モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

文字の大きさ
36 / 49
番外編

36 夏の話 7

しおりを挟む
 晩飯のあと自室で友達と取り留めのないメッセージのやり取りをしていると、待ってたというか待ってないというか樫木のアカウントからメッセージが飛んできた。
 ……。
 しかしそれは思いもよらないもので。
 写真が送られてきたのだ。橋口さんとのツーショット。居酒屋だろう背景で、肩を寄せあった自撮り。やっぱり飲みに行ったのか。
 そして待ってるよ、と一言添えてあって。
 これは。
 樫木が打ったものじゃない。酒に呑まれてるのか楽しそうな緩んだ顔で樫木は写ってるが、恐らくここに来いという意味じゃない。連絡を待ってるってことだろう、これは橋口さんからのメッセージだ。
 この後、二人はどうするのだろう。十一時になろうとしてる時間だ。
 何考えてんだ、俺。そんなことどうでもいいだろう。二人がどうしたって、俺が口を挟むことじゃない。決めるのは樫木だ。終わってるって言ってただろ。もう何もないのが普通だ。

「連絡くれると思ってたよ。多田君」
 後から来た橋口さんは席に着くとにっこり笑った。
 今日は出勤だというので、昼休みを使って町中華の近くの喫茶店で会うことになった。外回りだから割と時間使えるよとは言っていたが。
 樫木には何も言ってない。言うことではないし、昨日あれから連絡もなかった。二日酔いで寝てるかもしれない。朝まで一緒だったのかもしれないとか考えが過ったがつまらないので打ち消した。
 結局、橋口さんの思わせぶりな言葉に負けたのか己に負けたのか、樫木のアカウントから橋口さんのメッセージを受け取って二時間後、橋口さんの名刺にあったメールアドレスに連絡した。夜中に失礼とは思ったが、見なきゃいいのに酔っぱらいのツーショットを眺めていると何だか腹が立ってきて。どうせ起きてるんだろうし、会うことはないと言いながら待ってるって送ってくるんだから何時だって構わないだろうと。何かを試されてるのか、ダメ押しをしたいのか。俺は何も見えないことのイライラを解消したいから。話を聞くだけだ。
「先日はすみませんでした」
「ああ、君が一向に答えてくれなかったこと? 自分を守りたかったのか智を守りたかったのかわからないけど慎重な子なんだなと思ったよ。昨日、既読ついたからわかってると思うけど僕が誘って飲んだよ」
「はい」
 と言うしかないだろう。そんなの好きにすればいい。
「智って酔うとガードゆるゆるでさ、一応秘密事項だろうに自分から嬉しそうに君のアカウントを見せてくれて。それで写真送ってみたんだよ」
「そうですか」
 樫木が止めなかったのは酔っぱらいすぎて気が回らなかったからか。まあ見せた時点で終わってるよな。
「智の様子を見るに君は恋人ポジなんだろうけど、でも智はまだ一夜の相手を見つけて寝てるんじゃないの?」
 は?
「僕と別れた後もそんな生活をしてたって言ってたけど、君だけじゃ足りないんじゃない?」
 足りない?
「僕はいいと思ってるよ、それでも。智はいつもいろんなぬくもりを欲しがってて、僕一人じゃ賄えないんだ」
「どういう……」
 つい零してしまった。
「智は高校時代、僕と付き合ってるのに他の男とも寝てたよ」
 ……。
「いろんな男で快楽を満たして最後に眠りに帰るところが僕であればいいと思う。そういう場所が智には必要だ。そんなの君は受け入れられないだろ? 自分一人を愛してほしい、誰だってそう思う」
 依存症みたいなこと言うなよ。樫木はそんな人間なのか? 今もそうだっていうのか? 待って。頭が追い付かない。
「当時僕はそんな智から逃げたんだよ。智が他の男と寝ることに耐えられなくて、なのに僕が一番なんだと離そうとしないのが辛くて卒業と同時に智を突き放した。君もきっとそのうちそう感じるかもしれない。でも今なら僕は受け止められる。社会に出て大人になったし、今も変わらない智を愛してると思う。あれから十年近く経ったけど、智との時間が一番愛おしい」
 手に負えない、と言ったのはそういう意味なのかよ。あいつは隠してたのか? いや、まだそうだと決まったわけじゃ。
「智が他人を過分に求めるのはね、家族がいないからなんだよ。多分愛情を抱えきれないほどに欲しかったんだと思う。肌を重ねることで心を埋めてたんだと思う」
 ……。
「小さい頃から施設で育って、全寮制の高校へ入った。僕らの学校は君もわかると思うけどいい環境で勉強も生活もできる。入学するためにかなり頑張ったって言ってたよ。そんな中で僕たちは二年生の時に同じ部屋になってね。最初はお互い性的指向が曖昧だったから試行錯誤したけどとてもいい関係だった。最後は駄目になったけどね。智の望むパートナーにはなれないと思ったんだ」
 情報が多過ぎる上にこれは橋口さんから聞いてはいけない話だ。頭がパンクしそうだ。
 樫木は話してくれなかった。でもこの先いつか話す機会があったかもしれない。初っ端から出自の話をする奴はいないし。隠しておきたかったのだろうか。俺だって進路相談で初めて自分の家の中の立場を話したし、きっかけがなければ辿り着かない。
 でも樫木がどんな出自であっても俺には関係ない、と思う。目の前の樫木が俺の樫木だ。
「高校生の僕は家族がいない智の人生を受け止めるだけの覚悟はなかった。一人ぼっちの智のすべてを抱きかかえてあげるのは無理だと思ったし、僕を抱きしめる智の腕がとても強くて怖くなった。君はどう?」
 どうと言われても、今知った話に上手く即答できるほど頭の回転が速いわけでも、樫木に対して勢いがあるわけでもない。飲み込むのが精一杯だ。しかも上手く飲み込めてない。
「だから君が辛くなる前に、智が失望する前に、智から離れてくれないかな」
 この人の言いたいことはわかった。樫木の全てを受け止めるだけの準備はできてる、お前にはそれがないだろうと。
 橋口さんは樫木と同い年で学生の頃から知ってて。俺は樫木と十離れてて樫木はいわゆる大人で俺はガキで。やっぱりそこから違う。樫木の人生を受け止められるとかそんな器はないし。
 ……最初から無理な話だ。
 明日やせいぜい一年後を見据えるのが精一杯だ。樫木の求めるものを差し出せる自信は、ない。
「昨日は……いえ、なんでもないです」
 こういうことは言うべきじゃない。みっともないだろ。
「ああ、もしかして飲んだ後どうしたかって? 店の前で別れたよ」
 本当だろうか、なんて疑う俺は何なんだよ。もういいだろ。
「納得しない? じゃあ本当のことを言うね」
 え?
「智と寝たよ」
 そうか。
 疑うのも嫌だし、疑った通りなのも嫌だ。ヨリを戻したってことか。もう本当に俺は。
「……わかりました」
 何がわかったのか自分でもわからないが、そう言わないとここを離れられない。一刻も早く店を出たかった。
「うん?」
「樫木せ、さんにちゃんと言いますから」
「うん。わかった。頭のいい子は話が早くて助かるよ」
「失礼します。これ、」
 財布を取り出して千円札を置く。頼んでくれたホットコーヒーは早々に冷えてたけど口を付けられなかった。
「あ、いいよ。ここは僕に持たせて。智と一緒にいてくれてありがとう」
 立ち上がった俺の手に橋口さんは置いた金を握らせたけど押し問答する気分になれず、俺はそのまま店を出た。今度こそもう会うことはないだろう。
 俺だけを見てほしいとか、少女漫画みたいなことを思っていたわけじゃない。
 この関係が永遠に続くのだろうと思ったこともない。
 だけど、それが今なのか。まあ、いつ来たって同じことだよな。終わりは終わりだ。
 俺は。
 恋人が欲しかったのだ。ずっとそう思ってた。
 そして願いが叶って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...