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第2章 あぶないラッキー
2話②
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その日から数日間、保安係は違法DVDの精査に追われた。通常業務もあるため、二名ずつ交代でDVDを見ている。
今は大輔と桂奈の二人が第三会議室にいた。二つ並べた長机越しに向かい合い、それぞれノートパソコンでDVDをもう二時間は眺めていた。早送りは許されているが、一応全てに目を通さなければならないのだから、かなりの苦行である。
会議室の床に敷いた青いビニールシートの上には、チェックしたDVDが内容ごとに分類して並べられていた。その数は全体の三分の二まできた。全てチェックしたら、きれいに並べて写真を撮り、テレビのニュースでよく見かけるあの画像になるわけだ。
しかしまだその道のりは遠く——大輔も桂奈も、ウンザリと何度目かのため息を吐いた。
「はぁ~、毎度のことながら、この仕事がうちで一番キツイ気がするわ……」
桂奈は長机に頬杖をつき、眠そうにあくびをした。大輔も眠い目をこする。
大輔の前のノートパソコンの画面では、今日も元気に裸の男女の無修正動画が映し出されている。生々しい性行為の動画に最初こそ赤面していた大輔だが、これが数時間、数日続けば——もうなんとも思わなくなっていた。
「無修正動画なんて、今時ネットでいくらでもタダで見られますよね? なんでわざわざ……買ってまで見るんですかね?」
警察官らしくない不適切な愚痴も漏れるが、桂奈は特に諌めることもしなかった。
「高齢化社会の余波、らしいよ。一定の年齢以上だとスマホ持ってなかったり、ネットで動画を見る習慣がないんだって。その世代の人たちって、無修正モノは裏ビデオで見るって意識もあって……ああいういかがわしいお店で買うことに抵抗ないっていうか、犯罪に加担してる意識が薄いみたい」
「高齢化社会、ですか……そんな年齢になっても無修正ビデオを買ってるような人に俺はなりたくないです」
大輔が日本の高齢化社会の縮図に呆れてボヤくと、桂奈が声を立てて笑った。
「ほんとだよね! 老害以下! もう……マンもチンもお腹一杯だよぉ」
女性から聞くには気恥ずかしい言葉だが、それにも大輔は動じなかった。たった数日で、大輔の脳と精神はすっかり生安課に馴染んでしまったのだ。
現在大輔たちが調べているDVDは、主にモザイク処理が施されていない、無修正アダルト動画だ。インディーズのAV制作メーカーから販売された作品を違法コピーしたもの、もしくはメジャーメーカーから違法に流出された修正前のもの、などがほとんどだ。
わずかにアダルトものではない、普通の邦画や洋画のいわゆる海賊版もあるが、それこそ定額のネット配信でいくらでも好きな時に見られるものを、わざわざ買う人間がいることが信じられない。そちらも顧客はほぼ高齢者なのだろうか。
「大体さぁ、警察官が言うのもなんだけど……無修正のなにが悪いの? て思うんだよね。子供の教育に悪いのはわかるけど、成人の男女が、成人の男女の性器を見たからなんだってのよ。みんな当たり前に……私生活で見てんだしさぁ」
あ! となぜか桂奈が申し訳なさそうに大輔を見る。
「ごめん、大輔くん。別に見たことないのが異常だって言ってるわけじゃないからね」
大輔の童貞イジリ——は健在である。桂奈は謝りながら笑っていた。
「桂奈さ~ん、全然悪そうに見えません。てゆうか俺だって見たことぐらい……」
「そっか! 今時はネットで……」
桂奈がニヤリと笑う。
「さっきのはそういう意味で言ったんじゃないですよ!」
ひどい職場である。無修正動画を見ながら、女性の先輩からセクハラを受けるのだから。これは、現代社会においては大問題ではないだろうか。
しかし桂奈はまったく悪びれもせず、明るく笑いながらDVDを入れ替えた。ちょうどそのタイミングで会議室の扉が開く。
「おつかれ~。交代に来たぞ」
すでにウンザリしながらやって来たのは晃司だ。通常業務がサボれるとはいえ、さすがの晃司もこの仕事には辟易しているようだ。
桂奈がノートパソコンに目を落としたまま、晃司に答える。
「おつかれさまで~す。ちょうど新しいの見始めちゃったから、これが終わったら交代しますね~」
「おう。……これは差し入れな」
晃司が手に提げた紙袋からコーヒーを取り出し、桂奈のパソコンの横に置いた。
「わ! ありがとうございます! 珍しく気が利くじゃないですか!」
「珍しく、は余計なんだよ。ほら、大輔も置いとくぞ。熱いから気をつけろよ」
机に置かれた紙のカップに大輔は少し驚いた。それは以前、大輔が穂積と行ったカフェのものだった。
晃司が好んで行く店とも思えないから、わざわざあの店まで出向いてくれたらしい。大輔は小さく笑ってしまった。
「……なんだよ」
大輔が笑った理由を、晃司は気づいたのだろう。軽く頭を小突かれた。
(いい人なのかなんなのか……よくわかんない人だなぁ)
悪い人ではないのだろう、と今では思っている。穂積と行った後、何度か一人で店を利用している。テイクアウトで課に持ち帰ったこともあるので、晃司は店の名前を覚えていたのだろう。
香ばしいコーヒーの香りが、大輔の気分を少しスッキリさせてくれた。桂奈と交代する晃司が来たということは、大輔と交代する一太もそろそろ来る。あともう少し、と気合を入れ直したその時——。
「うそ……」
向かいの桂奈が、低い声で呟いた。
「……どうした?」
大輔の横で、机に腰かけてコーヒーを啜っていた晃司が立ち上がる。慌てて桂奈の後ろに回り——桂奈と同じように激しく顔を歪めた。
大輔も中腰になって桂奈を覗く。桂奈がしかめた顔で大輔を見上げ、フーッと重い息を吐いた。
「子供……」
大輔の顔が、一瞬で青ざめた。
今は大輔と桂奈の二人が第三会議室にいた。二つ並べた長机越しに向かい合い、それぞれノートパソコンでDVDをもう二時間は眺めていた。早送りは許されているが、一応全てに目を通さなければならないのだから、かなりの苦行である。
会議室の床に敷いた青いビニールシートの上には、チェックしたDVDが内容ごとに分類して並べられていた。その数は全体の三分の二まできた。全てチェックしたら、きれいに並べて写真を撮り、テレビのニュースでよく見かけるあの画像になるわけだ。
しかしまだその道のりは遠く——大輔も桂奈も、ウンザリと何度目かのため息を吐いた。
「はぁ~、毎度のことながら、この仕事がうちで一番キツイ気がするわ……」
桂奈は長机に頬杖をつき、眠そうにあくびをした。大輔も眠い目をこする。
大輔の前のノートパソコンの画面では、今日も元気に裸の男女の無修正動画が映し出されている。生々しい性行為の動画に最初こそ赤面していた大輔だが、これが数時間、数日続けば——もうなんとも思わなくなっていた。
「無修正動画なんて、今時ネットでいくらでもタダで見られますよね? なんでわざわざ……買ってまで見るんですかね?」
警察官らしくない不適切な愚痴も漏れるが、桂奈は特に諌めることもしなかった。
「高齢化社会の余波、らしいよ。一定の年齢以上だとスマホ持ってなかったり、ネットで動画を見る習慣がないんだって。その世代の人たちって、無修正モノは裏ビデオで見るって意識もあって……ああいういかがわしいお店で買うことに抵抗ないっていうか、犯罪に加担してる意識が薄いみたい」
「高齢化社会、ですか……そんな年齢になっても無修正ビデオを買ってるような人に俺はなりたくないです」
大輔が日本の高齢化社会の縮図に呆れてボヤくと、桂奈が声を立てて笑った。
「ほんとだよね! 老害以下! もう……マンもチンもお腹一杯だよぉ」
女性から聞くには気恥ずかしい言葉だが、それにも大輔は動じなかった。たった数日で、大輔の脳と精神はすっかり生安課に馴染んでしまったのだ。
現在大輔たちが調べているDVDは、主にモザイク処理が施されていない、無修正アダルト動画だ。インディーズのAV制作メーカーから販売された作品を違法コピーしたもの、もしくはメジャーメーカーから違法に流出された修正前のもの、などがほとんどだ。
わずかにアダルトものではない、普通の邦画や洋画のいわゆる海賊版もあるが、それこそ定額のネット配信でいくらでも好きな時に見られるものを、わざわざ買う人間がいることが信じられない。そちらも顧客はほぼ高齢者なのだろうか。
「大体さぁ、警察官が言うのもなんだけど……無修正のなにが悪いの? て思うんだよね。子供の教育に悪いのはわかるけど、成人の男女が、成人の男女の性器を見たからなんだってのよ。みんな当たり前に……私生活で見てんだしさぁ」
あ! となぜか桂奈が申し訳なさそうに大輔を見る。
「ごめん、大輔くん。別に見たことないのが異常だって言ってるわけじゃないからね」
大輔の童貞イジリ——は健在である。桂奈は謝りながら笑っていた。
「桂奈さ~ん、全然悪そうに見えません。てゆうか俺だって見たことぐらい……」
「そっか! 今時はネットで……」
桂奈がニヤリと笑う。
「さっきのはそういう意味で言ったんじゃないですよ!」
ひどい職場である。無修正動画を見ながら、女性の先輩からセクハラを受けるのだから。これは、現代社会においては大問題ではないだろうか。
しかし桂奈はまったく悪びれもせず、明るく笑いながらDVDを入れ替えた。ちょうどそのタイミングで会議室の扉が開く。
「おつかれ~。交代に来たぞ」
すでにウンザリしながらやって来たのは晃司だ。通常業務がサボれるとはいえ、さすがの晃司もこの仕事には辟易しているようだ。
桂奈がノートパソコンに目を落としたまま、晃司に答える。
「おつかれさまで~す。ちょうど新しいの見始めちゃったから、これが終わったら交代しますね~」
「おう。……これは差し入れな」
晃司が手に提げた紙袋からコーヒーを取り出し、桂奈のパソコンの横に置いた。
「わ! ありがとうございます! 珍しく気が利くじゃないですか!」
「珍しく、は余計なんだよ。ほら、大輔も置いとくぞ。熱いから気をつけろよ」
机に置かれた紙のカップに大輔は少し驚いた。それは以前、大輔が穂積と行ったカフェのものだった。
晃司が好んで行く店とも思えないから、わざわざあの店まで出向いてくれたらしい。大輔は小さく笑ってしまった。
「……なんだよ」
大輔が笑った理由を、晃司は気づいたのだろう。軽く頭を小突かれた。
(いい人なのかなんなのか……よくわかんない人だなぁ)
悪い人ではないのだろう、と今では思っている。穂積と行った後、何度か一人で店を利用している。テイクアウトで課に持ち帰ったこともあるので、晃司は店の名前を覚えていたのだろう。
香ばしいコーヒーの香りが、大輔の気分を少しスッキリさせてくれた。桂奈と交代する晃司が来たということは、大輔と交代する一太もそろそろ来る。あともう少し、と気合を入れ直したその時——。
「うそ……」
向かいの桂奈が、低い声で呟いた。
「……どうした?」
大輔の横で、机に腰かけてコーヒーを啜っていた晃司が立ち上がる。慌てて桂奈の後ろに回り——桂奈と同じように激しく顔を歪めた。
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大輔の顔が、一瞬で青ざめた。
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