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第2章 それぞれの夏 編

第23話 夏の終わり、リンデブルグ家にて

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 8月も残すところあと僅かとなった。

 暑さはまだまだ夏らしさを主張し続けており、今年の残暑は厳しいものになるだろうと予感させる。

 リンデブルグ家屋敷の中庭では、リアラが侍女であるミリアと二人で、色取り取りの華の手入れをしていた。

「やっぱり、お嬢様はそういった格好もお似合いですね」

「えへへ、そうかな」

 侍女に褒められて、リアラは素直にはにかむ。

 今日のリアラの格好は、一見して爽やかな出で立ちだった。

 日差しをよけるための花飾り付きの麦わら帽子に涼しげなワンピース。全身を白で統一して、笑顔を絶やさないリアラの表情と相まって、清潔感と爽涼感を見ている者に与える。

 ひらひらと風に揺れるワンピースのスカートが、いつものフォーマルなミュリヌス学園の制服や鍛錬のためにの動きやすい服装とは対照的なリアラの魅力を引き出していた。

 リアラは隣で剪定や水やりをするミリアの手つきを見様見真似で、ミリアの仕事を手伝っていた。

「そんなお綺麗なお召し物で、このような汚れ仕事を……申し訳ございません」

「ううん、いいのよ。この服だって、父様が夏休みに帰ってくるためにわざわざ買ってきたって言うから仕方なく着ているだけだし。まあ、私もこういう可愛い服は嫌いじゃないけど」

「さすが旦那様ですね。お嬢様の可憐さを格別引き立てておられますよ。私は、特に帽子の花飾りが綺麗でとても好きです」

 笑いながらそういうミリアに、リアラも「ありがと」と言いながら笑顔を返した。

「そうそう。その旦那様ですが、昨日から大変なご様子だそうで」

 そう切り出したミリアに、リアラは苦笑を禁じえない。

「部屋にこもって出てこないそうですね。号泣しているのを奥様がなだめていらっしゃったのですが、今朝方くらいからお叱りの声に変わっていました」

「――ごめんね、あんな主人で」

 もうそれ以外の言葉が言えずに、顔を赤くしながら父の失態を詫びるリアラ。

 対してミリアはくすくすと可笑しそうに笑うと

「お嬢様が学園に戻られるのが本当に寂しいんですね。お嬢様の夏休みも本当にあっと言う間――明後日にはお発ちになりますものね。私も、少し寂しいです」

 少しだけ悲しそうに顔を曇らせながら、それでも笑顔でそう答えるミリア。

 ミリアがリンデブルグ家に仕えるようになったのはおおよそ5年前。リアラもミリアもお互いにまだまだ子供の時期だった。数いる使用人の中でも、同い年ということ、そしてリアラの人柄もあり、2人は主従関係にありながら友人のように共にこの屋敷で育ってきたのだった。

 リアラがミュリヌス学園に行く前、この屋敷で生活していた時から、時折こうやってミリアの仕事を一緒にやっていたりしていた。

 そのたびにいちいちミリアは恐縮するのだったが、こういった何気ない雑談をすることは彼女にとってもお気に入りの時間だった。

「お上手です、お嬢様! その子もすっきりして、とても可愛くなりましたね」

 リアラが剪定した花を見て、ミリアは満面の笑みを浮かべる。それはお世辞ではなく本心からの賛辞。

 初めはぎこちない不慣れな手つきだったリアラだったが、こうやって普段から手入れをしているミリアを唸らせる程になっていた。

「指導が素晴らしいのよ。ありがとう、ミリア先生」

「そ、そんな……私なんて……クラダール様の方が、もっと何倍もお上手です」

 使用人頭の名前を出し、手を頬にあてて赤面するミリア。言葉でそうはいっても、リアラの褒められることが嬉しくてたまらないようだ。

 まあ、あの何をやらせても完璧以上にこなす超執事ならそうだろうな…と、頭の片隅で考えるリアラ。

「でもこの子達、なんか嬉しそうに見えるんだ。きっと、ミリアが毎日話しかけながら、心を込めてお世話をしているからだよ。そんなミリアを見てたから、私もやりたいって思ったんだもの。それは、クラダールにも出来ないことだと思うよ。ありがとう、ミリア」

「あ、ありがとうございますっ! お嬢様」

 裏返った声で深々とお辞儀をするミリアに、やはりリアラは笑いながら、友人に言うように「やめてよー」などと言い、二人は笑い合う。

 ――と、リアラはふと視界の端に入った1つの花に目を止める。鮮やかな白い清廉なその花は、何故か他のものよりも一際美しく見えた。

「この花は……」

「ああ、それですか。それはフルネイドという花ですね。白薔薇を品種改良したもので最近出来たものなんですよ。特に貴族の間では人気が出てきているんですが、まだ新しいので広まっておらず――」

 侍女としての嗜みなのだろうか、リアラが知らないその花のことをすらすらと説明していくミリア。しかしその花の名前を聞いた途端、リアラはミリアの言葉が届かなくなっていた。

 その花がリアラに思い出させるのは、あのステラとの熱い夜の日々。毎夜のように身体を重ねた日々だった。

 フルネイドの蜜――あれを摂取した時の興奮と快感。それは忘れることなど出来ない、強烈で甘美な経験。そのことを思い出すと、リアラは顔が真っ赤になる。

 リューイがリンデブルグ家を後にしてから今日まで3週間程経ったが、自慰を欠かした夜は無かった。

 ステラの下着を使い、ステラの香水を使い、ステラの温もりを思い出しながら、自分を慰める夜が続いていた。

 妄想の中のステラとの行為は、日ごとに淫らに濃厚になっていく程で、その中にはフルネイドの蜜を使用したものもたくさんあった。

 何度も達して朝を迎えれば、「これではいけない」「学園に戻ったら、ステラとの関係は断ち切らないといけない」と考える。しかし夜になれば、1人で夜を過ごす寂しさとステラへの愛しさで自慰を止められなくなって――

 結局は、日を追うごとにどんどんステラへの想いと欲望が高まっていくばかりだった。

「この花、いくつか摘める?」

「え?」

 ミリアには気付かれないように、ごくりと唾を飲みこみながらそう聞くリアラ。ミリアは意外そうな声で返事をした。

「え、えぇと……そうですね。旦那様のお許しは必要ですが、おそらく問題はないかと。リューイ様へのプレゼントですか?」

 それならば、彼が屋敷に滞在している時が良かったのでは。リアラ自身が手を加えた花だと知れば、リューイもきっと喜ぶだろう。ああ、でもこの花には今気づいたのか。

「えっとね。寮でルーム―メイトの先輩がいるんだけど、とてもお世話になっているから、贈り物をしたくて」

 ああ、自分は何を言っているんだろか。何を期待しているのだろう……そう自問自答するリアラ。

 いや、違う。断じてそんなことではない。これは、今自分が言った通り、普段お世話になっていることのお礼なのだ。それ以上でも以下でもない。

 何故か顔を赤くしているリアラに、ミリアは「ああ、そうか」と合点した様子でうなずいていた。

「分かりました。それではお嬢様が出発されるまでにお持ちできるよう準備しておきますね。きっと喜ばれますよ。相手が女性で良かったです」

「……え?」

 最後のぽつりとつぶやいたミリアの言葉が気になって、リアラはほぼ反射的に聞き返す。するとミリアははっとしたように口元を抑える。

「あ、いえ……ち、ちょっとこの花の蜜には特別な作用がありまして、男性に贈るとなると少し不安だったんですが……ああ、いえいえ。何でもありません。お嬢様には関係のないことですから」

 この反応、おそらくミリアはフルネイドの蜜の効果を知っているのだろう。リアラはどくどくと心臓が激しく脈打つのが止まらなくなっていく。

 自分は、一体何を考えているのか。何を期待して、こんなことを言っているのか。

「大切な人だから、綺麗に包んで欲しいな。お願いね、ミリア」

 しかし、もうリアラの想いは止まらなかった。

 いけない。だめ。そんな言葉ばかりが頭の中で飛び交うが、それとはまったく矛盾した思いが同時にこみあげてくる。

(お姉様――早く、会いたいです)

 長かった夏休みも、残す時間はもう僅か。

 限られた実家での時間は終わりをつげ、リアラはまたミュリヌス学園へ戻るのだった。
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