【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

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第6章

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「今日はありがとね~! また飲も!」
「っす、ごちそうさまでした」

 家が近いという花柳と一緒にタクシーに乗り込み、自宅の前で未紘だけ車を降りる。
 会釈をしてドアを閉めようとしたとき、花柳の目が僅かに見開かれた。よく見ればその視線は未紘の背後に向けられている。悪戯っぽくその口端が上がった。

「……っ、うわっ……!」

 次の瞬間、背後から突然腕が回り、誰かに強く抱き寄せられた。嗅ぎ慣れた香りが鼻腔を擽る。

「ねえ、なんでコイツといるの」
「っ、藤城……?」

 顔だけ振り向くと、どこか不機嫌そうな様子の藤城がいた。後ろから抱き締められているこの状況に動揺してしまう。

「酒くさ……。おい大和やまと、勝手に飲ませてんじゃねえよ」
「そういう言い方すんなよ、ご馳走してもらったんだから」
「は? 奢るって言われてのこのこついていったのかよ。能天気なクソガキが」
「のこのこじゃねーし。つーかガキって言うな、そんなに歳離れてねーだろ!」

 言い合っていると、車内からケラケラと楽しそうな声が聞こえてきた。ハッとして顔を戻せば、花柳が目に涙を浮かべながら腹を抱えて笑っている。

「ごめんごめん、彼が会社の前で寂しそうにしてたから拾っちゃったんだよ。むしろ感謝してほしいぐらい」
「会社? なんでそんな所に」
「ところで芹、絢音ちゃんとのデートは楽しかった?」

 花柳がにこりと爽やかな笑顔でそう聞くと、藤城はなにも言わずに閉口した。

(やっぱりあれはデートだったのか。別に俺には関係ないけど……)

 仲睦まじそうな二人の様子を思い出し、一瞬で心に黒い影が落とされる。黙り込む藤城に追い打ちをかけるように、花柳がテンション高めに言葉を続けた。

「未紘くんしゅんとしちゃってかわいそうだったなあ、せっかく芹に会いにきたのにね。でも俺といーっぱいお話しして楽しかったね~!!」
「は、花柳さんっ……!」
「あはは、じゃあまたね~おやすみ~」

 まるで嵐のような人だ。一頻り喋り終えた彼はドアを閉めるとタクシーを発進させ、あっという間に去っていってしまった。

「…………おい、部屋戻ろうぜ」

 気まずい沈黙が流れる中、無言で固まっている藤城に声を掛ける。そっと彼の腕を身体から剥がして、連れ立ってエントランスホールに向かった。

「……デートじゃないから」
「え?」

 藤城がそう口にしたのは、エレベーターに乗り込んでからすぐのことだった。

「見たんでしょ。あの子は取引先の社長の子どもだよ。社長も一緒にいたし、ただの接待だから」
「あー、そうなんだ……」

 どうして俺相手にそんな言い訳みたいなことを言うのだろう。そう思いつつも、想像よりもずっとホッとしている自分がいた。心に覆っていたモヤモヤが少し晴れたような気がする。
 なんとなく互いに無言のままいると、藤城の視線がこちらに向けられる気配がした。

「てかなに、わざわざ俺に会いにきてくれたの?」
「っ、今日大学で藤城の話題になって……どんな会社なのか気になって見に行っただけだよ」
「ふーん」

 藤城の顔が見たくなって会いに行ったなんて口が裂けても言うまい。それっぽい理由を並べ立ててなんでもない風に装う未紘を見て、藤城は面白くなさそうに口を尖らせている。
 
「アイツ、アルファだから迂闊に近づくと危ないよ。つーかマジで知らないヤツに着いていくなって。おまえ前からだけど危機感なさすぎ」
「だって藤城の友達って言ってたし……そうじゃなかったら俺も着いていったりしねーよ。てかなに怒ってんの?」
「怒ってない」
「怒ってるだろ。眉間にシワ寄ってるし」

 指摘すれば苛立ったように舌打ちが飛んでくる。花柳と喋っていたときから明らかに不機嫌だったし、勝手に友人に会ったのがそんなに嫌だったのだろうか。

「……俺の服着ていったんだ?」

 しかし未紘の服に気付いたのか、ぽつりとそう呟いた彼の眼差しが途端に柔らかくなった。

「あ、うん。これ一点物?なんだろ。そんな大事なもん俺に貸してくれちゃっていいのかよ」
「いいよ。未紘に着てもらえるなら俺も嬉しい」
「まーた揶揄ってんのか……そういうのは俺に言うんじゃなくて、"絢音ちゃん"に言うべきなんじゃねーの」
「妬いてんの?」
「は……?」

 驚いて顔を向けると、いつのまにか機嫌を取り戻したらしい彼の表情が緩んでいる。

(妬いてる……? 俺が?)

 言われて初めて、自分の感情が嫉妬に近いものだと気が付いた。藤城と九条が二人でいるところを見掛けて、自分が感じたモヤモヤの正体はこれだったのか。
 面食らっている間に、藤城がじりじりと近付いてくる。彼から逃れるように後退りするが、すぐにとんと背中が壁に当たった。

「無自覚だったんだ。そんなリアクションされると、結構くるなー……」
「っ、ちょ、藤城……」

 うっすらと笑う藤城の顔が近付いてくる。咄嗟にぎゅっと目を瞑った。至近距離で彼の唇が動いて、吐息が伝わってくるのが心臓に悪い。

「どうしてほしい?」

 そっと目を開けると、射抜くような眼差しと視線が絡み合った。さらに心拍数が増すのがわかる。

「どう、って……」
「なんでもしてあげる。おまえのしてほしいこと、言ってみな」

 頭の中が真っ白になる。余計なものが削ぎ落とされて残ったものは、ただひとつだけだった。

(だけど、そんなこと言えるわけがないだろ)

 困惑して、縋るように彼の目を見つめた。透き通るような茶色の瞳の中には、期待に満ちた顔の自分が映っている。
 
「……っ」

 藤城から見た自分は、こんな風に映っているのか。
 真っ赤に染まった顔は全く格好つかないし、垂れ下がった眉と揺れる瞳はとても自分のものとは思いたくない。
 情けなくて仕方がない顔をしているはずなのに、どうしてそんな風に優しく笑うんだ。

「おれ、は……」

 言葉の続きを飲み込むように、ポーン、と音が鳴り響く。エレベーターが目的の階に到着したらしい。

「あー……残念、タイムオーバー」

 固まる未紘と目を合わせて、藤城がクスッと笑う。

「お預けだね」

 ぽんと未紘の頭を撫でて、彼はあっさりと離れていった。
 先にエレベーターを降りていく彼の背を眺めながら、ぽかんとした表情で放心してしまう。

(……俺はいま、なにを期待した?)

 心臓はまだ激しく鼓を打っている。冷静になってやっと、あの瞬間の自分の思考に疑問を抱く。
 今にも触れそうな唇をみて、優しく笑う瞳に吸い込まれそうになって、頭の中が藤城のことでいっぱいになった。
 きっと頭がパンクして、息が上手くできなくなったせいだ。そうでなければ思うはずがない。

 キスしてほしかった、だなんて。






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