入れていたことを自覚した。

「疲れたな……」

今日、いや、昨日か。
早く休むように言われたのに叱られてしまうな…。
まあ実際は、僕を叱る人など誰一人いないけれど。

『結樹様、失礼してもよろしいでしょうか?』

広いペントハウスの、あちこちに仕掛けられたスピーカーが声を発する。
そうか、夜中だろうと僕は見張られているんだよな。

「はい、かまいません」

するとどこからか、たまに僕の世話をしてくれる田口さんが現れた。

「お体に障りますので、そろそろお休みになった方がよろしいかと思いますが、眠れないのであればお薬をお持ちしましょうか?」

お薬、睡眠薬か…。

「いえ、そろそろ眠ろうと思っていましたので、睡眠薬は結構です」
「そうですか、ではミルクでもお持ちしましょう」

それから時間を置かず、飲みやすく温めたミルクが運ばれてきた。
僕が好む、ほんのりとした甘みの有る味。

「ありがとうございます」
「いえ、ではおやすみなさい」

それから田口さんは、僕の飲みほしたカップを下げ、帰って行った。
これからまた、僕を観察するため、モニターの前に座るのだろうが。
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