悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢との恋

8話 悪役令嬢の父親とは

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 変な汗が出てきた。
 ヘザー男爵様に会わなければならないらしい。
 どういう理由で?
「あの、フィオナさん。ヘザー男爵様とはどのような方なのでしょうか?」
 理由よりもそちらを尋ねていた。
 もちろん自分の主が変わるとき、少しは調べているのだが……。
「……」
 フィオナは少し上を向き、何かを思い出すような仕草をする。
 ……どうでもいいが、やはりベアトリクス様と姉妹だ。
 外見だけではなく、その雰囲気もよく似ている。
 父親違いの姉妹とは前に聞いたが……。
「ダスティン・ジョザイア・ヘザー。ヘザー家の当主の名だ」
「……はい」
 そんな事は知っている。
「旦那様は元々は平民だった」
「え!?」
 それは知らなかった。
「先の戦争で鬼神のごとき活躍ぶりを見せ、王国から特別に爵位を頂戴した異例の人物」
「え? 先の戦争って、隣国との?」
「ああ、そうだ」
「それって、四十年前の話ですよ」
「そうだな。旦那様は五十三才だ。十三のときにあの戦争で戦果をあげた」
「……」
 にわかに信じがたい。
「聞いたことがありません。そのような話はもう少し有名になっていても良さそうですが?」
「うーん」
 フィオナは少し悩む。
「そのな、旦那様の偉業があまりにも人間離れしていてな……噂が広まってもすぐに尾ヒレがついた話と思われ廃れていたようだ」
「……」
「実際今の旦那様は小柄で恰幅が良く、商売上手で他の貴族との交流も得意。とてもそんなイメージではないと」
「は、はあ」
 無意識に視線が飾られたヘザー男爵家の写真に移る。
 そこには今の話題の恰幅の良い小柄な紳士と美しい夫人と姉妹が。 
 私自身、ヘザー男爵様が先の戦争の功労者……しかもそれが少年の時の話など、信じられん。
「気になるなら王都直営の図書館ででも調べるのだな」
「は、はい」
「とにかく、見た目に反して猛々しいお方とだけ伝えておきたくてな」
「……」
 ポンと肩を叩かれた。
 まずい……。
 もちろんベアトリクス様とは遊びのつもりだったのに、本当にそんな人物に……一人娘と一夜を共にした事を告げる必要があるのか。

†††††

 ヘザー男爵の件があまりにも気になったので図書館に出かける事にした。
 王都滞在中の私の仕事はベアトリクス様を留年させない事のみ。
 彼女が学園に行っている間はかなり自由が効く。
「ここも久しぶりだな」
 図書館に着き、建物全体を見上げた。
 ここはこの王国自慢の施設。
 五階建ての元古城の一部に、ありとあらゆるジャンルの本を大陸中から集めたものの模写したものを一般公開している。
 ちなみに原典は別の場所に保管してある
「……」 
 扉のない入口を通る。 
 ここもヘザー男爵家と同じ、奥行きが雨風をしのぎ、内部へは出入り自由な概念の建物。
 扉は大広間に繋がる各部屋に設置されてる。
「おやおや、誰かと思えば。イーモン・ケアードではないか」
「お久しぶりです。先生」
 司書に挨拶をした。
 入口のカウンターに座るのは、白髪で腰の曲がった眼鏡の老人。
 学生時代、執事を教育する学園の教員をしていた方だ。
 今は引退してたまに小遣い稼ぎに司書の仕事のシフトに入っているとは聞いていたが……。
「イーモン、何か本をお探しかね?」
「ええ、今の雇い主の事を少し知りたくて……」
「お前の今の雇い主、ヘザー男爵か」
「ええ」
「なら入場料を払う事もあるまい。私が話してやるがどうだ?」
「え?」
「三十分ほど待て、もうすぐ交代の時間だ」
「ぜひ、お願いします」
 これは幸運だ。
 目の前の老人は説明がわかりやすく、話していて楽しいという稀有な人物。
 確かにわざわざ入場料を支払い中でヘザー男爵に関する事がかかれた本を探すよりずっといい。

†††††

  王都の路地裏の安い飯屋に来ていた。 
 ちょうど昼時だったので食事しながら会話することに。
 ここも学生時代よく通った店だ。
 王都の建物らしく、石造りの土台にレンガの古い建物。
 どこか貯蔵庫を思わせるその内装は、なんだか古い時代の物語の中に迷いこんだような錯覚がおきる。
 客もかなりいる。
 ざわついているから少し大きめの声で話さないといけない。
「それで、彼の何を聞きたい?」
 サンドイッチとコーヒーを注文しながら、先生はそう質問してきた。
「えっと……とりあえず、どんな人物かをお願いします」
「なんだお前。自分の雇い主の事をまだ調べてなかったのか」
「お恥ずかしい。新しい雇い主とはお会いした事すらなく」
「ほう」
 一瞬目がギラついたのがわかった。
 目の前の老人、多分私の話が噂話の種になると期待しているな。
 まあ……ベアトリクス様との件はふせておこう。
「ふーむ。彼とは平民時代から知り合いなのだが」
「……やはり、本当にヘザー男爵様は元平民なのですね」
「ああ。彼は先の戦争で鬼神のごとき武勲を立ててな。特別に爵位を得たのだ」
「……たしか先生もその戦争に参加されてましたよね」
「ああ。そして何を隠そう、私はダスティン……ヘザー男爵様の隊長を務める部隊に所属していた」
「え!?」
「ははは。人に話してもあまり信じてもらえないのだがな、当時十三才のその少年は、大人の我々を従えていたのだ」
 ……結局フィオナの話は本当だったのか。
 目の前の人物はこういう事で嘘をつかない。
「黒豹のダスティン。それが当時の彼の異名だった」
「……?」
「彼はな、銃を扱えなかった。ナイフ一本で戦場で敵将の暗殺を繰り返したのだ」
「……ナイフ一本で……武勲を立てた?」
「ああ」
「ヘザー男爵様がですか?」
「今は彼の話をしている真っ最中だぞ」
「……」
 だんだんと件の人物と会うのが……その愛娘に手を出した事を知られるのが……怖くなってきたんだが。
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