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浚われた少女

14話 上級魔法の相殺。

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 思考がまとまらない。
 思わず口にしてしまっていた。
「……エビルスコーピオン」
 それはこの大陸で最も危険な魔物の名前だった。
 サソリ、といえばエビルスコーピオンを差すくらい有名な魔物。
 サソリの大量発生は災害の一つと数えられる。
 それを……従えている奴がいる。
「……結界が限界です。一回消します」
「了解!」
 手短にハドリーさんに返事をする。
 そしてしがみついていたツムギの肩を掴んで、ハドリーさんの後ろほうに突き飛ばした。
 そのまま魔法剣を二本、両手に持って構える。
 緑色の髪の男が少しでも隙を見せたら、投げつけるつもりで。
 しかし攻撃に使うつもりの武器は、二本ともすぐに消費してしまう事になる。
「なにっ!」 
 凄まじい速さで二体のサソリが這ってきたのだ。
「……!」
 ほぼ反射的に、体を左右に反転させて渾身の二連擊を放っていた。 
「ギ、ギィ」
 次の瞬間、魔物の断末魔と宝玉が二つ地面に転がる音が耳に入る。
 エビルスコーピオン、素早いが意外に弱い。
 投げた通常の魔法剣で倒せるのか。
「お、やるねえガキ。エビルスコーピオン二体を瞬殺か」
 男が楽しそうに語っている。
「なら、これはどうだ! 二発目!」
「……!」
 凄まじい魔力が高まるのを感じた。
 前からだ。
「下がるのじゃ!」
 合図に本能的に恐怖を感じた。
 言われた通り後ろに下がる。
「ま、マジかよ?」
 そういえばツムギは風魔法も使えるんだった。
 近くの小さな木が根っこごと抉られ宙に舞うのが見えた。
 凄まじい音が草原中に鳴り響く。
 ツムギと風魔法、しかも先ほど見たやつと同じ規模のものを放っていた。
 発生した巨大な竜巻が男のほうへゆっくりと進んでいく。
「二人とも、今のうちに逃げましょう!」
 ハドリーさんの声が聞こえる。
「い、嫌じゃ! ワシはあの男と戦う!」 
「……?」
 らしくない。
 今まで好戦的な素振りを見せなかったツムギが、息を荒くして竜巻の向こうを睨んでいる。
 活を入れるつもりで強めに声を張った。
「どうしたんだ? 早く逃げるぞ!」
「頼むのじゃ、戦わせて欲しい。思い出したのじゃ」
「思い出した? 何を?」
「あの男……百年前にワシの村にサソリの魔物を大量に放ったのじゃ」
「は、はあ?」
 言葉が理解できない。
 とにかくツムギは逃げようとしない。
 これは、無理やりにでも連れて行くべきか。
 一瞬迷った隙に、世にも珍しい現象を目の当たりにすることになる。
「相殺!?」
 ハドリーさんが叫ぶ。
 ツムギが放った竜巻は跡形もなく消え去っていた。
 土煙まで吹き飛んでいる。
「おいおい、やるねえ。今度は角の生えた東洋人のガキのほうか。俺の竜巻と互角とはねえ」
 楽しそうな声が聞こえてきた。
 ……無傷か。
「ハドリーさん、結界はまだ張れるのか?」
 振り向かずに確認する。
「いつでも張り直せます」
「待って欲しいのじゃ! 結界に閉じ込められたら、ワシの魔法が届かん!」
「ツムギ! いい加減にしろ! 逃げるぞ!」
 つい怒鳴っていた。
 これでダメなら……最悪時間停止の魔法をツムギに使う事になる。
「ツ、ツムギだと?」
「……!」
 なんだ? 
 男が高めていた魔力を沈めた。
 つまり魔法をキャンセルした。
 戦闘態勢を解いた?
「ずいぶんデカくなったが……お前まさか師匠の娘か? ツムギ・ヒスイ? それにその角はなんだ?」
「はあ?」
 思わず疑問系で返していた。
 男は続ける。
「なんでお前生きてるんだ? お前を人買いに売ったのは……百年は前だぞ」
「貴様! やはりお母様の弟子だったジェレマイア! この裏切り者め!」
「ど、どうなってんだ?」
 場の全員が動揺している。
 もちろん俺も。 

†††††
 
 風が強くなってきた。
 もちろん魔法ではなく、自然の風。
 草木はざわめき少しうるさいくらいだ。
 自然に声も大きくなる。
「ジェレマイア! 殺してやるのじゃ!」
「おいおい、久しぶりに会ったんだ。向こうの言葉で話そうぜ。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって俺にベッタリだったろ?」
「貴様ァ!」 
「……?」
 言い争いが始まった。
 状況は全く理解できないが、これだけは言える。
 ツムギはまったく逃げる気がない。
「レナードさん」
 耳元で小声でささやかれた。
 ハドリーさんがコンタクトを取ってきている。
「あの男の残りの魔力とツムギさんの残りの魔力は?」
 そういうことか。
「ツムギはガス欠寸前、緑髪は今のあんた以上に魔力を残してる」
 魔力感知は発動しっぱなしだ。
 こちらも小声で詳細を伝える。
「……」
 ほんの一瞬、ハドリーさんは考え込む。
「私に考えがあります。話を合わせて」
「あ、ああ」 
 短い付き合いだが、彼は頭がキレることはわかってる。
 何か作戦があるなら乗るべきだ。
 ハドリーさんは突然大声を出す。
「レジナルド様! 何をしておられるのです? 戯れはやめてあの男を捕らえて欲しいのですが。我々では手に負えません」
「……?」
 また疑問系の声をあげる所だった。
 しかし空気を読んで踏みとどまる。 
「レ、レジナルドだと……」
 突然曾祖父さんの名前で俺に話しかけたハドリーさんの意図はまだわからない。
 しかし効果は絶大のようだ。
 遠目でもジェレマイアと呼ばれた緑髪の男が青ざめたのを確認できた。
「時間停止の魔法を使ってください。何でもいい」
 また耳元で小声で囁かれる。
 無言でうなずいた。
「……」
 たまたま大きめの鳥が近くを飛んでいた。
 俺はそれをめがけて黒い短剣を投げる。
「な、なんだ!?」
 奇妙な音が鳴り響き、時間停止の魔法は鳥に命中した。
 不自然に羽ばたいた姿勢のまま地面に落ちる。
「じ、時間停止の魔法……それに遠目で見たことがあるぞ。貴様はレジナルド・クラム!」
 いや、違うが。
 とにかく男は声が上ずっている、相当動揺してる。
「……いかにも。ワシがレジナルド・クラムだ」
 よくわからないが、ハッタリをかましておいた。
「やはりか! 貴様、なんで生きてるんだ? 大昔の人間だろ?」
「現にツムギ様は生きてるではないですか」
「ぐっ……たしかに」
 ハドリーさんの中でどんな設定が広がってるんだろう。
 ツムギまで”様”を付けて呼ばれ始める。
「さあ、レジナルド様。あの男の時を止めてください。拷問は私にお任せを」
「ん? 殺してしまえばよかろう」
「いえ、吐かせたいことがあるので」
 ……ヒヤヒヤする。
 不自然ではないのか?
 なんとなくハドリーさんの意図を組んで小芝居をアドリブで続けるが、相手がバカじゃないかぎりバレる気もしてきた。
「ご、拷問だと? 冗談じゃねえ」
 バレてなかった。
 男は汗をダラダラかいて引き始めた。
「せっかく厄介って噂のエルフの魔導士を引き離したのに、それ以上の化け物がいるじゃねえか! どうなってるんだこの国は」
「……!」
 エルフの魔導士を引き離した?  
 それはまさか……。
「冗談じゃねえ、あばよ!」
「ぐっ」
 男は瞬時に放てる威力の弱い風魔法で地面に穴を開けた。
 土煙が舞い上がる。
「ハドリーさん、男の魔力が遠ざかってく」
「本当ですか? 逃げた……のですね」
「うん」
 安心した瞬間、ドッと疲れが出た。
 緊張の糸が切れ、つい片膝をついてしまう。
「そうだツムギ!」
 へたり込んでる場合じゃないことを思い出す。
 先ほどの彼女の形相。
 なんの因縁かはわからないが、ツムギはあの男を凄まじいほど憎んでいる。
 このまま追いかけかねない。
「ダメだぁ!」 
 とりあえず呆然と立つツムギを後ろから羽交い締めにした。
「あれ?」
 しかし、無反応だ。
「毒……一万人に一人の解毒体質……五年前に滅んだエルフの集落……引き離したエルフの魔導士」
「……ツムギ?」
 羽交い締めにされたまま、ツムギはブツブツと何かをつぶやいている。
「ミーシャじゃ!」
 急に大声を張り上げる。 
 心臓に悪いからやめてほしい。
「ハドリー殿! 通信魔具でマーク殿に連絡をして欲しいのじゃ!」
「えっと、頭が冷えたようで何よりですが……マークに連絡するのですか?」
「早く! ミーシャが危ないと伝えて欲しいのじゃ!」
「……!」
 先ほどの漠然とした胸騒ぎを思い出した。
 ミーシャが何らかの危機に瀕しているのか?
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