悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

文字の大きさ
38 / 69
悪役令嬢との恋

11話 逮捕状が出る予定の元伯爵令嬢

しおりを挟む
 サラが語り始めた。
「どうせベアトリクスとすぐに合流するんでしょ?」  
「は、はい」
「手短かに重要な部分だけ話すわ」
 ……いいから早く話して欲しいのだが。
 しかし目の前の少女の表情は以前深刻なまま。
 これはよほど重要な事か。
「イーモンさん。あなた、今冤罪で拘束中のクルック伯爵様が別件で逮捕されそうな件は知ってる?」
「は、はい。いろいろな所で聞きます」
 そう、実はその件もすでに貴族街では有名な噂になっていた。
 しかしその別件の詳細は未だにわかっていなかった。
「かん口令なんてどうせ効き目が薄い」
「……?」
「どうせすぐに広まる噂だろうけど……」
 サラはもったいぶって話す。
 しかし、噂話を楽しんでる雰囲気ではない。
「ケイト」
「え?」
「騎士団の捜査でね、クルック伯爵はケイトのためにたくさんの人を誘拐していた可能性が出てきたの」
「伯爵様が、ケイト様のために……誘拐事件を?」 
「そして、直にケイト本人にも逮捕状が出るはず」
「……!」
 言葉がすぐに理解できない。
 伯爵ともあろうお方が、なぜ娘のために誘拐を企てる必要がある?
 それに、十六の小娘を騎士団が逮捕?

†††††

 しばらく沈黙が続く。
 サラの隣で店主の老人も深刻な顔つきだ。
「もったいぶったけど、情報はこれしかないわ」
「……」
「でも信憑性のある話なの。あなたが……ベアトリクスを守って欲しい。ケイト・カミラ・クルックに関わる事件に巻き込まれないように」 
「……?」
 最後のほうの声は微かに震えていた。
 これは……本当に本気の忠告ととらえてよいか。
「ベアトリクス様をお守りするのは当然です」
 とりあえず強い口調でそう答える。
 なんとなく、目の前の少女の不安を取り去ってやりたかった。
 少しだけ、サラの表情は明るくなる。
「ベアトリクス、あの子は意地が悪い奴だけどね。子ども頃からの付き合いなんだ」
「そうらしいですね。何でも組んでさんざん悪さしてきたとか」 
「何!?」
 話の途中で老店主が私の言葉に反応する。
 これ、内緒の話だったか。
「わ、悪さってイタズラ程度よ」
「……」
 老店主の視線にしどろもどろになりながら、話は続く。
「とにかく、あの子が行方不明者の一人になるなんてオチは嫌だわ。怪人には気をつけてね」
「……はい」
「何しろあなたは一度関わってるんだし。目を付けられてないとも限らないわ」
 怪人。  
 その言葉が出た。
 未だに目撃証言がたえない謎の人物。
 その存在は未だに続く王都の行方不明事件と絡んでいるのは間違いない。
「イーモン、遅いですわ。何をしてますの?」
「……!」
 書店の外からベアトリクス様の声が聞こえてきた。
 サラと店主と目が合う。
「あの子……多分私の忠告なんか聞かないから。ケイト大好きだし……」
「わかりました。私にお任せください」
「お願いね」
「はい」
 本心から出た言葉だ。
 執事が主の家族を守るのは当然の義務。
 例え……ベアトリクス様が恋人じゃなくてもだ。
 まあ、この貴族街周辺にいる間は大丈夫だが。
 この辺は騎士団に守られていて、身分がわからない者は立ち入る事すらできない。

†††††

 私が書店でもたついたせいで少し機嫌が悪くなっていたベアトリクス様。 
 しかし紙に包まれた熱々のアップルパイを口にし始めると、とたんに頬が緩む。
「おいしいですわ」
「そうですね」
 私も食べながら歩いた。   
 雪道の上、落とさないように転ばないように神経を使う。
 それにしても、酸味と甘味がほどよい。
 このアップルパイを焼いてる露店商の顔を覚えておかなければ。
「そういえば、今お姉様の家にチャーリーが滞在しているそうですわ」
 パイを頬張りながら、ベアトリクス様はそう語る。  
 マフラーに少しアップルパイのカスが落ちてる。 
 後でさりげなく落とさなければ。
 それにしても、チャーリーか。
 あのゴツい毛むくじゃらな男の姿が頭に浮かぶ。
「……あいつがですか。そういえば手紙にこの冬、王都で料理修業の旅の成果を披露したいと書いてありました」
「なんだ知ってたのですか」
「ベアトリクス、前を向いて歩かないと危ないですよ」
「大丈夫ですわ」
 結局あっという間にアップルパイを完食してしまった。
「チャーリーの料理、久しぶりですわ」
「そうですね」
「私、本当はフルコース料理なんてめったに食べられないですからね」
「は、はあ」
「夏休みの毎日を思い出します」
 ベアトリクス様はそう言って、健康的で美しい顔で笑う。
 それだけ食べる事に執着して、よく細身な体型を維持しているものだ。
 そういえば最近は……胸のほうもさらに成長している。
「……」
 ふと、気になる事を思い出した。
 ベアトリクス様と初めて会った日。
 あの時……。
 隣を歩く健康的な少女は……。
 真っ青な顔で食欲がなかった。
 あの時は生理でも来たのかと思ってた。 
 しかし一緒に暮らしてみてわかる。
 ベアトリクス様はそういう時こそ食欲が増す稀有なタイプ。
 そもそもこの王都での生活で体調を崩したところは一度も見たことがない。
 あれは……なんだったのだろう。
「……!」
 考え事をしていたが、騎士団の騎士が視界に入った。
 ベアトリクス様とかしこまる。
 彼らは街を守る任務に就いている。 
 敬意を払わなければ。
「お勤めご苦労さまです」 
「ご機嫌よう」
「これはこれは。ベアトリクス嬢に英雄殿」
「よ、よしてください。腰を抜かした男、のほうが妥当な異名ですよ」
「ははは」
 気さく人だ。
「……」
 しかし礼装の役割の鎧の上からでも、筋骨たくましい事がわかる。
 騎士はみんな細剣や短銃の腕も立つと聞く。
 彼らがいるかぎり、王都の貴族街周辺に怪人など現れはしまい。

†††††

 夕飯に招かれているヘンズリー家に着いた。
 ここは貴族街から少し離れたところにある一軒家。  
 ヘンズリー家は平民の家柄だが、代々商業を営んでいてけっこう裕福な家庭だ。
 ちなみにこの辺も騎士団の警備が行き届いてる。
 フィオナはここに老夫婦と婿である旦那様の四人で暮らしている。  
 もうすぐお腹の子が生まれて、五人になる予定だそうだが……。
「……」
 なんとなく見上げた。
 この家は私が育った家に似ている。
 大きな煙突に、どこかロッジを思わせる外観。 
 今は雪が屋根に積もっていい感じになってる。
「イーモン。早くいきましょう。お腹ペコペコですわ」
「え、ええ」
 思わず苦笑いが出た。
 普通は寒いから足を早めそうだが……。
 こんな生活が続くのも悪くないかもしれない。
 ベアトリクス様と過ごす毎日。
 刺激的な事は一つもないが、安らかであるのは確かだ。
「……」
 私も少しは刺激的なイベントといえる、友人の美味しい料理を食べる事を楽しむとするか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...