悪役令嬢と薄幸の元伯爵令嬢のかけて欲しい言葉と聞きたくない言葉

なめ沢蟹

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悪役令嬢との恋

12話 食事会

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 ヘンズリー家の玄関のベルを鳴らした。
 二人並んで返事を待つ。
「ベアトリクス様にイーモン殿。よくおいで下さいました」
「ようこそ」
 フィオナと旦那さんが出迎えてくれた。
 ヘンズリー家の婿……何度か会ったことがあったが、やはり好青年だ。
 やせ型の優しそうな顔をした眼鏡の青年。
「まあまあ、ベアトリクスちゃん。久しぶりねえ」
「お久しぶりですわ。ヘンズリーのお祖父さまとお婆さま」
「うむ」
 続いて老夫婦が出てきた。
 彼らはフィオナの実の父の両親。
 一家揃って、貴族の称号を得る前のヘザー男爵様と家族ぐるみの付き合いだったらしいが……。
「お初にお目にかかります。イーモン・ケアードと申します」
「あらあら、あなたが噂の」
「今日は食事にお招きいただき、ありがとうございます」
 丁寧に挨拶した。
 さて、私は執事だ。
 こういう場ではテキパキ動かねばなるまい。
 ……と、思っていたのだが。
「イーモン殿は座っていてくれ」
「え、ええ?」
「私たちがお招きしたのだ。働いてもらうわけにもいくまい」
「は、はあ」
 これは気まずい。
 バタバタと料理を運ぶヘンズリー若夫婦を眺めながら、ベアトリクス様と並んでテーブルで待つ事になった。
「よう! イーモン!」
 突然、デカい毛深い男が厨房から顔を出す。
 そういえばコイツも来てたんだった。
「ん、チャーリーか。久しぶりだな」
「おう。俺の料理修業の旅の成果。堪能してけ」
「私も楽しみですわ。チャーリー」
「あ、ベアトリクス様。お久しぶりです」
「……」
 チャーリー……普通はまず貴族のベアトリクス様に挨拶しなきゃならないだろうに。

†††††

 しばらくすると、料理を作った本人のチャーリも席に着く。
 どうやら貴族とか平民とかの垣根のない食事会らしい。
 もっとも、この中で貴族なのはベアトリクス様だけなのだが。
「これ美味しいですわ」
「あらあら、ベアトリクスちゃん。相変わらずよく食べるのね」
「……」
 テーブルの上に所狭しと並べられた料理。 
 どれも美味しい。
 見たこともない料理から、オーソドックスなメニューまで、すべてが洗練されている。
 コース料理ではないパーティー風の並べ方だが、個人的にこの方が好きだ。
「そうだイーモン。この皿の肉を食べてみろよ。執事の意見を聞きたいな」
「ん? これも見慣れないな。果物のソースか」
「ああ、ケイト様の好物のトルゥンペリーの実を使ってる」
「……!」
 チャーリーの口からケイト様の名が出た。
 一瞬空気が凍りつく。
 いや、そういう異常な反応をしたのは……私とフィオナと若旦那のみだ。
 ベアトリクス様と老夫婦の反応は少し違う。
「ケイト、あの子より先にチャーリーの新作にありつけましたわ」
「ベアトリクスちゃん。相変わらずケイト様を目の敵にしているのねえ」
「あの子はそのうち伯爵家に戻るはずだ。ほどほどにな」
「そんなの関係ありませんわ」
「……」
 ケイト様本人に逮捕状が出るかもしれない。
 そんな噂は知らないような会話だ。
 みんな食を進める。
「どうした? イーモン。この肉料理の感想を聞かせてくれよ」
「あ、ああ」
 チャーリーの事を忘れていた。  
 毛深い腕で謎の料理が私の皿に盛られる。
「……?」
 ふと気づいた。
 彼は左手でスプーンを持ち、肉料理をすくってる。
「チャーリー、お前右効きだろ?」
「ん? ああ、修業中は左手の器用さを上げる練習もしててな」
「それ、料理の腕の上達に関係あるか?」
「大ありさ」
 ……そんなものなのだろうか?
「こ、これは……甘酸っぱくて美味いな。どちらというと女性向けの味かも」
「そうか」
「チャーリー、私もそれを食べてみたいですわ」
「ベアトリクス様。少しお待ちを、盛り付けます」
 ふとわいた疑問も、美味しい料理のインパクトに霞んでいく。
 
†††††

  楽しい食事会が終わった。
 テーブルの料理は片付けられ、それぞれ紅茶を飲みながら会話する。
 いや、ベアトリクス様だけは食べ過ぎて動けなくなって別室で休んでいる。
「しかしチャーリー殿。噂に違わぬ腕前だった」
「本当に」
「フィオナさんとヘンズリー家の皆様にそう言っていただけるとは。作ったかいがあります」
 それぞれ先ほど食べたチャーリーの料理を称える。
 それほどのクォリティだった。
「これは……本格的にスカウトせねばな」
「スカウト?」
 フィオナは真面目な顔付きになり、チャーリーと向き合う。
 そうか、あのヘザー男爵の新しい事業の話か。
「チャーリー殿、大切な話がある」
「……何でしょう?」
 空気を読んだのか、チャーリーは座り直してかしこまる。
「実はな、ヘザー男爵様はあの森の館を改造して、新しい宿場町にしようと考えている」
「……宿場町?」  
 チャーリーが眉をひそめる。
 そんな顔はめったにしない奴なんだが。
 やはりクルック伯爵様の領地だった所を、存在の仕方そのものを変える計画というのは気にくわないか。
「どういう事です?」
「実はな、クルック伯爵様が別件で逮捕されそうなのだ。ご息女のケイト様を含めて」
「な、なんですって!」
 チャーリーは椅子から立ち上がって驚く。
「いや、その。クルック伯爵様が完全に逮捕されれば、クルック家の財産は王国に没収される」
「……」
「そうなったら、ヘザー男爵家にあの館と森を無意味に存続させる余裕はないのだ」
「……」
「だから、あの地に事業を起こして、使用人の者たちを……チャーリー殿?」
 ……チャーリーはフィオナの話をまったく聞いてない。
 青ざめた顔で動揺している。
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