※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第4章 激動の冬編

第105話 龍牙騎士団団長代理コウメイVSヘルベルト連合代表『女傑』フェスティア=マリーン (コウメイSIDE)

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 ミュリヌス領内を行く龍の爪部隊に、にわかに動きが見え始めたのは翌日からだった。

 まだ陽が昇りきっていない早朝から、慌ただしく部隊から離れて駆けていく馬の姿が散見されるようになる。

「動き出しやがったか」

 リリライト邸へ向かう斥侯部隊ーーカリオスが、もう何度目かの龍の爪の手であろう馬を発見すると、そうつぶやいた。

「捕えて情報を吐かせましょうか」

 馬の上で、いつものように至ってシンプルな発言をするディード。

 やはりいつものようにぎこちない手綱さばきをしているコウメイを伺うように、カリオスとディードは視線を滑らす。

「ん、む……」

 第1王子と王国3騎士の1人に同時に鋭い視線を送られて、思わず戸惑うコウメイ。

 ここでコウメイが懸念するのは、自分達の存在が相手に気取られることだ。おそらく、ルエール部隊のことは露見されたとしても、まだカリオス率いる攻略部隊のことには感付いていないはず。それがこちらの唯一のアドバンテージなので、大切にしたい。

 しかし、これは大好機。単騎で行動している相手ならば捕えることはたやすい。そしてそこから得られる情報は、今まさに自分たちが最も欲しているものに違いない。

 メリットとデメリットを天秤にかけて、コウメイはうなずく。

「では、私が」

 言うが早いか、ディードは手綱を操り馬を走らせて、一騎先駆けていく。

 見える範囲に、他の敵影は見えない。まさに千載一遇のチャンス。

 馬を掛ける敵は、背後から近づいてくるディードにまるで気づかない。みるみるうちに距離を縮めるディードに、すぐそこまで迫ったところでようやく気付く。

 遠目から見ているコウメイ達の目からみても、ディードの姿を見て明らかに驚いた様子を見せる敵は、そのまま逃げる間もなく容易くディードに首根っこを掴まれて、馬から引きはがされる。乗り手を失った馬の腹を、ディードが蹴ると、馬はいななきを上げながら、遠くへと爆走していくのだった。

 まさにあっという間の出来事。

 首根っこをつかまれた敵はジタバタと動くが、ディードの屈強な筋肉はビクともしない。まるで荷物のように抱え上げられながら、その敵はディードによって、カリオス達の前に投げ出される。

「な、ななななっ? か、カリオス……?」

 大陸最大国家の第1王子であるカリオスの顔は知れ渡っている。そのような大陸全土でも3本の指に入るような大人物が目の前にいることに、驚きと恐怖をあらわにして震えだす。

 カリオスが不愉快そうに顔をしかめて捕えた男を馬上から見下ろしていると、ディードが槍を男の喉に突き付けて、感情の読めない冷酷な口調で告げる。

「聞かれたことだけに答えろ。それ以外のことを許可なく喋れば殺す」

 味方のはずのコウメイも、思わずゾクリとさせるような、相手の心を射殺すディードの声。無論、情報を吐かせる前にそんなことをしてしまうのは無意味なのでするはずもないが、ただの脅しとは思えないほどの迫力をにじませていた。

 ディードの言葉で場が凍り付くと、続きを催促するようなカリオスの視線がコウメイを突き刺す。

 どこか気まずそうに「えー」とこぼしながら、コウメイは全く緊張感のない声で、男へ質問を投げかける。

「この状況はどういうことだ? どうして、龍の爪が聖アルマイトの領内に入り込んでるな」

「し、ししし、知らねぇよ! 俺達は何も知らされてねぇ! 代表に命じられて、やってきただけだ!」

「どのくらいの戦力が来てるんだ?」

「だから、よく分からねぇんだって! なぁ、頼む。助けてくれよ。俺は金もらってやってるだけなんだって!」

 震えながら怯えた声を出すこの男の様子を見るに、どうも嘘をついている節はない。無表情のディードはよく分からないが、カリオスの不満そうな顔から察するに、カリオスもコウメイと同意見のようだ。

 コウメイは嘆息し、質問の方向を変える。

「代表のフェスティアも来ているのか?」

「あ、ああ。代表自ら、部隊を率いてやってきてんだ」

 その答えに、コウメイは疑惑の眼差しを向ける。その眼差しを受ける男は、しかしどう反応すればいいのか分からないのか、戸惑うばかりだった。

 やはり嘘をついている様子はない……コウメイは次の質問を投げかける。

「伝令の内容は?」

「散らばっている部隊を合流させるって話だ。合流地点とか、移動経路とか、そういう細かい部分の連絡だよ」

「そもそも、どうして龍の爪部隊は、こんな散り散りになって展開してんだ? 何が目的だ?」

 これはブラフ。わざわざいくつもの部隊に分けて展開しているのは、正確な戦力をこちらに把握させないためという当たりはついている。

「だから知らねぇって! 俺みたいな末端の兵士は、ただその場で命令に従っているだけだから、何も分からねぇんだよぉ!」

「貴様、自分の立場が分かっているのか。知らない、分からないだけで、命が助かるとでも?」

 情けない声を出す男の首の肉に、ディードは槍の穂先を軽く突き入れる。わずかに男の肌に槍の刃が突き刺さり、ツゥーと血がしたたり落ちる。

「ひ、ひぃぃぃっ! ほ、本当に知らねぇもんは知らねぇんだっ! 助けてくれっ! 頼む! なぁ、カリオス王子様っ! 頼むよぉ!」

 恐怖が痛みを倍増させているのだろうか、男は涙と鼻水だらけの顔で、馬上のカリオスに必死に助命を乞う。しかし無慈悲にも、カリオスはそれを全くの無視。隣のコウメイへ言葉を投げかける。

「どうだ?」

「嘘を吐いている感じはしないですけど……ディードさんは?」

「--同感だな。ここまで怯えながら、虚偽の言葉を吐ける人間がいるとは思えない」

 ディードは、男をにらみつける視線を全くそらすことなく、そして首の肉を薄突いている槍も全くぶれることはない。

「だ、だから言ってるじぇねえか。なあ、頼む……死にたくねぇよ」

 恐怖に怯えながら必死に助けを乞うその男を、コウメイは卑下する気にはなれなかった。自分だって立場が逆転すれば、同じように媚びへつらって助けを求めるに違いない。

「俺達とは別の、聖アルマイトの部隊が入り込んでいるはずだ。その情報は掴んでいるのか?」

 それは言わずもがなルエール部隊のことである。

 自らの部隊の目的すら聞かされていないような男なら、当然知らされていないことだとは思うが。

「――もしかすると、第2王女邸から逃げ出したって奴のことか……?」

 意外な返答が返ってくると、質問をしたコウメイだけではなく、カリオスもハッとした表情になって、その男を睨みつけた。ディードですら、ピクリと表情を動かしたほどだ。

「おい、詳しく話せ」

 凄みを聞かせてカリオスが言うと、すっかり怯え切った男は「ひっ」と小さな悲鳴をこぼしながら、ぼつぼつと喋り始める。

「そ、そもそも俺らに伝えられていたのは、第2王女邸に侵入した賊の追跡だって話だったんだよ。そ、そうだ! だから、広く散開しているのもそのせいじゃ――ふぐっ!」

 聞いた以上のことを喋り出す男の顎を、ディードは首に突き立てていた槍の腹でたたき上げる。口の中を切ったのか、血がにじみ出る口元を抑えて、男は恐怖のまなざしでディードを見上げる。

「言ったろう。聞いたことのみ答えろ」

「……っ! っ!」

 さすがに気の毒にならざるを得ないコウメイ。だが同情している場合ではない。せいぜいお手柔らかに…と、ディードに届かない無言の念を送ってから、男への質問を再開する。

「逃げ出したって言ったけど、第2王女殿下含めて、一体どういった状況になってんだ?」

 そう聞かれた男の方こそ、どうして第1王子がこんなところにいるのかを聞きたそうな表情をするが、すっかりディードに恐怖心を植え付けられてしまい、ただひたすら従順な態度になる。

「お、俺が聞いたのは、第2王女殿下が賊に誘拐されたって話だよ……です。その賊を追いかけるのに、龍の爪が駆り出されて……」

 その発言に、カリオスはあからさまに顔を輝かせる。嬉しいというよりは安堵の色が濃いようだった。

「ルエール、やってくれたか」

 この状況下では、リリライトの身もルエールの身も、決して楽観視できるものではなかったため、カリオスの不安は察して余りある。

 推測するまでもなく、この男の言う「賊」とはルエール部隊のことだろう。リリライトを救出し、上手く脱出したのだろう。

「――どうして“脱出”になるんですかね? 団長だけじゃなく、ミリアムさんやランディさんもいるのに、そのままグスタフを拘束出来なかったんですかね」

 安心したカリオスに水を差すようではあったが、無視できない違和感を口にするコウメイ。するとそれに返事を返したのは、カリオスではなく、捕らえた龍の爪の男だった。

「や、屋敷にも腕利きの護衛を寄こしてたんですよ。オーエン将軍や、あのジャギボーン将軍も、聖アルマイトに入ってきているから、いくら聖アルマイトの騎士でも分が悪かったんじゃないんですかね…?」

 また聞いてもいないことを喋り出した男を制裁しようとするディードを、カリオスは手で制する。

「まあ、いくらルエール達でも、そのレベルの敵を相手に、リリライトを守りながら戦うのは分が悪い。リリライトを助けることを優先してくれたんだろう」

 カリオスの言葉は最ものように聞こえる。騎士の鑑らしく、王族を重んじるルエールならば、相手を倒すことよりもリリライトを保護することを優先するだろう。

 しかし、それでもコウメイには違和感が残る。その違和感は

「どうして、ヘルベルト連合の将軍が第2王女邸にいるんだ? っていうか、誰の護衛――って聞くのも、わざとらし過ぎるか」

 グスタフの護衛であることは間違いない。

 領内に龍の爪がいる時点で疑う余地などなかったが、やはりグスタフはヘルベルト連合と暗に繋がっていたのだ。

 それはこちらも可能性として考えていたことではあるが、コウメイが最も疑問に思うのは、どうしてこのタイミングでヘルベルト連合の護衛がリリライト邸にいたのか。護衛だけではなく、領内に散らばっている龍の爪部隊もそうだ。

 グスタフ側が、こちらの動きを事前に把握できる可能性など有り得ないはずなのに。

「まるで、ルエール部隊や俺達が来ることを、あらかじめ知っていて、それに備えていたみたいじゃないか」

 まるで全てグスタフの、いやフェスティアの手の上で踊らされている。

 そう思わされているのではないか? 一体、誰に――?

 その答えは、コウメイには既に当たりがついている。

「代表のフェスティアも、ここに来ているんだな?」

「は、はい。俺が伝令の命令を受けたのも、代表本人からです」

 コウメイの質問に男が即答すると、コウメイはカリオスとディードの顔を見る。

「お二人は、フェスティアの顔を見たことはありますか? カリオス殿下は、確か会談の機会があったと言っていましたが」

「ああ。俺は直接会っているな」

「私も、ラミア殿下の護衛として付き添った会談で、顔を見たことはある。話はしたことはないが」

 2人の返答に、コウメイは顎に手を当てて、意味深にうなずく。

「直接姿を見れば、分かりますか?」

「当たり前だ。相手は隣国の要人だぞ。馬鹿にしてんのか?」

 怒りというよりは、コウメイの意図が見えないような不可思議さに顔を傾げるカリオス。しかしコウメイはそのカリオスの質問には答えを示さず

「仮に、影武者だとしても見破る理由はありますか?」

「どういう意味だ?」

 やはり怪訝な表情を浮かべてカリオスが逆質問をするが、コウメイは「いや」と言って、自らその質問を取り下げた。

「すみません。今その話をしても、意味がないことでした。今はとにかく、ルエール部隊との合流を急ぎましょう。龍の爪にこうも囲まれてたら、言うまでもなく危険です」

「――そうだな。でも、どうする? もうリリライトの屋敷から逃げて、龍の爪から隠れるように動いているなら、すれ違う可能性が高いぞ。こいつからも、これ以上の情報は取れなさそうだしな」

 結果として大事な情報は取れたが、肝心な情報は取れなかった。期待外れのような表情で男を見下ろすカリオスだったが、コウメイは不敵に笑う。

「いや、ここで彼を捕らえることが出来たのは大きいですよ。誰か、この男の持ち物を探って下さい」

 コウメイがそう言って他の騎士に依頼すると、すぐに2人の騎士が下馬をして、男の身体を探る。

「これは……」

 そう言って1人の騎士が見つけ出したのは1枚の紙のようなもの。コウメイは御礼を言いながら手を伸ばして、それを受け取る。

 これはミュリヌス領内の地図。かなり詳細且つ正確に描かれたもので、その地図の上には、領内に散らばる龍の爪部隊の配置やこれまでの行軍ルート、そしてこれからの合流手順が事細やかに記されていた。

「やっぱりね。フェスティアっていうのが巧妙な策士なら、散開させた部隊の合流経路なんかも綿密に考えているはず。それを口頭だけで伝えるはずがない。……うん、ルエール部隊が龍の爪を避けて動いているなら、この地図から辿っているであろうルートがある程度まで絞れますよ」

「そうか!」

 地図とにらめっこをするコウメイに、ここまできてようやく笑顔を見せるカリオス。

「なら、もうこいつは用済みだな」

 捕らえた男の頭の中からも、荷物の中からも、必要なものは得ることが出来た。

「そうですね。身ぐるみ剥いで、そこら辺にポーンと捨てとけば――」

「っああああー……!」

 コウメイの言葉が終わるのと待たず、ディードは首へ突き付けていた槍をそのまま押し込んで、男の首を貫いた。

 噴水のような血飛沫が舞い、男は掠れたような断末魔を上げながら、そのまま地面に倒れ伏し、絶命する。

「……」

 あまりの凄絶な光景に、コウメイはあんぐりと口を開けて絶句してしまう。

 命を奪った当人であるディードは、特に明確な感情の動きを見せるでもなく、槍についた血痕を丁寧拭きとっていた。

「人死には……戦場は、初めてか?」

「戦場っていうか……えぇと、その……」

 なんと返事をしていいか分からないコウメイは、曖昧な言葉をこぼしながら、コクリとうなずいた。

 そもそも、コウメイには今この場が戦場という認識は無かったのだ。

「こいつは俺らの存在も目的も知った。逃せばそのことをフェスティアに報告するだろう。生かしておく必要はない」

 無言のディードの代わりの答えたのはカリオスだった。

「それは、まあ……」

 馬を奪ったのだから、そうそう簡単に味方と合流出来るわけもない。それでも念を入れるというなら、身動きできないようにしておくだけでも充分だったのでは。事が終わった後、通りすがりの行商人にでも助けてもらえる可能性もあるはずだ。

 何も殺すことは……というのが、コウメイの考えだった。その頭の中を読み取ったように、カリオスは至って真面目に忠告してくる。

「お前、戦争を――特に、あのフェスティアを舐めるなよ? じゃないと、頭の切れでは勝っても、その甘さで命を落とすことになるぞ」

 今まで生きていたこの男ではないが、そのカリオスの言葉にコウメイは恐怖を禁じ得なかった。

「まだ実際に武器を交えていないだけで、既に奴との戦いは始まっているつもりでいろよ。武器を使って戦うのは俺達の戦い、それまでに頭使って色々整えるのがお前やフェスティアの戦いだ。負けは許さん。必ず勝てよ」
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