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元伯爵令嬢との逃避行
2話 盗み聞き
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劇が始まった。
本当に音だけはよく聞こえる。
でもそんなものを聞いてる場合じゃない。
改めてこの空間が何なのか知るために、辺りを見渡す。
「……」
ケイトのランタンの明かり以外は光るものはない。
今はおそらく夕方で日差しは弱いはずだが、この地下空間の天井に日光が差し込む隙間はないようだ。
そして全体的に湿気が多く、常に微弱な風が吹いている。
これは出入り口が地上と繋がっている証拠だ。
ホコリっぽくはない。
むしろ暗さ以外は快適と言える。
殺人犯の潜伏場所としては……上等すぎるくらいだ。
「ここ、大昔の人たちの緊急避難通路らしいよ。下水道とは違う」
「……!」
思考を読まれた気がして肩をビクつかせてしまった。
ケイトが突然語りかけてきた。
「緊急避難通路?」
「うん、言葉のままの意味。この通路は王宮や森にも繋がっててね。古来よりこの国の王族が緊急時に逃走ルートとして造られたものみたい」
「……?」
「いや、正しくは地下洞窟の上に王宮が建てられたんだと思うけど……」
忘れていた。
この少女は過去に類い希な知能を見込まれて王宮に出入りしてたんだった。
「まあ私は王宮に出入りしてたとき、遺跡から発見された物の解読はさっぱりだったんだ」
「……」
「結局本当の天才の大人たちの前では、私なんてただの伯爵令嬢だったわけだね。でもね……私は独自の探索でこの地下通路への入り口を発見したんだ」
「……」
私はなるべく無言を通した。
下手に殺人犯を刺激したくない。
ケイトは劇場の音を聞きながらも、ずっと簡易的な湯沸かし器でお湯を沸かしている。
それは小さな薪を入れると煙をあまり出さずに使えるやつだ。
「はい、紅茶」
「……」
差し出されたティーカップを貰うのを拒否してしまう。
この状況なら当然だ。
「やだな。毒なんか入れてないよ。少なくとも今の私は……人を殺したいなんて全然思ってないし」
「……今の私は?」
不可解な発言だ。
それはつまり、ケイトに人を殺したくなる欲望があったとして、それにはムラがあるということか?
†††††
上空から聞こえる劇場の音が静かになった。
今流行りの劇が幕を閉じたのだ。
「終わったね。まあもう三回目だからさすがに飽きたかな」
隣に寝転ぶケイトがつぶやく。
最初はすわっていたのだが、彼女はいつの間にか敷いていた絨毯に寝転んでいた。
今なら逃げる気になれば逃げれるが……。
チャーリーが今どこにいるかわからない以上、うかつな行動はできない。
「イーモン、この劇の内容知ってた?」
「……ええ」
あまり無言を通すのも、逆に殺人犯を刺激する可能性を感じていた。
必要最低限の言葉を返す。
「貴族の娘と平民の青年が恋に落ちて……駆け落ちして、最後は心中か。何が面白いんだろうね」
「私はなかなか感動的なストーリーだと思いましたが」
「ふーん、まあいいや。そろそろ今日のお楽しみが始まる」
「お楽しみ?」
「そう、劇が終わってからしばらくするとね。劇団員たちが舞台の掃除を始める」
「……?」
「その時の噂話を盗み聞きするのが面白いんだよね。外の情報も入るし」
……趣味が悪い。
あの森の館でも、自給自足をしたり猟銃に固執したり、貴族令嬢らしからぬ所があった。
やはりこの少女は変わってる。
いや、快楽殺人をしていたのだから、異常というレベルか。
「おい、知ってるか? 怪人が貴族外の近くに出たんだってよ」
「……」
本当に噂話が始まった。
劇団員たちが真面目に働いてないのはけしからん事だ。
しかし今はその不真面目さに感謝しなければ。
外の情報が欲しいのは、私も同じだ。
†††††
上から聞こえてくるのは、若い男女の声だ。
「怪人が貴族街の近くに出た? 本当に?」
「ああ、なんかさっき見た奴がいるって。なんか大きな荷物担いでたって」
「誰かのイタズラじゃない? 夕刊にはその目撃証言も新たな行方不明者の情報も出てないわよ」
「うーん」
……これは。
ベアトリクス様やヘンズリー家の人たちは怪人の正体の事と私が誘拐された事を騎士団に話してないのか?
青年の主張は続く。
「行方不明者なんて、本当にそうなのか調べた後に新聞に載せるだろ?」
「ついさっきの出来事は夕刊には載らないって事?」
「そうそう。俺はそう思う」
その一連の噂話を聞いて、ケイトはケタケタと笑ってる。
「みんな楽しそうだね。誰もかれもワクワクしながら怪人の噂をしてる」
「……」
「まるで自分が被害に合うわけがないって思ってる感じだね」
さらに笑う。
何なのだコイツは。
その元凶は自分自身だというのに。
「……」
おっといけない。
そういう懸念が表情に出ないようにしなければ。
女を落とすのも殺人犯を刺激しないのも、基本は方法は同じはず。
……ケイトが他人にかけて欲しい言葉はいくつか上がっている。
これは本来彼女を攻略するために頭の隅に置いておいたものだが……。
「ケイト様。私も少しお腹が空きました。食べ物をいただいてよろしいですか?」
「ん? いいよ。保存性のあるケーキとかもあるし、この部屋に吊してある奴は自由に食べてね。ちなみに全部チャーリー作」
「それはありがたい。私は彼の料理のファンなので」
「ふーん」
「……」
くだけた振りをして、ケイトの表情を注意深く観察した。
口元がわずかに緩んだ。
やはりこの娘は大人に対等にフレンドリーに扱われる事を好む。
これは……トレイシーに聞いた射撃コンテストでのケイトの話からの推測だ。
本当に音だけはよく聞こえる。
でもそんなものを聞いてる場合じゃない。
改めてこの空間が何なのか知るために、辺りを見渡す。
「……」
ケイトのランタンの明かり以外は光るものはない。
今はおそらく夕方で日差しは弱いはずだが、この地下空間の天井に日光が差し込む隙間はないようだ。
そして全体的に湿気が多く、常に微弱な風が吹いている。
これは出入り口が地上と繋がっている証拠だ。
ホコリっぽくはない。
むしろ暗さ以外は快適と言える。
殺人犯の潜伏場所としては……上等すぎるくらいだ。
「ここ、大昔の人たちの緊急避難通路らしいよ。下水道とは違う」
「……!」
思考を読まれた気がして肩をビクつかせてしまった。
ケイトが突然語りかけてきた。
「緊急避難通路?」
「うん、言葉のままの意味。この通路は王宮や森にも繋がっててね。古来よりこの国の王族が緊急時に逃走ルートとして造られたものみたい」
「……?」
「いや、正しくは地下洞窟の上に王宮が建てられたんだと思うけど……」
忘れていた。
この少女は過去に類い希な知能を見込まれて王宮に出入りしてたんだった。
「まあ私は王宮に出入りしてたとき、遺跡から発見された物の解読はさっぱりだったんだ」
「……」
「結局本当の天才の大人たちの前では、私なんてただの伯爵令嬢だったわけだね。でもね……私は独自の探索でこの地下通路への入り口を発見したんだ」
「……」
私はなるべく無言を通した。
下手に殺人犯を刺激したくない。
ケイトは劇場の音を聞きながらも、ずっと簡易的な湯沸かし器でお湯を沸かしている。
それは小さな薪を入れると煙をあまり出さずに使えるやつだ。
「はい、紅茶」
「……」
差し出されたティーカップを貰うのを拒否してしまう。
この状況なら当然だ。
「やだな。毒なんか入れてないよ。少なくとも今の私は……人を殺したいなんて全然思ってないし」
「……今の私は?」
不可解な発言だ。
それはつまり、ケイトに人を殺したくなる欲望があったとして、それにはムラがあるということか?
†††††
上空から聞こえる劇場の音が静かになった。
今流行りの劇が幕を閉じたのだ。
「終わったね。まあもう三回目だからさすがに飽きたかな」
隣に寝転ぶケイトがつぶやく。
最初はすわっていたのだが、彼女はいつの間にか敷いていた絨毯に寝転んでいた。
今なら逃げる気になれば逃げれるが……。
チャーリーが今どこにいるかわからない以上、うかつな行動はできない。
「イーモン、この劇の内容知ってた?」
「……ええ」
あまり無言を通すのも、逆に殺人犯を刺激する可能性を感じていた。
必要最低限の言葉を返す。
「貴族の娘と平民の青年が恋に落ちて……駆け落ちして、最後は心中か。何が面白いんだろうね」
「私はなかなか感動的なストーリーだと思いましたが」
「ふーん、まあいいや。そろそろ今日のお楽しみが始まる」
「お楽しみ?」
「そう、劇が終わってからしばらくするとね。劇団員たちが舞台の掃除を始める」
「……?」
「その時の噂話を盗み聞きするのが面白いんだよね。外の情報も入るし」
……趣味が悪い。
あの森の館でも、自給自足をしたり猟銃に固執したり、貴族令嬢らしからぬ所があった。
やはりこの少女は変わってる。
いや、快楽殺人をしていたのだから、異常というレベルか。
「おい、知ってるか? 怪人が貴族外の近くに出たんだってよ」
「……」
本当に噂話が始まった。
劇団員たちが真面目に働いてないのはけしからん事だ。
しかし今はその不真面目さに感謝しなければ。
外の情報が欲しいのは、私も同じだ。
†††††
上から聞こえてくるのは、若い男女の声だ。
「怪人が貴族街の近くに出た? 本当に?」
「ああ、なんかさっき見た奴がいるって。なんか大きな荷物担いでたって」
「誰かのイタズラじゃない? 夕刊にはその目撃証言も新たな行方不明者の情報も出てないわよ」
「うーん」
……これは。
ベアトリクス様やヘンズリー家の人たちは怪人の正体の事と私が誘拐された事を騎士団に話してないのか?
青年の主張は続く。
「行方不明者なんて、本当にそうなのか調べた後に新聞に載せるだろ?」
「ついさっきの出来事は夕刊には載らないって事?」
「そうそう。俺はそう思う」
その一連の噂話を聞いて、ケイトはケタケタと笑ってる。
「みんな楽しそうだね。誰もかれもワクワクしながら怪人の噂をしてる」
「……」
「まるで自分が被害に合うわけがないって思ってる感じだね」
さらに笑う。
何なのだコイツは。
その元凶は自分自身だというのに。
「……」
おっといけない。
そういう懸念が表情に出ないようにしなければ。
女を落とすのも殺人犯を刺激しないのも、基本は方法は同じはず。
……ケイトが他人にかけて欲しい言葉はいくつか上がっている。
これは本来彼女を攻略するために頭の隅に置いておいたものだが……。
「ケイト様。私も少しお腹が空きました。食べ物をいただいてよろしいですか?」
「ん? いいよ。保存性のあるケーキとかもあるし、この部屋に吊してある奴は自由に食べてね。ちなみに全部チャーリー作」
「それはありがたい。私は彼の料理のファンなので」
「ふーん」
「……」
くだけた振りをして、ケイトの表情を注意深く観察した。
口元がわずかに緩んだ。
やはりこの娘は大人に対等にフレンドリーに扱われる事を好む。
これは……トレイシーに聞いた射撃コンテストでのケイトの話からの推測だ。
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