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第4章 激動の冬編
第102話 両陣営の思惑
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ミュリヌス領内を自国の領地のように闊歩する、ヘルベルト連合国の戦闘部隊”龍の爪”。
領地内中央に位置する第2王女邸宅から、領地全域へと拡散していくようにいくつもの部隊を展開していた。
その最高権力者であるフェスティアもまた、とある部隊の中にその姿を見せていた。
政務や外交を行う時のようなフォーマルスーツではなく、戦闘部隊に参加するにふさわしい鎧姿だった。
代表というだけあり、当たり前だが身に着けている物は、最前線の奴隷兵やオーエンのような将軍級よりも、高等なものである。
それは、己の権力や地位を下品に誇示するような豪奢な装飾品で彩られているという意味ではない。むしろ、動きやすさを重視した女性にぴったりな軽鎧という、見た目は簡素に見える程だ。
しかしそれらの防具は、連合国内で採れる最高級の鉱石である「黒鉄」を材質として、それを同じく連合国内でも最高級の鍛冶技術を用いて鍛え上げられたものである。機能的な面については、大陸でも最高峰の逸品だ。
マントを羽織りながら、慣れた手つきで手綱を握る馬上のフェスティアは、ティアラのような羽兜もよく似合っており、まさに「戦乙女」というイメージを彷彿させる。
「フェスティア代表っ」
部隊後方より、馬を駆けさせる女性が1人。
年齢はフェスティアよりも若そうで20前半程であろうか。少し癖のある茶色い髪をショートカットにまとめており、小柄で細身な体躯。活発そうな印象を与える彼女は、フェスティアの横に馬を付けると、そのまま並んで歩き始める。
「そんなに慌てなくても置いていかないわ。大丈夫よ、アストリア」
フェスティアが身に着けている黒鉄の鎧とは多少質は落ちるものの、やはりヘルベルト連合の高等技術が施された黒い胸当てを身に着けている彼女――アストリアも、やはり戦場に相応しい恰好をしている。
そんなアストリアをからかうようにフェスティアが笑うと、アストリアは拗ねたような表情をする。
「ち、違いますよ。そんなんじゃなくて……教えていただきたいことがあるんです」
「何かしら?」
フェスティアはヘルベルト連合の代表でもあるが、それと同時に自らは連合に加盟しているクリアストロという国の代表も務めている。アストリアはその隣国の大臣の1人娘である。
お互いに幼い頃から共に育ってきた幼馴染ような関係で、年が下のアストリアはいつも姉のようにフェスティアを慕い、博識な彼女から色々な物を学んで育ってきたのだ。
「我が軍はただでさえ、聖アルマイトに対して兵数が少ないのに、どうしてわざわざこのように分散させているのでしょうか?」
不可解な部隊展開だったが、アストリアは不可解な色など微塵にも滲ませず、きらきらと瞳を輝かせて、フェスティアの答えを期待している。
フェスティアは相変わらずな妹分に、呆れたように、それでいてどこか嬉しそうに吐息を漏らして苦笑する。
「あなたの言う通り、聖アルマイト王国と戦力差があるから、よ」
「ど、どういうことですか?」
意味深なフェスティアの返答に、アストリアはますます身を乗り出す。それ以上乗り出すと馬から落ちてしまいそうで、思わずフェスティアが「危ないわよ」と諫めながら続ける。
「龍牙騎士団長の特務部隊が来ていた……ということは、ほぼ確実にカリオス王子も一定規模の部隊を率いてやってきているわ。“あの”カリオス王子のこと、溺愛している妹姫のことを他人任せにはしないでしょう」
「あ、すみません。話の腰を折るようですが……どうして、あの男は特務部隊がこの地に来ていることを事前に知っていたんですか?」
「あの男」とは言わずと知れた、聖アルマイト王国大臣グスタフのことである。
なんでもフェスティアの話では、グスタフは自らを捕らえるために差し向けられた聖アルマイトの特務部隊のことを、事前につかんでおり、そのためにフェスティアに『殲滅』のオーエンを護衛につけるよう手配していたのだ。
もっともアストリアは、そのオーエンは全く役に立たず、自前の護衛で何とかしたという話も耳にしていたが。
フェスティアはアストリアのその質問に意味ありげに笑うと
「彼は、なかなか油断のおけない人物よ。聞いてしまえば、そんなことか、というような手段を持っていてね……まあ、その話は置いておきましょう。部隊を分散している理由だったわよね」
そう言って話題を元の方向へ戻すフェスティアは咳ばらいをしてから続ける
「相手側にこちらの戦力を正確に把握させないためよ。どのくらいの規模の部隊が来ているか分からないけど、あっちもこちらの戦力が分からないなら、迂闊に攻め込んでこられないでしょう? 私達にとって一番困るのは、物量で押し切られることだからね」
「なるほど。しかし、豪気な性格と言われるカリオス王子のこと……こちらの戦力分析など気にせず、一気に押し寄せてくる可能性は?」
「それは無いわね」
アストリアの質問を、フェスティアは一笑に付して否定する。
「カリオス王子本人はアストリアの言う通りの人物だけど、彼はきちんと部下の話を尊重するわ。こんな状況なら、必ず慎重で頭が回る意見役を連れてきているはず。カリオス王子は自らの性格をよく自覚しているからこそ、その慎重派の意見は必ず採用するわ」
「確かに……大臣の反逆が疑われていて、更にその領地内に他国の軍勢が入りこんでいれば、迂闊に攻め込もうと提案する参謀はいませんよね」
フェスティアの意図をくみ取り、ぶつぶつと自分の頭の中でそれを整理するアストリアは、やがて顔を上げて、表情を輝かせる。
「部隊で攻め込む前に必ず偵察をしてくる。その時、ミュリヌス領のあらゆる場所に“龍の爪”がうろついてみれば、確かに脅威に思いますね。相手からすれば、兵数が少ないのに更に分散させているなんて考えにくいですし、大部隊が来ていると勘違いしてもおかしくない。なるほど足止めのためですね。勉強になります」
「あんまり参考にはならないわよ。はっきり言って、これは教科書から外れた奇策。運に頼っている部分も大きいもの。策略と言うのも憚れるわ」
今回フェスティアがグスタフの要望を受けてミュリヌス領へ連れてきた龍の爪は、全兵力の三分の一程。彼女達は知らないが、カリオスが率いてきた攻略部隊と比較すると、半分程の戦力で、単純な数で言えばその差は歴然としていた。
フェスティアが言うところの一番困る事――そのまま攻め込まれたら押しつぶされてしまうくらいの戦力を、更に分散させているのだ。
ハイリスクな判断ではあったが、このフェスティアの策は見事思惑通りに、攻略部隊の足を留めることに成功していた。
「しかし時間を稼いでいてもいずれは戦力を把握されてしまうのでは」
そうなれば、カリオスは部隊を動かしてくるだろう。現状足止めは出来ていても、このままでは結果は変わらない……が、やはりアストリアは不安な表情などではなく、期待した表情をフェスティアに向けている。
「そうね。このまま何もしなければ、カリオス王子の部隊に攻め入れられて彼は捕らわれるでしょうね。そして芋づる式に連合との密約もバレて、制裁を受けるでしょうね」
「代表は、何をお考えなのですか?」
フェスティアが連合代表の座に就くまで、アストリアはずっと彼女と共に合った。今回のように、常にハイリスクの策でハイリターンを得てきた彼女の深謀遠慮の策に、やはりアストリアは期待してしまう。
「カリオス王子にはこのまま帰っていただくわ。それから、リリライト第2王女に武力蜂起をさせて、聖アルマイト王国に大規模な内乱を起こすのよ。そのためには、今は彼に捕まってもらっては困るわ」
ニヤリと笑うフェスティアは、柔和で爽やかな姉ではなく、狡猾な陰謀家の顔をしていた。その表情は、ずっと一緒に育ってきたアストリアすらも、思わずぞっと走る悪寒を抑えられずにはいられない程に、冷酷な笑みをしていた。
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「本当に、どこもかしこも龍の爪だらけだな。一体どんだけの戦力が入り込んでんるだ」
緊迫した現状とそぐわないような呑気な声を出すコウメイ。しかし、その場も誰もが、部隊で最も緊張して頭を働かせているのが彼だと分かっていたので、誰も何も言わない。
コウメイの提言通り、斥候部隊はミュリヌス領内の中心地――ミュリヌス学園とリリライト邸へ向けて足を進めていた。
相変わらず領内には龍の爪が、目的も不明にうろついている。彼らにバレることのないよう最新の注意を払いながら進むため、どうしても歩みが遅くなる。
「奴ら、一体何が目的なんだ?」
そのカリオスのこぼした質問に答えないのは、コウメイもその目的が分かりかねるからだった。
カリオス派返事が無いからと気分を害するような様子は見せず、そのまま淡々と自分の考えを口にする。
「こんなにこれみよがしに部隊を散開させているなんて、こっちの動きを縛るために、そう見せかけているだけってことはないか」
カリオスの言わんとしていることは、コウメイにも理解できるし、可能性の1つとしては考えている。
1つ1つが小規模とはいえ、これだけいくつもの部隊を目にすれば、大戦力が領内に入り込んでくる印象がどうしても強くなる。しかしそれ自体が相手の策略で、大したことのない戦力を大規模に見せかけようとしているのかもしれない。
しかし、コウメイはカリオスの言葉には首を振った。
「そう思わせといて、こちらを誘っている可能性もあります。どっちが正解だなんて、こっちからしたら分からないから、結局こっちが大きく動くことは危険が大きくて難しいです」
悔しそうに歯を噛みしめるコウメイ。状況的には不利、対応も後手に回ってしまうのは仕方ないのだが、敵の良いようにやられている感は拭えない。
「上手くて狡猾な手ですよ。可能性には気づけても、こっちの動きは縛られざるを得ませんからね」
本来の想定ならば、こんなに頭を悩ませることもなく、容易くグスタフの身柄を抑えて終了の予定だった。
例えグスタフとヘルベルト連合が協力関係にあろうが、こちらが早く行動を起こせたため、さして大きな問題ではないと考えていたのだが
「まぁ、少なくとも最初に考えていたように楽勝ってわけにはいかなくなりましたね……『女傑』フェスティアか。なかなか一筋縄ではいかない相手だな」
コウメイは、進むも戻るも、判断か難しい状況になってきたと考える。
仮に、このままコウメイ達が率いてきた部隊と共に帰国すれば、グスタフ側とは本格的な戦争となることは避けられないだろう。また、そうすることは領内に残るリリライトを見捨てることとなる。
しかし、だからといって、この不気味な状況のまま進軍を続けて、第1王子であるカリオスの身や攻略部隊を危険に晒すこととなるし、例えヘルベルト連合と全面戦争になったとしても、国力の差から聖アルマイトが負けるわけがない。
堅実なコウメイとしては、想定外の事態――領内で龍の爪部隊を見た時点で、撤退案を進言したいくらいだった。
しかし、それはカリオスが絶対に許さないだろう。
第1王子という立場を投げ出して、ただの私情だけで妹の救出を選ぶような人物ではない。しかし、だからといって今の「不気味」という理由だけで、リリライトを見捨てるような選択肢を許可するとは思えない。
あらゆる意味で難しいこの状況を作り出したのは、グスタフなどではなくフェスティアなのだろう。彼女の評判を聞いたコウメイは、そう確信する。
「結局、選択肢はあるようでないんだよな」
コウメイは他の人間にはバレないようにため息を吐く。
こうまで龍の爪の部隊が自由に領内を出入りしているところを見ると、ルエール部隊は失敗したと考えた方が良いだろう。
グスタフのような愚鈍な人間に――と、どうしても納得出来なかったが、『女傑』とやらのフェスティアが糸を引いているのなら納得だ。
コウメイは相手を見誤っていたと認めざるを得ない。相手は欲望にまみれた無能な大臣などではなく、若くして女性の身で連合代表に昇り詰めた傑物だったのだ。
「どうする、コウメイ」
答えは分かっているくせに……というか、それ以外許さないくせにと胸中で毒吐くが、表情には一切出さない。
「可能性に気づけただけでも大きいです。方針は変わらず、ルエール部隊との合流を目指しましょう。その後のことは、状況次第で」
コウメイの言葉に、カリオス以下他の面々もうなずいた。
顔も知らないお互いの思惑を読み合うコウメイとフェスティアの、水面下での腹の探り合い。圧倒的不利な状況の中、コウメイの奮闘は誰に知れることなく続く。
しかし後に、コウメイはこの時点の自分の考えを甘かったと認めざるを得なかったこととなる。
彼がずっと得体の知れない不安を抱えていたのは、フェスティアに対してではない。不安でたまらないという感情に、それらしい理由を見つけたので、安易に結び付けてしまっただけだった。
もっと、その不安な感情と向き合っていれば、或いは――
コウメイが、一貫して不安を抱え続けてきたのは、グスタフを置いて他にいないはずだったのに。
領地内中央に位置する第2王女邸宅から、領地全域へと拡散していくようにいくつもの部隊を展開していた。
その最高権力者であるフェスティアもまた、とある部隊の中にその姿を見せていた。
政務や外交を行う時のようなフォーマルスーツではなく、戦闘部隊に参加するにふさわしい鎧姿だった。
代表というだけあり、当たり前だが身に着けている物は、最前線の奴隷兵やオーエンのような将軍級よりも、高等なものである。
それは、己の権力や地位を下品に誇示するような豪奢な装飾品で彩られているという意味ではない。むしろ、動きやすさを重視した女性にぴったりな軽鎧という、見た目は簡素に見える程だ。
しかしそれらの防具は、連合国内で採れる最高級の鉱石である「黒鉄」を材質として、それを同じく連合国内でも最高級の鍛冶技術を用いて鍛え上げられたものである。機能的な面については、大陸でも最高峰の逸品だ。
マントを羽織りながら、慣れた手つきで手綱を握る馬上のフェスティアは、ティアラのような羽兜もよく似合っており、まさに「戦乙女」というイメージを彷彿させる。
「フェスティア代表っ」
部隊後方より、馬を駆けさせる女性が1人。
年齢はフェスティアよりも若そうで20前半程であろうか。少し癖のある茶色い髪をショートカットにまとめており、小柄で細身な体躯。活発そうな印象を与える彼女は、フェスティアの横に馬を付けると、そのまま並んで歩き始める。
「そんなに慌てなくても置いていかないわ。大丈夫よ、アストリア」
フェスティアが身に着けている黒鉄の鎧とは多少質は落ちるものの、やはりヘルベルト連合の高等技術が施された黒い胸当てを身に着けている彼女――アストリアも、やはり戦場に相応しい恰好をしている。
そんなアストリアをからかうようにフェスティアが笑うと、アストリアは拗ねたような表情をする。
「ち、違いますよ。そんなんじゃなくて……教えていただきたいことがあるんです」
「何かしら?」
フェスティアはヘルベルト連合の代表でもあるが、それと同時に自らは連合に加盟しているクリアストロという国の代表も務めている。アストリアはその隣国の大臣の1人娘である。
お互いに幼い頃から共に育ってきた幼馴染ような関係で、年が下のアストリアはいつも姉のようにフェスティアを慕い、博識な彼女から色々な物を学んで育ってきたのだ。
「我が軍はただでさえ、聖アルマイトに対して兵数が少ないのに、どうしてわざわざこのように分散させているのでしょうか?」
不可解な部隊展開だったが、アストリアは不可解な色など微塵にも滲ませず、きらきらと瞳を輝かせて、フェスティアの答えを期待している。
フェスティアは相変わらずな妹分に、呆れたように、それでいてどこか嬉しそうに吐息を漏らして苦笑する。
「あなたの言う通り、聖アルマイト王国と戦力差があるから、よ」
「ど、どういうことですか?」
意味深なフェスティアの返答に、アストリアはますます身を乗り出す。それ以上乗り出すと馬から落ちてしまいそうで、思わずフェスティアが「危ないわよ」と諫めながら続ける。
「龍牙騎士団長の特務部隊が来ていた……ということは、ほぼ確実にカリオス王子も一定規模の部隊を率いてやってきているわ。“あの”カリオス王子のこと、溺愛している妹姫のことを他人任せにはしないでしょう」
「あ、すみません。話の腰を折るようですが……どうして、あの男は特務部隊がこの地に来ていることを事前に知っていたんですか?」
「あの男」とは言わずと知れた、聖アルマイト王国大臣グスタフのことである。
なんでもフェスティアの話では、グスタフは自らを捕らえるために差し向けられた聖アルマイトの特務部隊のことを、事前につかんでおり、そのためにフェスティアに『殲滅』のオーエンを護衛につけるよう手配していたのだ。
もっともアストリアは、そのオーエンは全く役に立たず、自前の護衛で何とかしたという話も耳にしていたが。
フェスティアはアストリアのその質問に意味ありげに笑うと
「彼は、なかなか油断のおけない人物よ。聞いてしまえば、そんなことか、というような手段を持っていてね……まあ、その話は置いておきましょう。部隊を分散している理由だったわよね」
そう言って話題を元の方向へ戻すフェスティアは咳ばらいをしてから続ける
「相手側にこちらの戦力を正確に把握させないためよ。どのくらいの規模の部隊が来ているか分からないけど、あっちもこちらの戦力が分からないなら、迂闊に攻め込んでこられないでしょう? 私達にとって一番困るのは、物量で押し切られることだからね」
「なるほど。しかし、豪気な性格と言われるカリオス王子のこと……こちらの戦力分析など気にせず、一気に押し寄せてくる可能性は?」
「それは無いわね」
アストリアの質問を、フェスティアは一笑に付して否定する。
「カリオス王子本人はアストリアの言う通りの人物だけど、彼はきちんと部下の話を尊重するわ。こんな状況なら、必ず慎重で頭が回る意見役を連れてきているはず。カリオス王子は自らの性格をよく自覚しているからこそ、その慎重派の意見は必ず採用するわ」
「確かに……大臣の反逆が疑われていて、更にその領地内に他国の軍勢が入りこんでいれば、迂闊に攻め込もうと提案する参謀はいませんよね」
フェスティアの意図をくみ取り、ぶつぶつと自分の頭の中でそれを整理するアストリアは、やがて顔を上げて、表情を輝かせる。
「部隊で攻め込む前に必ず偵察をしてくる。その時、ミュリヌス領のあらゆる場所に“龍の爪”がうろついてみれば、確かに脅威に思いますね。相手からすれば、兵数が少ないのに更に分散させているなんて考えにくいですし、大部隊が来ていると勘違いしてもおかしくない。なるほど足止めのためですね。勉強になります」
「あんまり参考にはならないわよ。はっきり言って、これは教科書から外れた奇策。運に頼っている部分も大きいもの。策略と言うのも憚れるわ」
今回フェスティアがグスタフの要望を受けてミュリヌス領へ連れてきた龍の爪は、全兵力の三分の一程。彼女達は知らないが、カリオスが率いてきた攻略部隊と比較すると、半分程の戦力で、単純な数で言えばその差は歴然としていた。
フェスティアが言うところの一番困る事――そのまま攻め込まれたら押しつぶされてしまうくらいの戦力を、更に分散させているのだ。
ハイリスクな判断ではあったが、このフェスティアの策は見事思惑通りに、攻略部隊の足を留めることに成功していた。
「しかし時間を稼いでいてもいずれは戦力を把握されてしまうのでは」
そうなれば、カリオスは部隊を動かしてくるだろう。現状足止めは出来ていても、このままでは結果は変わらない……が、やはりアストリアは不安な表情などではなく、期待した表情をフェスティアに向けている。
「そうね。このまま何もしなければ、カリオス王子の部隊に攻め入れられて彼は捕らわれるでしょうね。そして芋づる式に連合との密約もバレて、制裁を受けるでしょうね」
「代表は、何をお考えなのですか?」
フェスティアが連合代表の座に就くまで、アストリアはずっと彼女と共に合った。今回のように、常にハイリスクの策でハイリターンを得てきた彼女の深謀遠慮の策に、やはりアストリアは期待してしまう。
「カリオス王子にはこのまま帰っていただくわ。それから、リリライト第2王女に武力蜂起をさせて、聖アルマイト王国に大規模な内乱を起こすのよ。そのためには、今は彼に捕まってもらっては困るわ」
ニヤリと笑うフェスティアは、柔和で爽やかな姉ではなく、狡猾な陰謀家の顔をしていた。その表情は、ずっと一緒に育ってきたアストリアすらも、思わずぞっと走る悪寒を抑えられずにはいられない程に、冷酷な笑みをしていた。
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「本当に、どこもかしこも龍の爪だらけだな。一体どんだけの戦力が入り込んでんるだ」
緊迫した現状とそぐわないような呑気な声を出すコウメイ。しかし、その場も誰もが、部隊で最も緊張して頭を働かせているのが彼だと分かっていたので、誰も何も言わない。
コウメイの提言通り、斥候部隊はミュリヌス領内の中心地――ミュリヌス学園とリリライト邸へ向けて足を進めていた。
相変わらず領内には龍の爪が、目的も不明にうろついている。彼らにバレることのないよう最新の注意を払いながら進むため、どうしても歩みが遅くなる。
「奴ら、一体何が目的なんだ?」
そのカリオスのこぼした質問に答えないのは、コウメイもその目的が分かりかねるからだった。
カリオス派返事が無いからと気分を害するような様子は見せず、そのまま淡々と自分の考えを口にする。
「こんなにこれみよがしに部隊を散開させているなんて、こっちの動きを縛るために、そう見せかけているだけってことはないか」
カリオスの言わんとしていることは、コウメイにも理解できるし、可能性の1つとしては考えている。
1つ1つが小規模とはいえ、これだけいくつもの部隊を目にすれば、大戦力が領内に入り込んでくる印象がどうしても強くなる。しかしそれ自体が相手の策略で、大したことのない戦力を大規模に見せかけようとしているのかもしれない。
しかし、コウメイはカリオスの言葉には首を振った。
「そう思わせといて、こちらを誘っている可能性もあります。どっちが正解だなんて、こっちからしたら分からないから、結局こっちが大きく動くことは危険が大きくて難しいです」
悔しそうに歯を噛みしめるコウメイ。状況的には不利、対応も後手に回ってしまうのは仕方ないのだが、敵の良いようにやられている感は拭えない。
「上手くて狡猾な手ですよ。可能性には気づけても、こっちの動きは縛られざるを得ませんからね」
本来の想定ならば、こんなに頭を悩ませることもなく、容易くグスタフの身柄を抑えて終了の予定だった。
例えグスタフとヘルベルト連合が協力関係にあろうが、こちらが早く行動を起こせたため、さして大きな問題ではないと考えていたのだが
「まぁ、少なくとも最初に考えていたように楽勝ってわけにはいかなくなりましたね……『女傑』フェスティアか。なかなか一筋縄ではいかない相手だな」
コウメイは、進むも戻るも、判断か難しい状況になってきたと考える。
仮に、このままコウメイ達が率いてきた部隊と共に帰国すれば、グスタフ側とは本格的な戦争となることは避けられないだろう。また、そうすることは領内に残るリリライトを見捨てることとなる。
しかし、だからといって、この不気味な状況のまま進軍を続けて、第1王子であるカリオスの身や攻略部隊を危険に晒すこととなるし、例えヘルベルト連合と全面戦争になったとしても、国力の差から聖アルマイトが負けるわけがない。
堅実なコウメイとしては、想定外の事態――領内で龍の爪部隊を見た時点で、撤退案を進言したいくらいだった。
しかし、それはカリオスが絶対に許さないだろう。
第1王子という立場を投げ出して、ただの私情だけで妹の救出を選ぶような人物ではない。しかし、だからといって今の「不気味」という理由だけで、リリライトを見捨てるような選択肢を許可するとは思えない。
あらゆる意味で難しいこの状況を作り出したのは、グスタフなどではなくフェスティアなのだろう。彼女の評判を聞いたコウメイは、そう確信する。
「結局、選択肢はあるようでないんだよな」
コウメイは他の人間にはバレないようにため息を吐く。
こうまで龍の爪の部隊が自由に領内を出入りしているところを見ると、ルエール部隊は失敗したと考えた方が良いだろう。
グスタフのような愚鈍な人間に――と、どうしても納得出来なかったが、『女傑』とやらのフェスティアが糸を引いているのなら納得だ。
コウメイは相手を見誤っていたと認めざるを得ない。相手は欲望にまみれた無能な大臣などではなく、若くして女性の身で連合代表に昇り詰めた傑物だったのだ。
「どうする、コウメイ」
答えは分かっているくせに……というか、それ以外許さないくせにと胸中で毒吐くが、表情には一切出さない。
「可能性に気づけただけでも大きいです。方針は変わらず、ルエール部隊との合流を目指しましょう。その後のことは、状況次第で」
コウメイの言葉に、カリオス以下他の面々もうなずいた。
顔も知らないお互いの思惑を読み合うコウメイとフェスティアの、水面下での腹の探り合い。圧倒的不利な状況の中、コウメイの奮闘は誰に知れることなく続く。
しかし後に、コウメイはこの時点の自分の考えを甘かったと認めざるを得なかったこととなる。
彼がずっと得体の知れない不安を抱えていたのは、フェスティアに対してではない。不安でたまらないという感情に、それらしい理由を見つけたので、安易に結び付けてしまっただけだった。
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