※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第4章 激動の冬編

第111話 フォルテア森林帯の激闘Ⅴ――今、ここで死ぬ覚悟ではなく

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 ミリアムの狂気から逃れたリューイとレーディルは、瀕死のルエールを連れながら必死の逃避行に臨んだ。

 2人は、いつの間にか領内を闊歩している龍の爪部隊に見つからないよう、レーディルの認識阻害の魔法を上手く利用しながら、時には徒歩で、時には龍の爪から盗んだ馬を用いて、ミュリヌス領からの脱出路を進んでいた。

 残ったルエール部隊の面々とは遂に会えず終いだった。

 ルエールすら呆気なく殺したミリアムの前に、残りの騎士の生存は絶望的だ。そこはルエールの指示通り見捨てる他ないと、リューイもレーディルも自らを無理やり納得させていた。

「……リューイ」

 憔悴しきったルエールの声。

 疲れ切っているのはルエールだけではなく、断続的に高等魔法である認識阻害の魔法の行使を強いられているレーディルも同じだ。

 急がなくてはならないが、この状況で龍の爪に見つかってしまえば一巻の終わりだ。レーディルの魔力が回復するまで、街道から少し外れたところで休憩をしている時のこと。

 ポツンと立っている大木にルエールを寄り掛からせて、レーディルは土の上にそのままぐったりと倒れ込んでいた。今この場で完調と言えるのはリューイだけだ。

 名を呼ばれたリューイは、ひざまつくようにしながら、ルエールに顔を近づける。

「大丈夫です、団長。きっとコウメイさんが、カリオス殿下を動かしてくださっています。もう少し進めば、きっとコウメイさん達と合流出来ます。それまで、何とか頑張って下さい」

 ルエールの怪我は深い。

 魔法の腕はからっきしのリューイには血止めの包帯を巻くことくらいしか出来なかったが、代わりにレーディルが治癒魔法を施した。認識阻害の魔法に加えて、治癒魔法まで強いられるレーディルの負担は筆舌に尽くしがたいものだろう。

 それでも治癒魔法については不得手なレーディルが出来ることは、ルエールの意識を辛うじてつなぎ留めることと、苦痛を多少和らげる程度だった。血は今も完全には止まっておらず、巻いた包帯には血が滲み続けている。

 体力もそうだが、このままでは確実に出血多量で命を落とす――零れる血の一滴一滴がルエールの残った命の雫が漏れ出ているようだった。

「自分の身体のことだ。私が一番よく分かっているさ」

 青白い顔をして、震えるようにしながらルエールが消え入りそうな言葉を紡ぐ。

 治療が出来る人間もいなければ、環境も道具も設備も無い。絶望的なこの状況で気休めすらいえず、リューイはあふれ出る感情を堪えるように、唇を噛みしめる。

「もう私のことは諦めてここに置いていけ――といっても、どうせ聞かないだろうな。ただ、まだ私が話せるうちに、お前に話しておきたいことがある」

「……なんでしょうか」

 もはや、無駄な問答を強いてルエールにこれ以上の負担をかけることは無意味だった。自らの死を予言するルエールの言葉を否定したい気持ちをぐっと抑えるリューイ。

「良いか。リリライト様を、お前の愛する者を、聖アルマイトを守りたいと願うなら、コウメイを守れ。あれは、これからの聖アルマイトに必要な男だ」

 コウメイ――その人物は、リューイがルエール部隊に抜擢された際に初めて会った、自分と同じ龍牙騎士。唐突に出てきたその言葉の意図を、咄嗟に聞き返したい気持ちを堪えて、じっとルエールの次の言葉を待つ。

「聖アルマイトには、大陸に名を轟かせる豪傑は数多くいるが、それを有意義に扱うことが出来る頭脳役が不在だ。いくら最強の武器を持っていても、それを扱う頭脳が凡庸では宝の持ち腐れもいいところ。我が国の最大の弱点であり、そして最も必要としているのが、それだ」

「それがコウメイさんなんですね?」

 リューイの言葉に、ルエールは弱弱しくうなずく。

「実はコウメイという名は本名ではないらしい。奴の出身地の、歴史的に有名な軍師の名を借りているだけで、自分はそんな大したことはないと嘯いているが……確かに経験不足ではあるものの、先の先を見据える目と頭を持っている。幅広い知識と視野もある。それらは、龍牙騎士の誰にも出来ないことだ」

 血を失い過ぎたせいか、自分の身体も満足に動かせないのだろうか。ふらふらと震える手で、リューイの腕をつかんでくる。

「このミュリヌスに、龍の爪が入り込んでいる。ということは、グスタフ側には必ずフェスティア=マリーンがついている。あの女傑に対抗できるのは、聖アルマイトにはコウメイしかいない。いいな、グスタフを倒し、リリライト殿下やシンパ、お前の恋人を救うにはコウメイの力が絶対に必要だ」

 はぁ、はぁと息を荒くしながら必死に言葉を紡いでいく。喋り続ければ、そのまま力尽きて命を失ってしまいそうなほどに、悲愴な様子だったが、リューイは口を挟まない。偉大なる龍牙騎士団長の邪魔をしない。

「コウメイを……いや、聖アルマイトを守る希望をお前に託すぞ、リューイ=イルスガンド。これからは、お前のような真っ直ぐで強い心を持った、若い奴らの時代だ」

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

 不意に現れた若い龍牙騎士に必殺の一撃を防がれて、リアラの表情は驚愕に染まる。

 そしてそのまま、リューイの身体を押すようにして、その反動を利用して距離を離す。

「何をしているの、リアラ=リンデブルグ! さっさと、そいつごとその男を殺すのよ! 速く!」

 ヒステリックに叫ぶフェスティア。冷静且つ余裕のあるフェスティアがここまで取り乱すとは、それ程に先ほどのコウメイの言葉の威力があったということか。

 しかし、先ほどの命令には光速を思わせる程に反応したリアラが、今度は微動だにしない。

「リュ、リューイ君! 良かった……無事だったのか」

 あまりに突然のこと過ぎて、まだ混乱しているコウメイ。しかし目の前で背中を向けている騎士が自分の知っている人物だと分かると、安堵の表情を浮かべた。

 しかし、リューイは背後のコウメイには振り向かず、油断なくリアラに向けて剣を構えながら首を振る。

「残念ながら、ルエール部隊はほぼ全滅しました。ミリアムさんが……裏切り、ました」

 リューイの目線は一貫してリアラを見据えている。動揺や恐れや驚愕といった感情などない真っ直ぐな視線――しかし、それでも最後の言葉には、悔しさと戸惑いがにじみ出ていた。

「そん、な……馬鹿な……」

 悔しいが、この状況下ではルエール部隊の壊滅は予想の範疇。しかしミリアムが裏切ったというのは予想外過ぎる。

 そのリューイの言葉のみで詳細を掴むのは不可能しかし相手がグスタフだと考えると、想像するのは簡単すぎる。嫌すぎる真相が、嫌でも想像出来てしまう。

 不快な感情に胸を締め付けられるように感じるコウメイ。だが、次のリューイの言葉はいくばくかコウメイの心の負担を和らげる。

「でも、安心して下さい。自分と、レーディル先輩――そして、団長も負傷はしていますが、無事です」

 レーディルの名がリューイの口から出たことで、コウメイは察する。

 レーディルが得意としている認識阻害の魔法についてはコウメイも知っている。それを知ったからこそ、むしろコウメイが積極的にリューイと一緒にレーディルもルエール部隊に推したのだ。

 おそらくルエール、レーディル、リューイの3人は認識阻害の魔法を使いながら、近くで戦況を見守っていたのだろう。そしてコウメイの危機にリューイが飛び出してきたのだ。

 そこまでの事実が分かれば十分。詳細は後にして、今はこの状況を打破することが最優先だ。

「コウメイさん、どうすれば……?」

 リューイがコウメイの指示を仰ぐ。

 ここに至って、コウメイの考える選択肢は迷うことなく一択だ。

「悔しいが撤退だ。今ここでグスタフとフェスティアを倒す画は見えない」

 そのコウメイの指示に、僅かなりとも抵抗を見せてくるかと思ったが、意外なほど呆気なくリューイは素直にうなずいた。

「ただ、問題があります。申し訳ないですが、俺とリアラじゃ相手にならない。まともな戦闘すら出来ないと思います。それを相手に逃げられるかどうかは、正直自信ありません」

「――ですよね」

 先ほどから、この学生とディートの戦闘を遠目から見ていたが、この学生――おそらくは件のリューイの恋人だろう――は、ディードをすら圧倒していた風に見えた。

 王国最強すら圧倒した相手に、至って普通の新人騎士であるリューイが敵う相手ではないことなど、コウメイも充分すぎるほど理解していた。

「さーて、どうするかね」

 いよいよ追い詰められたコウメイは笑うが、それがやせ我慢なのは誰が見ても明らかだった。

 その一方で突然現れたリューイに、フェスティアが怒鳴り散らすのも構わず、リアラは相変わらずボーっと呆けたようにしていた。

「リュー……イ……?」

 もう1度その名をつぶやく。

 人生で一番の愛を捧げた相手。好きで好きでたまらなく、ただ一緒にいるだけであったかい幸せな気持ちにさせてくれる大事な恋人。

 そんな彼を前に、グスタフの「異能」で狂わされたリアラが思うことは何なのだろうか。

 リューイは、ただただ真剣な表情で見つめているだけだ。コウメイの方が、むしろ緊張しているくらいである。

 そしてリアラは、茫然としていた表情を、嬉しそうに緩める。

「あはっ! リューイ、来てたんだね」

「リアラ」

 恋人を歓迎するような、今までと全く変わらない、明るく可愛らしい笑顔でリューイを見つめるリアラ。

 そんな最愛な恋人の愛らしい言葉に対して、リューイが返した言葉には絶望がにじみ出ていた。

 その理由は明らか――うっとりとした表情のリアラ、その股間の部分がテントを張るように制服のスカートを押し上げていた。

 そのスカートを押し上げているものの正体は明らかだ。

 こんなにも誰もが振り向くような健康的な美少女の股間に男性器が生えている――もはや疑う余地もなく、グスタフによる狂気の所業だ。

「う、ぐ。気持ちわる……」

 コウメイ、は自分が発したその言葉でリューイが不快になるであろうことは容易に想像できたが、そのあまりの怖気さに、口に出さずにはいられなかった。

「あー、ヤバい! 私、やっぱりリューイのこと、チョー好き! 見ただけでチンポ勃起しちゃうなぁ。ああもう、無理! オナりたい! チンポ、シコシコしたぁい! 勃起我慢出来ないっ……!」

 本当に、今にもスカートをたくし上げて自慰を始めかねない勢いで、リアラは持っていた剣を落として、身をくねらせながらもだえる。

 そのあまりに狂った光景に、リューイは何を思うのだろう。

 思い切り引いているコウメイには、リューイの背中しか見えず、彼の表情はうかがい知ることが出来ない。

「っく! 何をしているのっ……!」

 狂気に染まっていて言う通りに動かないリアラに、苛立ちを露わにするフェスティア。ここに来て感情をむき出しにした彼女は、少し離れた場所の『神輿』の上に座っているグスタフを睨みつける。

 どうやら、リリライトとの狂った行為はひとしきりついたようで、足元でぐったりとしているリリライトを放置して、グスタフは玉座に鎮座していた。

「ええいっ! 何をしとるか! お前に雌としての幸せを与えてやったのは誰だと思うておる! 何をワシ以外の男に色目を使っておるんじゃあ!」

「黙れっ! 悪魔っ!」

 醜い声で怒鳴るグスタフの、更に上回る怒鳴り声を発したのはリューイ。その瞳に強い怒りを、それでいて強い理性と意志をこめて発する大声。

 その声の強さに、カリオスやディードすらも目を見張るようにして、リューイを見返していた。

「っああ? うあ……あ、グスタフ……好きなの。大好き……リューイ? ううん、違う……私はグスタフのチンポ恋人なの……あああ……したいっ! ドスケベ交尾したいっ! グスタフ、リューイ、グスタフ、リューイ……っああああああ?」

 グスタフとリューイの声が交差すると、リアラは両手で頭を抑えて、そのまま苦しむように地面に膝をつく。

「ええい! ワシじゃあ! リアラ、ワシがお前の恋人じゃあ! 雌のお前には知ることが出来ない、雄の悦びまで教えてやったんじゃぞう! 何を迷うておる! ワシ一択じゃろうがぁっ!」

「……」

 怒り狂っているかのように唾をまき散らしながら怒鳴るグスタフ。

 それに対して、リューイは一言も喋らずに、ただジッと苦しむリアラを見つめている。まるで言葉など必要ない……リューイは表情でそう訴えているようだった。

「あう……うあぁ……ああ……そうだ。グスタフ……私の恋人はグスタフ……チンポの良さを教えてくれた、大好きなグスタフ……」

 頭を抑えて、笑いながらそうこぼすリアラ。

 恋人のリューイが姿を見せたことでリアラが正気に戻ることを、少なからず期待していたコウメイは顔をしかめる。やはり、奴の「異能」は強力だ。

「殺せっ! そのガキ共を殺すんじゃあ! そうすれば、今日から1週間はずっとワシとドスケベ交尾し放題じゃあっ!」

 その言葉を聞いて、淫蕩な笑いをリューイへ向けるリアラ。

 その瞳には涙が溢れ、零れ落ちていて

「――助けて、リューイ……」

 そのかき消えるような小さな声が、リアラの唇から零れ落ちる。

 そして、その僅か数秒後――

 剣と剣がぶつかり合う金属音が、リアラのすぐ側で響く。

 目の色を変えたフェスティアが、一気に馬を走らせてリアラを斬り捨てようとしたところ、同じくリューイも駆け寄ってリアラをかばったのだった。

「させるかっ!」

「あと少しで上手くいきそうだったところを……!」

 地上と馬上から、ぎりぎりと剣を押し合う2人。

 フェスティアの顔からは、もうすっかり余裕の笑みは消えていた。怒りをあらわにして、渾身の力でリューイの剣を押す。

 フェスティアは、風刃という強力な魔法を有しているとはいえ、女性――しかも本業は戦闘職ではなく政治家である。

 新人とはいえ、ずっと龍牙騎士として研鑽を重ねてきたリューイに自力で勝るはずがない。地上のリューイに剣を押し返されていく。

「代表っ!」

 慌ててフェスティアの加勢に駆けつけるのは、側近のアストリア。剣を抜いてリューイに斬りかかってくる。

 リューイは押し合いをしていたフェスティアの剣を完全に押し返し、フェスティアの剣を彼女の手から弾き落とす。

 そして馬上から斬り降ろされるアストリアの剣を、身を翻して回避ーー下から上へと縦にアストリアの身体を切り裂く。

「っきゃああああ!」

「アストリア!」

 アストリアの悲鳴に、フェスティアは慌てて馬を駆け寄らせる。

 鎧の上からの斬撃――致命傷には至らないが、強烈な衝撃がアストリアの身体を貫き、アストリアは馬上から突き落とされる。

 それを合図に、硬直状態となっていた戦況が動き始める。

 茫然と成り行きを見守るだけだった周囲の龍の爪の兵士たちが猛然と襲い掛かってくる。とはいえ、カリオスの神器で屠られたフェスティアの部隊は残り少ない。

「リアラ、このまま……」

「――ダメっ!」

 まだ頭を抑えたまま地面にうずくまるリアラに手を差し伸べるリューイ。しかしリアラは苦痛に歪んだ顔で、それを拒絶する。

「このままじゃ、本当に大切な人を……大好きな人を、傷つけてしまう! だから、逃げてリューイ。お願い……」

「そんなこと、出来るわけないだろ! 絶対に助ける! ここで死ぬことになっても、絶対にリアラだけは助けて見せる!」

 ここに現れてから、決意と覚悟に染めた表情を少しも崩さなかったリューイが、そのリアラの言葉に、瞳を揺らす。

 ルエールに託された希望を胸に、相応の覚悟と決意をもってこの戦場に臨んだはずだったのに、それでもこうやって目の前でリアラが苦しんでいれば、それは自分のことのように苦しい。

 この状況も、自分の立場も、何もかもを無視してでも、絶対に助けたい。その強い衝動に駆られる。

「リューイ君、それは無理だ。彼女は連れていけない」

 そのリューイにブレーキをかけるコウメイ。

 同じく「異能」にかかったアンナを連れ帰ったコウメイだからこそ分かる。今は一時的に正気を取り戻していても、撤退の道中もまともなままでいられる保証はない。王都に引き上げるまでの道すがら、ディードすら圧倒したリアラの実力で牙を剥かれれば、こちらの命が危ぶまれる。

 そうやってコウメイが無慈悲にリューイの意志とは逆の命令を下すと、コウメイの命令を後押しするようにリアラが小さな声で言う。

「リューイ、行って」

 それでも動けないリューイの背中を押すために、もう一言。

「今、ここで死ぬ覚悟じゃなくて、明日へ希望を繋げるための勇気を見せて。だから、お願い。今は逃げて。死なないで」

 目から涙をこぼしながら、リアラはほほ笑む。
 
 その顔は、身体だけはなく心までも凌辱され尽くした悲しみと苦しみを、必死に覆い隠しているのが分かる程の痛々しい笑み。リューイに心配させまいと、その苦痛を精いっぱい耐えているが、それでも漏れ出てしまうリアラの苦しさが分かってしまう。
 
「私、待っているから。絶対、絶対助けに来てね。大好きだよ、リューイ」

「リアラぁぁぁぁぁぁぁっ! ちっくしょおおおおおおお!」

 そのリアラの悲痛な笑顔に、リューイが咆哮すると、襲い掛かろうとしてきた龍の爪の兵士たちがたじろぐ。

「何をしているの! さっさとその小娘ごと殺すのよ!」

 馬から降りてアストリアを介抱していたフェスティアが激昂する。しかし、離れた場所にいるグスタフからは

「ええい! リアラは殺すんじゃない! そいつは、あとでじっくりねっとり教育しなおしてやる! そこのクソガキ共を殺すんじゃああ!」

 司令塔2人の矛盾した命令に、龍の爪の兵士達は動揺し動けなくなる。その隙にリューイはコウメイと視線を合わせると、うなずきあう。

 そして、リューイは後ろ髪をひかれる思い――本当に見えない力で身体を押さえつけられているような感覚になり、それを渾身の力で振り切って、リアラを置き去りにコウメイの下へ駆け出す。

「ええい、いいなフェスティア! ワシが殺すなと言ったら殺すんじゃない! リアラを殺すなど、承知せんぞ! ワシが殺せという殺すやつを殺すんじゃあ! はようせんか! 絶対に逃がすなっ!」

「――っく!」

 好き勝手な言葉ばかり並べるグスタフに、思わずキツイ目線を送るフェスティア。

「だ、代表……」

「っ! アストリア、大丈夫?」

 抱えた腕の中で、意識を失っていたアストリアが目を覚ます。よほど強烈な一撃だったのか鎧に亀裂が走っているが、目に見える限りでは重傷はない。とりあえずほっと一息を付くフェスティア。

「わ、私は大丈夫です。ですから冷静に……グスタフなどに、惑わされないで下さい」

「アストリア……」

 怪我を負った自分の方が辛いだろうに、それでもフェスティアを案じてくる妹分の想いに、フェスティアはようやく表情を緩める。そして大きく深呼吸をしてから、フェスティアは数秒の思考の後――龍の爪の残党に最後の命令を与える。

「その小娘は放っておきなさい。あの2人の龍牙騎士――特に、馬に乗っている方は殺しなさい! 確実に!」

□■□■

 コウメイ・リューイ組とフェスティア部隊の戦闘が佳境を迎えていた時、白薔薇騎士団と対峙していたカリオス・ディード組もまた、佳境を迎えていた。

 ディードと死闘を演じていたリアラが、突然にディードの前から消えるようにいなくなった後、ディードがリューイへの加勢に迎えなかったのは、リアラに代わる新たな敵が立ちふさがったからだ。

 それは白薔薇騎士で構成された部隊の中でも、他の騎士と同じ女性騎士でありながら唯一人異色の騎士である龍牙騎士――ミリアム=ティンカーズだった。

「――悪夢か……」

 あの無表情のディードが、頭痛を覚えたように頭を抱える。

 かつては男性以上に礼儀正しく忠義に厚い、龍牙騎士の中でも一際優秀であったミリアムが、今淫蕩な笑みを浮かべてディードと対峙していた。

 リリライトやリアラと同じ狂気の笑みを浮かべるミリアムは、もはやその2人と同じくグスタフの「異能」にかかっているのは明らかだ。

「ぜえ……ぜえ……あいつ、カリオスのお気に入りじゃなかったけか? 龍牙騎士にしちゃ珍しい女の騎士だから、よく覚えてるぞ」

 いつの間にか、戦闘序盤で投げ捨てた、豪奢な装飾がされた自分の剣を杖にして、息を弾ませているカリオス。神器の力を連発し、汗だらけになっているその姿から、もはや限界なのは明らかだ。

「撤退を進言します」

 新たに現れた、かつての味方に槍を向けて、自らの主に告げるディード。相変わらず端的過ぎるその言葉。

そのたった一言を、溺愛していたリリライトを目の前で凌辱されたカリオスへ向けて発するに、どれだけディードの中で迷いや葛藤があったかは計り知れない。

 案の定、そのまま崩れ落ちそうなくらいに疲労困憊しているにも関わらず、カリオスは激昂する。

「ふざけてんなよ、てめぇ! 目の前にリリと、あのクソ野郎がいるってのに、尻尾巻いて逃げろってのか! あり得ねぇ! 王国最強の騎士なら、なんとかして見せやがれ!」

 予想通り過ぎるカリオスの反応に、さすがのディードも胸中でため息を吐く。顔に出さなかっただけでも、褒め称えられるべきだろう。

 グスタフの「異能」とやらで、異常なまでに強化されているリアラを始めとした白薔薇騎士達。これだけでも厄介なのに、此方は数でも圧倒的に劣っている。

 更にこれらに加えて龍牙騎士ナンバー2と言われたミリアムが敵として現れた。彼女もグスタフの「異能」で強化されているのは間違いない。

 あまりにも劣勢過ぎるこの状況で、仮に勝ち抜いたとしても、得られるのはもう狂ってしまって壊れた姫だ。ディードは、一個人としてはリリライトを救いたいと思う気持ちはあるものの、聖アルマイトの騎士としてはこのまま戦い続ける意義が、もう見いだせなかった。

 カリオスは、やはり冷静さを失っている。普段から感情的になり易い自らの性格を自覚しており、人並み以上に配下の言葉に耳を傾けるカリオスだったが、こと妹の命と人生と貞操がかかっているとなると、自らの立場など考えていられないのだろう。

 しかし、それを堪えるのが王族たる人間の責務ではないか、とディードは思う。

 次期国王としては申し分ないが、妹を溺愛することが唯一の欠点。

 そのカリオスの評を今になって痛感しながらも、それこそが人の情――次期国王といっても、同じ人間なのだ、と納得もする。ディードがそう思うのは、実際に普段のカリオスが、王族であることを鼻にかけることなく、王宮内の騎士や使用人、民衆に対しても同等の人間のように接してきていたからだ。

 矛盾した思いを自分の中で消化するディードは、結局は忠義の騎士らしく命尽きるまで戦い抜く覚悟を決める。

 しかしカリオスも、そんな自分の弱点を、この状況でもしっかりと自覚出来ていた。

「――それでも撤退だというなら、それを決められるのは俺でもお前でもねえ。俺達が頭脳と決めた、コウメイだ。あいつが撤退だっていうなら逃げてやる! とりあえずそのためにも、まずはそいつを何とかしやがれ!」

 完全に個人的な妹への想い故に、死ななくて良い配下の命を奪うことなど絶対に許されない――そんな王族としてのカリオスの矜持が、ぎりぎりの譲歩を見せる。

 顎でミリアムを示しながら言うカリオスに、ディードはただ黙ってうなずいた。

「お話は終いですか? そろそろ、良いですかね?」

 このような妖艶で浮ついた、艶やかな笑みなど見たことが無い。それが既に彼女が狂っていることを主張している。

 王国最強が相手にするのは、悪魔の術で異常な強化をされた元龍牙騎士ナンバー2の女性騎士。

 油断なく槍を構えるディード。

 彼の胸中の想いは、最後のカリオスの言葉で大きく変わっていた。

 今ここで死ぬ覚悟ではなく、生き延びて明日へ希望を繋ぐ勇気へと。

 そのための戦いが始まる。
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