44 / 49
番外編
44 多田と樫木のバレンタイン(2023)改
しおりを挟む
「歩」
「……なに?」
俺は今、あんたに作ってもらった昼飯を食ってるんですが。なぜだか知らないがその腕前は寮の食堂のおばちゃん並みで、どっちが美味いかと訊かれればとても迷うレベル。
何とかというパスタを使った何とかという料理をご馳走になってる、俺だけ。腹が減ったから先に食ってしまったと言われ、飯ぐらい待ってろよと思うのは俺の勝手ですかね。ゆっくり味わいたいから話しかけるなと思うのも俺の勝手ですかね?
「来週、いや今週か。あれだな」
あれ……ってなんだ?
俺の前に座ってりんごジュースを飲みながらにこにことそんなことを言った。
「バレンタインデー」
は……?
「俺はお前の手作りがいいな」
あ? 正気か? 何言ってんだ。
「作れないけど」
寮生活だ。作れる場所もなければ、そもそも料理なんてできない。知ってるはずだ。料理の「り」の字も言ったことないだろ、俺。
良い歳した大人がバレンタインデーって。しかも催促。
「まあまあ、そう言わず。楽しみにしてるからな」
食うもの食ってやることやって部屋に帰ってきて。
一応! 一応だ。作り方をスマホで調べると、電子レンジで作れるとあった。最低ラインはこんなに簡単なのか。小学生でも作れるな、こりゃ。
寮内では当然生徒は火気厳禁、各フロアには水場はあるがコンロはない。あるのは電子レンジと湯沸かしポット。
まあ。やれないことはないようだ。この調べた超簡単レシピなら三十分あればできるだろう。道具も特に変わったものはないから水場周りにある共用のボールやスプーンでやれる。後は入れる紙カップ?と持っていくための保存容器を自分で用意すればいいというところか。
他の奴らに作業を見られるのは恥ずかしいが、寮はすべてが共用だから仕方ない。なるべく廊下に人がいない時を狙ってやろう。
と思い、みんなが晩飯を食いに食堂へ行ってる時間を狙ってそろそろと材料一式を手に廊下のシンクへ向かう。
「多田ちゃん」
俺はぎょっとなって振り向けずに固まった。そんな呼び方をするのは一人しかいない。三年生の岸さんだ。でも、三年は卒業式まで自由登校な上にここは一年と二年が住む一番館で。岸さんの行動範囲じゃない。なんでここに、俺の目の前にいるんだ。
「おや、もしかしてそれは。ふうん」
この人、タレ目が余計ニヤニヤ顔を加速させてて掴みどころがない。
「なんですか」
「多田ちゃんてマメな子だったのね」
「違いますよ、作れっていうから」
バレンタインデーなんて気にも留めてなかったのに。
「手伝おうか?」
早く終わらせるためにも是非と思ったが工程が三つぐらいしかなくて頼めることがない。
「いや、超簡単なやつなんで」
「ふむ。でも袋開けたりカップ並べたり時短になるよ?」
確かに。
俺はスマホを開いてその超簡単レシピを見せた。
「おけ。精一杯務めます」
二人でやるとスムーズにことが運び、本当にあっという間に出来上がった。手つきを見るに岸さんは料理ができる人なのかもしれない。
「もうちょっと材料多くしようとか思わなかったの?」
出来上がったものを見て岸さんが言う。
コーンフレークを使った、中くらいの大きさのギザギザカップに入ったクランチチョコが三つ。
「まあ、こんなものでいいかと思ったんで……」
「これじゃ頂戴って言えないじゃん」
いや、それは予定通りで。岸さんとここにはいない岡本さんにはそれなりに世話になってるからどうせ作るなら二人にもと思っていたのだ。手元には一つ残ればいい。
「岸さんは何でここにいるんですか?」
色気のない、百均のタッパー容器に二つ入れて岸さんにチョコをあげた。岡本さんの分も一緒に。
「ん? 岡本と約束があってさ。時間があったからうろうろしてたわけ」
何も寮じゃなくてもっとオシャレなところで待ち合わせなりすればいいのに。まあ。周りを気にせずアレコレをと思えばここが一番いいのか。
そして翌日の当日。
「……色気ねえな」
岸さんにあげたのと同じタッパー容器に入れたまま手渡すと第一声がそれだった。
文句を言うなら返してもらうぞ。調べた時間やらなんやらも入れれば五分そこらでできるものじゃない。俺からすればそれなりに手間がかかってる。手伝ってもらったが。
「なんて。料理をしたことがないお前に俺がリクエストしたんだもんな」
そう言って、蓋を開けるとカップからチョコを外して半分食べた。
「ん、うまい」
そりゃそうだ。市販のチョコを溶かしただけだもんな。誰がやったってうまい。
「コーンフレークの量も砕け方も絶妙だな」
砕いたのもチョコと混ぜたのも俺だが、そんなの褒めるほどのことじゃない。このレシピは小学生レベルだ。
「上手くできたと思ったろ」
「いや、食ってないし」
自分の分なんて頭になかった。三人分、三個作ればいいと思ってて。
「おい、味見しないやつがあるか」
人目を忍んでのことだったから余計な量は作れない。
「じゃこれ、お前の分な」
残り半分を手に取り俺の顔の前に突き出す。
……口を開けろってことか。誰が見てるわけでもなし、まあいいかとそろそろと口を開いたら、そのチョコは俺の口に入らず目の前の男の口に入った。
……。
何の冗談だ、これ。バカらしい。帰ろう。
と、踵を返した時。
腕を掴まれ、小さくよろけたところに腰と頭を向こうへ引き寄せられ。
!
キスされた瞬間にチョコを舌で押し込まれた。
そのまま舌は居座り俺の舌とチョコを転がして溶かして。最後にもう一度唇に触れるだけのキスをして解放された。
「ありがとな、歩。美味かった」
俺は口の中に残った小さなコーンフレークをカリカリと噛みながら。
この部屋、社会科準備室に鍵をかけた覚えがないことに気付いた。
……誰もドアを開けなかったと信じよう。
終
*****
2023年2月に旧ツイッターに投稿したものです
本編にそって一部分改変しております
「……なに?」
俺は今、あんたに作ってもらった昼飯を食ってるんですが。なぜだか知らないがその腕前は寮の食堂のおばちゃん並みで、どっちが美味いかと訊かれればとても迷うレベル。
何とかというパスタを使った何とかという料理をご馳走になってる、俺だけ。腹が減ったから先に食ってしまったと言われ、飯ぐらい待ってろよと思うのは俺の勝手ですかね。ゆっくり味わいたいから話しかけるなと思うのも俺の勝手ですかね?
「来週、いや今週か。あれだな」
あれ……ってなんだ?
俺の前に座ってりんごジュースを飲みながらにこにことそんなことを言った。
「バレンタインデー」
は……?
「俺はお前の手作りがいいな」
あ? 正気か? 何言ってんだ。
「作れないけど」
寮生活だ。作れる場所もなければ、そもそも料理なんてできない。知ってるはずだ。料理の「り」の字も言ったことないだろ、俺。
良い歳した大人がバレンタインデーって。しかも催促。
「まあまあ、そう言わず。楽しみにしてるからな」
食うもの食ってやることやって部屋に帰ってきて。
一応! 一応だ。作り方をスマホで調べると、電子レンジで作れるとあった。最低ラインはこんなに簡単なのか。小学生でも作れるな、こりゃ。
寮内では当然生徒は火気厳禁、各フロアには水場はあるがコンロはない。あるのは電子レンジと湯沸かしポット。
まあ。やれないことはないようだ。この調べた超簡単レシピなら三十分あればできるだろう。道具も特に変わったものはないから水場周りにある共用のボールやスプーンでやれる。後は入れる紙カップ?と持っていくための保存容器を自分で用意すればいいというところか。
他の奴らに作業を見られるのは恥ずかしいが、寮はすべてが共用だから仕方ない。なるべく廊下に人がいない時を狙ってやろう。
と思い、みんなが晩飯を食いに食堂へ行ってる時間を狙ってそろそろと材料一式を手に廊下のシンクへ向かう。
「多田ちゃん」
俺はぎょっとなって振り向けずに固まった。そんな呼び方をするのは一人しかいない。三年生の岸さんだ。でも、三年は卒業式まで自由登校な上にここは一年と二年が住む一番館で。岸さんの行動範囲じゃない。なんでここに、俺の目の前にいるんだ。
「おや、もしかしてそれは。ふうん」
この人、タレ目が余計ニヤニヤ顔を加速させてて掴みどころがない。
「なんですか」
「多田ちゃんてマメな子だったのね」
「違いますよ、作れっていうから」
バレンタインデーなんて気にも留めてなかったのに。
「手伝おうか?」
早く終わらせるためにも是非と思ったが工程が三つぐらいしかなくて頼めることがない。
「いや、超簡単なやつなんで」
「ふむ。でも袋開けたりカップ並べたり時短になるよ?」
確かに。
俺はスマホを開いてその超簡単レシピを見せた。
「おけ。精一杯務めます」
二人でやるとスムーズにことが運び、本当にあっという間に出来上がった。手つきを見るに岸さんは料理ができる人なのかもしれない。
「もうちょっと材料多くしようとか思わなかったの?」
出来上がったものを見て岸さんが言う。
コーンフレークを使った、中くらいの大きさのギザギザカップに入ったクランチチョコが三つ。
「まあ、こんなものでいいかと思ったんで……」
「これじゃ頂戴って言えないじゃん」
いや、それは予定通りで。岸さんとここにはいない岡本さんにはそれなりに世話になってるからどうせ作るなら二人にもと思っていたのだ。手元には一つ残ればいい。
「岸さんは何でここにいるんですか?」
色気のない、百均のタッパー容器に二つ入れて岸さんにチョコをあげた。岡本さんの分も一緒に。
「ん? 岡本と約束があってさ。時間があったからうろうろしてたわけ」
何も寮じゃなくてもっとオシャレなところで待ち合わせなりすればいいのに。まあ。周りを気にせずアレコレをと思えばここが一番いいのか。
そして翌日の当日。
「……色気ねえな」
岸さんにあげたのと同じタッパー容器に入れたまま手渡すと第一声がそれだった。
文句を言うなら返してもらうぞ。調べた時間やらなんやらも入れれば五分そこらでできるものじゃない。俺からすればそれなりに手間がかかってる。手伝ってもらったが。
「なんて。料理をしたことがないお前に俺がリクエストしたんだもんな」
そう言って、蓋を開けるとカップからチョコを外して半分食べた。
「ん、うまい」
そりゃそうだ。市販のチョコを溶かしただけだもんな。誰がやったってうまい。
「コーンフレークの量も砕け方も絶妙だな」
砕いたのもチョコと混ぜたのも俺だが、そんなの褒めるほどのことじゃない。このレシピは小学生レベルだ。
「上手くできたと思ったろ」
「いや、食ってないし」
自分の分なんて頭になかった。三人分、三個作ればいいと思ってて。
「おい、味見しないやつがあるか」
人目を忍んでのことだったから余計な量は作れない。
「じゃこれ、お前の分な」
残り半分を手に取り俺の顔の前に突き出す。
……口を開けろってことか。誰が見てるわけでもなし、まあいいかとそろそろと口を開いたら、そのチョコは俺の口に入らず目の前の男の口に入った。
……。
何の冗談だ、これ。バカらしい。帰ろう。
と、踵を返した時。
腕を掴まれ、小さくよろけたところに腰と頭を向こうへ引き寄せられ。
!
キスされた瞬間にチョコを舌で押し込まれた。
そのまま舌は居座り俺の舌とチョコを転がして溶かして。最後にもう一度唇に触れるだけのキスをして解放された。
「ありがとな、歩。美味かった」
俺は口の中に残った小さなコーンフレークをカリカリと噛みながら。
この部屋、社会科準備室に鍵をかけた覚えがないことに気付いた。
……誰もドアを開けなかったと信じよう。
終
*****
2023年2月に旧ツイッターに投稿したものです
本編にそって一部分改変しております
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
キスの仕方がわかりません
慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。
混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。
最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。
表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
有能副会長はポンコツを隠したい。
さんから
BL
2.6タイトル変更しました。
この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。
こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。
ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる