※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第3章 欲望と謀略の秋 編

第55話 運命の夜 コウメイ&シンパSIDE 前編

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 グスタフとリリライトが、リリライト邸のバスルームで情事に及んでいるのと同じ頃。

 コウメイは、ミュリヌス学園寮内にある来客用の部屋でくつろいでいた。1F最奥に位置する部屋で、来客用というだけあり学生の部屋と比べるといささか豪奢な広さと造りにはなっている。第1王子の使者としては相応しい程度だろう。

「ひひひっ。女だらけの女子寮――しかも貴族のお嬢様専用。きっと夜な夜な禁断の百合ワールドが繰り広げられているんだろうなぁ。『あ、ダメですわお姉様』なーんて」

 昼間に飄々としながら堂々としていた本人とは思えないくらい、それこそどこかの誰かと同じような下卑た笑みでニヤつきながら、コウメイは妄想していた。

 そして、唐突に――本当に唐突に、窓ガラスの割れる音が夜の静寂を打ち砕く。

「うををををを?」

 本当に口から心臓が飛び出ると思うくらいに驚きの声を上げるコウメイ。座っていたベッドの上から、文字通り床へとひっくり返る。

 最初は石が投げ込まれたのだと思ったが、窓が割れると一緒に部屋に入ってきたのは石ではなく人影だ。

「――あれ?」

 その人影から漏れたのは、明らかな女性――しかも年端もいかない、少女のような声に聞こえる。

 コウメイが乱れた息を整えながら、少しずつ冷静を取り戻して、立ち上がりながら突然の侵入者を見る。

 そこにいたのは、間違いなく御前試合で見た時と同じ、アンナ=ヴァルガンダルだった。

 ミュリヌス学園の学生服に身を包んだ彼女は、両手に刀身が短めの2本1対の双剣を手にしている。しかし、御前試合の時に使っていた物とは違い、まごうことなき真剣である。

「寝巻じゃない?」

 まだ心臓がバクバクと脈打っているコウメイとは対照的に、アンナは冷静にコウメイの様子を観察して違和感を抱く。

 すっかり夜も深まったこの時分――てっきりすでに就寝しているものだと思ったが、コウメイは昼間と同じ公務用のローブを羽織っていた。牙を剥き出しにしている龍の顔の紋章――龍牙騎士団の徽章が刻まれた緑色のローブだ。

「ま、いいか。さっさと殺してリリライト殿下のお屋敷に行けば、今からでもボクも参加出来るかもしれないし」

 物騒なことを言いながら、アンナは一飛びに間合いを詰めてくる。その瞳には色濃く殺気を込められている。

可愛らしい女子学生ではない戦士の顔が、コウメイの眼前に迫ってくると、双剣を振るってくる。

「どわあああっ?」

 素早いアンナの行動に、コウメイは慌てて背を向けながら逃げると、アンナの斬撃は空を切った。

今までの人生の中でもないくらいの全身全霊の回避行動を行ったコウメイは、足がもつれて転がるように床に倒れていた。

傍から見れば、その姿は情けないの一言に尽きるが、とにかく本人は必死の表情だ。

「こ、こここ……この野郎っ! 俺は喧嘩弱いんだぞっ! そんなもんで斬られたら簡単に死んじまうぞ! 分かってんのかっ!」

 思い切り震えながら腰を抜かしているコウメイ。今にも泣きだして命乞いをしそうな勢いだったが、アンナの方には容赦する気配は感じられない。

 コウメイが逃げた方向へ身体を向き返し、今度はジワリジワリとゆっくりにじり寄ってくる。

「ボクは貴方に恨みなんてないんだけど……あの人が目障りで邪魔だから殺しておけって。ごめんね」

 ほぼ無表情で冷淡に言い放つアンナは、コウメイの間近まで迫ってくると片方の双剣を振り上げる。

 それが振り下ろされれば、問答無用にコウメイの命は刈り取られてしまう。しかし壁までに追い込まれたこの状況で、コウメイがアンナの次の攻撃を避ける術など持ち合わせていない。

 どう見ても絶望的。死以外の可能性がない状況だった。

 ――しかし、コウメイは不敵に笑みを浮かべる。

「それは、グスタフ卿のことかっ!」

「ぐふっ?」

 突然アンナの横から割り込んできた衝撃――その直撃を受けて、アンナは苦悶の声を漏らしながらバランスを崩す。

 そしてその正体を確かめる前に、ほぼ反射的に双剣を振るう。

 部屋の中に、剣と剣がぶつかり合う金属音が響く。

「シンパ騎士団長っ! く……その、恰好…」

ぶつけ合った剣に力を込めながら、憎々しげにその名前――白薔薇騎士団騎士団長シンパ=レイオールの名を口にするアンナ。彼女が敬愛し、目標としていた人物の名を。

 シンパは愛用の白銀の剣と盾、胸当てを装備――つまり完全に戦闘状態だ。ということは、この状況は見越されていたのだ。

 そのことを機敏に察知すると、アンナの表情が曇り始める。

「まさか、まさか本当に……」

 シンパは油断せずにアンナから視線をそらすことはなかったが、動揺が隠せないでいた。

先ほどのコウメイの“お願いごと”を思い出す。

『助かります。実は御前試合の時から気になっていたんですが、あの適当な感じで降参負けした2刀流でツインテールの女の子――彼女も、グスタフに操られている可能性があるんじゃないかな。そうしたら、刺客に仕立て上げられて今夜にでも俺を殺しに来るかもしれない。シンパさん、俺のこと守ってくれます?』

 アンナの降参負けを、アンナ本人だけではなく、リリライトもグスタフも満足そうに笑っていた状況――そもそもあの降参負け自体が不自然極まりない。

 その状況からコウメイが推測したものが、事実であるということを、殺意を剥き出しにして斬りかかってくるアンナが証明している。

 剣でせめぎ合う両者――シンパか力を込めて剣を押し出すと、アンナはその衝撃を受け流すように後ろへ飛び、両者の間合いは離れる。

「な、なぜ……アンナがこのようなことを」

 アンナが自分を――白薔薇騎士団団長のシンパ=レイオールを慕っており、目標としていることをシンパ自身も聞き及んでいた。

シンパは、表にその感情を出すことはなかったが、正直な部分では照れ臭いと共に嬉しかった。シンパもまた敬愛している龍牙騎士団団長のルエール=ヴァルガンダル、その愛娘から目標にされることは誇らしいことであった。

 それなのに、そのアンナが、今こうして自分に対して本気の敵意がこもった目を向けている。

「なぜ、グスタフ卿などに従う?」

 アンナの表情に強制されているといった悲壮な雰囲気はない。自主的に進んでグスタフの命令を実行しようとしているからこそ、その邪魔をするシンパにここまでの感情を向けてくるのだろう。

「ダメだ、シンパさん。その娘の口から奴の名前は出ていない」

 あまりに突然の衝撃で完全にパニックになっていたコウメイがようやく落ち着きを取り戻したのか、冷静に立ち上がっていた。

「あの豚野郎、徹底してやがる。状況は明らかなのに、決定的な証拠は絶対に渡さないようにしてやがるな」

 コウメイが毒づくと、アンナは今度はコウメイに向けて鋭い目線を向ける。

「誰のこと言っているのかわからないけど……あの人のことを豚野郎なんて、ムカつくなぁっ!」

 シンパと対峙していた状態から一転――アンナは再びコウメイへ向けて間合いを詰めて、双剣で斬りかかってくる。

 しかしシンパは即座に対応。コウメイをかばうように両者の間に立ち、アンナの双剣を受け止める。先ほどと同じように金属音が鳴り響き、アンナは弾かれるように後ろにとんだ。

「わ、わわわ……分かってんじゃねーか、誰のことかっ!」

 あまりの一瞬の出来事に、そしてシンパがいなければ間違いなく命を刈り取られていたことに、コウメイの声が恐怖で震える。

 またもや邪魔をされて、憎々しげにこちらを見てくるアンナ。

すると、コウメイは、そのアンナの瞳にハートマークのような紋様が浮かんでいることに気づく。

「おいおい、ギャグマンガかよ? なんだ、あの目?」

「……? 何のことです?」

 どうやらシンパは分かっていないようだ。単純に気づいていないのか、コウメイだけがそう見えているのかはわからないが、ゆっくり分析している暇はなさそうだ。

「今度は殺すよ? シンパ様も、そこのチャラけた男も」

「チャラけたって、失敬だな君は」

 この期に及んで、シンパの後ろから軽口をたたくコウメイ。自分を守ってくれている女性の後ろから言葉を投げかけるという、なんとも情けない光景だったが、各々の役割を考えればそれも仕方ないことか。

 シンパもそんな悠長なことは考えていられない。

 目の前で禍々しい雰囲気を出しながらユラリユラリと身体を揺らしているアンナ。そこから見て取れるのは、学生という身分を遥かに逸脱した実力者の片鱗。歴戦練磨の白薔薇騎士団長シンパをもってして、冷や汗をかかせるくらいだ。

 最高評議会の余興で手合わせをした2年首席ステラ=ストールも相当な使い手だったが、目の前のアンナは、それをも超越していた。人外とまでは言わないが、天才などという一言では済ませられないような圧倒的な威圧感を放っている。

「行くよ、シンパ様っ!」

 どうやらコウメイを殺すためには、シンパの撃破が必須条件と判断した様子。

 双剣を握った両手を広げながら、襲い掛かってくるアンナ。

 その銀色に光る刃に明確な殺意を載せて、四方からの剣戟でシンパを攻め立てる。

「あははっ! これで、どうですかぁっ?」

 対してシンパは右手の騎士剣と左腕に装備している小盾で、アンナの猛撃を防御する。

舞い踊るように2本の剣を素早く振るってくるアンナ。速い上に手数が多い。

手数と速度――無理に相手の土俵に乗る必要はない。攻撃を受けつつ、必ず出来るであろう隙を伺いながら、防御に徹するシンパ。

 しかし、ゆっくりとだが確実にシンパの旗色が悪くなっていく。アンナの攻撃は手数の多さと速さだけではなく、一撃一撃が鋭く重いのだ。隙を伺う余裕などない。

 ついにシンパの身体が押されるように後退を始める。

「お、おいおいおい……」

 固唾を飲んで、シンパの後ろからそれを見守るコウメイ。

 アンナはこれほどの実力があるのに、どうして御前試合ではあんなふざけた真似をしたのか。

その目的は不明だが、やはりグスタフの指示に違いないだろう。これでますますコウメイの仮説が真実味を帯びてくる。

「――って、そんなことより。ひょっとしてシンパさん、負けそうなのか……?」

 戦いの素人であるコウメイに、細やかに戦況を分析することは出来なかったが、防戦一方で表情を曇らせるシンパは、どう見ても分が悪そうだ。

 アンナが操られており、コウメイを暗殺する刺客として送り込まれる――ここまではコウメイの読み通りだったが、まさか騎士団長であるシンパが学生のアンナに勝てないとまでは想像だにしていなかった。

 さすがに軽薄な態度は鳴りを潜めて、コウメイは焦燥と緊張に満ちた顔になる。

 そうこうしている間にも、シンパは追い詰められていく。アンナの熾烈な剣戟に、一歩一歩と後退していき、いよいよ背中を壁につくまで追いやられてしまう。

「隙ありっ!」

 防御に徹するシンパが一瞬よろけて、喉元の防御がおろそかになる――アンナが一方的な猛撃で、彼女の隙を作りだしたのだ。その勢いに乗ったまま、喉元へ目掛けて片方の双剣をきらめかせる。

「ライトニングピアス!」

「っ!」

 瞬間、バチバチと火花が弾け飛ぶように、剣戟を繰り出してきたアンナの左手に閃光が走る。

 剣を握る手元を狙いすました、電撃系魔法の一撃――シンパはアンナの攻撃を誘うことで、魔法での無力化を試みたのだった。

電撃で怯んだアンナへ、追撃の構えを見せるシンパ。

 しかし、シンパの予想とは裏腹に、アンナは不敵な笑みを浮かべていた。

 シンパの魔法を察したアンナは、その電撃が手を打つ一瞬前に、持っていた双剣を上方へ放り投げると共に左手を動かして回避したのだ。電撃を超える速さで。

「馬鹿なっ!」

 驚愕の色に表情が染まるシンパ。

 上空に放り投げた双剣が落ちてきて、アンナは左手で再びそれを握る。そしてそのまま身体を回転させつつ斬り払う。

 ――金属同士がぶつかりあう甲高い音が響く。これで3度目。

 シンパはそのアンナの回し斬りを左腕の小盾で防いだが、それはシンパの隙を作るための牽制の一撃――今度はシンパの喉元に本当の隙が出来ると、右手の双剣でそこを狙う。

「――っく!」

 必死に首を曲げて、アンナの必殺の一撃を回避するシンパ。しかし完全には避け切れず、双剣の刃がシンパの首の肉をかすめて、削ぎ落す。

 急所への一撃を回避されたアンナは一瞬動きが固まる。その隙を逃さず、シンパは力づくでアンナの身体を押し戻す。

 アンナは押された力に逆らわず、そのまま後ろへ回転しながら、再びシンパとの間合いを取る。

 再び、戦闘は小康状態へ戻ると、部屋は静寂に包まれた。

「――コウメイ殿、お逃げ下さい」

静寂が包まれる小康状態の中、息を弾ませながらシンパはその言葉をこぼした。

「マジ?」

「マジです」

 緊迫した空気を変えるべく軽々な口調のコウメイ、それに真面目に対応する余裕もないシンパ。

 薄皮一枚だったのか大した怪我ではなさそうだが、首からの流血が痛々しい。だが、シンパが冷や汗をかいているのは、その痛みからではないだろう。

 もはやコウメイから見ても、敗色濃厚と分かる程だった。

 この状況に誰よりも困惑しているのはシンパの方だろう。

事前に作戦を立てる時点で、コウメイは「学生」と「騎士団長」という肩書からの戦力分析だった。一方シンパは、肩書ではなく、正確に自分とアンナの実力差を分析出来ていたはずだ。そのシンパが、アンナが襲ってきたとしても問題ないと太鼓判を押していたはずなのに。

 シンパからしてみれば、このアンナの性格と実力の変容は恐るべきものだった。しかし今その理由を冷静に分析する余裕はない。ここでシンパもコウメイも倒れてしまえば、この異常事態を王都に知らせる手段を失ってしまう。

 ここで生き残るべきは当然自分ではない、とシンパは即断する。

「さ、さすがにそんなこと出来るわけねえだろ。一応男ですよ、俺?」

 聡明なコウメイであればシンパが考えていることも、その正当性も分かっているはずなのに、拒否するコウメイ。

彼は自分で言っていた通り、騎士のくせに戦いなどできないのだろう。恐怖で足が震えているのがわかる。

 そんな情けないコウメイの姿を見て、シンパは逆に安心する。

強い人間が面に立って戦うことは当然で簡単なことだ。だけど、力を持たない者がその場に踏みとどまり、苦痛や死といった恐怖と向き合うことは難しい。相応の勇気と信念、そして人を想う優しさが無ければ容易に出来ることではない。

 彼ならば、このミュリヌスで起きている異常事態を王都に伝え、解決に導いてくれだろう。グスタフに操られているというリリライトを救いだしてくれるだろう。

(この若者だけは、絶対に守らないと)

 ――例えこの命に代えても

 シンパは目を細めて、手にしている白銀の剣を両手で握りしめて、剣先をアンナに向ける。

するとアンナはシンパとは対照的に、人を小ばかにしたような嘲笑を浮かべていた。

 本当に、これまでのアンナとは別人のようだった。

「あは。いくらシンパ様でもボクに勝てないのは分かったでしょう? 覚悟は出来た? 苦しませずに――うぅん、あの人の邪魔をした報いとして、出来る限り苦しませながら殺してあげますね」

 嬉しそうに、歪んだ喜びに歪んだ笑顔を浮かべながら、アンナはジリジリと間合いを詰めてくる。

 次で決着――どちらかが、どちらかの命を刈り取る必殺の一撃を繰り出すべく、お互いに先の先を読み合う。

「っああああああああ?」

 すると突然アンナは悲鳴を上げる。

 それは絶叫というには生易しい程に、体の奥底から、この世の全ての苦痛を絞り出したような苦悶の声。

 アンナは双剣など放り出して、自らの身体を抱くようにしながら、その苦痛を声として吐き出し続け、そしてやがては地面に倒れてのたまうようにジタバタともがき始める。

「うああああっ? ああああっ? ああああっあーー!」

「アンナっ!」

 白目をむきそうになり、唇からは唾液が泡となって噴き出してくる、明らかに異常なアンナの様子。命の危険さえありそうなくらいのアンナに、シンパは今まで命のやり取りをやっていたことも忘れて、慌てて駆け寄った。

「ああううっ! うあああっ! ああああう!」

「しっかりしなさい。どうしたの、アンナ。気をしっかり持って」

 痙攣まで始めるアンナに身を抱くようにして、必死に声をかけるシンパ。その声がアンナに届いているかどうかは定かではなかった。

 命を奪い合う緊張の極みにあった空気から一変――今度は別の意味での緊張感に包まれたその部屋の中で、弱者たるコウメイは自分でも驚くくらいに冷静に戻っていた。そして弱者ゆえに、彼の本音は安堵の感情の方が強かった。

「た、助かった……てことか?」
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