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第5章
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(なんでそんな顔するんだよ。俺のことなんて、あんたにとってはどうでもいいことのはずなのに)
つまり彼は、未紘が隠しごとをしていたことが気に食わないと言いたいのだろうか。他人に執着しなさそうなこの男が、ここまで自分の行動に感情を揺さぶられていることが信じられない。
未紘はぎゅっと腰の横で拳を握った。
「だって、言ったところでどうにもなんないだろ。番ができてもオメガの呪縛から逃れられない、こんな無様な姿、あんたに知られたくなかったんだよ……」
──オメガの身体は全て子孫を残すために都合よく作られているんだよ。
前に医者に言われた言葉が、今更鈍器のような質量で未紘の頭をぶん殴ってくる。
そうだ。本当はオメガに生まれた時点で、普通に生きることを諦めるべきだった。
だけど藤城があの日手を差し伸べてくれたおかげで、未紘は今でも前を向いて生きることができている。
藤城には知られたくなかった。和田未紘という、一人の人間として見てほしかった。
オメガである自分の側面なんて知られたくないなんて、いつのまにかそんな馬鹿馬鹿しい理想を抱くようになっていた。
「……つーかなんだよ急に、本当の番でもあるまいし。俺のこと心配してくれてんの?」
しんみりとした空気を掻き消すようにヘラヘラと笑ってみせる。しかし彼がつられてくれることはなさそうだ。
「……心配っつーか」
声に引かれて顔を上げると、まっすぐな眼差しが未紘を捉えていた。光の加減で陰った瞳はやけに深く見える。
藤城は僅かに眉をひそめながら、綺麗な顔を歪ませて言った。
「俺の知らないところで俺以外の男に襲われそうになってるとか、胸糞悪いから」
「……は? なんだそれ」
未紘は開いた口が塞がらなかった。藤城は初めて見るような子どもっぽい表情をしていたからだ。
むすっと口を尖らせた彼は、不機嫌を前面に出したまま言葉を続けた。
「未紘は俺の番だろ」
まるで世界の道理のように、やや乱暴に投げかけられた言葉に、平常心でいられるはずもなかった。
はっきりとその言葉を口にするのを耳にしたのは、番になってからは初めてだ。
(……ちゃんと番だって認識されてたんだ、俺って)
実感するとじわじわと喜びが込み上げてくる。それがたとえ本当の意味での番を意味していなくたって構わなかった。
ぱくぱくと口を動かした未紘は、結局なにも言い返す言葉が見つからなくて、顔を赤らめたまま黙り込んでしまった。
「ていうかフェロモンの誤作動とか聞いたことないんだけど。突然変異かなにか? 原因とか聞いてないの?」
「あー…………それが医者にもわかんねーって」
ごにょごにょと口を動かしながら誤魔化すと、突然ガッと片手で両頬を掴まれた。藤城はにこりと不気味に微笑みながら、ずいっと顔を寄せてくる。
「本当に?」
「ホント……っむぐ」
「嘘吐いたらもう高い肉食わせないよ。いいの?」
圧が強すぎて抵抗する気にさえなれない。未紘が嫌がるような的確な脅し文句を掛けてくるのも、この男の掌の上で転がされているようで癪だ。
もう全てが馬鹿馬鹿しくなってきて、ぷつっと自分の中で何かが吹っ切れるような音がした。
「…………い……ない……」
「あ? なに? 聞こえない」
顔をしかめた藤城が、ぱっと手を離す。拘束を外された未紘は、その顔めがけて大きな声を張り上げた。
「~~っ、だからっ! 番とセックスしてないせいだって言ってんの! 長い間番に抱かれてねーと身体が勝手に他の番を誘惑し始めるんだとよ!」
視線の先で、藤城はぽかんとしたような顔をしている。しかし未紘の怒りは収まらない。腕を伸ばしてその肩を掴み、前後に揺さぶりながら声を荒げる。
「こんなこと言えるわけねーだろバカ! デリカシーって言葉を学べ、このボンボン!」
「……俺のせいってこと?」
「あーそうだよ、あんたが抱く気もねーのに俺を簡単に番になんかするからっ……」
それ以上言葉を続けることはできなかった。肩を揺さぶる手を逆に強い力で掴み上げられて、ダンッと近くの壁に押し付けられる。
背中に走る痛みすら気にならないぐらい、目の前で自分を見下ろす綺麗な顔が恐ろしく感じた。
「抱かれる覚悟がないのはおまえの方だろ」
「……っあ……」
「ほらまたそういう顔するでしょ。ちょっと触れただけで簡単に顔赤くするくせに、深く踏み込まれそうになると急に怯えた顔すんの」
掴まれた手にギリギリと力がこもる。藤城は僅かに目を細めると、鼻先が触れそうなほど近くに顔を寄せてきた。
「よく知りもしない男に項噛ませて、のこのこ家に転がり込んだのに二年半も放置されて、身体がおかしくなっても静かに耐えて──おまえは本当に健気で可愛いね」
いつものふざけ方とは違うと明確にわかる。彼は本気で怒っている。
これ以上後退りはできないのに、無意識に逃げたくなって背中を壁に押し付けてしまう。怖くなって、ひくっと喉が鳴った。
「……っ、あ、おいっ」
怯える未紘を嘲笑うような顔を見せたかと思えば、次の瞬間には身体が持ち上げられていた。
米俵を担ぐようにして軽々と未紘を持ち上げた藤城は、すたすたと家の中を進んでいく。
「何すんだ、離せっ」
「こら、暴れないの。落ちたら痛いよ?」
「うるせーっクソ藤城! うわっ……!」
下ろされた先はベッドの上だった。仰向けに寝転がる未紘に逃げる隙を与えないと言わんばかりに、間髪入れずに覆い被さられる。
「この前の発言撤回させて。なにかあっても責任取れないってやつ」
顔の横に手をつかれて、視界には藤城だけしか映っていない。この状況が何を意味しているのか、わからないほど馬鹿じゃない。
「おかしくさせた責任、ちゃんと取ってあげる」
熱を孕んだ瞳がゆるりと細められる。胸に広がる期待の入り混じった恐怖に、ひくっと喉が鳴った。
つまり彼は、未紘が隠しごとをしていたことが気に食わないと言いたいのだろうか。他人に執着しなさそうなこの男が、ここまで自分の行動に感情を揺さぶられていることが信じられない。
未紘はぎゅっと腰の横で拳を握った。
「だって、言ったところでどうにもなんないだろ。番ができてもオメガの呪縛から逃れられない、こんな無様な姿、あんたに知られたくなかったんだよ……」
──オメガの身体は全て子孫を残すために都合よく作られているんだよ。
前に医者に言われた言葉が、今更鈍器のような質量で未紘の頭をぶん殴ってくる。
そうだ。本当はオメガに生まれた時点で、普通に生きることを諦めるべきだった。
だけど藤城があの日手を差し伸べてくれたおかげで、未紘は今でも前を向いて生きることができている。
藤城には知られたくなかった。和田未紘という、一人の人間として見てほしかった。
オメガである自分の側面なんて知られたくないなんて、いつのまにかそんな馬鹿馬鹿しい理想を抱くようになっていた。
「……つーかなんだよ急に、本当の番でもあるまいし。俺のこと心配してくれてんの?」
しんみりとした空気を掻き消すようにヘラヘラと笑ってみせる。しかし彼がつられてくれることはなさそうだ。
「……心配っつーか」
声に引かれて顔を上げると、まっすぐな眼差しが未紘を捉えていた。光の加減で陰った瞳はやけに深く見える。
藤城は僅かに眉をひそめながら、綺麗な顔を歪ませて言った。
「俺の知らないところで俺以外の男に襲われそうになってるとか、胸糞悪いから」
「……は? なんだそれ」
未紘は開いた口が塞がらなかった。藤城は初めて見るような子どもっぽい表情をしていたからだ。
むすっと口を尖らせた彼は、不機嫌を前面に出したまま言葉を続けた。
「未紘は俺の番だろ」
まるで世界の道理のように、やや乱暴に投げかけられた言葉に、平常心でいられるはずもなかった。
はっきりとその言葉を口にするのを耳にしたのは、番になってからは初めてだ。
(……ちゃんと番だって認識されてたんだ、俺って)
実感するとじわじわと喜びが込み上げてくる。それがたとえ本当の意味での番を意味していなくたって構わなかった。
ぱくぱくと口を動かした未紘は、結局なにも言い返す言葉が見つからなくて、顔を赤らめたまま黙り込んでしまった。
「ていうかフェロモンの誤作動とか聞いたことないんだけど。突然変異かなにか? 原因とか聞いてないの?」
「あー…………それが医者にもわかんねーって」
ごにょごにょと口を動かしながら誤魔化すと、突然ガッと片手で両頬を掴まれた。藤城はにこりと不気味に微笑みながら、ずいっと顔を寄せてくる。
「本当に?」
「ホント……っむぐ」
「嘘吐いたらもう高い肉食わせないよ。いいの?」
圧が強すぎて抵抗する気にさえなれない。未紘が嫌がるような的確な脅し文句を掛けてくるのも、この男の掌の上で転がされているようで癪だ。
もう全てが馬鹿馬鹿しくなってきて、ぷつっと自分の中で何かが吹っ切れるような音がした。
「…………い……ない……」
「あ? なに? 聞こえない」
顔をしかめた藤城が、ぱっと手を離す。拘束を外された未紘は、その顔めがけて大きな声を張り上げた。
「~~っ、だからっ! 番とセックスしてないせいだって言ってんの! 長い間番に抱かれてねーと身体が勝手に他の番を誘惑し始めるんだとよ!」
視線の先で、藤城はぽかんとしたような顔をしている。しかし未紘の怒りは収まらない。腕を伸ばしてその肩を掴み、前後に揺さぶりながら声を荒げる。
「こんなこと言えるわけねーだろバカ! デリカシーって言葉を学べ、このボンボン!」
「……俺のせいってこと?」
「あーそうだよ、あんたが抱く気もねーのに俺を簡単に番になんかするからっ……」
それ以上言葉を続けることはできなかった。肩を揺さぶる手を逆に強い力で掴み上げられて、ダンッと近くの壁に押し付けられる。
背中に走る痛みすら気にならないぐらい、目の前で自分を見下ろす綺麗な顔が恐ろしく感じた。
「抱かれる覚悟がないのはおまえの方だろ」
「……っあ……」
「ほらまたそういう顔するでしょ。ちょっと触れただけで簡単に顔赤くするくせに、深く踏み込まれそうになると急に怯えた顔すんの」
掴まれた手にギリギリと力がこもる。藤城は僅かに目を細めると、鼻先が触れそうなほど近くに顔を寄せてきた。
「よく知りもしない男に項噛ませて、のこのこ家に転がり込んだのに二年半も放置されて、身体がおかしくなっても静かに耐えて──おまえは本当に健気で可愛いね」
いつものふざけ方とは違うと明確にわかる。彼は本気で怒っている。
これ以上後退りはできないのに、無意識に逃げたくなって背中を壁に押し付けてしまう。怖くなって、ひくっと喉が鳴った。
「……っ、あ、おいっ」
怯える未紘を嘲笑うような顔を見せたかと思えば、次の瞬間には身体が持ち上げられていた。
米俵を担ぐようにして軽々と未紘を持ち上げた藤城は、すたすたと家の中を進んでいく。
「何すんだ、離せっ」
「こら、暴れないの。落ちたら痛いよ?」
「うるせーっクソ藤城! うわっ……!」
下ろされた先はベッドの上だった。仰向けに寝転がる未紘に逃げる隙を与えないと言わんばかりに、間髪入れずに覆い被さられる。
「この前の発言撤回させて。なにかあっても責任取れないってやつ」
顔の横に手をつかれて、視界には藤城だけしか映っていない。この状況が何を意味しているのか、わからないほど馬鹿じゃない。
「おかしくさせた責任、ちゃんと取ってあげる」
熱を孕んだ瞳がゆるりと細められる。胸に広がる期待の入り混じった恐怖に、ひくっと喉が鳴った。
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