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悪役令嬢との恋
9話 銃奪の異名
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先生の口から語られる、約四十年前のヘザー男爵の武勇伝は続く。
「ヘザー男爵様は黒豹のダスティン以外に、もう一つの異名を持っていた」
「……複数の異名ですか。偉人にありがちですね」
「うむ。それで、もう一つの異名は銃奪のダスティン」
「銃奪? 聞き慣れない言葉ですね」
言葉の意味通りなら銃を奪う者を表す二つ名だろうか。
先生は曲がった背筋を伸ばし、少し遠い目をした。
当時を懐かしむような。
「ダスティンはな、国のために戦った」
「は、はあ」
「おっと、呼び捨てはまずいか。とにかく彼は敵兵の銃を奪う事は、味方の被害を減らす事に直結すると考えていたんだ。今思えば当時少年だったゆえの思考かもしれんが……」
「……」
「効果は絶大だった」
すでに多めに注文していたサンドイッチを食べ終わっている。
老人とは思えない食べっぷりだ。
コーヒーを啜りながら身振り手振りを交えて当時を説明し始めた。
「ヘザー男爵様は戦時中敵将校の暗殺が得意だった。なんて言われてるがな」
「先ほど聞いたばかりですが」
「……実は彼は敵軍の銃器を破壊する事を何よりも優先していた」
「……?」
「敵の将校をよく暗殺したのも、それが双方の軍に一番血が流れない方法だったから」
なんだか話が弾む。
私は店員に手を上げて合図をして、紅茶のおかわりを頼んだ。
まだ続きそうだ。
「とにかくな。それが私から見たヘザー男爵様の人物像だな」
「……要約すると、争いを好まない実力者、ですか」
「うむ、そう言えるな」
……どちらにしろ、その者の娘に手を出した事を知られるのは怖い。
†††††
だいたいの事は把握した。
感謝しなければ。
「そうだイーモン。これは頭の隅にでも入れて置いて欲しいのだが」
飯屋を出た別れ際、先生は少し表情を変えて話しかけてきた。
「何でしょう?」
「今な、図書館に陳列する本の模写をする人間が不足している」
「……?」
「この国は文化を大切にする。その職は地味だが、一生食いっぱぐれがないぞ」
「……」
なんとなく空を仰いだ。
夏の終わりだから入道雲が出ていた。
少しそれを見ていて返答が遅れる。
「原典の模写。それが私の天職だと?」
真面目な質問だ。
目の前の老人は尊敬してるし、よく物事をわかってる人物だ。
だからこそ、無下にはできない発言だ。
「まあ、引退した老人の戯言と思ってくれてもいい」
「いえいえ、先生の語る言葉ならもちろん参考にしますよ。取り入れるかは別ですが」
「うむ、よろしい。まあお前が野心があるなら、次のヘザー男爵なんて道もあるだろうしな」
「えっ!?」
次のヘザー男爵。
先生の口からそんな言葉が出た事に驚きを隠せない。
「次のヘザー男爵? な、な、なぜそんな考えに至るので?」
「ん? お前、昨晩ヘザー家の娘に手を出したんだろ?」
「……!?」
なぜ……そんなことを知っている?
ついキョロキョロと周りを見てしまう。
さすが王都だ。
人でごった返している。
人が多すぎて、逆に会話など目立たなそうだ。
ひとまず安心か。
「あ、ちなみにフィオナにさっき聞いた」
「フィ、フィオナさん?」
「彼女、実は私の教え子でな」
「……」
世の中狭い。
変なところで縁は繋がるものだ。
†††††
とにかく、仕事をしなければ。
私のさしあたっての仕事はベアトリクス様を留年させない事。
そう、それは真面目にやらなければならない。
……しかし。
「イーモン、ここがわかりませんわ」
「ああ、ベアトリクス様。そこは……」
「ベアトリクス! 二人きりのときはそう呼んでください」
「は、はい」
……勉強どころではなくなってる。
学園から帰ってきたベアトリクス様と、先ほどからずっとこんな状態だ。
薄暗い地下室の部屋の中、テーブルには対面に座らず隣同士で座りながらベタベタしている。
「……」
ベアトリクス様は広げた教材を見ないで、トロンとした表情で私の顔をジッと見ている。
恋に恋する少女そのものだ。
これ……確実に進級試験落ちるだろ。
「ベアトリクス。とりあえず模擬試験をしますか。進級試験に出そうなヶ所をピックアップして問題を作っておきました」
「わかりましたわ」
全然わかってない。
私の腕には少女の腕が絡みついたままだ。
この状態でのテストなど、模擬でも何でもない。
「……?」
しかし、結果は意外だった。
ベアトリクス様は私の用意した問題文をスラスラ解いていく。
おそらく全問正解はしないだろうが、かなりの学力を身に付けている。
なんだ……留年なんかしそうにないじゃないか。
不思議だ。
通常そんな短期間で学力が上がる事はないと思うのだが……。
「なんだか私、昨日から集中力が増してますの。それもこれも……あなたに恋をしているからかもしれませんわ」
「……それはうれしいです。ベアトリクス……愛しています」
「イーモン」
とりあえず恒例の歯が浮くような台詞で返しておいた。
しかし、普通は恋とかしたら勉強とか手につかなくなる気がするのだが。
「ん? そこ間違えてますよ」
「え?」
家庭教師モードに戻る。
「王都南に広がる密林の名はリブロストです。ムカリーナは、王都西の密林です」
「あ、本当ですね。この二つの密林、まぎらわしいですわ」
「ええ、そうですね」
……言葉に出されて物思いにふける。
リブロストの密林。
未だよく全容がわかっていない秘境。
少年時代はそこを探険したいと思っていたものだ。
「ヘザー男爵様は黒豹のダスティン以外に、もう一つの異名を持っていた」
「……複数の異名ですか。偉人にありがちですね」
「うむ。それで、もう一つの異名は銃奪のダスティン」
「銃奪? 聞き慣れない言葉ですね」
言葉の意味通りなら銃を奪う者を表す二つ名だろうか。
先生は曲がった背筋を伸ばし、少し遠い目をした。
当時を懐かしむような。
「ダスティンはな、国のために戦った」
「は、はあ」
「おっと、呼び捨てはまずいか。とにかく彼は敵兵の銃を奪う事は、味方の被害を減らす事に直結すると考えていたんだ。今思えば当時少年だったゆえの思考かもしれんが……」
「……」
「効果は絶大だった」
すでに多めに注文していたサンドイッチを食べ終わっている。
老人とは思えない食べっぷりだ。
コーヒーを啜りながら身振り手振りを交えて当時を説明し始めた。
「ヘザー男爵様は戦時中敵将校の暗殺が得意だった。なんて言われてるがな」
「先ほど聞いたばかりですが」
「……実は彼は敵軍の銃器を破壊する事を何よりも優先していた」
「……?」
「敵の将校をよく暗殺したのも、それが双方の軍に一番血が流れない方法だったから」
なんだか話が弾む。
私は店員に手を上げて合図をして、紅茶のおかわりを頼んだ。
まだ続きそうだ。
「とにかくな。それが私から見たヘザー男爵様の人物像だな」
「……要約すると、争いを好まない実力者、ですか」
「うむ、そう言えるな」
……どちらにしろ、その者の娘に手を出した事を知られるのは怖い。
†††††
だいたいの事は把握した。
感謝しなければ。
「そうだイーモン。これは頭の隅にでも入れて置いて欲しいのだが」
飯屋を出た別れ際、先生は少し表情を変えて話しかけてきた。
「何でしょう?」
「今な、図書館に陳列する本の模写をする人間が不足している」
「……?」
「この国は文化を大切にする。その職は地味だが、一生食いっぱぐれがないぞ」
「……」
なんとなく空を仰いだ。
夏の終わりだから入道雲が出ていた。
少しそれを見ていて返答が遅れる。
「原典の模写。それが私の天職だと?」
真面目な質問だ。
目の前の老人は尊敬してるし、よく物事をわかってる人物だ。
だからこそ、無下にはできない発言だ。
「まあ、引退した老人の戯言と思ってくれてもいい」
「いえいえ、先生の語る言葉ならもちろん参考にしますよ。取り入れるかは別ですが」
「うむ、よろしい。まあお前が野心があるなら、次のヘザー男爵なんて道もあるだろうしな」
「えっ!?」
次のヘザー男爵。
先生の口からそんな言葉が出た事に驚きを隠せない。
「次のヘザー男爵? な、な、なぜそんな考えに至るので?」
「ん? お前、昨晩ヘザー家の娘に手を出したんだろ?」
「……!?」
なぜ……そんなことを知っている?
ついキョロキョロと周りを見てしまう。
さすが王都だ。
人でごった返している。
人が多すぎて、逆に会話など目立たなそうだ。
ひとまず安心か。
「あ、ちなみにフィオナにさっき聞いた」
「フィ、フィオナさん?」
「彼女、実は私の教え子でな」
「……」
世の中狭い。
変なところで縁は繋がるものだ。
†††††
とにかく、仕事をしなければ。
私のさしあたっての仕事はベアトリクス様を留年させない事。
そう、それは真面目にやらなければならない。
……しかし。
「イーモン、ここがわかりませんわ」
「ああ、ベアトリクス様。そこは……」
「ベアトリクス! 二人きりのときはそう呼んでください」
「は、はい」
……勉強どころではなくなってる。
学園から帰ってきたベアトリクス様と、先ほどからずっとこんな状態だ。
薄暗い地下室の部屋の中、テーブルには対面に座らず隣同士で座りながらベタベタしている。
「……」
ベアトリクス様は広げた教材を見ないで、トロンとした表情で私の顔をジッと見ている。
恋に恋する少女そのものだ。
これ……確実に進級試験落ちるだろ。
「ベアトリクス。とりあえず模擬試験をしますか。進級試験に出そうなヶ所をピックアップして問題を作っておきました」
「わかりましたわ」
全然わかってない。
私の腕には少女の腕が絡みついたままだ。
この状態でのテストなど、模擬でも何でもない。
「……?」
しかし、結果は意外だった。
ベアトリクス様は私の用意した問題文をスラスラ解いていく。
おそらく全問正解はしないだろうが、かなりの学力を身に付けている。
なんだ……留年なんかしそうにないじゃないか。
不思議だ。
通常そんな短期間で学力が上がる事はないと思うのだが……。
「なんだか私、昨日から集中力が増してますの。それもこれも……あなたに恋をしているからかもしれませんわ」
「……それはうれしいです。ベアトリクス……愛しています」
「イーモン」
とりあえず恒例の歯が浮くような台詞で返しておいた。
しかし、普通は恋とかしたら勉強とか手につかなくなる気がするのだが。
「ん? そこ間違えてますよ」
「え?」
家庭教師モードに戻る。
「王都南に広がる密林の名はリブロストです。ムカリーナは、王都西の密林です」
「あ、本当ですね。この二つの密林、まぎらわしいですわ」
「ええ、そうですね」
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