※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第4章 激動の冬編

第73話 カリオスの帰還

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 大陸最大国家である聖アルマイト王国。

 現国王は7代目となるヴィジオール=ド=アルマイト。若い頃は大陸屈指の戦士として各地を駆け巡り、名を馳せた人物だが、齢70を目前にして半引退状態となっていた。

 国家をまとめるカリスマ性を持ち合わせていたものの、もともと武人としての性格の方が色濃く、本人も政治を好まない。そのため年齢による肉体の衰えを感じると、その権力を後継者である息子のカリオス=ド=アルマイトに移譲するようになっていた。

 したがって、実質的に今の聖アルマイト王国を牽引しているのは、第1王子であるカリオスである。

 現在聖アルマイト王国が抱えている目下の問題は、昨年占領したネルグリア帝国の統治であった。占領して1年も経つが、いまいち良くならない状況に対応するため彼の地へカリオスが赴いてから3か月程――今日、ようやくカリオスが王都ユールディアへ帰還したのだった。

「いや、まさかネルグリア帝国で年を越すことになるとは思わなかったなぁ」

 大分疲れた顔をしながら、カリオスはユールディアに帰還してからようやく自分の執務室に腰を下ろした。

 実質的な最高権力者とはいっても、正式な国王は彼の父親だ。帰還してから休む間もなくヴィジオールに重大な仕事の報告をしてきたばかりのカリオスは、その疲労から大きなため息をついた。

「んで、ようやく一息つきたいってところだが……まーだ俺を悩ませる案件があるようだな?」

 カリオスが椅子の背もたれにどっかりと体重を乗せて見据えるは、龍牙騎士団長代理であるコウメイ。

 コウメイが第1王子カリオスと面と向かって顔を合わせるのは初めてのことである。王族の中でも特に最高位に属するカリオスとの面会は緊張を禁じ得なかったが、それを外には出さずに、コウメイは落ち着いた態度で立っていた。

「お初にお目にかかります。ルエール騎士団長不在の間のみ、団長代理を務めておりますコウメイです」

 さすがに初対面となる王子の前では不敬な態度をとるわけにもいかず、いつもらしからぬ恭しく腰を折り曲げるコウメイ。

 そんなコウメイを、カリオスは椅子のひじ掛けに頬杖を突きながら、品定めするように観察していた。

「――みたいだな。ルエールからの便りに書いてあった。お前がコウメイ……ルエールお抱えの悪ガキか」

「悪ガキだなんて、聞こえが悪いですね。殿下」

 まるでいたずら小僧のように笑うカリオス。武人の家系であるアルマイト直系の男子ということだけあり、筋肉質で大柄なその体躯は見るものから見れば威圧的にも感じる。

 実はコウメイも気圧されている部分があるのだが、それはおくびも出さない。涼しい表情で笑いながら、カリオスの意地悪そうな笑顔をやり過ごす。

「あのおっさん、勝手にいなくなって、しかも俺の知らない奴を団長代理に仕立て上げやがって。大陸最強の龍牙騎士団の団長代理だぞ? こんなひょろっこい奴に任せるなんて、何考えてんだ」

「あはは。それには同意ですね」

 笑いながら返答してくるコウメイを見ながら、カリオスは薄ら笑いを止めて、その目は鋭いものに変わる。

 威圧されて萎縮することもなく、蔑まされて不機嫌になることもない。どうやらコウメイのこの態度はカリオスの何かに触れたようだった。

「そういや、ネルグリア帝国に紅血騎士団を派遣するように提言したのは、お前だって話だったな」

 ネルグリア帝国占領以後、帝国民の聖アルマイト王国に対する強い反感から、思うように占領地の統治が進んでいなかった。そんな最中、当時現地に駐留していた龍牙騎士団を引き上げさせて、代わりに第1王女ラミア率いる紅血騎士団にその任を任せる。

 頭を悩ませていたカリオスにそう進言してきたのは、龍牙騎士団団長のルエールだった。しかし彼によれば、腹心からの提案だったという。その腹心こそが、コウメイという目の前にいる男だという。

「どうでしたか、帝国は?」

 相変わらず、草原に吹くそよ風のような微笑を浮かべながら聞いてくるコウメイに、カリオスは仏頂面で答える。

「我が国が大っ嫌いな帝国民と、血を見るのが何よりも好きなうちの妹。この世にこれ以上とない最悪最凶の組み合わせだったよ。大変なんて言葉じゃ言い表せない。最悪だったよ」

 手をひらひらとさせながら言うカリオス。視線はコウメイではなく、どこか明後日の方向を見ていた。ネルグリア帝国でのことを思い返しているのだろうか、どことなく疲労の色が濃いように見える。

「相当ラミアにやられたんだろうな。俺が現地に着いた時は、縋り付いてくる勢いだった。ようやっと、俺の話を聞いてくれる状態だったよ」

 そこからカリオスが語ったのは、おそらくは国王ヴィジオールに報告したものと、ほぼ同じものを要約したものだろう。

 ラミア率いる紅血騎士団による恐怖統制に、当初は帝国民も強く反発していた。しかしラミアも歯向かう相手には容赦することを知らず、紅血騎士団による帝国民への弾圧は激しさを増す一方だった。

 そんな虐待ともいえる紅血騎士団にすっかり怯え切っていた帝国民は、占領直後に穏和な統治体制を築こうとしていたカリオスの登場に救いを求めた。占領直後は、聖アルマイト王国民と同等の民として扱うというカリオスの言に全く聞く耳を持たず、信じようとしなかった彼らが、今回のカリオスの言葉には神妙に耳を傾けていた。

 心身共に疲弊しきっていた帝国民はカリオスの言葉を信じて受け入れた。そして恐怖支配の終焉を約束し、その証拠として紅血騎士団を現地より引き上げさせることにした。

代わりに現地の統制を行うのは、諸侯の中でも親第1王子カリオス派として知られているダイグロフ伯の軍勢だった。年末まで、リューイが所属していた部隊が施設修繕任務に当たっていたレイドモンド領の領主である。

 現在は紅血騎士団とダイグロフ伯の間での引継ぎが行われおり、もう間もなく紅血騎士団は王都ユールディアに帰還してくるだろう。

 したがって、今回のカリオスの遠征は大成果を挙げたといえる。

「さすが、大陸中にその名を届かせるカリオス殿下。間違いなく今後は全大陸を代表する御方となるでしょうね」

「この野郎……ぬけぬけと」

 コウメイがあっけらかんとしていると、カリオスは白い歯を見せながら好戦的な笑顔を向けてきた。

「いつまでもこの問題を長引かせていたら、双方に犠牲を増やしていくだけだ。無駄な犠牲を増やさないためには早期解決が絶対だ。ラミアと紅血騎士団の性格をよく理解していたお前は、強引な手段に踏み切ったってわけだ」

 腕組みをしながらポンポンと指を叩くカリオスに、コウメイはやはり表情を変えない。涼しい微笑のまま。

「俺はルエール団長に提案しただけですよ。踏み切ったのはカリオス殿下です」

「ああ、そうかい」

 あくまでもそのスタンスを崩さないコウメイ。そんなコウメイに、やはりカリオスも笑顔をそのままに言葉を紡いでいく。

「今回、現場に行って色々と勉強になった。ラミアの方法が正解――とは思いたくないが、俺の考えも中途半端で甘かったと思い知らされた。俺の煮え切らない態度が、反聖アルマイト派を助長させて、結果的に帝国民を長く苦しませていた。これは、間違いなく俺の判断ミスだ。お前には礼を言わないといけないな」

 そう言うと、カリオスは横柄な態度から一変、わざわざ立ち上がり、礼儀正しくコウメイに対して頭を下げた。王族、しかも現在国政を取り仕切っている第1王子が。

「……」

 これにはさすがにコウメイも言葉を失った。涼し気な微笑はそのままに、まるで時が止まったかのように、表情も動きも固まっていた。

「ん、どうした?」

 固まったままのコウメイに怪訝な表情をしながら、カリオスは再び椅子に座った。椅子に座ったカリオスは、再びひじ掛けに肘を掛けながら足を組んだ、王族らしい傲慢な態度に戻っていた。

「いや、まあ……まさか第1王子に頭を下げられるとは思わなかったんで」

「ネルグリア帝国も、もう聖アルマイトの領土だ。なら帝国民と聖アルマイトの民となる。大切な国民を大勢救ってくれたんだ。礼を言うのは当然だろう」

 真面目な口調と表情で、言葉通り当然のように言うカリオス。その言葉に、コウメイはようやく破顔した。

「これで、ようやく目下課題だった帝国統治についてはようやく片付きそうだ。――と思ったら、次はミュリヌスか」

 ふうと大きなため息を吐きながら、カリオスは話題の方向を本題に戻してくる。

 その言葉にコウメイの緊張は高まる。

 カリオスも多分に漏れずにグスタフのことを毛嫌いし軽蔑しているということだ。そんな男が大事な妹の教育係として側にいるのだから、日々鬱憤が溜まっているとルエールは言っていた。

 しかし、グスタフを個人ではなく大臣という目で見てみれば、ヘルベルト連合との同盟を締結させて、様々な国内問題を解決に導いてきた辣腕な政治家だ。人間的に唾棄するような人物だが、有能な大臣であるグスタフを、第1王子という国政を預かる立場のカリオスに弾劾させようとするのは、簡単なことではない。

 グスタフの陰謀を阻止するためには、カリオスに動いてもらわねばならない。カリオスの説得はコウメイの仕事。そのために王都に残っているのだ。

「殿下はルエール騎士団長のお嬢さんのことはご存知ですか?」

「ん? ああ、アンナのことか。知っているぞ。確か、今はミュリヌス学園の学生だったろう。進学する前に、1度挨拶しに来てくれたことがあったな。強くせがまれて手合わせまでしたが……まあ、可愛い顔に似合わず大した腕前だったな」

 コウメイの意図とは少しズレた回答をするカリオス。どうやらアンナの現状までは把握出来ていないらしい。

 嬉しそうに語るカリオスの表情から察するに、いわゆる「お気に入り」なのだろう。そんな彼女が置かれている現状を話すことは気が重かったが、グスタフの陰謀を証明する最も強い根拠はそれなのだ。

 コウメイは乾いた唇を舐めてから切り出す。

「今は王宮内の医療室で治療を受けています」

「治療……?」

 コウメイの言葉に眉をひそめるカリオス。

 頭が悪くない――というよりも、むしろ聡明な人物だ。即座にグスタフのことを結びつけたのか、明らかに不機嫌な表情に顔が変わっていく。

「そういや、ファヌスの魔術師が来ているらしいが、それと関係あるのか?」

 カリオスの不機嫌な表情から発せられる言葉は威圧的で、聞いている者を竦ませ怯えさせる。子供であればそれだけで泣き出しかねないくらいの圧力だ。

(むしろ俺だって泣きたいわ)

 よもやコウメイがアンナを守りきれなかったという理由で罰せられることなど有り得ない。それでもコウメイは胸の鼓動が速くなるのを感じる。

「団長のお嬢さんは厄介な呪いにかかっています。ファヌスから派遣してもらったのは解呪師です」

 コウメイの返答に、カリオスはそのまま彼の顔を見ながら熟考しているようだった。

 しばらくしてから、体重を椅子の背もたれに預けるようにしながら、指でこめかみを揉みながら大きなため息をつく。

「どうも厄介な事態になっているようだな。最初から順を追って説明してくれ。まずは。俺が向かうまでミュリヌス地方に滞在するはずだったのにお前がここにいて、王都の留守を任せていたルエールがミュリヌスに向かっている理由からだ。一体、ミュリヌスで何があった?」
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