モーニングコーヒーはぬるめで

慶野るちる

文字の大きさ
40 / 49
番外編

40 夏の話 11

しおりを挟む
 残された俺と樫木は。残されたというか俺の部屋だけども。
「お疲れ様、です」
 何を言っていいかわからない。樫木の顔を真っすぐ見れない。だってこいつは。
「入ってもいいか?」
 いくら人がいないとはいえ、いつまでも戸口に立たせておくわけにはいかないだろう。入れば出て行くのも少々苦労しそうだが。ってやっぱ教師が生徒の部屋に来るのはアウトなのだろうか。そんなの寮則に書いてあったっけか。
「どうぞ」
 樫木はどかどかと遠慮も何もなく入ってきて、椅子に座る俺の前に立った。まあ、随分前だとしても古巣だろうから勝手知ったるってやつだ。
「お前、実家に帰ったんじゃなかったのか」
「帰りましたよ」
 挨拶もなくいきなりかよ。怒りを抑えたような声色だが、それは俺の自由だし、帰ったし。ここにいることを責められるいわれはない。
「じゃあなんでここにいるんだ」
「そりゃ戻ってきたから」
「見ればわかる。理由を訊いてる」
 尋問かよ。
「家にいたくなかったからです」
 ここで引いたら負けだろ。強面で迫ったからってしおらしくなると思うなよ。
「どうして」
「一人になりたかったから」
「家で何かあったのか」
「何も」
「じゃあどうして」
「別に」
「別にってなんだよ」
「俺が答える必要あります?」
 いい加減しつこいな。
「俺が知りたいんだよ。何かあったんなら話せ」
「……」
 あんたも俺に言うことがあるだろ。
「それで北見なのか」
「それでって何だよ」
「一人になりたい理由が北見か」
「北見は心配して来てくれただけです」
「心配? どういうことだ」
「俺が電話したから」
「来いってか」
「言うかよ、そんなこと」
「北見と寝たのか」
 ……呆れた。
「あんた頭にそれしかないのか。飯食ってたの見ただろ」
「北見と抱き合ってたんだろ?」
 ああそうだよな。岸さん、樫木にチクったんだよな。じゃないと樫木はここにいない。浮気現場、なんてそのまま言ったんだろうな……。あの人誰の味方なんだよ。ま、樫木だよな。
 ハグされてただけで、俺はしてない。だがそれをいちいち言うのも面倒だ。誤解してもしなくてももういい。
「だったら何なんだよ。あんたは橋口さんがいいんだよな。あっちへ帰れよ」
 俺だけが責められるのかよ。何も見てないくせに。何も知らないくせに。俺がどう思ってるかなんて。
「夏乃……?」
 樫木の眉間に寄っていたシワが緩んだ。
「橋口さんみたいに覚悟なんてない。だから納得した。感謝してるから、もういい」
「何言ってるんだ、夏乃みたいな覚悟って何だよ、夏乃に何か言われたのか? いや、お前夏乃と会ったのか」
「もうどうだっていいだろ」
「いいわけあるか。何で勝手に会うんだ」
「勝手に、って誰に会おうが俺の自由だろ。何で許可がいるんだよ。別にあんたからとりゃしねえよ」
「お前本当に何を吹き込まれたんだ。夏乃とは切れてるって言っただろ」
「橋口さんとも寝て俺とも寝て別の夜は知らない奴と寝るんだろ? 俺は何番目?」
「な……に言っ、て」
 樫木の言葉が初めて詰まった。まさに虚をつかれた顔。きっと俺が言わなきゃ黙ってたんだろうな。
「俺はその輪の中から抜けさせてもらうわ。橋口さんはそれでもいいらしいけど俺は無理だから」
「歩」
「怒ってない。そういうことは最初に言ってほしかったけど今となってはもういいし。どうぞ先生、お帰りはあちらですので」
 俺は部屋のドアを開けに行くために椅子から立ち上がった。
「待て歩、違う。俺の話を聞けって」
「橋口さんと寝たんだろ? 違わないだろ!」
 寝たことを責めてるわけじゃない。寝たんなら俺との関係はもう終わりだというだけだ。
 それでも俺の足はドアへ向かうことなく止まってしまって。
「確かに寝た。でもそれは最後に一度だけって言うから」
 ほら。本当だったんだ。橋口さんの嘘かとも思ったが。
 最後に一度だけ、ってどういうことだよ。そのまま聞けば今回限りってことだが、そんなの信じられるか。大体、切れた人間ともう一度寝るって。こいつやっぱり一人と付き合えないタチなのか。
「一度でも二度でも一緒だろ。やったことにかわりない。お願いされれば誰とでもやるのかよ」
 いや、こんなことが言いたいわけじゃない。違う、そうじゃなくて。終わるのなら静かに綺麗に終わりたいのに。
「お前だってそうだろ」
 はあ!? なんだそれ。 
「あんたと付き合う前のことだろ! 今関係ねぇじゃん。最後なんて言わずに橋口さんのとこ行けばいいだろ。あの人はあんたのこと狙ってたぞ。俺に手を引けって言ったしな!」
 樫木の話をしてる。俺は関係ない。何馬鹿なこと言ってんだ。
「それはない。あいつと俺はもう終わってるって言ったろ」
 どうせなし崩しに続いていくんだろ。俺は橋口さんみたいに心が広くない。最後に戻ってくればなんて。それが俺なのかどうかもわからないし。
 結局、樫木の幸せどうこう言っても、俺が嫌なだけで。博愛主義者よろしくあっちもこっちもいただきますなんて御免だ。樫木とセフレのような付き合いはしたくない。橋口さんみたいにはなれない。
「お前はクールだしそういうの気にしないだろ」
「そういうのって何だよ」
「俺が誰と寝ても」
 おい。
「何決めつけてんだ。好きな奴が誰かと寝たって聞いてなんとも思わない奴なんかいるかよ!」
「お前……」
「あの人があんたを幸せにするっていうんならそれでいいと思ったよ。俺じゃダメなんだろうから。俺は鈍くて、遅くて、覚悟もない。もういい」
「何がもういいんだ。覚悟ってなんだよさっきから」
「俺はガキだからあんたの人生を背負い切れない」
「何の話だ」
「橋口さんのこと嫌いじゃないだろ。だからもういいって」
 もういいって何回言わせるんだよ。早く出て行け。
「は? 待て歩、お前ちょっと落ち着け。俺の話、わかってるか?」
「俺は落ち着いてるよ、あんたの話なんてどうでもいい。もう終わったんだから」
「終わってねえ、俺がなんでここに飛んで来たと思ってる」
「知るかよ」
 北見と一緒にいるのが気に入らないんだろうけど、樫木の都合よくいくか。
「北見に嫉妬したんだよ。俺のものに手を出すなって思ったんだよ」
「北見はそんなんじゃない」
 まだ言うか。
「歩、事実はどうあれ、俺はお前と北見が一緒にいるのは嫌なんだよ。あいつはいい男だ。お前をかっさらわれそうで不安なんだよ」
 不安って……。なんて顔すんだよ。北見なんてあんたからしたら子供だろ。十も違う。それに北見は俺のことは親友だと思ってくれてる。かっさらうとかないだろ。
「お前に告白してから抱いたのはお前だけだ。一夜の相手なんかいない。高校時代は夏乃を抱けない日は外でヤリモク相手を探してた。誰かと身体を繋いでいたかったんだよ。今は違う。夏乃の件は俺が悪かったかもしれない。でも本当に終わってるんだよ。当時の俺は夏乃に縋るだけ縋ってただただ重い奴だった。申し訳ない気持ちもあってこれでちゃんと気持ちの整理が付くと思ったんだよ、俺も夏乃も。夏乃が引きずってたとは知らなかったし。逃げたと言ってたがあれで正解だったんだ」
 ……。
 橋口さんが言った通り樫木はやりまくってたんだな。恋人だと言って都合よく利用してたわけじゃなくて本当に好きだったんだろうけどあまりにも勝手だ。俺だってそんな奴は好きだとしても離れる。……現に今がそうだ。だから橋口さんは十年も燻り続けたのかもしれない。嫌いになったわけではなかっただろうから。
 最後にもう一度、というのもわからないこともない。橋口さんの想いは樫木の言葉だけでは昇華しなかったのだろう。でも、
「でもその後あの人は俺に手を引けって」
「俺たちを心配したのかもしれない。お前を試したんだろ」
 いや、違うだろ……あんな意地悪、心配してる人間が言うか?
「ちゃんと夏乃も納得した上で終わった。ヨリを戻す気はないと言ってある」
 納得はしたものの未練たらたらじゃないのか。あわよくば、俺が樫木から離れればいいと思ってるんだろ。本当に心配してくれてるのなら申し訳ないが。
「歩、俺はお前を愛してる」
 ちょ……ま。
 どさくさに紛れてな、何を。あ、あいし……って……。
 不意打ちに顔が熱くなって、どくどくと心臓が音を立てる。
 落ち着かなくて、くらくらして。
 ずるくないか? いきなり、突然、今。
「夏乃でも他の奴でもない。心を繋いで抱きたいと思うのはお前だけだ」
 だけど真っすぐに俺を見る樫木の目は切羽詰まっていて、返事を促されているようで、肯定してほしいと叫んでいて。
 ……。
 不思議と心が凪いだ。
「わかった」
 俺はその言葉が欲しかったのか。
「俺も先生のこと」
「いいんだ、無理するな。お前はこのままでいい」
 受け入れるだけでいい、樫木はそんな顔をしたけど。
「いや、ちゃんと言える」
 聞きたいはずだ。樫木はずっと待ってる。
「俺は先生のことが好きだ」
 俺の中で形になって言葉にできるほどに確かにあって。責め立てて駄々をこねるよりも樫木を優先して身を引くことに仕方ないと思えるほどに、好きという感情は確固としてある。曖昧だったものが輪郭を持って。少し空いた距離に心が痛むほどに。
 岸さんでもない、北見でもない。抱きしめてほしいのは樫木だ。
 だらだらと寄りかかってばかりではいけないと、対等でありたいと思って。
「だから、俺だけにして」
 少女漫画の台詞のようで気恥ずかしくて、消え入るような声になった。でも言葉にしないと伝わらない。
 樫木のスーツの袖先を指でつまんで小さく引っ張ると樫木は俺を抱きしめてくれた。
「歩、ありがとう」
 耳元で囁かれた声に胸があたたかくなって。
 俺は両腕を樫木の背中に回して、初めて樫木を抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...