※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第4章 激動の冬編

第116話 損害報告と戦果

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 ジュリアス指揮のミュリヌス攻略部隊本隊は、龍の爪別動隊とミュリヌス領関所の白薔薇騎士団の強襲に、ミュリヌス領関所まで撤退した。

 空だった関所に入ってしまえば、そこから追撃を受けることは無かった。

 そのまま、ジュリアスやダストンなどの重傷者の手当てをしつつ、敵がいつきてもいいように迎撃態勢を取りながら、カリオス達が戻ってくるのを待っていた攻略部隊本隊。

 結局、ジュリアスらが関所に入ってから丸1日も経たない内に、カリオス達は関所に辿り着き、本隊との合流を果たしたのだった。

「――申し訳ございません、殿下。このような失態を……」

 クリスティアに潰された右眼には包帯が巻かれている。その痛々しい顔をしたジュリアスは、簡易ベッドの上で横になりながらカリオスと対面していた。

「いや、今回は相手が悪すぎた。俺も、結局リリライトを救えなかったしな」

 いつもは活力と覇気に満ちたカリオスだったが、いつになく大人しげな印象だった。元気がない、とも感じ取れる。

「ルエール団長達は……?」

 リリライトを救えなかったというカリオスの言葉だけで、決して明るい回答は望めないことはジュリアスも分かっていた、重く暗い表情で、カリオスに問う。

「ランディ=レイコープが死亡し、ミリアム=ティンカーズが裏切ってグスタフ側についた。ルエールも瀕死の重傷で、王都までもつかどうか微妙なところだ」

「――そんな……」

 カリオスの絶望的な報告に、ジュリアスはその傷ついた顔を蒼白に染めるのだった。

 その会話の途中、大柄で隻腕の老騎士が部屋に入ってくる。老騎士――ダストンは、片腕を失うというジュリアスと同じ以上の重傷を負ったにもかかわらず、もう元気に動き回っていた。さすがに切断された右腕には包帯が巻かれているが、逆に言うとそれだけだ。

「殿下、今回の被害の程度が分かりましたよ」

「――相変わらずタフだな、ダストン」

 ルエールよりも年長者、父親のヴィジールと同世代の老練な騎士を見て、カリオスはふと口元を緩めた。しかし、その笑みには、やはり疲れを感じる。

 カリオスはダストンの報告を聞く前に、失われた右腕を見ると、いつになく殊勝な顔つきになる。

「……すまない」

「がははは! 何を殿下が謝られることがある。これは単純にワシが弱いから受けた傷じゃあ。全く、最近の若いもんは本当に手がつけられんくらい強いのぅ。敵わんわ」

 その豪快な笑いは、本来ならカリオスがジュリアスに見せなければならないものだった。それくらいの気力も削がれたカリオスは、年上の老騎士に軽く頭を下げるのだった。

 そんなカリオスに、ダストンは一瞬だけ真面目な顔つきになり、年下の王子を戒めるように言う。

「今回のことを肝に命じておくことですぞ。いくら妹姫様が可愛いからといえ、第1王子たる殿下が先走った結果がこれですからのぅ。まあ、結果論ではありますが」

 国内で、カリオスにこういった物言いが出来るダストンは、それだけで希少な人材であるだろう。カリオスは耳が痛すぎるその忠言に、不快な表情など全く見せずに、ただ力なく笑う。

「本当に済まなかった。ジュリアス、ダストン」

「いえ、殿下。私こそ殿下のお力に添えず、またリリライト第2王女殿下のお助けも叶わず、無念の極みです」

 落ち込んでいるカリオスとクソがつく程の真面目なジュリアスでは、場の雰囲気はどんどん重く沈んでいくだけだろう。ダストンはそれを察したのか、わざとらしく咳ばらいをしながら、ここの来た本来の目的を果たす。

「殿下、部隊の被害ですが、約半数の行方がしれません。ここまでたどり着いた者も、多くが重軽傷を負っており、とても戦闘が出来る状況ではございません」

「――そうか。やはり、王都まで撤退するしかないか」

 そもそも兵力だけではなく、ルエールやジュリアスといった主だった将官がほとんど戦闘不能の状態だ。龍の爪と「異能」で強化された白薔薇騎士団相手に、本格的な戦闘など出来るはずがない。

 それは、この関所に来るまでの間にもコウメイとも話して決めたことではあったが、改めて具体的な状況を知らされることで、カリオスの胸は重くなるのだった。

「では、そのように準備を進めるとしますかのう」

 最初から最後まで、声も態度も大きなダストンは、そう言い残して部屋を去っていった。

 残されたカリオスも、重い腰を持ち上げるようにして立ち上がる。

「ジュリアス、王都に戻って治療が終わるまでは休んでいろ。それまでは、俺とディードが部隊を指揮する」

 そのカリオスの言葉に、ジュリアスは黙ってうなずく。

 そしてカリオスはダストンに続いて、部屋を出る。

 関所内では、今も慌ただしく兵士達が走り回っている。1人廊下を歩きながら、何人もの兵士とすれ違う中でも、カリオスの重苦しい気持ちは晴れない。

 最愛の妹を壊され、そしてグスタフ如きに完全に敗北した――その容赦のない無慈悲な現実は、カリオスに怒りよりも、無力感や無様さを植え付けたのだった。

(でも、まだ希望はあるはずだ)

 終始、グスタフやフェスティアの手の平で踊らされていたカリオス達だったが、最後の最後に一矢報いた人間がいる。

 彼は、あの悪辣で圧倒的な悪魔をも凌駕する可能性を持っている。まだ彼がいるならば、あの悪魔達を倒す希望はあるはずだ。

 疲弊しきった中で、最後にカリオスがその期待と希望を寄せるのは、コウメイである。

    ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

『俺が奴の隙を作る。その不意を突いて、一撃お見舞いしてやるんだ』

 フォルテア森林帯で撤退する中、最後に一矢報いようというコウメイはリューイにそう言った。

 グスタフ達全員の注意を自分が惹きつけるから、その間に姿を消して、グスタフの懐に入り込むという計画。

『レーディル君は近くにいるんだろう? 彼の認識阻害の魔法を使えば、あの豚野郎の近くまで行くのは難しくないだろう』

『で、でも先輩がこの状況を見ていたとしても、どこにいるかはこちらからは分からないし、合流出来るまでに時間もかかりますよ。それに注意をひくって、どうやって?』

『ちょっと時間を稼ぐくらい訳ないし、俺にはあの豚野郎が顔真っ赤にするくらい怒り狂う魔法の言葉を知っているからな。任せておけって』

『……え? そ、それって……そんなこと出来るんですか?』

 まだリューイが戸惑っているのをそのままに、コウメイがカリオスにもその計画を提案する。

『ぜえ、ぜえ……おう、出来るならやれやれ。あのクソ野郎をぎゃふんと言わせてやれ』

『それで、殿下にお願いしたいことが。お疲れのところ申し訳ないんですが、眩しい光と大きな音を出すことが出来る神器ってあります?』

『――お前、王子を何だと思ってんだ。こき使いやがって……』

 コウメイの遠慮のない言葉に、一層疲労を濃くしたような顔をするカリオス。

『んなことして、どうするんだよ』

『俺が“魔法の言葉”で、グスタフの怒りを一手に引き受けます。怒り狂って俺しか見えなくなった隙に、その音と光で敵の耳と目を潰せれば、追撃を振り切れます』

 コウメイは、カリオスが知らないレーディルのことも加えて説明する。

 敵の視覚と聴覚を一時的にでも麻痺させれば、その間に近くにいるであろうレーディル達と合流して、彼の認識阻害の魔法で部隊全員の姿を隠せる。

 ミリアムの時のような何もない物置とは違い、多くの木々や動植物がいるこの環境下では、1度認識阻害の魔法で姿を隠せば、そこから見つかる可能性は低いだろう。

 但し、レーディル達とスムーズに合流するためには、あらかじめ彼らの場所も把握しておかないといけない。それに、レーディル達にも事前にこの作戦を伝えておかないと、彼らの眼と耳も潰すこととなってしまう。

 そのために、まずはリューイだけが先行してレーディル達と合流し、この内容も伝える。

 その時間はコウメイが稼ぐ、というわけだ。

『まあ、本当はリューイ君をグスタフにけしかけるまで必要はないんですけどね。それに正直、あの野郎をこの程度の不意打ちで殺せるとも思えないですが、それでも少しくらいぎょっとさせてやりたいじゃないですか』

 コウメイの説明に、疲労困憊だったはずのカリオスは、いつの間にが元気を取り戻したように感心した顔つきになっていた。

『なるほど……光と音で敵の感覚器官を潰すってわけか。なかなか面白い発想をするな』

『で、どうです? 余力残ってますか?』

 思わず相手を逆撫でするような言い方になってしまうのは、コウメイにも余裕がないことの証左だろう。

 しかしカリオスは気を悪くするどころか、ニヤリと笑いながら

『任せとけ。その代わり、きっちりあの豚野郎に吠え面かかせてやれよ』

 ――かくして、この最後の一矢だけは、コウメイの思い描いたまま報いることに成功したのだった。

 あともう少しでグスタフに刃が届きそうなところまではいったが、残念ながらそこまでには至らなかった。

(まあ、あいつがこんなことで死ぬわけがないか)

 グスタフを仕留められなかったことも、想定の範囲内。むしろ、コウメイは根拠もなく、グスタフはこの程度の小細工如きでは死なないだろうと、確信じみたものを感じていた。

 計画通り、瀕死のルエールを匿って近くに潜んでいたレーディルと合流した後は、レーディルの魔法でグスタフ達をやり過ごしてから、無事ミュリヌス領の関所へと逃げ延びることに成功した。

 そして、これも想定の範囲内だったとはいえ、本隊も相当な打撃を受けていた。カリオスに代わり部隊を統括していたジュリアス、その副官ダストンが重傷。兵力も半数近くを失っていた。

 ルエール部隊は、ランディが死亡し、ミリアムが裏切り、その他に生き残ったのはルエール・リューイ・レーディルの3人だけ。

 しかも、生き残った中で元気なのはリューイだけ。重傷の身体に鞭を打って逃避行を続けたルエールはいつ力尽きてもおかしくない状況だし、レーディルも認識阻害魔法の酷使による疲労で、今は意識を失い深い眠りについている。

 最後に、カリオスら斥候部隊の戦死者は3名であった、今回の中では最も軽微な損害ではあったが、王国最強の騎士ディードですら敵わない相手がいたという事実は、他の損害に劣らぬくらいに重い空気をもたらした。

 コウメイは今、関所内の一室で休憩をしている。コウメイ自身は負傷していないものの、グスタフやフェスティアを挑発しつつも平然を装うのは、それだけで相当な精神的な疲弊を強いられていた。

 窓の外でいそいそと動く龍牙騎士達をボーっと見下ろしながら、コウメイは頭の中でまとめた自軍の損害を思い返して、つくづく思う。

(惨敗も、いいところだな)

 そもそも、損害どころか、こちらは無傷で完全勝利を迎える迅速速攻の作戦ーーそれが何一つ上手くいかなかった。

 最後に一矢だけ報いたとはいえ、被害の甚大さとそれを招いてしまった自分の判断の浅はかさに、乾いた笑いが出るほどだ。

 いくら何でもグスタフの「異能」は反則過ぎやしないだろうか。女性なら問答無用でグスタフの思うがままになってしまう――とても信じられないが、それくらいに考えなければいけない。そうしなかった結果が現状なのだ。

 しかしコウメイがグスタフに対して、真に危惧を感じているのは、実は「異能」ではない。

 グスタフが、その「異能」の力を最大限に有効利用していたという事実。

 つまり、リリライトやフェスティアといった、肝心要の人物を手中に収めていたということ。ついでに言うと、コウメイはまだ知らないが、グスタフは戦略価値が非常に高い飛竜使いも手の内に入れている。

 あの男、ああ見えて欲望が先行しているだけの愚人ではない。普段の言動がああだから目立たないが、やっていることからは強かさと狡猾さが見え隠れする。

 思い返せば、大臣という地位を得たのも--そこに不正や卑怯さはあったろうが--紛れもない実績を残したからこそだ。一大国の大臣に登り詰めることが出来る人間が、ただの馬鹿な愚人のはずがなかった。完全に外見と普段の振る舞いに騙された。

「いいか、コウメイ」

 思いに耽っていたコウメイを現実に引き戻したのは、カリオスのドアをノックする音だった。コウメイが返事を返すと、カリオスはのっそりと部屋の中に入ってきた。

「思ったより元気そうじゃねえか。ルエールの様子を見に行くから、ちょっと付き合え」

 さすがにカリオスも疲労を隠せない表情をしていたが、いつものようにぶっきらぼうな口調で促してくる。コウメイは腰かけていたベッドから立ち上がると、うなずいてカリオスの後に続いた。

「そういえばお前、フェスティアが偽物だとか影武者だとかにこだわってたな。ありゃ、結局なんなんだ?」

「ああ……」

 カリオスの言葉に気だるげな様子で返事をするコウメイ。決してカリオスの相手をするのが面倒というわけではなく、コウメイもやはり疲労が溜まっているのだ。特に彼の場合は精神面の疲労だが。

「あの場でも言いましたが、本当にフェスティアがグスタフを操っている黒幕なら、あんな場所にいるはずがないんです。だって、リスクが高すぎる」

「リスク?」

 聞き返してくるカリオスに、コウメイはうなずく。

「フェスティアが黒幕だとして、俺達の前に姿を見せることで得することは?--何もないんですよ。フェスティアからすると、自分の存在を隠しておくことで、こちらを敵はグスタフだと勘違いさせたままにしておけば不意が突けるし、何より万が一失敗した時でも自分は関係ないと言い逃れが出来る。それなのに、よりにもよってカリオス殿下の前に姿を現してしまえば、最早言い訳のしようもない。フェスティアがわざわざグスタフとの協力関係をこちらに見せつける理由がないんですよ」

 関所の廊下を歩くカリオスが足を止めてコウメイを振り返ると、コウメイも歩みを止めてカリオスと視線を合わせる。

「俺も殿下と話していた時は、黒幕がフェスティアだと思い込んでいました。だからこそ、まさか戦場にフェスティアが出てくるとは思わなかった。だから、本物のはずがないからと、反射的に思い付いたんですが……でも、そもそも偽物や影武者を使う意味もない。ということは、前提が間違っているんだと気づきました」

「つまり、フェスティアが黒幕じゃねえってことか?」

 カリオスの疑問に、コウメイはうなずく。

「もう少し踏み込むと、『フェスティアが黒幕だと思い込ませること』までもが、フェスティアの狙いだったんだと思っています」

 そう。だからこそ、フェスティアのその狙いを看過したコウメイに、あそこまでの敵意を向けてきたのだ。コウメイはそう確信する。

「よく分かんねえな。それじゃ、結局どいつが今回の首謀者なんだよ。俺達の敵は誰なんだ?」

 こちらが、カリオスの言う『敵』を違えることこそが、フェスティアの真の狙いだったのだろう。それさえ達成出来れば、あの場から自分達を逃したことなど大したことではなかったはずだ。

 そしてコウメイは、1からフェスティアの思惑と行動について振り返る。

 グスタフと手を結び、その密約ーーおそらくは奴隷取引あたりだろうか--による利益を享受しようとしているだろう彼女が、どうして龍の爪の大戦力を派遣するのか。どうして、自ら戦場に現れてカリオス達に黒幕だと印象付けたのだろうか。これらの行動は自らの危険が増すだけで、メリットなど全くないはずだ。一体何がしたかったのだろうか。

 それらの疑問も、ある1つのことを前提とすると、砕けたピースが合わさっていくように、整合が取れるのだった。

「フェスティアは傀儡に過ぎません。俺達の敵は、やはりグスタフです。」

 燦燦たる結果の中で、唯一にして甚大と言ってもいいコウメイの戦果は、その真実に辿り着いたことだった。
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