モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

文字の大きさ
35 / 49
番外編

35 夏の話 6

しおりを挟む
 そして嫌々ながら翌日寮を出て実家に帰省した。
 ならば。
「アユ君、暑い中おっかえりーぃ!」
 家に翔ちゃんが来ていて玄関まで出迎えてくれて。何故に上機嫌なんですか? 俺はそんなに帰省を疑われてたんですかね?
「聞いて驚けアユ君よ! 我々は自由の身になれたのだー!」
「は?」
 ポニーテールを揺らしてバンザイしてるが。
「鈍いなあ。じいちゃんの脳みそ特訓は中止になったの!」
「中止?」
「どうしても病院関係の外せない用事ができて一週間帰ってこないらしいよ、うひひ」
 ……。
 なるほど、それでこのハイテンションか。恐らく今回の分は冬休みにスライドして更に三年の夏にぎっちぎちに詰め込まれるんだと思うけどね、翔ちゃんよ。
「そこでね、時間も空いたしアユ君に話したいことがあるんだ」
 翔ちゃんはニヤニヤを引っ込めて俺の目をじっと見た。
 話したいこと?
「ま。とりあえず上がって冷たいものでも飲んで」
 いやいや、ここ俺んちなんで早く家に上がりたいのはやまやまだったのですよ。
 唐突に一つ予定がなくなったかと思えば唐突に一つ増えて。実家に帰ってくればこれまで聞かずに済んでたことも聞かないといけないよな。ツケが溜まってるみたいに。
 荷物を居間に置き、綺麗に片付いている俺の部屋に母親が用意してくれた2リットルのお茶のペットボトルとグラスを二つ持って翔ちゃんを招き入れる。
 そしてドアを閉めるなり。
「アユ君、彼女いる?」
 お茶ぐらい注がせてほしいんだけど。もちろんあなたの分も。
「……いや」
 いきなりなんだその質問。
「あのさ、アユ君、男色ってことになってるから」
 ……は?
 ローテーブルに座るなり放ったセリフは。
「じいちゃんたちがさ、跡継ぎ問題であたしらの誰かとアユ君を結婚させようとしてるのよね。男の子、アユ君しかいないでしょ」
「はあ!?」
 なんだそれ。耄碌にもほどがあるだろ。誰がそんなこと言い出したんだよ。
「まあほら、法律上セーフでしょ。でも孫女子連合としてはそれはやっぱり嫌だからさ」
「まあそりゃ」
 いとこ同士でっていうのは兄弟に近いようなものだ。だがあからさまに嫌がられるのもちょっと複雑。俺、好かれてないわけ?
「アユ君のことは好きだよ、親戚としてもちろん」
「それはどうも」
「そこで、絶対回避策としてアユ君は男が好きらしいっていう偽情報をね、じいちゃんたちにこの間リークしたわけだ」
「……ほう」
 俺はどういう反応をしたらいいんだ。
「ごめんね。あたしらも必死なのよ。みんな好きな男の子ぐらいいるでしょ?」
 そりゃそうだ。気持ちはわかる。しかしそういうのは一言相談してほしいものだ。そのリークはかなりインパクト大だぞ。ウチの家族に関わる話でもある。
「一応ね、じいちゃん連中までで止めてあるの。ウチの親とか叔父様には内緒でってことにしてある。アユ君が自分で言うだろうからって」
 スケールがデカい嘘だよな。でも俺たちが学校を卒業するまでの五年六年付き通せるか?
 いやまあ嘘というか。
「そういうわけで、それをしばらく通してくれるとありがたい。バレたらバレたでそれだけ嫌なんだってアピールになるし」
 言ってることは理解できる。どう転がっても翔ちゃんたちが困ることはないのだろう。それで俺の方はどうなんだ。嘘がバレて男色ではありませんと否定してその後は。元の木阿弥だろ。
「で、その後にね、あたしの一大計画をぶちまけようと思うの」
 いちだいけいかく?
「あたしが多田の家を継ぐ。婿養子をとって」
「……なるほど」
 こっちが本命で二段構えか。なかなかやる。バレなければ説得力もあるしな。翔ちゃんは跡継ぎになりたかったのか。少し意外。三女だからもっと自由な道があるだろうに。
「アユ君は跡継ぎ問題、どう捉えてるわけ?」
 こういう話、二人でしていいものか? 全孫会議じゃなくていいのかよ。
「別に俺は興味ないし、翔ちゃんたちの誰かが継いでもいいと思ってるよ」
 そこは俺がヘテロだったとしても同じことを思ったはずだ。
「そっか。あたしね、長男の娘だし医者の婿養子とって後継いでもいいと思ってるんだよね。アユ君は男色だから跡継ぎを作れないでしょ?」
 ってかそういうことになってしまってんだろ、お前さんたちのせいで。虚構と現実を混ぜるな……とは言えないが。
「面倒だけどさ、父親の長男の体裁、守ってやりたいなってちょっとは思ってて」
 ああそうか、俺と同じか。伯父さんは男の子が欲しかったんだろうな。だけど生まれたのは三姉妹で。だから末っ子は翔なんて男の子でも通るような名前にしたんじゃないだろうか。翔ちゃんも生まれながらにして迷惑な話だが。
「お姉ちゃんたちは全然婿養子考えてないみたいなのよ。アユ君の気持ち聞いておきたくて。叔父様はアユ君を医者にしたいんでしょ?」
「そうみたいだよ。跡継ぎに関しては特に聞いたことないけど」
 あわよくば、ぐらいは思ってるかもしれないがせいぜい墓守ぐらいの話で、相続に関して思うところもないだろう。
「じゃあまあアユ君は医者になるとして、あたしも一応頑張る予定なの。そこでさ、イケメン医者をひっかけて多田ウチに入れちゃう。それでもいい?」
「いいよ俺は」
 異存はない。諸手を挙げて翔ちゃんを支持する。
「その代わりちょっとの間不名誉なことになるかもしれないけど」
 男色が不名誉ってことはない。翔ちゃんたちがでっちあげたことは間違ってないんだよ。
「俺は男色でもなんでもいいよ、家に関心ないし」
「よし、じゃあ協定成立ね」
 翔ちゃんは嬉しそうにぱんと小さく音を立てて両手を合わせた。
「お姉ちゃんや真帆ちゃんたちに言ってもいい?」
 真帆ちゃんたちとは父親の兄、つまりじーさんの次男坊の子供の名だ。
「もちろん、共有してた方がやりやすいだろ」
「ありがと。じいちゃんたちから全力でアユ君を守るから心配しないでね!」
 そこで秘密会議は終わり、翔ちゃんは満面の笑みで帰っていった。
 全力で守るとか女子に男前なことを言われる俺は。
 でもまあ、思わぬ方向からこっちは解決した、のかもしれない。そうなると大学は行きたいところでいいわけだよな。翔ちゃんが大学でイケメン婿養子を捕まえてくるんだから。俺のやるべきことはじーさんの脳特訓を同志として最後まで付き合ってやることかな。翔ちゃんの入試攻略はマストだ。
 と、翔ちゃんの話が終わり再びすることがなくなった。
 寮に戻るか? 家に帰ろうが帰らなかろうがこっちの友達とは遊べるしな。とはいえ、このまま回れ右で帰るのはさすがにあれか。明日戻るかな。せめて父親に顔を見せてから帰ろう。
 そう決めてベッドに寝転がった。することがないわけじゃないが(課題とか)、今はしたくない。じーさんの鬼の形相を覚悟して帰ってきたのに拍子抜けで。せっかくの自分の部屋だ。何をしても誰にも文句を言われない。自堕落にやろうじゃないか。
 俺はグラスに残った麦茶を飲み干すとベッドに大の字になって昼寝を決め込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

キスの仕方がわかりません

慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。  混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。  最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。 表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

有能副会長はポンコツを隠したい。

さんから
BL
2.6タイトル変更しました。 この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。 こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。 ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

バスケ部のイケメン先輩に誘惑されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 他にも書きたいのがいっぱいある。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...