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浚われた少女

5話 竜人少女の姓。

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 目が覚めた。
 前回の失敗を考慮して、カーテンはしっかり閉めて寝たのだが……。
「いくぞ。我は王国最強の魔導士、朱のメイジ……マーク・アシュベリー!」
「なにおう! こっちは白のプリースト、クレイグ・シェリダンだ!」
「……」
 遊んでる子供の大声で目が覚めた。
 有名人ごっこか、兄弟子二人の名前が使われてる。
「ふわあ」
 アクビをしながら懐中時計を見た。
 午前十時。
 昨晩の傭兵団の宴会のお開きはたしか午前二時頃、けっこう寝た。
 今はいつもの下町の格安宿に泊まってる。
「……」
 ボーッとしていたら、ドアのほうからノックの音が聞こえてきた。
「レナード。起きてる?」
 澄んだ美しい大人の女性の声。
 エルフのミーシャだ。
 彼女もこの宿を懇意にしてる。
「ああ、起きてる」
「入るわよ」
「ああ」
 まだ頭がシャキっとしない。
 適当に返事をしていたら、薄着のスタイルのいい体が視界に入る。
「ねえ、こっちのドレスとこっちのドレスどっちがいいと思う?」
「んー?」
 なんだろう。
 俺と同じく寝癖だらけのミーシャは、両手に赤いドレスと青いドレスをそれぞれ持っていた。
「どういうこと?」
「あのね。今日の夜にどっかの貴族が晩餐会を開くんだって」
「へえ」
「隣国の来賓も招いてなんだって」
「ふーん、そういやマークもそんなこと言ってたかな?」
「それでね、私ってばギルドからその晩餐会を盛り上げるフルート奏者として抜擢されたの」
「……」
 上手く回らない頭でよく考えた。
 昨日彼女がギルドにいたのはそういうわけか。
「青のドレスのほうがいいんじゃないかな?」
 適当ではない。
 ちゃんと考えて語る。
「えっと、なんで?」
「貴族の晩餐会のフルート奏者として抜擢されたならさ、酒場とは違ってあんまり派手な服装はまずいんじゃないかな」
「そうか。そうかもね」
「うん」
「ありがとう、参考にする」
「ああ」
「夜に仕事するのは久しぶりだわ。今から少しでも寝なきゃ」
 そうしてミーシャはドタバタと去っていく。
「……」
 部屋は嵐が去ったような静けさになる。
 下で騒いでいた子供たちもどこかへ行ったようだ。
「腹が減ったな」
 もそもそと立ち上がり、軽装に着がえた。
 この宿は食事を提供しない。
 今朝はどこで食べるか。
「ん?」
 またドアのほうからノックの音が聞こえてきた。
 今度は控えめな音だ。
「レナード。起きてるかのう」
「ああ、うん」
 今度は高く少し幼さの残る……爺い口調の少女の声。
 ツムギだ。
 彼女はズカズカと部屋に入ってきたりしない。
「何?」
 とりあえずドア越しに尋ねた。
「相談があるのじゃ。お主が時間があるときに声をかけて欲しいが良いかのう?」
「今暇だからそっちに行くよ」
 というわけで、起きてそうそうツムギの相談を受けることにした。

†††††

 結局いつも通り、格安宿の近くのパン屋で朝飯を買った。
 ツムギと共に広場で食事にした。
「どうだった? あの宿の寝心地」
 一応聞いてみた。
 あそこは清潔な環境なのだが、下町にあるということでけっこう騒音が酷い。 
 建物も古いし、女の子には合わなかったかと少し心配してる。
「ふむ、居心地は最高じゃった」
「へえ、うるさくなかったか? 今朝も子供が騒いでたし」
 ツムギは首を横に振る。
「いや。ああいう声はむしろ心地よい。なんとなく故郷を思い出す」
「へえ」
「むしろ……だだっ広い静かな場所は苦手じゃのう」 
「まあ、俺も」
 お互い天涯孤独の身だ。
 やはり少しは周囲に誰かの存在を感じると落ち着くのは同じかもしれない。
「で、相談って?」
 アップルパイを口に放りこみながら、質問した。
 何の悩みだろう。
「うむ、これの使い方を教えて欲しいのじゃ。百年前はこんなものなかったからわからぬ」
「あ、ギルドカードじゃん」
 ツムギが手にしていたのは、虹色に鈍く光るカードだった。
「もしかしてギルドに行ってきた?」
「いや。今朝ギルドの者が宿に届けに来てくれてのう」
「へえ。そういえば俺のときもそうだったかな?」
「それでのう。一応説明は受けたのじゃが、さっぱりわからんのじゃ」
「ああ、俺もドミニクもそうだったな。あの時は朱のメイジが教えてくれた」
「ほう」
 一年前の登録したての頃を思い出す。
 そういやギルド職員って住所不定の奴の居場所をどうやって把握してるのか。
「とにかく、これで買い物や宿の支払いをできると説明されたのじゃ」
「うん、待ってて。俺のカードで実践するから見ててくれよ」
「頼むのじゃ」
 というわけで、立ち上がる。
「うーんお腹いっぱいだしなあ」
 先ほどパンとコーヒーを小銭で買ってしまったのが悔やまれる。
「何か店がないかな」
 下町の広場で何か買えないかキョロキョロと探す。
「あ、露店が今日も出てる。行ってみよう」
「うむ」
 噴水の先に、敷物を広げてアクセサリーを並べてる獣人が見えた。
 見たことない行商人だ。
「ねえ、カードで支払いできる?」
「これはこれは、黒のレンジャーさん。またお会いしましたね」
「え?」
 驚いた。
 広場で行商していたのは、昨日ツムギの面接をした羊の獣人だった。
「あんたギルド職員の・・・・・・こんな所で何してんの?」
「今日は非番なのでね、小遣い稼ぎを」
「へえ」
 たしか規定でそんな事をしてはいけなかったはずだが・・・・・・気づかないふりをしておこう。
「とにかく、カードで買える?」
「もちろん」
 羊の獣人は軽く笑うと、首から下げた水晶を見せてきた。
「む、それはなんなのじゃ?」
「ツムギ。あんたの持ってるギルドカードも、この人が持ってる商人用の水晶も、王宮の大水晶の端末なんだよ」
「ほう」
「ギルドからの報酬は各人のものが大水晶に記録されてて、買い物をしたり収入があったりすると数字が変動する」
「うーむ?」
 なかなか理解してもらえない。
 そういや俺もそうだった。
「つまりね、ツムギさん。これは便利な小切手みたいなものです。大水晶はギルド会員専用の銀行ってとこ」
「な。なるほど」
 ポンと手を叩くのが耳に入る。
 俺よりは確実に理解が早い。
「小切手って同じということは……カードを絶対に無くさないように気をつけなければならぬのう」
 今度は神妙な顔つきでそう語る。
 羊の獣人は手を振ってそれを否定した。
 その件は説明は任せよう。
「もしかして他人がカードを使っちゃう心配してますか? 大丈夫、そのカードはツムギさんしか使えない」
「ほう」
「あなたは昨日というか、約百年前にギルドに登録しました。その時に、あなたの魔力も本人証明として登録されています」
「ほう」
「つまり。魔力自体が鍵になってて、本人以外にそのカードは起動できない」
「むう、だから他人が配達したりできるわけなのじゃな」
「そう。カード自体は無くしたら再発行も簡単でね、それほど価値がありません」
 完全に納得したようだ。
 ……多分そこも配達員は説明したと思うが。
「それで、どうやって使うのじゃ?」
 今度は視線が俺に送られる。
「……」
 二人の会話を聞きながらも、目の前の商品を物色していた。
「その変な形のアクセサリーちょうだい」
「これはこれは・・・・・・それなら銀貨一枚……いや銅貨九枚でいいですよ」
「本当? とにかく買うよ。ツムギ、見ててよ」
 なんだろう?
 今羊の獣人が少し驚いたような?
 とにかく、俺は指先に少し魔力を込めて、自分のギルドカードの銅貨の絵柄を九回なぞる。
 するとカードの表面に数字の9が浮かび上がる。
「これで銅貨九枚分”引き出した”。このまま商人の水晶にかざすだけ。取り消したいときはこっちの絵柄をなぞる」
「ふむ……ふむ」
 ツムギは目を輝かせて一連の流れを観察している。
 ……やっぱり可愛い。
「まいどあり」
 取り引きが成立した。
 羊の獣人から変な形のアクセサリーを受け取る。
「はいはい。そうだ! これ、ツムギにあげるよ」
「ぬっ!?」
「え?」
 軽い気持ちで言ったのだが、予想以上に驚かれ、こっちも驚く。
「い、いいのかのう?」
「う、うん。ほら、ギルド会員になったお祝いってことで」
「そうか。なら遠慮なくいただくのじゃ。ありがとう」
 頬を赤らめて喜んでいる。
 なぜこんな安物にそんなに喜ぶのか……。
「ふふ。ツムギ・ヒスイにその勾玉が渡るとは……これも運命か」
「ん? マガタマ?」
 羊の獣人が変な事を呟いている。
 聞き慣れない言葉だ。
 それになんだ?
 今彼の雰囲気がガラリと変わったような・・・・・・。
「ツムギ・ヒスイ? 誰じゃ? それは」
 そうだ。
 それも変な発言だ。
 ツムギは姓を名乗ってない。
 会員登録もツムギ、だけだった。
「ん? ツムギさんのフルネームですよね?」
「……!?」
 羊の獣人の更なる発言にツムギは目を見開く。
「そうじゃ。思い出したのじゃ」
「ん?」
「ワシのファミリーネームは……ヒスイ」
「え、ええ?」
 これは……どんな状況だろう。 
 自分の姓って忘れるものだろうか。
 それに、なんでそれをツムギと何の関係もない羊の獣人が知ってるのか。
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