※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第2章 それぞれの夏 編

第19話 リリライト=リ=アルマイトの場合(中編)

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 その日ミュリヌス学園は、1年で最も緊張感に満ち満ちていた。毎年のことである。

 国家の最高権力者達が集うのだ。それも無理のないことだった。

 最高評議会の場として選ばれるのは光栄なことではあるが、出席者達に何かあればただ事ではない。勿論、無礼があってもいけない。ホスト側である学園関係者は、その準備や開催中には、ストレスで体調を崩す者も少なくない。

 そんな手間と努力の甲斐あってか、朝から始まった今回の最高評議会も極めて順調に中盤を迎えていた。

 学園校舎内の大会議室で、聖アルマイト王国の幹部達が一堂に介している。

 上座から、聖アルマイト王国第7代国王ヴィジオール=ド=アルマイト、大臣グスタフ、第一王子カリオス=ド=アルマイト、第二王子ラミア=リ=アルマイト……と、国民からしてみれば雲上の存在の面々が座している。リリライトの席は、下から数えて4~5番目といった席次だった。

 国家運営の中枢たるメンバーが集まるに伴い、良からぬことを考える輩もいる。ましてや最高評議会はその開催地や日程を公開しているのだ。それに備えて、それぞれ頼りになる護衛も随伴している。

 第一王子カリオスであれば、麾下である竜牙騎士団騎士団長ルエール=ヴァルガンダル。第一王女ラミアであれば、やはり麾下である紅血騎士団団長ディード=エレハンダーといった具合に。

 勿論第二王女リリライトも護衛騎士を帯同しており、白薔薇騎士団団長シンパ=レイオールがその役を担っている。顔には皺が出来始めてきていて、初老にさしかかろうかという年齢の女性騎士である。

そんなそうそうたる出席者の中――全員の前に立ち、白板の前で必死に熱弁をふるっているのはリリライト。

 各辺境に住む国民に対して慰安を兼ねた意見聴取――民意を国家運営に取り入れるための国民の声をまとめ、それをどのようにしていくべきなのか。出席者の中では、随分と若く、経験も知識も足りないリリライトが、それでも憶することなく必死に自らの考え、理想を語っている。

 表面では冷静を装い、自信たっぷりに、余裕を持って口を動かしている。しかし、内心は緊張でどうにかなりそうだった。否定されれば、鋭い質問をされたら……果たして、自分は上手く答えられるのだろうか。

 この会議の為に準備してきた今日までの自分の努力が水泡に帰してしまったら――そんな目に見えない恐怖と戦いながら、リリライトは必至に振舞う。

 出席者達の表情は、皆無表情。もう少し何かしら反応してくれればいいのに……そう思うリリライトだったが、それは彼女に余裕が無いばかりに、落ち着いて周りを見ることが出来ていないだけだった。

 一刻も早く、この時間が終わって欲しい。

「――以上が、ハブロ地方における実情とそれに対する私の政策案です」

 終わった――とりあえず、胸の中だけで安堵するリリライト。

 しかし、本番はここからだ。第二王女と言う立場上、対立せざるを得ない政敵も参加者の中にいる。

 所詮は王女様の「お勉強」として果たしている役割に過ぎないことは自覚している。ここでの議論が直接国家運営に影響することはないだろう――しかし、将来は王族として国家運営に関わりたいと思うリリライトは、ここで舌戦に敗北するわけにはいかないのだ。

「では、リリライトの報告に関して、意見がある者は述べよ」

 最上座に座する国王ヴィジオールは重苦しい口調でそういう。年齢はちょうど六十にさしかかろうという所――その年齢を感じさせない剛毅さをまとい、まるで岩石のような圧倒感を相手に与える。まさに王者に相応しい風格だった。

 リリライトはごくりと生唾を飲み込むと、会場内は異様な静けさに包まれる。

 数十秒が経過するが、声を出す者も挙手する者もいない。まるで時が止まっているよう。これは何を意味しているのか――

 程なくして、突然の手を叩く音が響く。何事かと出席者がその音の方を見やる。それはとある人物の拍手の音だった。

「はっはっはっ! さすがリリライト。希望に溢れた理想的な政策案じゃないか」

 リリライトの案を絶賛したのは、カリオス。彼が盛大な賛辞を送ると、連れてまばらに拍手が続いていく。俗に「リリライト派」と呼ばれる幹部達だった。

「に……カリオス殿下、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて、返礼するリリライト。下げている顔がにやけているのが止まらない。

 現実を全く無視した、理想ばかりを見たリリライトの案。青臭い子供じみた考えだと一蹴されることすら覚悟していたそれを、敬愛する兄が絶賛してくれるとは、これほど嬉しいことはない。

 思わず兄様と呼びそうになってしまったが、ここはあくまで国家運営を議論し合う場。さすがに公の場でそう呼ぶことは出来ないが、この会議が終わったら思う存分甘えよう。

 兄様、リリは嬉しいです。リリの頑張りが兄様に認められて、とても幸せです――

「どうですか、陛下。実際、リリライトの案も検討してみるのは。失敗したところで、そんなデメリットもないでしょう」

「カリオス殿下は、妹君にいささか甘すぎるきらいがありますな。失礼ながら、内容など何も理解されていないのでは?」

 そんな兄に苦言を呈するのは、護衛騎士であるルエール=ヴァルガンダルだ。カリオスよりも一回りも年上で、確か50歳を超えているのではないか。「子供のお遊び」で政務に関わっているリリライトが気に食わないようで、彼女にはなかなか厳しい態度をとることが多い。

「ルエール、お前はいつから政治家になったんだ?」

 内心ムッとしたリリライトとは対照的に、カリオスは意地悪そうな挑戦的な笑みを浮かべて、ルエールを見る。

「――出過ぎたことを。失礼いたしました」

 微塵にも悪いなどと思っていないだろうに、騎士らしく礼儀正しく非礼を詫びるルエール。その感情はよく読めない。

 食ってかかってくると思っていたのか、カリオスはやや残念そうな顔をした後に

「まあいい。後学のために聞いておけ。リリライトの案の素晴らしい所はな、高齢者にも勤労の場を与えることで、国の負担となっていた彼らを社会資源として活用できる点にある。それだけではなく、そうやって高齢者を大切にする国だと外国に知れれば、この国に人が集まってくる。自分の将来を守ってくれるこの国に尽くそうとしてくれる。それはこの国の宝になる。良い事ずくめだ。勿論課題もたくさんある。上手くいくはずがないって意見も分かるが、それの根拠は『前例がない』ってだけだろう?」

 すらすらと口上をたれるカリオス。それはリリライトの長くて難解な説明を、よりシンプルに言い換えたものだった。

 自分の拙い説明を瞬時に理解しながら、リリライト自身無意識だったメリットにまで目を向けて他者に説明する兄を、リリライトは改めて尊敬する。併せて、いつも手厳しい態度のルエールが何も言えないのを見ていると、正直胸が透く思いだった。

「どうでしょう、陛下? 私は一考の価値があると思いますが」

「ふむ……なるほどな」

 カリオスの軽い口調とは対照的に、重々しく唸るように言う国王ヴィジオール。だが意外にも、そのカリオスの提案をどうするか考えているようだった。

 ――まさか、自分の提案した内容が、現実に政治に反映される?

 それは嬉しい意味での予想外な出来事。もし本当に採用されることがあれば、これはリリライトの王女として、最初の実績だ。

 それはリリライトが欲してやまなかったもので、カリオスの後押しがあるとはいえ、嬉しさはひとしおだ。

(兄様。兄様、兄様っ! やっぱり、リリは兄様が大好きですっ!)

 嬉しさに頬を赤らませながら兄の方を見ると、兄はそれに気づいて、カリオスらしいが王族らしくはない軽々しい笑顔を向けてきた。

「あの~、私からも~」

 その間伸びをした声に、会場の空気が一気に冷え込む。

「よろしいですか~? 陛下?」

 聞いていれば全身が脱力し、緊張感が抜けていくような声だったが――実際には、それとは真逆。そのゆったりした口調は、出席者達に得も知れぬ緊張感を与えていく。

「ラミアか。どうした?」

 唯一、その発言者――ラミアの影響など受けていないヴィジオールは、変わらぬ口調で促す。するとラミアは「では」と言いながら立ち上がる。

「私も~、リリの意見はとっても素晴らしいと感じました~。実現すれば、皆が幸せになりますね~。リリの頭の中らしく、お花畑みたいなお話聞いて、ほのぼのとしました~」

 さりげなく辛辣な言葉を混ぜるラミア。その言葉に、一気に会場内の緊張感が高まっていく。リリライトも、カリオスも、苦々しい表情をしていた。

「でもぉ~、あんまりにもお金や時間がかかりすぎじゃないですか~? 実現の程もぉ~、あんまり根拠がないですしぃ~」

「だから根拠がないのはお互い様だろ? 前例がないだけなんだから、やってみればいいんだよ」

「それよりもぉ~、私に良い案があるんですよぉ~」

 カリオスの意見など全く意に介さずに、平然と主張するラミア。そんな彼女の振る舞いに、無視された本人であるカリオスも嘆息して、彼女を止めることは出来なかった。

「いっそのことぉ~、使えない老人なんて処理してしまえばいいんですよ~。そうすれば、そもそも食い扶持も減ってぇ~、国の負担もなくなりますぅ~。国が栄えれば、子供なんてどんどん出来るんですからぁ、人口も増えていきますよぉ。何なら、私の紅血騎士団にその仕事をやらせますよ~」

 頭を抱える者、心底恐怖感を感じる者――出席者の反応は様々だった。この王女、振る舞いはこのようにのほほんとしているが、その残虐な行為を平気でやりかねない人物だと、誰もが知っていたからだ。

「ラミア――お前の考えはいつも極端すぎる。老人達は、この国の発展に寄与してくれた功労者達だ。そんなこと出来る訳がない。それに、その理論だとお前は私を処理するのか?」

 さすがの過激な発言に、ヴィジオールはぎろりと睨むような視線をラミアに向ける。しかし当の本人はあっけらかんと、間の抜けた柔らかい表情をしていた。

「まさかぁ~。愛するお父様を殺そうとなんてするわけないです~。ただぁ~、リリの話が子供の日記みたいだったのに~、お兄様が贔屓するからぁ~。ちょっと拗ねてみただけですぅ」

 全く悪気なく言うラミアは、そのまま着席する。

 その一連のやり取りを、リリライトは青い顔をしてただ見守っていた。何も言えずに。そんな妹を気遣うようにカリオスは案じたが、それ以上何もすることが出来ない。

「リリライト」

 再び水を打ったように静かになる会場内――そこにヴィジオールが、重い口を動かす。

「は、はい……陛下」

「ラミアの言い分も最もだ。耳障りの良い提案だが、もう少し現実的に物事を見据えるようにしろ。あとカリオス、お前もリリライトに肩入れし過ぎだ。自身の立場を忘れるようなことがあれば、この会議の出席を禁止するぞ」

「――かしこまりました。以後、留意いたします。国王陛下」

 厳しい父の諫めに、さすがにいつもの軽い態度は取れないカリオス。深々と頭を下げて、素直に謝罪する。

「ラミア。お前も忌憚なく自身の意見を主張できるのは、美徳でもあるが不敬でもある。その点をよく自覚しろ。先ほどの不謹慎な言葉は聞かなったことにしてやるが、二度目はないぞ」

「はいは~い。かしこまりました、お父様」

 注意を受けているにも関わらず、相も変わらずのんびりと間の伸びた声で答えるラミア。本当に悪いと思っているのか疑わしくなるような反応だったが、ヴィジオール自身がそれ以上ラミアを問い詰めなかった。

「ふう……少し場の雰囲気がこじれたな。ちょうど昼食時だ。キリもいいところだし、休憩にしよう」

 そうして、半ば流れでリリライトの案が採用されることは無かった。

 もともと最初からそのようなことは考えてもいなかったが、兄が後押しをしてくれて、父が本気で検討するまでに至ったこともあり――リリライトは失望と不快感で、胸が満たされていた。
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