【完結】無関心アルファと偽りの番関係を結んだら、抱かれないうちに壊れ始めました

紬木莉音

文字の大きさ
47 / 75
第8章

47

しおりを挟む
 頭の中が真っ白になる。それと同時にとてつもない焦燥感に襲われた。
 自分じゃない誰かの項を噛む藤城の姿を想像してしまった。情けなくも喉が震える。

 ──俺の番にならない?
 ──……は?

 番になったのは完全に成り行きだった。そこには愛情なんてこれっぽっちもないはずだった。
 項を噛まれた痛みだって、全くと言っていいほど思い出せない。
 
 だけど──。

(藤城の番でいたから、藤城だったから、俺は俺らしくいられたんだ)

 いつのまにか、何よりも番という繋がりにこだわっている自分がいた。そんなものはただの形に過ぎなくたって、未紘にとっては自分と彼を繋ぐ唯一無二の証だ。
 誰かに奪われるなんて、そんなの許せるはずがない。

「……っあのね、僕実は、アルファ側からの番解除の方法知ってるんだ!」

 もう未紘達のことなんて完全に頭から消えているのだろう。
 興奮したような様子の九条が、爛々と目を輝かせながら藤城を見上げて弾んだ声を掛ける。

「ちょっとリスクはあるけど、その方法なら僕達すぐにでも番になれるんだよ! 芹くんさえよければ、いま……」
「──ごめん、ちょっと静かにしてくれる?」

 九条の言葉を遮ったのは、ずっと黙り込んでいた藤城の声だった。
 
「つーか、離して。いい加減痛い」
「……っあ、ごめんね……」

 ハッとした九条が、ぱっと手を離す。機嫌の悪そうな様子の藤城に困惑しているのだろう。さっきまでの明るさが嘘のように、笑顔が引き攣って見える。

「話は終わり? それだけ?」
「えっ……あ、うん……」

 彼の返事を聞いた藤城は、小さくため息を吐いた後にこちらに顔を向けた。
 視線が絡んでどきっとしたのも束の間、今度こそ彼は未紘の方に向かってくる。
 その後ろから、慌てたような九条が声を荒げた。

「せ、芹くんっ!? なんで……どこ行くの? そいつのことなんて何とも思ってないんじゃないの?」
 
 藤城を追いかけた九条が、再び後ろからその腕を掴む。

「僕の方が絶対芹くんの番にふさわしいよ……! 芹くんが嫌なことは何もしないし、なんでも芹くんの言う通りにするからっ! だから──」

 ぱしっと乾いた音が響き渡った。手を振り払われた九条の顔から、笑顔が消える。

「触んな」

 怒気を含んだ声はそれほど大きくなかったはずなのに、その場の空気を一瞬で支配した。
 並外れた威圧感に、息を呑むことすら躊躇ってしまう。
 藤城は冷ややかな眼差しを九条に向けた。

「俺がオメガ嫌いなの知ってるだろ。こうして話してるだけでも、本当は最悪な気分なんだよ」
「……えっ……あ……」
「番の解消だっけ、そんなの必要ないから大丈夫。せっかく好きな子と番になれてんのに、手放したりするわけないでしょ」

 藤城はそう言いながら、まっすぐに未紘の方に向かってきた。
 どこか他人事のような気持ちで二人のやりとりを眺めていた未紘は、正面に立った藤城を見てやっと我に返る。
 彼の視線は未紘を押さえつける男達に向けられていた。

「ねえ、誰のものに触ってんの?」
「っ、あ、えーっと……」
「離せよ、今すぐ」

 地を這うような声が不機嫌そうな彼の口から吐き出された瞬間、彼らが身震いするのが伝わってきた。
 触れられていた手がすぐさま離れる。彼らは焦ったような顔をして呆気なく未紘から離れていった。
 それを確認するとすぐに藤城がそばにやってきて、目の前でしゃがみ込んだ。

「遅くなってごめん、痛かったよな」
「……ふじ、しろ……」
「怪我はない?」

 口を塞いでいたタオルを解かれて、ようやく声を出すことができた。藤城は手足の拘束を解きながら、未紘の身体をまじまじと確認してくる。

「なにも、されてない」
「唇から血が出てる。痛い?」
「いや……これはむしろ返り血だから」
「どういうこと?」
「痛くはねーよ、死ぬほどきもかったけど」
「……っふは、おまえらしいね」

 藤城が破顔する。その顔を見たらなんだか気が抜けて、目頭が熱くなった。

「……未紘?」

 突然俯いた未紘に気付いた藤城が、心配そうに顔を覗き込んでくる。その身体に初めて、自分から腕を伸ばした。
 驚いた様子の藤城が、体勢を崩して尻餅をつく。未紘は構わずその首の後ろに腕を滑らせ、勢いよく抱き着いた。
 
「ぜったい渡さねー……」

 耳元で声を絞り出すと、彼が息を呑む音が聞こえた。

「……だって、藤城は俺のもんだろ」

 九条の番になるかもしれないと思ったとき、どうしようもなく胸が締め付けられて、血が沸騰するような憤りが込み上げた。
 いつもなら言えないような本音が、口をついて溢れるように出てくる。
 
「ずっと俺だけの藤城でいて。俺じゃなきゃだめな藤城のままで、いてよ」

 腕を緩めて、そっと目を合わせた。呆気に取られたような顔をしている彼を見て、笑いが込み上げる。 
 彼は片手で自分の顔を覆った。珍しく狼狽えているようだ。

「……一旦ストップ。まって、理解が追いつかない。俺いま、すげえ自分に都合のいい解釈を勝手にしようとしてる」
「うん、それでいいよ」
「…………まるでおまえが俺のこと、求めてるように聞こえるんだけど」

 随分待たせすぎてしまったみたいだ。信じられないといった顔をする藤城に、いつも彼がするみたいに、勝ち誇ったような表情で笑ってみせる。

「気付かなかった? 俺だってもうとっくに、藤城がいなきゃだめになってんの」 

 自信家で横暴で性格悪くて口も悪くて、頑固で高飛車で偉そうで。いつだって未紘のことをよく見ていてくれて、誰よりも理解しようとしてくれて、大切にしてくれる人。
 最初はこんなはずじゃなかった。偽りの関係だったはずなのに、いつしか特別にしか思えなくなっていた。

「……だから、信じさせて。藤城との未来を、俺は信じたい」

 もう二度と他人を信じるなんてごめんだと思っていた過去の自分に、ようやく別れを告げる日が来たみたいだ。
 未紘の言葉を最後まで聞き終えた藤城は、すっと頬に手を伸ばしてきた。

「──信じてよ」

 さらりと肌を滑った両手に、優しく頬を包み込まれる。藤城が僅かに目尻を下げて、柔らかく笑った。

「おまえだけのものになってあげる。だから、一生俺だけのものでいて」

 耳に滑り込む甘い声が、胸の奥の深い部分をくすぐった。
 胸を満たすこの感情に名前を付けるなら、きっと愛と呼ぶのだろう。
 触れるだけの口付けが額に落とされる。そのすぐ後に、再び藤城にきつく抱き締められた。
 
「あ、お巡りさんこっちです~。さっき通報したやつ!」

 不意に外から、誰かに呼びかけるような男の人の声が聞こえてきた。
 未紘が反応するより先に、離れた場所にいた男達が狼狽え始める。

「やっべ……っ、おい逃げんぞ!」
「絢音さん、ほら早くっ!」

 放心状態の九条を抱えて、男達はバタバタと慌ただしく去って行った。入れ替わるようにひょこっと出入り口から顔を出したのは、見覚えのある顔だった。

「やほー、未紘くん。大丈夫だった?」
「っ、花柳さん……!?」

 意外な人物の登場に目を丸くしてしまう。藤城と同じくスーツ姿の花柳は、にこにこと笑いながら近寄ってきた。

「いや~、芹が慌てて会社を飛び出していくのが見えたから、後つけてきちゃったんだよね。まさかこんなことになってるとは思わなかったけど……」

 言いかけて、花柳が笑顔のままぴたりと足を止めた。その視線の先は未紘ではなく、藤城に向けられている。

「芹、大丈夫そ?」
「え……?」

 言われて初めて、藤城の身体が小刻みに震えていることに気が付いた。抱き締められているせいで、彼の様子がわからない。

「顔色悪いな。ってか意識とんでるかも。すぐに医務室に運ぼう」
「えっ……藤城、おいっ、大丈夫かよ」

 焦って身体を離そうとするが、強い力で抱え込まれて全く緩めてもらえない。

「多分絢音ちゃんがオメガって知ったとき、相当我慢してたんじゃないかな」
「普通の顔、してたのに……」
「どうせ芹のことだから、あそこで倒れたら、きみのことを助けられなくなると思ったんじゃない?」

 花柳が困ったように笑う。胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

「大丈夫、ショックで一時的に気を失ってるだけだよ。ほら、早く行こう。立てる?」
「……っ、はい……」

 藤城を抱きかかえたままゆっくりと立ち上がる。それから医務室に運ぶまで、意識がないはずなのに、未紘に回した腕を藤城が離すことはなかった。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました

水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。 人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。 男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。 記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。 「お前がいなければ、俺は正気を保てない」 やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。 呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

処理中です...