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第4章 激動の冬編

第115話 戦いの終わり

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 馬上に跨るジュリアスに向けて、クリスティアの鋭い斬撃が放たれる。

「っく!」

 その斬撃を剣で受け止めるジュリアス。その威力は、彼がよく知るクリスティアとは比べるべくもない程の、強烈な衝撃が剣を通してジュリアスの身体を通り抜けていく。

 想定を遥かに凌駕する威力に、ジュリアスはそのまま後方へ身体を飛ばされて、馬から落とされると、地面に尻を付いてしまい、乗っていた馬はそのまま逃げだしてしまった。騎士としては無様極まりない姿である。

「な、なんだこの力は…!」

 一合だけで、クリスティアの異様な力に気づくジュリアス。

 その強烈な一撃で、未だ痺れる腕。その腕を抑えるようにしながら立ち上がると、再び向かってくるクリスティアに相対する。

「一体どうしたというんですか、クリス」

 今更といえば今更過ぎるジュリアスの質問に、問われたクリスは姉譲りの真面目な性格を表した無表情のままだった。

「悪いけれど、1人でも多く殺せば、それだけエロチンポがもらえるんです。私の幸せのために、犠牲になって下さいね、ジュリアス」

 その、いつもの真面目な顔つきのまま、狂気の言葉を発するクリスティアに、ジュリアスの背筋にゾクリとした悪寒が走る。

 もはや自分の想像が及ぶ範疇を超えた超常現象が起こっている。意味が分からない。

 未知なる恐怖に思わず身を震わすジュリアス

 あの強烈な一撃をいとも簡単に繰り出す、もはや様々な意味で化物と言えるクリスティア――しかも元は同級生の彼女に、果たして勝てるのか?

「やるしかない……!」

 怖気つきそうな自分の心を奮い立たせて、両手で騎士剣を握りなおすジュリアス。

 自分は龍牙騎士、しかも将軍なのだ。国への忠義は当たり前、今はこの部隊に属する騎士達の責任すら負っている。相手が化け物だからといって、部下達を見捨てて逃げるわけにはいかない。

 正に混迷の極みにある状況に、ジュリアスはクリスティアに問い質したいことが山程あったが、今はまともな会話が望めそうにない。

 もともとクリスも口数が多いほうではないため、両者共黙したまま、じりじりと相手の出方を伺う。

 先に動いたのは白薔薇騎士――クリスティアだ。

 その研ぎ澄まされた素早い動きに、必死に対応して剣を受け止めるジュリアス。先ほどのように力勝負となれば、押し負けてしまう。剣を受けて、身を翻して、クリスティアの剣戟をいなす。

 華麗といっていいほどの身のこなしをするジュリアスへ、剣で追撃するクリスティア。無駄なくただ真っ直ぐにジュリアスの命を奪いにかかる剣閃を、ジュリアスは剣で弾く。そして生まれた一瞬の隙を突いて、クリスティアへ反撃の一撃を繰り出す。

 しかし、殺意に満ちたクリスティアと、どうしても同じ国の騎士を殺したくないという甘さを捨てきれないジュリアスでは、根本的に覚悟が違う。それは、この場においては致命的な差となる。

 クリスティアの隙をついたはずのジュリアスの一撃はいとも容易く回避される。そして、次に隙を見せたのはジュリアス。その無防備な首筋を狙って、クリスティアの細身の剣が容赦なく刃を滑らせるように向かってくる。

 その速さにジュリアスの回避は間に合わない――!

「っあああ!」

 それでも生物としての生存本能が、無理やりにジュリアスの身体を動かした。クリスティアの斬撃を回避しようと首をひねったジュリアス――かろうじで急所である頸動脈への一撃は避けられたが、代わりにその斬撃を受けたのは左眼だった。

「う……く、あ……」

 灼けるような激痛に、反射的に左眼を手で抑える。熱を持った血が噴き出ており、激痛は眼から骨を通り越して、直接脳に響いてくるかのようだった。壮絶な痛みに悶絶しそうになるも、強靭な精神力で正気を保つジュリアス。

 傷は浅くない。おそらく眼球はもう……

「こんなところで、死ぬわけには……!」

 眼を抑え、激痛に耐えながら、ジュリアスは片手に持った騎士剣をクリスティアに向ける。

 片目になった眼では、距離感が上手くつかめない。そして潰された左眼の方に回られれば、それだけで視界から外れてしまう。

 万全の状態でもジュリアスはクリスティアにも押されているのだ。この傷は、そのまま致命傷だ。

 もはや、勝負は決した。

「貴方が死ねば、龍牙騎士団の戦力は大きく減ることになる。そうなれば、グスタフ様もお喜びになるわ……うふ、うふふふふ……」

 それは、クリスティアの友人だと自負するジュリアスが、これまでに見たことのないような笑い。

 妖艶で、卑猥で、残酷で、無慈悲な笑みを浮かべるクリスティア。目の前にいるクリスティアが、自分の知っているその人と同一人物であることなど、全くもって信じられない。見ているジュリアスの方が狂ってしまいそうになる。

「じゃあ、死んでねジュリアス。私の幸せのために……」

 先ほどと同じ言葉を吐くクリスティアは、狂気の笑みを浮かべながら剣を振り上げて、トドメの一撃を繰り出すべく、近づいてくる。

 もう、ジュリアスには成す術が無かった。

 死を覚悟する――しかし、残された右眼は決して閉じない。死の恐怖が無いわけではないが、それでも最後の瞬間まで戦う意志を捨てないという、龍牙騎士の矜持だ。

 もはや確定事項となった死をジュリアスが感じたその時ーー不意にジュリアスの身体が浮いた。あまりに突然のことに、狂気の笑みを浮かべたクリスティアもハッとした表情となる。

「ダ、ダストンさん……っ!」

「ここでお前を死なせるわけにいくかよ。お前は、これからの聖アルマイトに必要な男だ」

 馬に乗って突然現れたのは、熟練さをその顔に滲ませた老騎士だった。

 団長のルエールよりも年上であろるの老騎士は、年齢にそぐわぬ筋骨隆々とした大男だった。馬に跨りながら、その大木のような腕で軽々とジュリアスを抱え上げたのだった。

「おのれ、逃がすかっ!」

 クリスティアのその言葉を受けながら、老騎士ダストンはジュリアスを抱えた手とは反対の手に騎士剣を持ちながら、クリスティアを突破しようと騎馬で突撃する。

 突破しようとするダストンの前に立ちふさがるように剣を構えるクリスティア。

 両者が交差する。

 ダストンは馬を止めることなく、そのままクリスティアを突破すると、ジュリアスを抱えながらその場を駆け去っていく。

「――ち、逃がしたか」

 口惜しそうに言うクリスティアは、もうダストンを追わなかった。

 ダストンやジュリアスにこだわるよりも、今は1人でも多くの龍牙騎士を殺し、今後のために敵の戦力を削ぐことが課せられた任務だ。

 味方の白薔薇騎士も大分やられてしまったようだが、それでもまだ前線から推せ寄せてくる龍牙騎士を、次々とその手にかけている。

 クリスティアも、龍牙騎士を惨殺するため、ダストンが去っていたのと逆の方向へ歩みを進める。

 そのクリスティアが立っていたすぐ側には、騎士剣を握った大木のような腕が落ちていた。

□■□■

「ダストンさん……腕がっ……!」

 顔から大量の血を流したジュリアスは、将軍らしからぬ泣きそうな顔をしながらダストンに抱えられていた。無論、傷の苦痛で泣いているわけではない。

 ダストンの、自分の身体を抱えているのと逆の腕――肘からその先が無くなっており、その切断面から血が噴き出ている。痛々しいにも程がある。

「がはははは! 龍牙騎士団の将軍1人の命を救えたんだ。ワシの腕一本くらい、安いものよ」

 苦痛が無いはずがないのに、ダストンはジュリアスを軽々と抱えるようにしながら、豪快に笑う。

「すみません、私などのために……私は、殿下に部隊を任されておきながら、このような失態を……」

「いいんだよ」

 暗く沈んだ声を出すジュリアスに、ダストンは苦痛など表情には出さない。代わりに年齢を感じさせない健康的な白い歯を見せながら笑う。

「若いうちはいくらでも失敗しろ。で、そこからたくさん学んで、それを国のために役立てろ。そのためなら、老人の身体なんぞいくらでも利用すればいい」

「……」

 ジュリアスは、もうそれ以上は何も言えずに、ただ押し黙る。

「いいか。ワシやルエール、ヴィジオール陛下の世代から、これからはお前やミリアム、ランディ……そしてカリオス殿下の世代に移り変わる時が来たんだ。お前は未来のことを考えろ。クヨクヨ悩んでいる暇はないぞ」

 白薔薇騎士の襲撃を受けた地点から大分走ってきたと思ったら、ついにダストン達はミュリヌス領の関所へ辿り着く。やはり関所の白薔薇騎士全員が、攻略部隊本隊への襲撃に赴いたらしく、関所の中に白薔薇騎士の姿は見えない。

 既に先に撤退をしていた龍牙騎士達も、ここを合流地点として集結しつつある。

 ダストンは重傷を負ったジュリアスを下ろし、自身も馬から降りると近くの騎士に、急ぎ手当をするように指示を出す。その騎士は驚きながら、慌てて衛生班召集のために、関所内へ走っていく。

「がははは! あいつ、あんなに慌ててやがんの。ま、将軍の片目が潰されてりゃ、そりゃ驚くか」

「片腕になったダストンさんを見れば、誰だって驚きますよ」

 自分に劣らぬ重傷を負っているにも関わらず、何でもないように笑うダストンを見て、ようやくジュリアスは笑みをこぼすのだった。

 後から続々と味方がこの関所に流れ込んでくるが、クリスティア達白薔薇騎士がここまで追撃してくる様子はない。どうやら、龍の爪と白薔薇騎士との戦いはとりあえず終わったとみていいだろう。

 ということは、やはりクリスティア達白薔薇騎士達があそこで立ちふさがってきたのは、撤退してくる攻略部隊を1人でも多く殺すことが目的だったのだ。

 自らの命を懸けてまで、かつて仲間だった龍牙騎士を何故殺そうとするのか? それはいったい何のために、誰の命令で? グスタフのため? あの醜悪な男のために、どうして誇り高き彼女達が、あんな狂った言葉を吐きながら命を懸ける?

 もう訳が分からず、ジュリアスは頭を抱える。

「――にしても、偉いことになりやがったな」

 そんな沈痛な状態のジュリアスを案じたのか、衛生班が来るまで休ませようと――相変わらず自分のけがなど微塵にも気にした風はなく――ダストンは、彼の身体を関所の壁に寄り掛からせるようにして座らせる。

 老騎士ダストンは、まだ流血が続く顔半分を抑えているジュリアスが思っていたのと、同じことを言う。

 突然現れた龍の爪、狂ってしまい異様な力を持った白薔薇騎士達。一体ミュリヌス領で何が起こっているのだろうか。

 グスタフが何やら暗躍している可能性がある話は、事前にカリオスから聞いてはいたが、詳しいことはさっぱりだ。今のジュリアス達が、何が起こっているかなどを知る由はない。

 いずれにせよ、今ジュリアスに出来ることは、攻略部隊本隊の被害を把握してまとめること、カリオス達が戻ってくるのを待つことだ。何も分からないジュリアスには、進むも戻るも判断を下すことは出来なかった。

 そうしてジュリアスが、今回の龍の爪と白薔薇騎士の襲撃で部隊の約半分ほどを失ったこと、そして頼れる同僚のランディの戦死とミリアムが裏切ったことを、戻ってきたカリオスから聞かされるまで、そう時間がかからなかった。
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