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最終章 エピローグ編
第128話 リューイ=イルスガンド
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第2王女リリライト=リ=アルマイトの反乱。
彼女が擁するのはヘルベルト連合内フェスティア派の勢力、ガルス侯やアルムガルド侯などの反カリオス派に与する周辺諸侯、そして彼女自身が従える白薔薇騎士団である。
白薔薇騎士団は、宣戦布告と共に“新”白薔薇騎士団と改名し、第2王女麾下の最大戦力となった。当然その養成機関のミュリヌス学園も第2王女――正確にはグスタフの手の内にある。
ミュリヌス学園の生徒は、上級貴族でなければ入学出来ない。しかも全寮制であるため、ほとんどの学生は家元から離れて学園生活を送っていた。
今回の反乱に伴い、学生はそのほとんどがそのまま新白薔薇騎士となり、第2王女の宣言の下、反乱に加担する意志を示していた。それ以外の生徒は“行方不明”であり、アンナのように無事な状態でミュリヌスから逃れられた生徒は皆無だった。ーーいや、アンナも決して無事な状態とはいえないが。
その中でも、今回の反乱で最も名が知れ渡ったであろう人物がいる。
まだ学生――しかも1年生だったにも関わらず、新白薔薇騎士団の団長に任命され、リリライト直々に「友人」と紹介され、演説の時に大衆の前に姿を現したリアラ=リンデブルグだ。
彼女は、聖アルマイト王国に対して叛意を示した大犯罪人だ。
彼女のリンデブルグ家も中流階級とはいえ貴族の名家。その家系にまでわたって罪を追及されることは、常識で考えたらな避けられない。
とはいえ、何をするにもまずはその娘の現状を本家に知らせることが第一である。知らせるまでもなく承知している可能性も高いが、その任を買って出たのは、リアラの恋人であるリューイ=イルスガンドだった。
リンデブルグ家は、パリアント侯爵が治めるその領地に邸宅を構えている。リューイがそのパリアント領リンデンブル家に辿り着き、彼女の両親に事を告げた時――父親シュルツ=リンデブルグは、その場に膝から崩れ落ちた。
「お、おおおお……どうして……どうしてこんなことに……」
リューイがリンデブルグ家に顔を出すようになってから度々見てきたこの父親の娘への溺愛ぶりを考えれば、この泣き崩れる父親を情けないなどと思えるはずがない。
リアラのことを伝えたリューイは、そのまま顔も上げられないシュルツを、唇を噛みしめて拳を握りしめて、悲しみとやり場のない怒りに身を震わせて見下ろすしか出来なかった。
「……ありがとうね、リューイ君」
意外にも気丈に振舞うのは母親のイシス=リンデブルグだ。
しかしリアラと仲の良かったイシスも、その心は激しく傷ついているのは、想像に難くない。その瞳の端には、僅かとは言え涙がにじんでいる。
リアラが反乱勢力の筆頭となった――それだけでもここまで絶望するリアラの両親に、その身体までもが大臣グスタフに汚されていることは、リューイはとても伝えられなかった。そもそもグスタフの件に関しては、コウメイから口外無用と厳命されてはいたが、そうでなくてもこれを見ていたらとても無理だと思う。
「娘が大それたことをして、申し訳ありません。私達リンデブルグ家が処刑されるのは致し方ありませんが、もしかするとリューイ君や貴方のお母様にまで罪が及ぶのかしら? もしそうなら、陛下かカリオス殿下に情状を訴える機会をいただけないかしら? 貴方は、関係ないもの」
こんな状況にも関わらず、たかだか娘の許嫁程度の自分をかばおうとするイシス。
母は強し、なのか。
その強さに、リューイもまた瞳を涙に滲ませながら、首を振る。
「今回の一件――リンデブルグ家に対して、カリオス殿下は一切の罪を問うつもりはないそうです。他に反乱に参加している学生や白薔薇騎士達の家系にも、基本的に罪を着せることはない……これはカリオス殿下自身が確かにそうおっしゃっておりました。ご安心下さい」
そのリューイの言葉に、イシスは眼を驚きに見開かせる。うずくまっていたシュルツも、意外そうに顔を上げる。リューイがそんな冗談を言う性格ではないのを承知しているからこそ、信じられないのだろう。
「今は、詳しいことは言えませんが」
それ以上は、話してはいけないと言われている。
リリライトの宣戦布告に対して、国として……いや、そもそもカリオス自身が態度を決めかねている。真実や個人的な感情などは抜きにして、敵をリリライトとするのか、ヘルベルト連合とするのか、それとも真の黒幕――グスタフとするのか。
このような状況で、徒に情報を拡散しては混乱と不安が広がるだけである。広く国民に知らしめるのは、リリライトの宣戦布告に対する公式な声明だ。
それまでは、グスタフの名前は決して出せない。
これだけ傷ついている2人を――愛する恋人に、かけがえのない愛情を注いで育ててくれた、リアラにとっても大切な両親をーーリューイは少しでも救いたい。しかし、騎士として命令違反を犯すわけにはいかない。
だから、リューイは自分の想いを伝える。
「リアラは悪くありません。ただ……ただ、悪い夢を見ているだけなんです」
その言葉だけでは、2人には何が何だか分からないだろう。
しかし、2人がこれまで見てきた、リューイの誠実な姿、リアラを愛してくれたその思い、そして今2人に向けている強い決意を込めたその真っ直ぐな瞳は、どんな騎士よりも信頼に値するものだった。
そのリューイの言葉の意味は分からなくても、その彼の真摯な姿が、絶望に瀕する心に希望の光を注いでくる。
「信じて、いいのかしら……?」
それまで気丈に振舞っていたイシスも、顔を両手で抑えながら、滲んでいた涙をあふれさせる。
リューイは当たり前と言わんばかりにうなずく。
「リアラは俺が助けます。そして、ここに連れ戻します。その時は、またいつもの笑顔で「ただいま」って言うリアラをお二人に必ずお見せします。絶対、絶対に約束です。だから、信じて下さい」
「……っあああああああ!」
リアラが武術の才に優れていることも、いつもリューイが簡単にあしらわれていたのも、シュルツもイシスも当然承知している。
遠くリアラの実力に及ばないリューイだったが、すっかり龍牙騎士の顔つきになって力強くそう言う彼のことが、頼もしくないはずがなかった。
イシスは両手でリューイにすがりつくようにして、遂に泣き崩れる。
「リューイ君……娘を、娘をお願いします! そんな娘じゃないんです。リアラは、両親想いのとても良い娘なの。お願い……もう1度リアラに会いたい。抱きしめたい……リアラを、宜しくお願いします」
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
リンデブルグ家に事を伝えに来たリューイは、その日はリンデブルグ家に一泊することとなった。
その日の夜、リューイが邸内の客室で休んでいた時――ドアがノックされる。
「――? どうぞ」
特に思い当たる約束はなく、リューイはドアを開いて来客を招き入れる。
「君は、確かミリア……だったね」
訪れたのは、リンデブルグ家に仕えるメイドの1人――確か、ミリアという名だったか。使用人の中ではリアラと最も親しくて、リアラからも1度紹介してもらったことがあるため、リューイの記憶にも残っていた。
「リューイ様、夜分に申し訳ありません」
ミリアは浮かない顔だ。
無理もない。主従関係とはいえ、彼女もリアラを友人のように思っていたはずだ。仲の良い友人があんなことになれば、誰だって気落ちするだろう。
「ご主人様より伺いました……お嬢様が、大変なことに……」
「――うん。でも、心配しないでいいよ。俺が必ず助け出してくるから。だから君は、リアラが帰ってきた時に「おかえり」って、暖かく迎える準備をしておいて」
シュルツやイシスだけではなく、リューイだって心穏やかでいられるはずがない。それでも、大切な恋人の大切な友人を不安にさせまいと、努めて笑顔で優しく言うリューイ。
しかしミリアは泣きそうな顔をリューイに向ける。
「ど、どうしたの?」
「私が……私が悪いんですっ! あの時、きちんとリューイ様に打ち明けられていれば……でも、私恥ずかしくて怖くて……ああああ……ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
突然にリューイの胸に飛び込んで、そのまま泣き崩れるミリアに、リューイは慌てながらその身体を支える。
「お嬢様がおかしかったことに、私気づいていたんです。それなのにっ……あああっ! 私は、私は死んでしまいたいっ! もしかしたら、こんなことになる前に助けられたかもしれないのに……リューイ様、許して下さい」
「お、落ち着いて……ね? 君のせいなんかじゃない。だから、話を聞かせてくれないかな」
明らかに取り乱した様子のミリアをなだめながら、リューイは衝撃の真実をその口から聞くこととなったのだった。
□■□■
リューイは他の使用人に頼み、ミリア用に暖かいスープを準備してもらった。リアラとミリアと、共に好んで愛飲していたという、ムラビーのポタージュというらしい。
「うぐ……ぐす……すみません。私としたことが取り乱してしまって……それに、リューイ様に使用人みたいな真似をさせてしまって……」
「ううん、気にしないで。それに、俺だって君と同じ平民だよ。様付けなんてしないでよ」
まだ涙ぐみながら、リューイが差し出したスープを受け取るミリア。湯気が立つそれに口をつけると、少し落ち着いたのか、ふうと息を吐く。
「――そういうわけにはいきません。リューイ様はお嬢様の許嫁、つまり将来のご主人様になる御方ですから」
そう言うミリアは幾分か落ち着きを取り戻したようだった。そのミリアの様子に、リューイはひとまず胸を撫でおろす。
「でも、よく話してくれたね。ありがとう」
ミリアの告白は、少なからずリューイの胸を掻きむしるように苛んだ。
その内容は、昨年の冬休みの間のリアラの様子。やはり、冬休みの時点で、リアラは明らかにおかしかったのだ。
その時はリューイもリンデブルグ家に滞在しており、リアラと共に過ごしていたのに気づけなかった。その分、後悔の念はリューイの方が強いかもしれない。
リアラは、ミリアに肉体関係を強要してきて、そしてミリアもその虜となったという。
「私、お嬢様がいなくなられた後も、その……全く身体が落ち着かなくて……今はだいぶ落ち着いたんですが。これ、なんだかおかしいなってずっと思っていて……それで、今回のことがあって、お嬢様が何かおかしかったって……」
支離滅裂な内容ではあったが、逆にその様子からミリアの懸命さが伝わってくる。
異性の自分に話すことは死ぬほど恥ずかしいだろうに、それでもミリアはありのままを話してくれた。リアラのために、自らの恥部を告白するミリアに、リューイは感謝の念が耐えない。
「――本当に、ありがとう」
重ねて感謝を伝えるリューイ。
リューイだって気付く余地があった。
ルエール部隊に選ばれてミュリヌスへ向かう途中で、まさに自分がレーディルに相談をしていたじゃないか。ましてやルエールやコウメイから事前情報を与えられていたにも関わらず、察することが出来なかった。それが性的な部分だったせいもあるだろうが、迂闊にも程がある。
責められるべきはミリアではない。リューイだ。
「それで……本当に、ごめんなんだけど……もう1回確認させて欲しい。リアラに……その、男性のものは無かったんだね?」
リューイの質問に、ミリアは羞恥に顔を真っ赤に染めて、そして嫌悪感に表情を歪める。無理もない。どうして男性であるリューイとそんな話をしないといけないのか――そんなこと、リアラのために決まっている。
リューイの性格を考えれば、そんなことをミリアに聞くことは彼にとっても苦痛に違いない。だから、ミリアも必死に羞恥と屈辱に耐えて答える。
「は、はい……私との行為の時は……というか、その……本当にそんなおぞましいことが、有り得るのですか……うううっ!」
想像しただけでも嘔気を感じたのか、ミリアは思わず口元を抑えてうずくまる。狂気の中にいたリューイはそれを新鮮な反応だと感じてしまうが、これが正常な人間の反応だろう。
「――ごめん、もういいよ。大丈夫。でも、重要なことが聞けた。ありがとう」
えづくミリアの背中を優しく撫でながら、リューイはそこでそれ以上の質問を止めた。
――もう性的なことだからと、軽く考えることを止めた。リューイ自身がミュリヌスで見てきたように、相手は性的な行為によってリアラやリリライトを操っている。ならば、その内容を深く分析・考察することは、とても重要なことだ。考えるだけで、怒りと嫌悪がふつふつと湧き上がるが、それは耐えるしかない。
リューイが気になったのは、ミリアから聞いたリアラの様子が、ミュリヌスで見たリアラとは微妙に違っている点だ。
それは性的なことだからと、それだけで切り捨てていたら、決して気づかない程に小さな違和感。しかし、それは重要なことではないか、とリューイは感じていた。
冬休みの間に、リューイはリアラとの性交渉は結局1度も無かった。挿入に至る前に、必ずリアラによって射精させられていたからだ。しかしそれも今になって思えばだが……リアラがリューイとの行為を避けていたのではないか。そしてリューイの知らないところで、ミリアとの性的な関係を持った。
これだけ切り取ると、男性との行為よりも女性同士の行為に嗜好があるということになり、いまいちグスタフが好みそうな女性像と合致しない気がした。
あの男性器を渇望して、狂ったような表情で、狂った言葉を吐いていたリアラとは、微妙に様子が違う気がする。
冬休みの時点では、リアラには男性器は植え付けられていなかったことはリューイも分かっている。そのことと合わせて――決して自分に言い訳をするのではなく――やはり、その時点では、リアラはまだグスタフの手にかかっていなかったのではないだろうか。
しかしリアラの様子が変だったのは、ミリアの告白からも明らかだ。
すると、この不可解な状況から導き出される結論は1つ。
(グスタフ以外にも、誰かが関与している?)
しかし、リューイの考えが及ぶのはそれが限界だった。そもそも女性であるリアラに男性器が植え付けられている時点で、既にリューイの常識外であり想像の外。
これ以上、このことで思い悩むことは無駄である。
(王都に戻ったら、コウメイさんに話してみよう。あの人なら、何か気づくかもしれない)
それが最良の決断だろう。頭脳労働は主にコウメイの役割であって、リューイの仕事ではない。
リューイに課せられた使命は――
「俺は、誰を敵に回しても……例えカリオス殿下が敵になったとしても、必ず絶対にリアラを助けるよ。だから……ミリア、安心して待ってて欲しい」
自分だけじゃない。
父、母、友人――リアラを取り巻くすべての人達が、彼女の正義を信じて待っている。
そのためにも、この戦い絶対に負けられない。
リューイ=イルスガンドの戦いが始まろうとしていた。
彼女が擁するのはヘルベルト連合内フェスティア派の勢力、ガルス侯やアルムガルド侯などの反カリオス派に与する周辺諸侯、そして彼女自身が従える白薔薇騎士団である。
白薔薇騎士団は、宣戦布告と共に“新”白薔薇騎士団と改名し、第2王女麾下の最大戦力となった。当然その養成機関のミュリヌス学園も第2王女――正確にはグスタフの手の内にある。
ミュリヌス学園の生徒は、上級貴族でなければ入学出来ない。しかも全寮制であるため、ほとんどの学生は家元から離れて学園生活を送っていた。
今回の反乱に伴い、学生はそのほとんどがそのまま新白薔薇騎士となり、第2王女の宣言の下、反乱に加担する意志を示していた。それ以外の生徒は“行方不明”であり、アンナのように無事な状態でミュリヌスから逃れられた生徒は皆無だった。ーーいや、アンナも決して無事な状態とはいえないが。
その中でも、今回の反乱で最も名が知れ渡ったであろう人物がいる。
まだ学生――しかも1年生だったにも関わらず、新白薔薇騎士団の団長に任命され、リリライト直々に「友人」と紹介され、演説の時に大衆の前に姿を現したリアラ=リンデブルグだ。
彼女は、聖アルマイト王国に対して叛意を示した大犯罪人だ。
彼女のリンデブルグ家も中流階級とはいえ貴族の名家。その家系にまでわたって罪を追及されることは、常識で考えたらな避けられない。
とはいえ、何をするにもまずはその娘の現状を本家に知らせることが第一である。知らせるまでもなく承知している可能性も高いが、その任を買って出たのは、リアラの恋人であるリューイ=イルスガンドだった。
リンデブルグ家は、パリアント侯爵が治めるその領地に邸宅を構えている。リューイがそのパリアント領リンデンブル家に辿り着き、彼女の両親に事を告げた時――父親シュルツ=リンデブルグは、その場に膝から崩れ落ちた。
「お、おおおお……どうして……どうしてこんなことに……」
リューイがリンデブルグ家に顔を出すようになってから度々見てきたこの父親の娘への溺愛ぶりを考えれば、この泣き崩れる父親を情けないなどと思えるはずがない。
リアラのことを伝えたリューイは、そのまま顔も上げられないシュルツを、唇を噛みしめて拳を握りしめて、悲しみとやり場のない怒りに身を震わせて見下ろすしか出来なかった。
「……ありがとうね、リューイ君」
意外にも気丈に振舞うのは母親のイシス=リンデブルグだ。
しかしリアラと仲の良かったイシスも、その心は激しく傷ついているのは、想像に難くない。その瞳の端には、僅かとは言え涙がにじんでいる。
リアラが反乱勢力の筆頭となった――それだけでもここまで絶望するリアラの両親に、その身体までもが大臣グスタフに汚されていることは、リューイはとても伝えられなかった。そもそもグスタフの件に関しては、コウメイから口外無用と厳命されてはいたが、そうでなくてもこれを見ていたらとても無理だと思う。
「娘が大それたことをして、申し訳ありません。私達リンデブルグ家が処刑されるのは致し方ありませんが、もしかするとリューイ君や貴方のお母様にまで罪が及ぶのかしら? もしそうなら、陛下かカリオス殿下に情状を訴える機会をいただけないかしら? 貴方は、関係ないもの」
こんな状況にも関わらず、たかだか娘の許嫁程度の自分をかばおうとするイシス。
母は強し、なのか。
その強さに、リューイもまた瞳を涙に滲ませながら、首を振る。
「今回の一件――リンデブルグ家に対して、カリオス殿下は一切の罪を問うつもりはないそうです。他に反乱に参加している学生や白薔薇騎士達の家系にも、基本的に罪を着せることはない……これはカリオス殿下自身が確かにそうおっしゃっておりました。ご安心下さい」
そのリューイの言葉に、イシスは眼を驚きに見開かせる。うずくまっていたシュルツも、意外そうに顔を上げる。リューイがそんな冗談を言う性格ではないのを承知しているからこそ、信じられないのだろう。
「今は、詳しいことは言えませんが」
それ以上は、話してはいけないと言われている。
リリライトの宣戦布告に対して、国として……いや、そもそもカリオス自身が態度を決めかねている。真実や個人的な感情などは抜きにして、敵をリリライトとするのか、ヘルベルト連合とするのか、それとも真の黒幕――グスタフとするのか。
このような状況で、徒に情報を拡散しては混乱と不安が広がるだけである。広く国民に知らしめるのは、リリライトの宣戦布告に対する公式な声明だ。
それまでは、グスタフの名前は決して出せない。
これだけ傷ついている2人を――愛する恋人に、かけがえのない愛情を注いで育ててくれた、リアラにとっても大切な両親をーーリューイは少しでも救いたい。しかし、騎士として命令違反を犯すわけにはいかない。
だから、リューイは自分の想いを伝える。
「リアラは悪くありません。ただ……ただ、悪い夢を見ているだけなんです」
その言葉だけでは、2人には何が何だか分からないだろう。
しかし、2人がこれまで見てきた、リューイの誠実な姿、リアラを愛してくれたその思い、そして今2人に向けている強い決意を込めたその真っ直ぐな瞳は、どんな騎士よりも信頼に値するものだった。
そのリューイの言葉の意味は分からなくても、その彼の真摯な姿が、絶望に瀕する心に希望の光を注いでくる。
「信じて、いいのかしら……?」
それまで気丈に振舞っていたイシスも、顔を両手で抑えながら、滲んでいた涙をあふれさせる。
リューイは当たり前と言わんばかりにうなずく。
「リアラは俺が助けます。そして、ここに連れ戻します。その時は、またいつもの笑顔で「ただいま」って言うリアラをお二人に必ずお見せします。絶対、絶対に約束です。だから、信じて下さい」
「……っあああああああ!」
リアラが武術の才に優れていることも、いつもリューイが簡単にあしらわれていたのも、シュルツもイシスも当然承知している。
遠くリアラの実力に及ばないリューイだったが、すっかり龍牙騎士の顔つきになって力強くそう言う彼のことが、頼もしくないはずがなかった。
イシスは両手でリューイにすがりつくようにして、遂に泣き崩れる。
「リューイ君……娘を、娘をお願いします! そんな娘じゃないんです。リアラは、両親想いのとても良い娘なの。お願い……もう1度リアラに会いたい。抱きしめたい……リアラを、宜しくお願いします」
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リンデブルグ家に事を伝えに来たリューイは、その日はリンデブルグ家に一泊することとなった。
その日の夜、リューイが邸内の客室で休んでいた時――ドアがノックされる。
「――? どうぞ」
特に思い当たる約束はなく、リューイはドアを開いて来客を招き入れる。
「君は、確かミリア……だったね」
訪れたのは、リンデブルグ家に仕えるメイドの1人――確か、ミリアという名だったか。使用人の中ではリアラと最も親しくて、リアラからも1度紹介してもらったことがあるため、リューイの記憶にも残っていた。
「リューイ様、夜分に申し訳ありません」
ミリアは浮かない顔だ。
無理もない。主従関係とはいえ、彼女もリアラを友人のように思っていたはずだ。仲の良い友人があんなことになれば、誰だって気落ちするだろう。
「ご主人様より伺いました……お嬢様が、大変なことに……」
「――うん。でも、心配しないでいいよ。俺が必ず助け出してくるから。だから君は、リアラが帰ってきた時に「おかえり」って、暖かく迎える準備をしておいて」
シュルツやイシスだけではなく、リューイだって心穏やかでいられるはずがない。それでも、大切な恋人の大切な友人を不安にさせまいと、努めて笑顔で優しく言うリューイ。
しかしミリアは泣きそうな顔をリューイに向ける。
「ど、どうしたの?」
「私が……私が悪いんですっ! あの時、きちんとリューイ様に打ち明けられていれば……でも、私恥ずかしくて怖くて……ああああ……ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
突然にリューイの胸に飛び込んで、そのまま泣き崩れるミリアに、リューイは慌てながらその身体を支える。
「お嬢様がおかしかったことに、私気づいていたんです。それなのにっ……あああっ! 私は、私は死んでしまいたいっ! もしかしたら、こんなことになる前に助けられたかもしれないのに……リューイ様、許して下さい」
「お、落ち着いて……ね? 君のせいなんかじゃない。だから、話を聞かせてくれないかな」
明らかに取り乱した様子のミリアをなだめながら、リューイは衝撃の真実をその口から聞くこととなったのだった。
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リューイは他の使用人に頼み、ミリア用に暖かいスープを準備してもらった。リアラとミリアと、共に好んで愛飲していたという、ムラビーのポタージュというらしい。
「うぐ……ぐす……すみません。私としたことが取り乱してしまって……それに、リューイ様に使用人みたいな真似をさせてしまって……」
「ううん、気にしないで。それに、俺だって君と同じ平民だよ。様付けなんてしないでよ」
まだ涙ぐみながら、リューイが差し出したスープを受け取るミリア。湯気が立つそれに口をつけると、少し落ち着いたのか、ふうと息を吐く。
「――そういうわけにはいきません。リューイ様はお嬢様の許嫁、つまり将来のご主人様になる御方ですから」
そう言うミリアは幾分か落ち着きを取り戻したようだった。そのミリアの様子に、リューイはひとまず胸を撫でおろす。
「でも、よく話してくれたね。ありがとう」
ミリアの告白は、少なからずリューイの胸を掻きむしるように苛んだ。
その内容は、昨年の冬休みの間のリアラの様子。やはり、冬休みの時点で、リアラは明らかにおかしかったのだ。
その時はリューイもリンデブルグ家に滞在しており、リアラと共に過ごしていたのに気づけなかった。その分、後悔の念はリューイの方が強いかもしれない。
リアラは、ミリアに肉体関係を強要してきて、そしてミリアもその虜となったという。
「私、お嬢様がいなくなられた後も、その……全く身体が落ち着かなくて……今はだいぶ落ち着いたんですが。これ、なんだかおかしいなってずっと思っていて……それで、今回のことがあって、お嬢様が何かおかしかったって……」
支離滅裂な内容ではあったが、逆にその様子からミリアの懸命さが伝わってくる。
異性の自分に話すことは死ぬほど恥ずかしいだろうに、それでもミリアはありのままを話してくれた。リアラのために、自らの恥部を告白するミリアに、リューイは感謝の念が耐えない。
「――本当に、ありがとう」
重ねて感謝を伝えるリューイ。
リューイだって気付く余地があった。
ルエール部隊に選ばれてミュリヌスへ向かう途中で、まさに自分がレーディルに相談をしていたじゃないか。ましてやルエールやコウメイから事前情報を与えられていたにも関わらず、察することが出来なかった。それが性的な部分だったせいもあるだろうが、迂闊にも程がある。
責められるべきはミリアではない。リューイだ。
「それで……本当に、ごめんなんだけど……もう1回確認させて欲しい。リアラに……その、男性のものは無かったんだね?」
リューイの質問に、ミリアは羞恥に顔を真っ赤に染めて、そして嫌悪感に表情を歪める。無理もない。どうして男性であるリューイとそんな話をしないといけないのか――そんなこと、リアラのために決まっている。
リューイの性格を考えれば、そんなことをミリアに聞くことは彼にとっても苦痛に違いない。だから、ミリアも必死に羞恥と屈辱に耐えて答える。
「は、はい……私との行為の時は……というか、その……本当にそんなおぞましいことが、有り得るのですか……うううっ!」
想像しただけでも嘔気を感じたのか、ミリアは思わず口元を抑えてうずくまる。狂気の中にいたリューイはそれを新鮮な反応だと感じてしまうが、これが正常な人間の反応だろう。
「――ごめん、もういいよ。大丈夫。でも、重要なことが聞けた。ありがとう」
えづくミリアの背中を優しく撫でながら、リューイはそこでそれ以上の質問を止めた。
――もう性的なことだからと、軽く考えることを止めた。リューイ自身がミュリヌスで見てきたように、相手は性的な行為によってリアラやリリライトを操っている。ならば、その内容を深く分析・考察することは、とても重要なことだ。考えるだけで、怒りと嫌悪がふつふつと湧き上がるが、それは耐えるしかない。
リューイが気になったのは、ミリアから聞いたリアラの様子が、ミュリヌスで見たリアラとは微妙に違っている点だ。
それは性的なことだからと、それだけで切り捨てていたら、決して気づかない程に小さな違和感。しかし、それは重要なことではないか、とリューイは感じていた。
冬休みの間に、リューイはリアラとの性交渉は結局1度も無かった。挿入に至る前に、必ずリアラによって射精させられていたからだ。しかしそれも今になって思えばだが……リアラがリューイとの行為を避けていたのではないか。そしてリューイの知らないところで、ミリアとの性的な関係を持った。
これだけ切り取ると、男性との行為よりも女性同士の行為に嗜好があるということになり、いまいちグスタフが好みそうな女性像と合致しない気がした。
あの男性器を渇望して、狂ったような表情で、狂った言葉を吐いていたリアラとは、微妙に様子が違う気がする。
冬休みの時点では、リアラには男性器は植え付けられていなかったことはリューイも分かっている。そのことと合わせて――決して自分に言い訳をするのではなく――やはり、その時点では、リアラはまだグスタフの手にかかっていなかったのではないだろうか。
しかしリアラの様子が変だったのは、ミリアの告白からも明らかだ。
すると、この不可解な状況から導き出される結論は1つ。
(グスタフ以外にも、誰かが関与している?)
しかし、リューイの考えが及ぶのはそれが限界だった。そもそも女性であるリアラに男性器が植え付けられている時点で、既にリューイの常識外であり想像の外。
これ以上、このことで思い悩むことは無駄である。
(王都に戻ったら、コウメイさんに話してみよう。あの人なら、何か気づくかもしれない)
それが最良の決断だろう。頭脳労働は主にコウメイの役割であって、リューイの仕事ではない。
リューイに課せられた使命は――
「俺は、誰を敵に回しても……例えカリオス殿下が敵になったとしても、必ず絶対にリアラを助けるよ。だから……ミリア、安心して待ってて欲しい」
自分だけじゃない。
父、母、友人――リアラを取り巻くすべての人達が、彼女の正義を信じて待っている。
そのためにも、この戦い絶対に負けられない。
リューイ=イルスガンドの戦いが始まろうとしていた。
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