※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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最終章 エピローグ編

第127話 コウメイ(三田村 翼)

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 今更言うまでもないことだが、コウメイは激怒していた。他でもない、グスタフに。

 それはただの怒りではない。

 奴がこの世界でさんざん好き勝手に振舞っているような悪辣で残酷で汚らしい行為を嫌悪し、憎むのは当然だが、それ以上にコウメイはグスタフとの因縁がある。

 この世界で唯一グスタフの正体を「理解」出来るコウメイは、他の人間が感じる以上の怒りをグスタフに抱いていた。

(あのパワハラセクハラクソ野郎が――!)

 どうやら自分よりも前に先客がいるようで、カリオスの執務室の前で自分の番を待っているコウメイは、爪を噛みしめる程に怒りを感じていた。

 忙殺されていればまだましだったが、こうやって時間を持て余してしまえば、怒りが収まらなくなる。それ程に、正体が分かったグスタフへの怒りと憎悪は深かった。

(ここで会ったのは、最早運命だ。前回と今回含めてきっちり落とし前つけさせてやる。もう中途半端じゃ終わらさねえ。覚悟しやがれよ)

 怒りに震えるコウメイ。グスタフへの怒りで、今はもう他のことが考えられなくなるほど、頭が真っ白になっていた。

 ――と、そんな中、不意にとある記憶が浮かび上がる。

 立ち並ぶ高層ビルの群れ。

 地上を見下ろせば、いそいそと行き交うスーツを身に着けたビジネスマン達。ちょうど昼時ということもあってか、下に広がるビジネス街は人であふれかえっていた。

 自分がいるのは、とある高層ビルの屋上。

 目の前に、OL風の女性が立っている。

『じゃあ、約束♪』

 彼女は健康的な白い歯を見せて、ニッと笑っている。

 その時は、全く何も感じなかったその言葉。その時何も感じなかったことを、今では激しく後悔している。

 後になって、その言葉の意味が、それを言った意図が、重く重く胸にのしかかることになる。

『辛いことがあっても、忘れて明るく笑って生きていこう? その方が人生楽しいよ。みたっちには、楽しく生きて欲しいんだ』

 ――分かっている、分かっているさ。約束は守る。約束、だもんな。

「だけど、それは奴をぶっ殺してからだ、彩」

「あら~、そんなに遠慮なく殺気を放っていたらぁ~、思わず斬殺したくなるわぁ~」

「どわぁぁっ?」

 思わず口に出ていたことを指摘されて、そしてそれ以上に物騒なことを言われて、コウメイは思わずビクっとする。

 驚いて振り返ると、カリオスの執務室から出てきたのは、深紅のドレスに身を包んだ第2王女ラミア=リ=アルマイトだった。

 『純白の姫』とは対照的な意味の『鮮血の姫』と謳われる、おそらくは聖アルマイト王国一凶暴な姫だ。

「確かぁ~、ルエールの代理、だったかしらぁ? コウメイ……であっている?」

「合ってます、はい」

 これまでの怒りはあっという間に吹き飛んで、コウメイは殊勝に返事をする。

 この場所は戦場でないにも関わらず、ドレス姿に腰に剣を下げているその姿は異様だった。その異様さが、コウメイに恐怖を与える。

「貴方もぉ、お兄様に謁見かしら? まあ、こんな状況だから仕方ないけどもぉ~、忙しそうねぇ」

「本当に、誰かに代わってほしいくらいですよ」

 文字通り忙殺されてしまいそうなくらい多忙なコウメイは、思わず愚痴をこぼす。するとラミアは眼を細めて、面白そうにコウメイを見つめる。

「紅血騎士団をネルグリア帝国から引き上げさせたのは~……実はルエールじゃなくて、貴方の提案だったって、本当のことかしらぁ?」

「え?」

 唐突な質問に思わず聞き返すコウメイ。今更その質問をしてくる意図は何なのか。

 もしや、ネルグリア帝国の統治を失敗と捉えられて、ダイグロフ侯と交代させられた……とでも思っているのだろうか。

 冗談ではない。

コウメイからすれば、ラミアは失敗などしていない。ラミアの強烈な支配体制があったからこそ、ダイグロフ侯と交代させることが出来たのだ。失敗どころか成功へ大きく貢献しているのだが、表面上だけ見てみればそう受け取られても無理はないことも理解できる。

 コウメイはごくりと生唾を飲み込む。

 ここで下手な返答をしたら、その腰に下げている深紅の剣で首を刎ねられかねない。この『鮮血の姫』は、噂を聞いている分には平気でそのくらいのことをしてのける人物だ。

 コウメイは慎重になりながら、しかしそんな様子を微塵にも見せずに軽い調子で答える。

「その通り、俺ですよ」

「へえ……?」

 よどみなく答えたコウメイに、ラミアはますます笑みを深める。

「ネルグリア帝国でのラミア殿下のご活躍は聞き及んでいますよ」

「どうせぇ~、ろくなものではないでしょうね~。そのくらい自覚しているわよ」

「そうですね。ろくでもないと捉えるかどうかは、人によって違うでしょうけど」

 このラミアの質問の意図など分からない。だからそんなことを悩んでも仕方ない。

 それよりも必要なことは、これからの戦いのために、自らの意思をこの『鮮血の姫』に示しておくことだ。

 コウメイの意志と立場を明確にすることで、ラミアという存在がコウメイにとって敵になるか味方になるのか、それを見定める必要がある。

「これから“リリライト王女殿下と”の戦いには、貴女と紅血騎士団の力が必要不可欠です。期待していますよ」

 その言葉を吐く時には薄ら笑いさえ浮かべたコウメイに、ラミアはふ…と笑う。それはいつもの好戦的で残酷な笑みではなく、それこそ姫に相応しい柔らかくて優しい微笑みだった。

「もう、リリライトは王女ではないわぁ~。殿下などと呼ばないことね。リリライトで充分よぉ~」

 相変わらず容赦の無い物言いである。カリオスとリリライトの熱烈な仲の良さは公然の通りだが、ラミアとはいまいちぎこちないというのも、どうも事実らしい。

 そんなことをコウメイが考えていると、ラミアがぽつりとこぼす。

「貴方の覚悟は分かったわぁ~。おかげで安心した。どうか、お兄様を宜しくね、コウメイ」

 この『鮮血の姫』が配下の人間を名前で呼ぶのは、彼女の護衛騎士であるディードを含めても側近の内僅か数名程でしかないことを知らないコウメイは、その重さをいまいち理解できていなかった。

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 「悪かったな、待たせて」

 執務室に入ったコウメイに、カリオスからかけられた第一声はその言葉だった。

おそらく直前に謁見をしていたラミアとの会話が予想以上に長くなったのだろう。座ってこちらを見てくるカリオスの様子は、コウメイからみてもかなりやつれていた。ミュリヌスから王都に戻ってから、コウメイは毎日のようにカリオスと顔を合わせているが、日に日にやつれていくのが見て分かる。

 愛妹が、壊された挙句に反逆の首謀者としての傀儡とされていることは、コウメイが思っている以上にカリオスの心を蝕んでいるようだ。明らかにいつものカリオスと比べて覇気が失われている。

「親父――ヴィジオール陛下から正式に勅命を賜った。陛下の容態が回復するまでは、俺が国王代理だ。ついでに言うなら、第2王女反乱に関する総責任者にもなった。全部俺の責任で処理しろ、とさ」

 どうやらヴィジオールも少なくはないダメージを受けているようだ。この非常事態に、いくら半分引退状態といえども、息子のカリオスに全てを一任するとは、それ程に深刻な状態なのだろう。年齢もあるとは思うが。

 ヴィジオールが、後継者争いは起こらないように、子供達に様々な配慮をしながら育てたという話はコウメイも聞いている。そして、1人の父親として、3人の子供に惜しみない愛情を注いでいたということも。それなのに、特に皆から愛されるように可憐に純粋に育っていたと思っていた末妹のリリライトに、あのような形で裏切られれば、老骨にこたえないわけがない。

「暗いことばかり続くが、状況に対処していかないといけない。リリライトの宣戦布告に対する声明文――お前に任せていいな?」

 もとよりコウメイに断らせるつもりはないのだろう。疲労を感じさせないながらも、威圧感たっぷりに聞いてくる。

 しかし、それはコウメイでさえ空虚に感じた。虚勢なのは明らかだ。

「それは構いませんが……」

 コウメイはふう、と大きく息を吐く。

 カリオスが辛い立場なのは理解しているつもりだ。クルーズに言われた通り、支えになりたいという気持ちもある。

 しかし、コウメイはカリオスを甘やかすつもりなど、さらさらない。

 王族として、そしてこの世界の代表者各としての責任と覚悟を求める。

「殿下は、どうされるんですか?」

 それは奇しくも、つい先ほどラミアがカリオスに覚悟を問うたのと同じ言葉。

 コウメイもまた、未だに覚悟が決められないカリオスを置き去りにして、とうに自身の覚悟を定めていた。

 コウメイの敵はグスタフ。グスタフを倒すため、その理由如何に関わらず、奴に味方するものは徹底的に容赦なく叩き潰す。

 それがコウメイ――いや、“三田村翼”としての、意志と覚悟だ。

(でも、“コウメイ”としては――)

 この世界、聖アルマイト王国のへっぽこ龍牙騎士として生活するコウメイ。

 おそらく、その気になればグスタフと同じレベルの無茶苦茶なことは出来るのではないかと思う。それこそ、カリオスを廃して自らが権力を握り、思うがままに力を振りかざしグスタフと戦うことは……おそらく、不可能ではない。

 しかし、それではグスタフと何ら変わらない。

 何の努力も才能も対価もなしに、この世界のルールも理も全てひっくり返すような、凶悪で強大な力を笠にして、自分の思うがままに振舞う――それでは、自分がグスタフに成り代わるだけだ。そうして、“三田村翼”の意志を貫いたところで、何の意味があるのか。

 それで、『楽しく生きる』という彼女との“約束”が果たせるというのか。

 そんなわけ、あるはずがない。

 だからこの世界に生きる“コウメイ”として考える。

 この世界のことは、この世界の人間が考えて、行動して、変えていくべきだ。よそ者が図々しくも土足で踏みにじり、勝手な主張を押し付けるべきではない。

へっぽこ龍牙騎士に出来るのは、せいぜいささやかな手伝い程度だ。

「カリオス=ド=アルマイトの覚悟をお聞かせください」

 だから“コウメイ”は求める。

 この世界の代表者格、聖アルマイト王国の現在の実質的な最高権力者カリオスに。

 この世界を揺るがす程の脅威をどうしたいのか。

 その責任と覚悟を。

「お前も、ラミアと同じく……俺にリリライトと殺せっていうのか……」

 苦々しく、怒り――そして悲し気な顔で、カリオスは恨み言のようにコウメイに言い放った。

「違います」

 しかし、コウメイは力強く首を横に振る。

「いいですか。今回のことは、おそらく殿下が思っている以上に大変な事態です。第2王女派を鎮圧して、そして出来ればリリライト様も救えればいいなー……その程度の覚悟では絶対に負けます。そして、この世界はグスタフの手に堕ちて、地獄となるでしょう。断言します」

「……」

 今までにカリオスの前では見せたことのない、コウメイも強気の断言。それに反論することも出来ず、ただただ恨めし気にコウメイを睨みつけるカリオス。

「俺が貴方に聞きたいのは――」

 そして、コウメイはもう1回、カリオスにその覚悟を問う。

「リリライト様を殺すなら、何があっても必ずその命を奪う。途中でリリライト様が正気に戻ったように見えても、その口からカリオス殿下への愛の言葉が紡がれても、容赦なく無慈悲に殺せるのかどうか――」

 もはや、そのコウメイの言葉は凶器だ。

 そうしなければいけないことを誰よりも理解しているの他でもないカリオスなのに、あえて残酷な言葉を選び、容赦なくカリオスの心を切り裂いていく。

 しかし、次にコウメイの口から出た言葉に、カリオス派耳を疑った。

「或いは、救うというのなら、どれだけ周りに非難されても、王族の地位を失うこととなっても、世界中が敵に回ったとしても、それでも必ず救うと誓えるのか。何があっても救うことを諦めない。他の何を犠牲にしてもリリライト様を救う……カリオス殿下の覚悟は、どちらですか?」

 相変わらず強く、カリオスの心を切り裂く言葉だったが、その言葉には光がある。希望があった。

 そんな選択肢――取りたいとは思っていても、考えてすらなかった。許されるはずがないと思っていた。

 コウメイの問いに答えられないでカリオスが目を丸くしながらコウメイを見返していると、ようやくコウメイはいつものように表情を緩める。

「どちらの選択肢を選ぶにせよ、リリライト様への愛を貫き通すのは尋常なことじゃない――その愛を貫く覚悟があるかどうかを聞いています。俺は貴方がどちらを選択するにせよ、その覚悟を実現するために、貴方の下で全力を尽くすと決めました。だから、例え世界中が貴方の敵に回ったとしても、俺だけは最後まで貴方の味方であり続けようと思います」

 この世界の命運を託すに相応しいカリオスを信じ、己の全力を尽くすこと。

 それが、“三田村翼”としてではなく“コウメイ”としての覚悟。“コウメイ”としてやるべきことだと決断する。

 ――彼女との約束は、その後でも果たせる。

「俺は――」

 この世で最も深く大きな愛情をリリライトへ捧げているが故にいつまでも決断が出来ないカリオスにも、いよいよその覚悟を定める時が近づいていた。
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