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悪役令嬢との恋
13話 誘拐された執事
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チャーリーは立ち上がる。
「すみません、皆様。急用を思い出しました。突然ですが失礼します」
「ん?」
青ざめた顔のまま、そう語る。
「イーモン、悪い。後を頼む」
「お、おう。何だか知らんが任せとけ」
「それでは失礼します」
後片付けは終わってる。
任される事はないのだが、とりあえずそう答えておいた。
「チャーリー殿、今日は楽しかった。ありがとう」
「え? チャーリー、行ってしまいますの?」
こちらの様子に気づいたか。
隣の部屋で休んでいるベアトリクス様も声をチャーリーにかける。
「ベアトリクス様。今度はあの森のお屋敷で最高の料理を提供しますので」
「冬休み、楽しみにしてますわ」
チャーリーはそのままヘンズリー家にも丁寧に挨拶をした。
そしてかけてあった外套を着込むと、そのまま雪のちらつく外へ出て行った。
「何だろうあいつ? 慌ててましてたね」
独り言のように言った。
ヘンズリーの若旦那は眼鏡の位置を直しながら語る。
「あの方はクルック伯爵様に恩義がある方なのでしょう? 旅をしていて最近の噂を知らなかったなら……」
「はあ、なるほど。伯爵様の別件での逮捕の件は独自に調べたくもなりますか」
「そう思います」
そういう事だろうか。
「……」
少し考え事をしてから、ティーカップをコトリとテーブルに置いた。
「そう考えると、私は薄情な男かもしれませんね。伯爵様に恩義があるのは私も同じなのに」
「え?」
「伯爵様の別件での逮捕の噂に、私自身あまり動揺していない事に気づきました」
そうだ。
元クルック家の使用人としては、別件逮捕の噂など聞いたら先ほどのチャーリーのような反応をするのが普通だろうか?
「イーモン殿、あなたが別に薄情なんて事はないと思うぞ」
フィオナはティーポットからお茶を注ぎながら語る。
「知り合いの元クルック家本館の使用人の方もあなたと似たような反応でしたよ」
「はあ、そのようなものですか」
そこまで話したところで、隣室のドアが開く。
ベアトリクス様が立っていた。
「みんな、何の話をしてますの?」
「……」
ベアトリクス様は伯爵様の別件での逮捕とケイト様に逮捕状が出る事を知っている。
何しろ本人から聞いた話だ。
しかし……ケイト様が逮捕される予定の件は知らないはず。
「ベアトリクス様、遅かれ早かれ噂は聞く事になると思います。せっかくなので今ここで話しておきます」
「お姉さま……伯爵様の別件逮捕の事? 知ってますわよ」
「違います。それに関わる話です。ケイト様の事です」
「ケイト?」
フィオナは少し話すのをためらっているように見える。
深刻な顔付きで、ベアトリクス様にテーブルに着くように告げた。
†††††
空気が重い。
仲が悪いとはいえ、ケイト様はベアトリクス様にとって特別な存在なのは間違いない。
彼女に逮捕状が出る予定なんて話はショッキングな事だろう。
なんとなく私も身構えてしまう。
「ベアトリクス様。まだ一部の貴族にしか伝わってない情報です。これから話す事は他言無用ですよ」
「……」
先ほど書店でサラがかん口令など意味が無いと言っていたのを思い出した。
噂とはこうやって広まっていくのか。
「ケイト様は殺人の罪を犯してしまったようなのです」
「……は?」
「……!?」
カシャンと音が鳴り響く。
私がティーカップを床に落としていた。
殺人?
ケイト様が?
ケイト様に逮捕状が出ていると聞いたとき、漠然と別件の横領の手伝いでもしたイメージを勝手に作り上げていた。
彼女は王宮に出入りしていたし……クルック伯爵様の不正の手引きでもしたのかと。
「そう……ですか」
「……?」
なんだろう?
ベアトリクス様の反応が薄い。
まるである程度その事を予測出来ていたような……。
すでにどこかで噂を聞いていたか?
それとは裏腹に、ヘンズリーの老夫婦は私と同じように動揺している。
「ケイト様が殺人? あの子がねえ」
「優秀だがお転婆、そんなイメージだったが。てっきりクルック伯爵様の横領の手引きでもしたのかと思っていたが……」
ある程度噂は聞いていたのか。
そして老夫婦の驚きは概ね私と同じ感じか。
「フィオナ。本当なのか?」
「ああ、お祖父さま。間違いない」
「ダスティンはそれを知ってるのか?」
「もちろん。そもそもこの情報がはヘザー男爵様からだ」
「うーん。ダスティンが言うなら間違いないわねえ」
「……」
どうでもいいが今気づいた。
この老夫婦にとって、ヘザー男爵様はダスティンと呼び捨てする存在なのか。
元平民で亡きフィオナの父と親友だったという男爵様。
この方々とも親しいのか。
「どうも……ケイト様の殺人とは、快楽殺人らしい」
「は?……えっ!? か、快楽殺人?」
「しかもかなりの数を繰り返していたようなのだ」
続きを語るフィオナの言葉に再度驚く。
老夫婦とヘザー男爵様の関係の考察なんかしてる場合じゃなかった。
快楽殺人?
ケイト様が?
私の中で、まだケイト様がお転婆な天真爛漫な少女のイメージが消えてなかった。
つい先ほど彼女が殺人の罪を犯したと聞いたときも、カッとなって誰かを殴った……過失致死のようなものを考えていた。
そう、かつてケイト様がベアトリクス様を衝動的に殴ったときのように。
「あ、ティーカップ。片付けます。すみません、割ってしまいました」
今さらながら、食事に招かれた家で破損物を出した事に気づく。
しかしこの家の当主、フィオナは冷静に私をいさめる。
「イーモン殿、そんな事はどうでもいい。あなたもとりあえず話を聞いてくれ」
「は、はい」
言われた通り、座り直して大人しく話の続きを聞く事にした。
†††††
フィオナの話は続く。
「ベアトリクス様、イーモン殿。先ほども申した通り、この話はヘザー男爵様からの情報です。正しくは手紙で知らされた事だが……」
「お父様が……」
「機を見て、ベアトリクス様にはこの件は私の口から話せと仰せつかっています」
そういうことか。
……もしかしたら、この食事会自体がこの話をするためのものだったのか。
「お姉さま。ケイトが快楽殺人を繰り返していたという件、詳しく教えてください」
「え、ええ」
……やはりベアトリクス様は冷静だ。
怪人襲撃の際に悲鳴を上げたり……根っこの部分は普通の少女かと思っていたが、意外にメンタルが強い。
「実は騎士団の調べでは、最近王都で行方不明になっていた人物。すべてがクルック伯爵様の手による犯行だった可能性が出てきたのです」
「……?」
「伯爵様は愛娘であるケイト様のために、適当な【獲物】を定期的に確保していた可能性があると」
「え、獲物? 何のために」
「獲物といえば……そりゃあ狩りに関わる事でしょうね」
「……」
狩り。
その言葉を聞いて、私の頭の中で今までの情報がぐるぐると回る。
何かが……断片的な不可解に感じた点が繋がっていく。
「……」
ケイト様は音が出ないように加工した猟銃を大切にしていた。
去年の射撃大会のとき、猿の親子を無意味に撃ち殺した。
ゴシップ誌で見た、悪魔の森の記事。
行方不明者の近辺で謎の怪人が目撃される。
ベアトリクス様を襲撃した謎の怪人を私は蹴って怪我をさせた。
「……」
いや、違う。
怪人が狙ったのはベアトリクス様ではない。
思考の中の怪人のくだりで思い出す。
あの時馬車が交換されていた。
襲撃事件の時の怪人の狙いはトレイシーの使える家の老人だったはず。
「ん? 今窓のカーテンが揺れたか」
「風でしょう?」
「……」
老夫婦の言葉が曖昧に聞こえてきた。
もう少しだ。
もう少し考えないと。
何か……何か見落としている気がしてならない。
「怪人! 襲撃事件のとき、怪人は私を見て動揺していた!」
「イ、イーモン。な、なんですの?」
「ど、どうした? イーモン殿」
立ち上がって叫んでいた。
周囲が驚いている。
興奮している。
周りに構わず話してしまう。
「怪人は大柄で、俊敏な訓練された動きだった。そう、まるで軍人のような」
「イ、イーモン?」
「しっ、ベアトリクス様。私の話より、先に彼の話を聞きましょう」
ありがたい。
フィオナが私の意図を読んでくれた。
胸騒ぎがする。
この疑問は今解決して、ベアトリクス様を守る対策を練らねば。
「そう、聞いてください皆様。もしかしたらベアトリクス様の身の危険に直結する話です」
「……!!」
私の言葉に、若旦那も老夫婦も息を飲む。
「私は怪人襲撃のとき、怪人の右手に怪我を負わせました」
「らしいな」
「そして、先ほど左手で仕事をしていた人間がいる。料理の修業中に覚えたと言って」
「料理の修業中……まさか!?」
「そう。元軍人で、私の知り合いで、大柄で、当時旅に出ていて……クルック伯爵の直属の部下」
「……チャーリー?」
「そうです。誘拐事件に関係ある怪人の正体は……チャーリーかもしれない」
「……!!」
推測の域を出ない話だ。
しかし、そう考えると辻褄が合うのだ。
「チャーリー殿が……いや、有り得るか」
「フィオナ、その件は騎士団は捜査出来てないのではないのか?」
「お祖父さま。確かにそうかもしれない。彼はイーモン殿と同じく、地方の森の館で働いていた……!?」
語っていたフィオナの言葉が中断された。
けたたましい音でヘンズリー家の玄関の扉が開いたのだ。
蹴破られた?
「な、何奴!?」
「騎士団が守るこの街で強盗とはいい度胸だな……はっ?」
立ち上がったフィオナと若旦那が驚く。
玄関には、白い仮面とボロボロの黒いローブを纏う者が立っていた。
「か、怪人……イーモンさんの推測は当たりか。フィオナ、ベアトリクス様を守るぞ」
「ええ、あなた。貴様! 窓の外で話を聞いていたな!」
思考がまとまらない。
しかし若夫婦はすでに立ち上がって身構えている。
眼鏡の若旦那にかぎっては、懐から短刀を取り出し構えている。
もしや白兵戦の心得があるのか?
いや、私も……ベアトリクス様をお守りせねば。
怪人は不気味な動きでゆらりと動く。
「ご名答、イーモン。怪人の正体は俺だ」
「……!?」
心のどこかで、私の見当違いな間違いであって欲しかった。
しかし……仮面の男が発した野太い声は……よく知る友人のものだった。
「ベアトリクス様! 奥の部屋に! チャーリーの狙いはあなたです!」
叫んでいた。
無意識に前に出る。
若夫婦はベアトリクス様を守るように下がる。
「うっ! ぐはっ!」
次の瞬間、私は腹に鈍い衝撃を感じた。
胃液がこみ上げる。
これは……距離を詰めた怪人に殴られたのか。
白い仮面が目の前にあった
「イーモン!」
「イーモン殿!」
ベアトリクス様たちの声が遠く聞こえ始めた。
まずい、痛みで意識が遠くなる。
くそっ、ベアトリクス様を守れずここで気絶とは……情けない。
フィオナ……後を……頼む。
「残念、ここは予測が外れたな。俺の狙いはベアトリクス様じゃないお前だ。イーモン」
「……?」
「ケイト様は、次の獲物にお前をご所望だ」
「イーモン!」
怪人が何か喋っている。
体が浮く。
担がれる感じがした。
しかし抵抗できない。
鈍く強い痛みの中、私の意識は完全に途絶えた。
「すみません、皆様。急用を思い出しました。突然ですが失礼します」
「ん?」
青ざめた顔のまま、そう語る。
「イーモン、悪い。後を頼む」
「お、おう。何だか知らんが任せとけ」
「それでは失礼します」
後片付けは終わってる。
任される事はないのだが、とりあえずそう答えておいた。
「チャーリー殿、今日は楽しかった。ありがとう」
「え? チャーリー、行ってしまいますの?」
こちらの様子に気づいたか。
隣の部屋で休んでいるベアトリクス様も声をチャーリーにかける。
「ベアトリクス様。今度はあの森のお屋敷で最高の料理を提供しますので」
「冬休み、楽しみにしてますわ」
チャーリーはそのままヘンズリー家にも丁寧に挨拶をした。
そしてかけてあった外套を着込むと、そのまま雪のちらつく外へ出て行った。
「何だろうあいつ? 慌ててましてたね」
独り言のように言った。
ヘンズリーの若旦那は眼鏡の位置を直しながら語る。
「あの方はクルック伯爵様に恩義がある方なのでしょう? 旅をしていて最近の噂を知らなかったなら……」
「はあ、なるほど。伯爵様の別件での逮捕の件は独自に調べたくもなりますか」
「そう思います」
そういう事だろうか。
「……」
少し考え事をしてから、ティーカップをコトリとテーブルに置いた。
「そう考えると、私は薄情な男かもしれませんね。伯爵様に恩義があるのは私も同じなのに」
「え?」
「伯爵様の別件での逮捕の噂に、私自身あまり動揺していない事に気づきました」
そうだ。
元クルック家の使用人としては、別件逮捕の噂など聞いたら先ほどのチャーリーのような反応をするのが普通だろうか?
「イーモン殿、あなたが別に薄情なんて事はないと思うぞ」
フィオナはティーポットからお茶を注ぎながら語る。
「知り合いの元クルック家本館の使用人の方もあなたと似たような反応でしたよ」
「はあ、そのようなものですか」
そこまで話したところで、隣室のドアが開く。
ベアトリクス様が立っていた。
「みんな、何の話をしてますの?」
「……」
ベアトリクス様は伯爵様の別件での逮捕とケイト様に逮捕状が出る事を知っている。
何しろ本人から聞いた話だ。
しかし……ケイト様が逮捕される予定の件は知らないはず。
「ベアトリクス様、遅かれ早かれ噂は聞く事になると思います。せっかくなので今ここで話しておきます」
「お姉さま……伯爵様の別件逮捕の事? 知ってますわよ」
「違います。それに関わる話です。ケイト様の事です」
「ケイト?」
フィオナは少し話すのをためらっているように見える。
深刻な顔付きで、ベアトリクス様にテーブルに着くように告げた。
†††††
空気が重い。
仲が悪いとはいえ、ケイト様はベアトリクス様にとって特別な存在なのは間違いない。
彼女に逮捕状が出る予定なんて話はショッキングな事だろう。
なんとなく私も身構えてしまう。
「ベアトリクス様。まだ一部の貴族にしか伝わってない情報です。これから話す事は他言無用ですよ」
「……」
先ほど書店でサラがかん口令など意味が無いと言っていたのを思い出した。
噂とはこうやって広まっていくのか。
「ケイト様は殺人の罪を犯してしまったようなのです」
「……は?」
「……!?」
カシャンと音が鳴り響く。
私がティーカップを床に落としていた。
殺人?
ケイト様が?
ケイト様に逮捕状が出ていると聞いたとき、漠然と別件の横領の手伝いでもしたイメージを勝手に作り上げていた。
彼女は王宮に出入りしていたし……クルック伯爵様の不正の手引きでもしたのかと。
「そう……ですか」
「……?」
なんだろう?
ベアトリクス様の反応が薄い。
まるである程度その事を予測出来ていたような……。
すでにどこかで噂を聞いていたか?
それとは裏腹に、ヘンズリーの老夫婦は私と同じように動揺している。
「ケイト様が殺人? あの子がねえ」
「優秀だがお転婆、そんなイメージだったが。てっきりクルック伯爵様の横領の手引きでもしたのかと思っていたが……」
ある程度噂は聞いていたのか。
そして老夫婦の驚きは概ね私と同じ感じか。
「フィオナ。本当なのか?」
「ああ、お祖父さま。間違いない」
「ダスティンはそれを知ってるのか?」
「もちろん。そもそもこの情報がはヘザー男爵様からだ」
「うーん。ダスティンが言うなら間違いないわねえ」
「……」
どうでもいいが今気づいた。
この老夫婦にとって、ヘザー男爵様はダスティンと呼び捨てする存在なのか。
元平民で亡きフィオナの父と親友だったという男爵様。
この方々とも親しいのか。
「どうも……ケイト様の殺人とは、快楽殺人らしい」
「は?……えっ!? か、快楽殺人?」
「しかもかなりの数を繰り返していたようなのだ」
続きを語るフィオナの言葉に再度驚く。
老夫婦とヘザー男爵様の関係の考察なんかしてる場合じゃなかった。
快楽殺人?
ケイト様が?
私の中で、まだケイト様がお転婆な天真爛漫な少女のイメージが消えてなかった。
つい先ほど彼女が殺人の罪を犯したと聞いたときも、カッとなって誰かを殴った……過失致死のようなものを考えていた。
そう、かつてケイト様がベアトリクス様を衝動的に殴ったときのように。
「あ、ティーカップ。片付けます。すみません、割ってしまいました」
今さらながら、食事に招かれた家で破損物を出した事に気づく。
しかしこの家の当主、フィオナは冷静に私をいさめる。
「イーモン殿、そんな事はどうでもいい。あなたもとりあえず話を聞いてくれ」
「は、はい」
言われた通り、座り直して大人しく話の続きを聞く事にした。
†††††
フィオナの話は続く。
「ベアトリクス様、イーモン殿。先ほども申した通り、この話はヘザー男爵様からの情報です。正しくは手紙で知らされた事だが……」
「お父様が……」
「機を見て、ベアトリクス様にはこの件は私の口から話せと仰せつかっています」
そういうことか。
……もしかしたら、この食事会自体がこの話をするためのものだったのか。
「お姉さま。ケイトが快楽殺人を繰り返していたという件、詳しく教えてください」
「え、ええ」
……やはりベアトリクス様は冷静だ。
怪人襲撃の際に悲鳴を上げたり……根っこの部分は普通の少女かと思っていたが、意外にメンタルが強い。
「実は騎士団の調べでは、最近王都で行方不明になっていた人物。すべてがクルック伯爵様の手による犯行だった可能性が出てきたのです」
「……?」
「伯爵様は愛娘であるケイト様のために、適当な【獲物】を定期的に確保していた可能性があると」
「え、獲物? 何のために」
「獲物といえば……そりゃあ狩りに関わる事でしょうね」
「……」
狩り。
その言葉を聞いて、私の頭の中で今までの情報がぐるぐると回る。
何かが……断片的な不可解に感じた点が繋がっていく。
「……」
ケイト様は音が出ないように加工した猟銃を大切にしていた。
去年の射撃大会のとき、猿の親子を無意味に撃ち殺した。
ゴシップ誌で見た、悪魔の森の記事。
行方不明者の近辺で謎の怪人が目撃される。
ベアトリクス様を襲撃した謎の怪人を私は蹴って怪我をさせた。
「……」
いや、違う。
怪人が狙ったのはベアトリクス様ではない。
思考の中の怪人のくだりで思い出す。
あの時馬車が交換されていた。
襲撃事件の時の怪人の狙いはトレイシーの使える家の老人だったはず。
「ん? 今窓のカーテンが揺れたか」
「風でしょう?」
「……」
老夫婦の言葉が曖昧に聞こえてきた。
もう少しだ。
もう少し考えないと。
何か……何か見落としている気がしてならない。
「怪人! 襲撃事件のとき、怪人は私を見て動揺していた!」
「イ、イーモン。な、なんですの?」
「ど、どうした? イーモン殿」
立ち上がって叫んでいた。
周囲が驚いている。
興奮している。
周りに構わず話してしまう。
「怪人は大柄で、俊敏な訓練された動きだった。そう、まるで軍人のような」
「イ、イーモン?」
「しっ、ベアトリクス様。私の話より、先に彼の話を聞きましょう」
ありがたい。
フィオナが私の意図を読んでくれた。
胸騒ぎがする。
この疑問は今解決して、ベアトリクス様を守る対策を練らねば。
「そう、聞いてください皆様。もしかしたらベアトリクス様の身の危険に直結する話です」
「……!!」
私の言葉に、若旦那も老夫婦も息を飲む。
「私は怪人襲撃のとき、怪人の右手に怪我を負わせました」
「らしいな」
「そして、先ほど左手で仕事をしていた人間がいる。料理の修業中に覚えたと言って」
「料理の修業中……まさか!?」
「そう。元軍人で、私の知り合いで、大柄で、当時旅に出ていて……クルック伯爵の直属の部下」
「……チャーリー?」
「そうです。誘拐事件に関係ある怪人の正体は……チャーリーかもしれない」
「……!!」
推測の域を出ない話だ。
しかし、そう考えると辻褄が合うのだ。
「チャーリー殿が……いや、有り得るか」
「フィオナ、その件は騎士団は捜査出来てないのではないのか?」
「お祖父さま。確かにそうかもしれない。彼はイーモン殿と同じく、地方の森の館で働いていた……!?」
語っていたフィオナの言葉が中断された。
けたたましい音でヘンズリー家の玄関の扉が開いたのだ。
蹴破られた?
「な、何奴!?」
「騎士団が守るこの街で強盗とはいい度胸だな……はっ?」
立ち上がったフィオナと若旦那が驚く。
玄関には、白い仮面とボロボロの黒いローブを纏う者が立っていた。
「か、怪人……イーモンさんの推測は当たりか。フィオナ、ベアトリクス様を守るぞ」
「ええ、あなた。貴様! 窓の外で話を聞いていたな!」
思考がまとまらない。
しかし若夫婦はすでに立ち上がって身構えている。
眼鏡の若旦那にかぎっては、懐から短刀を取り出し構えている。
もしや白兵戦の心得があるのか?
いや、私も……ベアトリクス様をお守りせねば。
怪人は不気味な動きでゆらりと動く。
「ご名答、イーモン。怪人の正体は俺だ」
「……!?」
心のどこかで、私の見当違いな間違いであって欲しかった。
しかし……仮面の男が発した野太い声は……よく知る友人のものだった。
「ベアトリクス様! 奥の部屋に! チャーリーの狙いはあなたです!」
叫んでいた。
無意識に前に出る。
若夫婦はベアトリクス様を守るように下がる。
「うっ! ぐはっ!」
次の瞬間、私は腹に鈍い衝撃を感じた。
胃液がこみ上げる。
これは……距離を詰めた怪人に殴られたのか。
白い仮面が目の前にあった
「イーモン!」
「イーモン殿!」
ベアトリクス様たちの声が遠く聞こえ始めた。
まずい、痛みで意識が遠くなる。
くそっ、ベアトリクス様を守れずここで気絶とは……情けない。
フィオナ……後を……頼む。
「残念、ここは予測が外れたな。俺の狙いはベアトリクス様じゃないお前だ。イーモン」
「……?」
「ケイト様は、次の獲物にお前をご所望だ」
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