悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢との恋

10話 冬の到来

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 王都に来てからあっという間に二週間が過ぎた。
 ベアトリクス様は余裕で進級テストをパスした。
 どうやら彼女は元々そこそこの学力があったが、まったく別の分野を学ぶのに没頭してしまう癖があったようだ。
 そのせいで学園の授業を聞くのを疎かにしていた。
「とりあえず、進級できたからには今年はもう王宮学問の勉強に集中できます。それに銃の練習もしないと」
「……」
 夕食を食べながら、ベアトリクス様はそう語る。
 いつの間にか私たちは恋人同士のような生活をしていた。
 寝食を共にし、お互いに思っている事を語り合う。
 ……しかし、いつもの展開だ。
 私はそろそろベアトリクス様本人に飽き始めていた。
 今回は早い。  
 二週間は新記録かもしれない。
 マリンの時は一年ほど楽しく過ごせたものだが。 
 貴族の娘とはこんなものか。
 仮にあのケイト様を落とせたとしても、さほど変わらない結末が待っているのだろうか。
「頑張ってください」
 歯の浮くような台詞も自分の中から出て来なくなった。
 淡々と無難な返事をする毎日。
 それなのに……。
「ふふ」 
「……」
 ベアトリクス様は楽しそうだ。
 こんな日常に何の意味があるのか。
「冬休みが楽しみですわ」
「冬休み……ですか」
「ええ、今度こそケイトにひと泡吹かせてやります」
「射撃と王宮学問の知識でですか?」
「ええ」
 満面の笑みで返された。
 だんだん気付いてきた。
 会話を深めるにつれ、ベアトリクス様の中にはライバル関係のケイト様の存在がいかに大きいかを実感させられる。
 結局恋人の私のほうは、人形と同じか。
 常にそばにいて自分を常に肯定する男。
 下級貴族の娘にとってはそういう者こそ都合が良いというわけか。
「ねえ、イーモン……今日も……欲しいですわ」
「……私もです。ベアトリクス様」
 唐突に、うるんだ瞳で見つめられた。
 やはりベアトリクス様は美しい。
 まあ、こんなものか。
 ベアトリクス様との毎日はつまらないが、それはどの女と過ごしても変わらないだろう。
 ……今までがそうだった。
 なら、絶世の美しい目の前の存在を独占できている特別な意識に固執するのも悪くない。
「……」  
 ベアトリクス様を無言で抱きしめた。
 そういえば……ヘザー男爵様はお忙しくて今年はこの国に帰って来れないとの事だ。
 しばらくこんな生活が続いていくのか。

†††††
 
 冬が来た。
 今日はヘンズリー家に食事に招かれていた。
 フィオナ・ヘンズリー。
 ベアトリクス様の父親違いの姉。
 元々はヘザー男爵が養子縁組をして、貴族の子として育ったが、実父のヘンズリー家のほうを継ぐ決意をして平民に戻った人物。
「イーモン、雪が降ってきましたわ」
「そうですね」
 貴族街をベアトリクス様と手を繋いで歩く。
 王都に来てから約三ヶ月と少し。
 私とベアトリクス様が恋仲なのは周囲に公認になっていた。
 好奇の視線や嫉妬の視線にもすでに慣れた。
 堂々とヘンズリー家まで向かう。
「すべりますよ。お気をつけて」
「はい」
 石畳のうえにもかなりの量の雪が積もっている。
 足を滑らせて水路に落ちたりしたら事だ。
「この匂い……イーモン、公園で何か売ってますわ。買って食べながら行きましょう」
「先ほど食べたばかりだし、これから食事に行くのですよ」
「でも、お腹が空きましたわ」
 ベアトリクス様はそう言って可愛らしく笑う。
 ……この方は例え水路に落ちても風邪をひくことはなさそうだ。
 精力的に学び、精力的に何かに挑戦し、精力的に食べ、よく寝る。
 何もかも健康的で生命力に溢れている。
「……」
 いつしかこんな生活が続くのも悪くないと思うようになっていた。
 つまらない毎日だ。
 しかし、若い美しいこの方のそばにいるのは生命力をわけて貰えている気がする。
「買ってきますわ。待っててください」
「はい。あ、ちょうど良かった。私は本屋で新しい本の注文をしてきます」
「わかりましたわ。ではここで待ち合わせということで」
 ベアトリクス様はそう言って、走って行く。
「……」
 周囲を見渡した。
 みんな厚着で背を丸めて、寒さに震えながら歩いている。
 普通そんなものだ。
 この季節にはしゃいでいるのは小さな子供とベアトリクス様だけだ。
 ……いや、あの森の館にいるケイト様もそうだろうか。
「ふっ」
 急にあのお転婆な少女を思い出して笑いがこみ上げる。
 
†††††

 カランカランと本屋のベルを鳴らした。
 例の老店主とその孫娘のサラが出迎える。
「あらー、有名人のイーモン・ケアードさんじゃないですか」
「サラ! お客様に失礼だろう。いらっしゃいませ。ケアード様」
「は、はい」
 開口一番、そんな事を言われた。
 しかし丁重な態度は崩せない。
 目の前のサラという少女、男爵家の娘なのだ。
 趣味で母方の祖父の手伝いをしてるとか。
「本を注文しに参りました」
「かしこまりました。今台帳をお持ちします」
「ねえ、イーモンさん。ベアトリクスとは上手くいってるの?」
「はい、それはもう」
「憧れるわあ。自分を救ったナイトとの身分を超えた禁断の恋」
「……」
 サラはうっとりと天井を眺める。
 やっぱりこの娘、言われないとそこらの町娘に見える。
 可愛らしいが、なんだか気品が足りない。
 老店主が棚を物色しながら、孫娘に話しかける。
「サラ、お前は好きな男性とかはいないのか?」
「いてもお爺ちゃんには話さないよ」
「む、そうか」
「でも政略結婚の道具にされるくらいなら、ベアトリクスみたいに好きな人と付き合いたいな」
 客をよそに話が弾んでる。
 早く注文したいのだが……。
「……そうだ。イーモンさん」
「え?」
「真面目な話よ。忠告してあげる」
「……?」
 急にサラがカウンターから身を乗り出して目の前に立つ。
 この子もかなりお転婆だ。
「なんでございましょうか? サラ様」
 少し慎重に聞く。
 まあ大方、色恋沙汰に関わる話だろうが……。
「ケイト・カミラ・クルック。あいつにはもう一切かかわらない方がいいわ」
「……!」
 先ほど思い浮かべた人物の名が出されて驚いた。
「本当はこの情報、漏らしちゃダメなんだけど、ベアトリクス……あの子、冬休みにケイトに会いにいきそうだし……」
「……?」
 いつも飄々としている少女が、かなり深刻な顔つきだ。
 これはちゃんと聞いたほうが良いか。
 
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