※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第4章 激動の冬編

第98話 恐怖と絶望、そして一縷の望み

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 そして、時は現在に。

 ランディの生首をルエールに向けて放り投げたミリアムは、淫欲に緩んだ表情で滔々とここに至るまでの経緯を語っていた。

 既に瞳はルエールを見ておらず、うっとりと陶酔しており、自らの凌辱の過去を嬉々として語るその姿は、誰が見ても異常の一言だった。

「団長は、私を騎士としてあるべき姿を厳しく教えて下さいましたが、雌としての悦びは全く教えてくれませんでした。この世にあんな幸せなことがあるだなんて……本当に残酷で、悪魔のような人ですね。これから私は、オチンポのために生きるので……それでは、団長。さようなら」

 正気の色を完全に失った瞳で、ミリアムはランディの血で濡れた緑色の刀身の騎士剣をぎゅっと握りしめる。

 そして先ほど頸動脈を斬って、そのまま地面に崩れ去ったルエールの方へ視線を戻す――

「……あれ?」

 ミリアムが自分の世界に浸りきって、ルエールへの意識をすっかり途切れさせてしまっていた間――5分程度だろうか。ルエールの姿は、影も形もなく、その場から消えていた。

■□■□

(やばい! マジヤバい! マジやべーって!)

 正確に言うならば、ルエール『達』はその場に留まり続けていた。

 その物置小屋の入口にいるのは、首から血を流し地面に座り込み、物置小屋の壁に背をもたれさせているルエール。そしてそのルエールの容態を確かめるように、隣にリューイが。更に、その両者の肩に触れるように、レーディルがいた。

 彼らは確かにそこにいるにも関わらず、ミリアムは3人の姿を認識することが出来ていない。

 ミリアムは不可解な表情をしながら、小屋の中をキョロキョロと見回す。

(団長、しっかりして下さい……っくそ!)

 静かな声でうなだれたままのルエールに呼びかけるリューイ。

 あまりの驚愕に茫然としながらも、すんでのところで即死は回避出来たようだったが、首の傷は深い。リューイが布で傷口を抑えているが、流血は止まらず、今も流れ続けている。このままでは失血死するのは間違いないだろう。ルエールも気を失っていて返事をしない。

(おい、馬鹿な真似考えるなよ。俺達がミリアムさんに勝てるわけねぇからな)

(……っ! 分かってます……!)

 ヒソヒソ声で会話するリューイとレーディル。

 リューイの思考を読み取ったレーディルに釘を刺されると、リューイは悔しそうに歯噛みしながらも、今すぐミリアムに斬りかかろうとする自分を抑える。

「……あぁ、そうか。レーディルね。貴方も、ルエール団長を尾行していたのかしら? 勘が良いのね……それとも勘を働かせたのはリューイの方かな?」

(ご名答だよ、こんちくしょう!)

 思い当たったように、手をポンと叩きながら独り言をこぼすミリアムに、口には出さずに胸の中で毒吐くレーディル。

 何も、ルエール達もノリや勢いだけでレーディルをルエール部隊に編成したわけではない。

 おおよそ騎士らしからぬ不真面目な態度、騎士としては平均よりやや下程度の実力。どう贔屓目に見ても、人並み以上ではないレーディルがルエール部隊に選ばれたのは、彼が得意とする特殊な魔法の才能を買われてのことだった。

 それは認識阻害の魔法――相手に作用する魔法は、肉体・感覚・精神の3種があるが、レーディルは精神に次いで2番目に難しい感覚に作用する魔法を行使できる才能に恵まれていたのだ。

 とはいえ、その効き目も強い方ではなく、万能というには程遠い。

 今はレーディルと彼が触れている人間が、この小屋と周辺にいる人間の視覚・聴覚・嗅覚で感知されないようにしている。

特に視覚遮断においてほとんどの魔力を費やし、その分他の聴覚・嗅覚については阻害が程度が軽い。

そのため大きな声で会話をしたり、何か強い匂いを発したりする程度で、簡単に察知されてしまう。幸運なことにルエールの血の匂いは阻害出来ているようだが、それ以外の刺激でも1度存在を察知されてしまえば、視覚阻害の効果も無くなってしまう。

 さらに触覚、味覚に関しては何もしていない。レーディル達がミリアムに触れられたり、舐められたりすれば、それだけでも感知されてしまう。

 その程度で打ち破られる程の魔法である。そして、ミリアムの本来の実力とルエールへの容赦の無さから、見つかれば即死と考えていいだろう。この状況下で、レーディル達がそのまま逃げおおすことは困難だった。

(速く団長を治療しないと、死んでしまう。くそ、どうしてこんなことに…!)

 リューイは、目の前の惨劇がまだ信じられない。

 あれだけ龍牙騎士として誇りを持っており、ルエールに全幅の信頼と尊敬を寄せていたミリアムが、あんなに簡単にルエールに刃を向けるなんて。

(下手に動くなって。気づかれるぞ)

 いても立ってもいられないのだろう。黙っていたら、今すぐにでも動き出しそうな勢いのリューイを、潜めた声で抑制するレーディル。混乱し、義憤に駆られるリューイの気持ちも分からなくはないが、レーディルは自分の命を脅かされる恐怖の方が勝っていた。リューイが早まった真似をしないようにするのも必死だった。

「……う~ん」

 困ったように物置小屋を見渡すミリアム。もしかすると、既にこの場にはいないと思っているのだろうか。

(なら、さっさとどこかに消えてくれよ。怖いんだよ、あんた)

 正気の色を失った瞳で、困りながらも笑っているミリアム。

 さっきミリアム自身が語った異常で壮絶な経緯を聞くと、そのミリアムのその姿は狂気にしか見えなった。あまりの恐怖に、レーディルは目に涙を溜める。

 そんなレーディルの恐怖を煽るように、ミリアムはゆっくりと物置小屋の中を歩きまわる。

執拗なまでの用心深さでミリアムの視線はゆっくりと、そして何度も何度も物置小屋の中を巡っていく。時折レーディル達に近づいては、離れていく。

ふとしたことで触れられでもすれば、それで終わり。

だからといって下手に動いて音を立ててしまっても、それで終わり。

 視覚遮断には全精力を注いでいる。いくら念入りに視覚で確認しようとしても、絶対に分からないはず。

レーディルは、その音でミリアムに気づかれるのではないかと思うくらいに激しくなっていく心臓の鼓動を落ち着かせるために、何度もそう自分に言い聞かせる。

(く、来るな! どっか行け! ここにはいないと思ってんだろう? なら、さっさとどこかに行ってくれよぉ!)

 レーディルの予想――というよりは懇願――通りに既にこの場からいなくなったと思っているのか、それとも認識を阻害されているだけでまだこの場に留まっていると現状を正しく捉えているのか。どちらと考えているのか分からないミリアムの行動。

「――まあ、仕方ないか。私も次があるから、いつまでもここにいられないし。それにあの怪我じゃ、死ぬのも時間の問題だし」

 レーディルの我慢勝ち、といっても良かっただろう。全く気配を感じられないことに、ミリアムは見切りをつけたようだった。

いや、見切りというよりは、彼女が言っていることが的を得ている。ここで取り逃がしたところで、ルエールはもう助かる見込みが少ない。ならば、いたらずらに時間をかけることは無用だと判断したのだろう。

「さて、急がないと。あの人との約束だもんね。ミュリヌスに入り込んだ連中を皆殺しにしないと……そしたら、あの人と……くすくす。オチンポ、オチンポ♪ 3日間休みなく、ドスケベなこと出来るなんて、楽しみ♪」

 鼻歌交じりに言いながら、小屋を出ていくミリアム。

 外につないでいる馬に乗り、その馬が駆け去っていく音が聞こえる。

 そうして残されたのは静寂。恐怖に染まり魔法を維持しているレーディル、未だ流血しながらうなだれているルエール、そしてリューイもただ黙ったまま動かない。そしてすぐそばには無残なランディの生首が。

「――ぶはぁっ!」

 ミリアムが姿を消してから、たっぷり5分程経過してから、レーディルは魔法を解く。

「はぁ、はぁっ! し、死ぬかと思った! マジでおしまいだと思った。何なんだよ、何なんだよ。うえええっ……!」

 緊張の糸が途切れたレーディルは、あまりの恐怖と緊張から嘔吐する。リューイはその姿を見ても、決して彼を馬鹿にすることなどできなかった。それ程に、あのミリアムの様子は驚異的で恐怖そのものだ。リューイだって表に出していないだけで、ほとんど動いていないし魔法すらも使っていないのに、レーディルと同じくらい疲弊しているのだ。

 リューイも大きく深呼吸しながらも、全身が脱力してぐったりしているルエールの身体を固い床に横たわせる。

「団長、団長! しっかりして下さい、団長!」

 何度も呼びかけるが反応はない。

 まさか、大陸全土に名を轟かせる龍牙騎士団の騎士団長が、こんな形で命を落とすなど誰が予想したのだろうか。首筋にあてた布を抑えて、リューイが必死に訴え続ける。

「ん、む……」

 すると、まるでそのリューイの想いが届いたかのように、ルエールが意識を取り戻す。かすかに動くルエールの身体に、リューイもレーディルも顔を見合わせる。

「よかった、団長。大丈夫ですか!」

「う、む……リューイとレーディルか。お前らも、尾けてきてくれたのか」

「なんか、ミリアムさんの様子に違和感があったし……それに、団長があまりにも変だったので。すみません、命令に逆らって」

「いや、良い。本当に良い騎士というのは、命令に従ってばかりではないからな」

 どこか虚ろな目で、そうこぼすルエール。その弱弱しさは、命の火が今にも消えてしまいそうに予感させられる。

「いいか、心して聞け」

 虚ろなルエールの瞳は焦点を結んでいない。心配そうにのぞき込むリューイとは目線が合わず、虚空を見上げていた。

 掠れたような息を吐くルエールは、懸命に振り絞るように声を出す。

「本隊の連中は、もう諦めて見殺しにしろ。今からお前らがミリアムを追いかけても、絶対に勝てない。返り討ちに合うだけだ」

「なっ……そ、そんなっ!」

「聞け」

 冷酷な命令を下すルエールに抗議をしようとするリューイを、ルエールは弱弱しくも、強い意志と覚悟を込めた一言で断じる。

「皆、そういった覚悟を持って付いてきた龍牙騎士達だ。真相を知るお前らが無駄死にを選ぶようなことがあれば、それこそ彼らの誇りと覚悟を裏切ることとなる」

 そのルエールの言葉に、リューイの頭は反論の言葉で埋め尽くされていく。しかし消え入りそうな命の中で必死に紡がれる言葉、そしてその強さに、唇を噛みしめて彼の言葉の邪魔をするのをこらえる。

 リューイが見えているのか見ていないのか、ルエールはリューイが何も喋らないのを了承と取ったのか、続ける。

「コウメイのことだ……必ずカリオス殿下を説得し、こちらに向かってきている。コウメイ達と合流し、真相を伝えるのだ。これはもはや、グスタフ1人を捕らえて解決する問題ではない。もはや戦争は回避出来ない」

「……………はい」

 リューイは、尊敬する龍牙騎士団長の悲壮な決意を込めた命令に、何度も何度も逡巡しながら、ようやくうなずいて肯定する。

「それでいい。それでこそ、栄えある龍牙騎士だ。お前らが聖アルマイト王国を救う一縷の希望となるんだ。いいな」

「よくありません!」

 リューイの肯定の言葉に安心したのか、ルエールの虚ろな表情が僅かに安堵に染まったように見えた。

 しかし、その直後のリューイの否定の言葉――ルエールは明確な反応は示さなかったが、驚かずにはいられなかったはずだ。

 リューイは、この誇り高き龍牙騎士を束ねる騎士団長の崇高な意志に、目に涙を溜める。それが必死に零れないようにしながら叫ぶ。

「それでもっ……それでも貴方だけは救う! 救ってみせる! 聖アルマイトには貴方のような人が必要なんだっ! 絶対に死なせない!」
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