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第三十話 星遥⑩

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うずくまり、蹴られる痛みに耐えていると背中の衝撃がなくなった。
全身に痛みを感じたがこの好機を逃すわけにはいかなかったので、無理やり立ち上がった。しかし、足に力が入らずに倒れそうになった。
「えっ……」
誰かに支えられた。
遥が目を開けると、真っ赤な髪が目に入った。
「こにゃんにちわ」
へらへらと笑っていた男は自分よりも少し高い位置に顔があるためかなりの長身であることが分かった。
状況を整理しようと、周囲を確認すると遥を襲った長身の男が血を吐いて倒れていた。手足も本来は曲がらない方向を向いている。
「驚いている?」赤髪は三つ編みしたおさげはふりながら楽しそうに笑った。「僕チャンは市川尊(いちかわたける)君だよ。遥斗サンのオトモダチ」
「……兄の」
かすむ目で、必死に彼の唇を見た。ゆっくりと口を動かしてくれたために言葉すべてを受け取ることができた。
「で、どうする? 遥サンボロボロじゃん? 家帰る?」
彼のなんとなく見覚えがあった気がした。しかし、今はそれどころではないと頭を振った。
「それより、新宮は?」
新宮と脂肪がいないことに気づき、遥は慌てて市川から離れた。足に痛みがあるが歩行に問題はない。
「あー、そういえばここに来た時さ。デブが女子担いでいったな」
「え、なら俺よりそっちを助けてくれよ」
気持ちが昂り、市川の胸ぐらをつかんだ。すると、彼はへらへらと笑い首を傾げた。
「えー、だってそんな依頼うけてないし」
「依頼?」
遥は首を傾げた。
「そう」市川は頷きながら、胸ぐらをつかむ遥の手を軽く叩いた。「遥斗サンから『星遥を守れ』ってね」
「友だちだから助けにきたんじゃないのか」
遥は市川から手を離しながら聞くと彼はパーカーの襟を整えながら声を上げて笑った。
「オトモダチだよ。だからって何でもするわけじゃないよ。大体、遥斗サンはそんな曖昧な物に大切な弟を頼んだりしないでしょ」
「わかった」遥は頷くと足に力を入れた瞬間、腕を引っ張られた。「なに?」
遥は怪訝な顔で市川を見ると彼は「僕チャンも行くよ」と言って遥を背負おうとした。
「なんで?」
暴れると市川に押さえつけられ、俵のように担がれた。
「新宮ひな子の救出でしょ。行きたいなら連れて行くよ」市川は矢のような速さで走り始めた。「君が敵に近づくなら『守らない』といけないし」
市川の言葉を聞いて、遥は力を抜いて彼に身を任せた。暴れて降りたとしても新宮を助けるどころか一人で行けるほど万全ではない事を分かっていた。
「あの、場所は知ってるの?」
「うん」頷くと、市川スマートフォンを見た。
長身である遥を担ぎながら走り、スマートフォンの確認までできる市川に遥は驚愕した。
数分するとあたりは静まり返り、先ほどまでいた繁華街とは正反対の雰囲気であった。夜ということもあり不気味に感じた。
遥と市川は表札も看板もないビルの前に立った。
市川は躊躇することなく、ビルの中に入った。
「――ッ」
そこで遥は目を大きくして固まった。
血だらけの人がたくさん倒れていた。市川はそれを気にせずに、踏みつけで前に進んでいた。中にはかすかに動いている人もいたが市川は足を止めることなく平然としていた。
しばらく進むと、地下への階段があった。
市川は遥が落ちないように手で押さえてゆっくりと降りた。その階段にも何人もの人が倒れていた。
階段を降りると、大きなホールに出た。薄暗いが周囲の様子がしっかりと見える程度に照明があった。
ホールにはいくつかのテーブルと舞台があり、まるでディナーショーでも行うような部屋であった。そこにも、多くの人が倒れている。
舞台の上に、二人の人影があった。よく見ると、彼らは何かを痛めつけているように見える。
市川はどんどん舞台に近づき、軽くジャンプして舞台へ乗った。
人一人担いでいるのに、舞台へ飛び乗れるその体力に驚いた。
舞台に乗ると、遥は降ろされた。それに気づいた、人影は振り向いた。
「兄……」全身を真っ赤に染めた遥斗を見ると心臓が止まるかと思った。「兄、血」
彼の手には、日中襲ってきたやつがいた。その奥にいたのは連れ去られたはずの新宮だった。彼女は最高に楽しそうな顔をして持っていた人間を殴りつけていた。
「あれ?星」と言いながら真っ赤に染まったク服を着ている新宮は持っていた人間を捨てた。
遥斗は持っていた人間を落とすと眉を下げて遥を見た。
何がなんだか分からなかったが、遥斗に会えたことが嬉しさと血だらけの彼への不安と心配から飛びついた。遥斗の喉が動いたから何かを言ったらしいが彼の顔を自分の胸にうずめたため分からなかった。
「兄、兄、怪我」
遥斗は遥の手を取り、口をつけた。
「怪我はないよ」彼のその言葉に安堵した。「どうしてきた?」
「兄に会いたいから。兄、怒って家出て行ったんだよね。ごめんなさい」遥の目から涙が溢れた。「日中、戦ったから? 知らない人から手紙貰ったから?もう、しないから戻ってきて」
遥は錯乱していた。大きな声を出して、大泣きした。
新宮と市川は、顔を見合わせると頷き舞台から飛び降りると二人を残して去った。
「遥、遥」
遥斗に何度も呼ばれたが、溢れ出した感情は収まらなかった。
「遥斗が好き。傍にいてよ。置いてかないで」
泣きわめいていると、遥斗が離れた。遥は動揺して、遥斗を自分に引き寄せようとしたが力では敵わなかった。
「……兄」離れた事が寂しくて、また涙が溢れ出した。
小さく息を吐いた遥斗に両手で顔を持たれ、彼の顔に近づけされると目尻に唇をつけ流れてくる涙を舐められた。暖かい舌の感触に不安はなくなったが、違う意味で気持ちが高ぶった。
遥斗に優しく手をひかれると、ビルを出て車の後部座席に入れられた。
椅子に座ると一気に疲れが出たようで、横になると睡魔に襲われた。
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